第9話:大馬鹿野郎
「「ぎゃあああああああああああああああ!!!」」
再び、尻尾を巻いて逃げ出した俺たち。
あれだけ怒らせておいてまた逃走に成功したのは奇跡としか言いようがない。
しかし、背後からは尚も猛烈な勢いで奴が追いかけてきている。
さっきの一撃がまさに竜の逆鱗に触れてしまったらしい。
「じょじょじょ、冗談でしょ!? それ! 柄しか残ってないじゃないの、どうしてくれんのよ! 弁償よ! 弁償! 100万ガルドよ!」
並走するエイルが必死の形相で俺の手元を示す。
そこにはやたらと神々しい以外は何の取り柄もない柄だけが残されている。
「それはこっちのセリフだっての! なにが神遺物だよ! なにが神剣だよ! とんだ不良品を押し付けやがって! またお前が何か失敗したんじゃないのか!?」
まさか、あんなにカッコいい剣が一撃で根本からへし折れるなんて誰が想像できるか。
あれならそこらで売ってるセール品の剣の方がまだマシだ。
身体の底から力が湧いてきたのも全部その場のノリによる錯覚だった気がしてきた。
「そ、そんなわけないでしょ! あんたこそ何よ! あのへっぴり腰は! それでも本当に白金級の冒険者なの!?」
「はぁ!? 白金級の冒険者!? ……誰が?」
「あ、あんた以外に誰がいるのよ!」
「……お前、まじで何を言ってんだ?」
エイルの口から突然出てきた全く心当たりのない言葉に、そう返すしかなかった。
「な、何よ……その反応は……えっ……だって、私……ちゃんと依頼票に……」
何か致命的な行き違いがあることに気がついたのか、ただでさえ白い肌が蒼白へと染まっていく。
その反応を見て、俺もこいつが何を勘違いしていたのかを理解した。
「俺は! 銅級だよ!」
「う、嘘でしょぉおおおおおおおおおおお!?」
事実を端的に告げると、ドラゴンの咆哮をかき消してしまいそうなほどの絶叫が森中に木霊した。
「嘘よ嘘よ! 嘘って言いなさいよ! 条件に白金S級って書くのは流石に高望みしすぎかなって思ってA級で妥協したのに! それでなんで銅級が来るのよ!」
「妥協の幅が狭すぎだろ! そもそも俺は依頼を受けたんじゃなくて、そんなアホみたいなことを書いて放置されてた依頼主の意思確認をしに来ただけだっての!」
そう、たったそれだけの仕事。
本来なら命の危険なんてあるはずもなかった。
さっさと終わらせて、受付さんに満面の笑顔で出迎えてもらうはずだったのに。
「だったら最初からそう言いなさいよ!」
「言う前にいきなり妙な茶番に巻き込んできたのはお前だろ!」
「茶番って何よ! 茶番って!」
「あれが茶番じゃなきゃ何なんだよ! 何が『薄幸のワケあり美少女大作戦!』だ!」
犬も食わないような醜い責任のなすりつけ合い。
こんなもんを食ってくれそうなのは背後から迫りつつある飛竜くらいだ。
「と、とにかく! 銅級なんでもいいから何とかしなさいよ! こんなところで食べられて死ぬなんて絶対に嫌なんだから!」
「なんとかって言っても、肝心の武器がこれじゃ……」
かつて『神剣グラム』だった物は、今や『ム』くらいしか残っていない。
仮に俺が白金級の冒険者だったとしても、これじゃどうしようもない。
「うぐぐ……他に……他に何かないかしら……」
憔悴しきった表情で、再び紙束をペラペラと捲り始めたエイル。
しかし、この状況を打破できるような情報は見つからないらしい。
その表情は険しさを増していく一方だ。
「なんたら物のなんとかはもう一回できないのか!?」
「えっと、模造神遺物の顕現は……ああ、ダメ……使徒一人につき一つまでって……」
「くそっ、あんな不良品を寄越しといて融通利かねぇな!」
「あっ、待って! 『※ただし、どうしてもと言うなら一度だけ変更を認める』って書いてる!」
「融通利くなぁ!」
天界の意外な気前の良さに驚くが、それだけじゃまだ足りない。
この状況で新しい武器が用意できたとしてもさっきの二の舞になるだけだ。
首がダメなら別の場所を狙うか……?
だとすれば狙うべきは鱗の薄い場所……その中で致命傷になりうる部分は……。
ダメだ。悠長に考えている時間も、振り返って観察するような余裕もない。
……だとしたら残る手段は一つしかない。
しかし、命がかかった状況においてもそれを選ぶことにはまだ抵抗感があった。
あれは俺の心身を極限までに蝕む呪いだ。
命と秤にかけても軽くない。
「それでどうするのよ! 次は何を顕現させりゅっ!! ふぎゃっ!!」
逡巡していると、並走していたエイルが奇声を上げて視界から消えた。
「あのっ……馬鹿!」
振り返ると鬱蒼とした森の苔むした地面に、白い塊が横臥しているのが見えた。
露出していた木の根に躓いてしまったらしい。
そもそも、あんな動きづらそうな格好でこれまでそうならなかったのが奇跡に近い。
――――――――――ッッ!!
飛竜の矛先は当然、無様に転んだ獲物へと向けられる。
「ぎゃあああああ! 誰か助けてぇえええええ!! 何でもするからぁ!!!」
デカい尻を突き出した情けない体勢で地面に倒れ、泥だらけの顔を歪めて懇願するエイル。
助けられる誰かなんてこの場には俺しかいない。
でも、このまま助けに行ったところで二人して死ぬだけだ。
見捨てて逃げれば俺だけでも助かるかもしれない。
もし見捨てたことを誰かに知られたとしても、そこまで非難される行為じゃない。
こんなところで飛竜と遭遇したのがそもそも不幸だったんだ。
今日出会ったばかりのよく知らない女のために命を投げ出すなんて、カッコつけの大馬鹿野郎のやることだ。
そんな邪な考えが、頭をよぎるが――
「そういえば俺って、カッコつけの大馬鹿野郎だったな……!」
今度は無手のまま、迫りくる飛竜へと向かって振り返った。





