鋼翼のイカロス
少年は空を見上げていた。どこまでも高く青い。晴れた日に原っぱで寝転がって、じーっと見つめる先に、彼が考えていることは一つである。
「飛んでみたい」
成長し、故郷を離れるまで、毎日それを考えていた。
大学を苦学しながら卒業した少年……今では青年だが、彼は航空技師となり働いている。空を飛ぶための翼を作る。この夢が叶いつつあるのだ。
そして今、彼の前には、彼自身が作り出した翼の試作がある。旋回性能が高く、まさに大鳥のように飛ぶイメージで作られたセスナ機だ。試作機名は「イカロス」、太陽に近づきすぎ、蝋で固めた翼が取れて、天空から落ちてしまった神話にある人名だ。同僚からは、
「そんな縁起の悪い名前はやめとけよ」
と、失笑を買ったが、青年はそれを気にする風もなかった。彼は幼い頃からの夢と、神話のイカロスをなぞらえ、天に唾する行為であろうと、どこまでも空に挑みたい。その思いがあったからだ。
仕方なさそうに心配して苦笑する同僚をよそに、青年は試験飛行の日までイカロスの調整に余念がない。何かにとりつかれたようでもあった。
雲ひとつない晴天の空。天が青年に「やってみろ」と、お膳立てしたのだろうか。空を飛ぶには絶好のコンディションで試験飛行の日を迎えることが出来ている。
「頼むぞイカロス!」
航空技師としての道に青年は進んだので、操縦は熟練のパイロットに任せているが、イカロスの後部座席に乗り込み、今か今かと、青年は飛び立つ時を待っていた。
定刻になり、その時が来た。加速は上々、青年の念願叶い、イカロスは大空に飛び立つ。華麗に小回りを利かせ空を舞う姿は、大鳥が風を自在に掴んで飛んでいるようだ。
(……いや、それはやめておこうか。今は)
青年は天空の太陽を一瞬だけ見上げた。眩しい。眩しいが、その陽光は優しい。彼はその陽光の神秘性に、挑むものではないと悟ったのだ。ただ、彼にもなぜ、今はという言葉が出たのか分からなかった。
青年は老いて寿命が尽きるまで、航空機の製造に携わり、生涯を静かに終えた。
それから500年後。地球から家族とプロキシマ・ケンタウリ星系へ移住してきた、ある少年は、宇宙を見上げてこう言った。
「飛んでみたい」と。