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八.後半.手紙

引き続き芦屋鏡子のターンとなります。

 ――月が替わって、十一月に入ると、待ちに待った“転生美少女アール”のフィギュアが完成した。


 かなり大がかりな段ボール箱に入ってきたそれを受け取り、部屋へ戻る。慎重にフタを開け、茶色い包装紙がクシャクシャに丸められた箱の中をかき分けるとエアキャップに包まれた五つの白い小箱が出てきた。


 カッターで丁寧にパッキンを破り箱を開けると、まず出てきたのは魔王オーマのフィギュアだった。


 黒マントを靡かせ、ドクロのついた杖を振りかざし雄叫びを上げるオーマ。実はオーマとアール、シシオーガは女性である。頭と胸と腰についた朱色に染められた装備品と、ブーツ以外は露出している。スカートのようなフリルもこれでもかというほど波打っている。太ももにくくりつけたサバイバルナイフもいい。そして魔法を放つ瞬間のような躍動的な格好は勇ましく見えた。


 今回のフィギュア制作では、ドルフィン山田のこだわりがいくつかあった。まずはこの素材、手足が若干動くようになっている。本当に若干だが変更できるのだ。そして装備品、オーマとベルゼブには後付出来るパーツがある。例えばこのオーマであればロングスカートとふちの多い帽子を、パチッとはめれば平時の姿だ。それでこの杖の代わりにピストルを持たせると、魔王様ご乱心のポーズに変わる。


 じゃじゃ馬魔王は、気に食わないことがあるとすぐ発砲する。流れ弾に当たっても魔族は死なないが痛いので、嫌がっている。


 そしてこの着色。フィニッシャーと呼ばれる職人に頼んで細かいところまで再現したという。どおりで高くついたと思った。よくこれを三ヶ月弱で作れたもんだと感心した。


 続いて出てきたのは、四天王シシオーガだ。


 獅子のような立派な白いたてがみとマッチョなこんがりボディ。鼻が高く眉毛がキリッとつり上がっている。胸部を固める装備は肩の部分がせり出したメタリックな真鍮の鎧。下半身には同じメタリックだが日本の鎧下のような草摺、脇楯の作りでしなっており、前傾姿勢で太い足を大きく蹴り出し、タックルを繰り出すように大きく体を捻り肩と太い腕を突き出している。鼻息荒く猪突猛進してくる迫力が見事に再現されている。体毛はたてがみと眉毛以外は手の甲と足の甲にぶわっと生えていることが特徴だ。


 次に出てきたのは側近ベルゼブ。


 僧侶のような白いローブを(まとい)い切れ長の目と白い肌にとがった輪郭、紫色の唇、妖艶な色気が漂う悪魔界一の頭脳派としてオーマに仕える。左手に魔道書を広げて持ち、右手は手を広げて前にかざしたポーズを取る。オーマとは違い静かに呪文を唱える神秘的な印象だ。しかしこのベルゼブの容姿は呪術で再現された幻影という設定。本来の姿はハエの妖精である。そして十字架の模様をあしらった帽子を被せて白い三角巾で口元を隠し、右手に十字架のネックレスを巻き付ければ聖女様に変身する。彷徨える魂を天に送り届ける神のつかいだ。そう偽って教会で人々の魂を悪魔軍団へ(いざな)う活動をしているのだ。


 いよいよ出てきた主人公アール。


 タイトルで美少女と謳っているように目は大きく睫毛が長く、卵形の輪郭をした美形である。白い肌に真っ黒な口紅がインパクトを与える。金色の長い髪をねじって巻き付けて縛って、ルーズハーフアップというヘアアレンジらしい。複雑な髪の流れを立体的にキレイに再現している。


 洋服は黒いゴシックドレスで、赤いリボンがついている。可愛い靴下に赤いパンプス。魔王城には不釣り合いな格好だが、異世界転生される前がロリータファッションを愛する乙女だったせいで、それに準じた服装に設定されている。武器として使用するのがフリルがついた黒い傘。主人公のイメージ通りに変形させることができる。


 手で持った傘を開き、肩に乗せた状態で軽快に踊っているポーズでアール本来の明るい性格が表現されている。


 最後の箱には勇者エース。


 勇者として君臨するエースは高身長でハンサム。長い赤髪が片目を覆っている。全身をシルバーのフルメタルアーマーで纏い、武器は勇者のみが扱えるという勇者の大剣を装備、今まさに究極ワザの“雷炸裂斬”を放とうとエネルギーを貯めている状況を再現していた。大剣を両手で目の前に掲げ、仁王立ちで力を込める。マントが靡き、髪の毛が揺れる。稲妻のエフェクトが大剣の周りに集約されている様子が見事だ。


 五体のフィギュアを机の上に置いて、じっと観察し目を閉じる。舞台は魔王城、地下牢から脱出し、当てもなく彷徨う美少女アール。立ち塞がる悪魔達。広い部屋に四天王シシオーガ。激闘の後、待っていたのは魔王オーマ。しかし気に入られて、役員待遇でもてなしを受けると恩返しに魔王城内を劇的リフォーム。そこで優雅に暮らしていたが、勇者エースのパーティーが魔王城にやってきて……それから……グー。篤輝はそのまま深い眠りについた。




 ――日曜日の喫茶店。篤輝は相変わらず下を向いているしずくの後頭部を眺めていた。


「今までのような関係で会うのはもう難しいのかな」


 コーヒーを飲みながら、静かに問い掛ける。身元を明かしてからというもの、会う度に平謝りされているようで、話も余り盛り上がらなくなってしまった。嫌われてはいないようだが、しずくは明らかに緊張していてストレスで体調を壊さないか心配になる。


「ハイ、あ、いえ、そんな……ことは……、ひっぐ。ゴメンナサイ」


 しずくは緊張からか突然涙を流し謝った。


「え? 何で泣くの? ちょっと、え? なん、ど、どう、え?」


 私はどうして良いかわからず、自問自答しながら狼狽した。何がいけなかったんだ。どうすればいいんだ。結局その後は一言、二言会話して店を出た。




 ――秋葉原、某所。


「うーん。長命氏、なかなかのプレイボーイですな」


 ドルフィン山田は相変わらず奇想天外な動きで、ケーキをちょっとずつ食している。こういった場所は慣れているのか、すぐ店員と打ち解け、時空の彼方へ飛んでいったと思ったら、帰ってきた。


「四十六歳で、女子大生泣かせるって、プレイボーイっていうんでしょうか?」


 私の中のプレイボーイ像は悪い印象なので、そこは否定したいところだが、相談相手もいないので、今日はドルフィン氏に打ち合わせと称して時間を作ってもらっていた。


「とにかく最初はそんなに会話できたなら、何で急に態度が変わられたんでござりましょう、こうなったら一緒に女子大生の泣黒子(なきぼくろ)を探しボクロウ、なんて、シッシッシ」


「は?」


 よくわからないダジャレを聞き流し、会話を思い返してみると、“作家”というワードに反応したのでは無いかと推測する。


「憧れの作家さんに出会ったんなら、サイン欲しいとか、このシーンはどうやって考えたんですかとか、逆に質問攻めにあいそうでござりますれば」


「そうなんですよね」


 サインを欲しがるファンは多い。私だって憧れの作家さんのサインが欲しいと思ったことがある。しかししずくは何も求めてこない。


「その子、すっごくシャイ子ちゃんなんじゃないですかー?」


 いつの間にかミキが、メニュー表を持ってテーブルに割り込んできた。しきりにこの店で一番高いオムライスを指差してくる。私は某有名アニメに出てくる妹キャラクターを想像して首を横に振る。


「いや、漫画家では無くコスプレイヤーだ」


「違いますよ、シャイな子なんじゃないですかって。お腹すいてますよね」


「え、いや。別に」


「わたくし、猛烈にすいておりまするー」


「かしこまりました、ご主人様! “マジカル天然娘、恋するバカンス夜空に浮かぶ新月とウサギ”二人前持って参りまーす」


「いや、私は……」


 止める間もなくあっという間にバックヤードに消えていくミキ。ドルフィン山田はニコニコしていた。


 ここは秋葉原に来て早々拉致されたメイド喫茶だ。ミキが近所の子でないことは既に理解している。何故ここでこんな話をしているかというと、ドルフィン山田の希望でメイド喫茶になったというだけだ。他に知ってる場所もないしな。


「そのお嬢さん、どんな性格なんでございましょう」


「たしか、地味で恥ずかしがり屋の性格だからコスプレをすると開放的になるとか言ってましたね」


 以前コスプレしている写真を見せてもらったときの話だ。その写真に映る彼女はまったくの別人に見えて、今でも信じられない思いだった。


「お待たせしましたー」


 ミキが黒い皿に乗った丸いオムライスを持ってきた。添え物として半分に割ってごまが二粒ついたゆで卵が乗っていた。よく見ると半分程度切り込みが入っている。まさかこれがウサギ? しかもオムライスにはケチャップがかかっていない。


 するとミキとアーヤがケチャップをボトルで取り出して、怪しい呪文を唱え始める。


「美味しくなーれ、美味しくなーれ」


 そしてドルフィン山田のオムライスには星型、私の方にはハート型のケチャップアートが完成した。


「キュンキュン」


「え? キ、キュン、キュン」


 ぐはっ! オムライスでも、やらされるとは思わなかった。篤輝の心拍数は爆上がりした。


「長命氏、恥ずかしがっては、いかんでござりまするぞ、もっとこうキュン、キュンと……」


 ドルフィン山田は生き生きとした表情で両手でハートマークを作り、ノリノリでメイド達とエネルギーを送り合っていた。異次元の無限ループだ。


「そんなに恥ずかしいなら、いっそ私たちみたいにコスプレしちゃいます?」


 アーヤが笑いながらそんなことを言い出す。


「いや、いくらなんでも、それは勘弁してく……」


「あー!」


 突然ミキが驚いたように声を上げた。その拍子に手に持っていたケチャップがブチュッと音を立てて皿の上のゆで卵に降り注ぎ真っ赤な太陽となった。


「その子、コスプレしてるって言ってましたよね」


「あ、ああ。大学でそういったサークルに入っているらしい」


「じゃあ、私たちと一緒かもしれないですー」


 ミキは太陽になったゆで卵のことには一切触れず、興奮気味に話し出した。


「この制服着てないと秒でがんなえするし、あたおか? しょんどいっしょ」


「ミキちゃん? キャラ変わってない?」


「あ! ゴメンナサーイ。今の無しでお願いしますね、ご主人様」


 笑顔で撤回しようとするが、メイド服姿のぶりっ子ミキの本性を垣間見た気がした。


「そうじゃなくて、その子も恥ずかしいならならコスプレして会えばいいんじゃないですかー? って事で」


 そう言うとウィンクして一目散にバックヤードに去って行った。


「それもありか」


 篤輝は呟き、物思いに(ふけ)ていった。ドルフィン山田は愛情がこもったオムライスを美味しそうに口いっぱいに頬張っていた。口の周りをケチャップまみれにしながら。




 ――次の日曜日、喫茶店に入ると店のマスターから声を掛けられた。


「あの、鳥鳴様」


「え、は、はい?」


 毎週喫茶店を利用していたので顔見知りになっていたマスターだったが、名前を呼ばれたのは初めてだったので驚いた。


「三羽様からお手紙を預かっております」


「しずくちゃんから?」


 マスターは一枚の白い封筒を取り出し篤輝に手渡した。のびのびとした美しい書体で『鳥鳴篤輝殿』と書かれている。篤輝はコーヒーを注文して、奥のテーブルに座り封筒の封を破り中身を確認すると、一枚の手紙と万年筆が入っていた。何処か見覚えのある万年筆を手に取って、久しぶりの感触を確かめる。


 マスターがコーヒーをテーブルに運んでくると、ニッコリと微笑んで軽く会釈してきた。篤輝も反射的に頭を下げると、何も言わずカウンターへ戻っていった。


 篤輝は手紙を開いて読み始める。そこにはしずくの思いが綴られていた。


   *


 拝啓、鳥鳴篤輝殿。


 私の勝手な都合で手紙を書いていることをお許し下さい。私は小さい頃から姉の読む小説が好きで、毎日時間を忘れて読んでいました。姉の本棚にはいろんな小説がたくさん並んでいて、いつも宝箱のように輝いて見えました。


 だから長命先生の本も大好きで、何度も読み返しては、その世界を想像していました。今回、そんな大事な先生の書いた本をなくしてしまい、私は焦りました。姉の大事な本でもあり、私の大切な本でもあったから。


 そこで偶然あの本屋さんを見つけて入ったときに、まさかその作品を書かれた先生と出会っていたなんて、今、考えても夢のようで、とてもうれしかったです。


 と同時に先生の大事な時間を私なんかのために奪ってしまっているのではと思うと、胸が苦しくて何も言えなくなり先生には重ねてご心配とご苦労をお掛けてしまいました。


 本当にごめんなさい。


 実は私は小説はずっと読む専門だったんですが、最近先生と出会ってから書いてみたい気持ちが沸いてきたんです。こんな気持ち初めてで、今、この手紙を書いている今でも不思議だし驚いています。


 きっと先生の人柄に触れ、新しい事を始めたくなったんだと思います。コスプレを始めたときのように。


 一緒に同封した万年筆はお詫びの意味も込めて送らせて頂きました。本当は箱に入っていたんですが、封筒のサイズが間違ってしまい入らなかったのでそのまま入れてあります。いつも肝心なときにポカしてしまう私は駄目ですね。


 いつか私の小説が完成したら、もしその時、まだ私の事を忘れずにいてくれたなら、私の小説は先生に一番に読んでもらいたい。勝手なことばかり書いてしまいましたが、先生もお体ご自愛下さい。時折眠そうにしている姿を拝見していたので、心配しています。


 お時間に空きができたら、お手紙頂けると幸いです。三羽しずく。


   *


 手紙の結びには住所が記されていた。作家でありながら手紙という発想に至らなかった自分に対して、恥ずかしさを覚えた。


「万年筆は苦手なんだがな」


 篤輝は苦笑いしながら、ぼそりと独り言を呟いた。万年筆の同軸を回すと、なんとなくわかっていたがインクは入っていなかった。


 そして少し冷めたコーヒーを味わいながら、ゆったりと流れる時間を一人で過ごす。帰りに“きむら書店”に寄ってインクのカートリッジと便箋、封筒を購入した。

次話二十時投稿予定。いよいよ次話がラストになります。

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