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八.前半.コスプレイヤー、三羽しずく

芦屋鏡子のターンです。今回話が長くなったので前半、後半に分けて投稿します。

 篤輝の書いた“転生美少女アール”を読み込んでいくうちに、伏線として使えそうなエピソードを思いついた。秋葉原で体験したことや、そのカルチャーを全身で浴びたことで、篤輝の想像する世界観を少し理解できたのかもしれない。


 それにしても最近やたらと眠くなることが増えた。寝る時間を増やしても、日中眠くなる事が多くなってきた。私が四十代の頃は、寝る暇も無く働き通しの生活だったのに、肉体に左右されてしまうのか。ここは運動でもして肉体強化をするしかないか。


 部屋に置かれたエアロバイクは運動器具だが、この部屋で運動しても意味が無いような気がした。


 時間もたっぷりあるし、久しぶりにジョギングでもするか。足腰を痛めてからはずっと車椅子生活だった私は、自分の足で疾走する感覚を忘れていた。


 それから雨の日を除いて毎朝、三十分程度ジョギングする習慣をつけることにした。最初の頃は、ぎこちないフォームで、すぐバテてしまったが、続けていくうちに坂道でも軽くなら駆け上がることが出来るようになった。やはり自分で歩けるのは楽しい。


 篤輝が住む住宅地は格子状に区画整理されているので、時には左に行ったり、直進してみたり走るコースを色々変えていた。すると住宅地の中でも小さなお店があることに気がついた。


 パン屋さん、喫茶店、学習塾、写真館、ヨガ教室、そして書店を見つけた。


 作家を続ける(さが)なのか、夕方改めて店を訪れた。住宅の一部を改装したような店舗で、入口のテントには擦れた文字で“きむら書店”と書かれている。ガラス張りの引き戸を開けると軽快なメロディーが流れた。主に文房具や学童向けの書籍や参考書、少年少女コミックスが並んでいる。工作用紙や色画用紙など懐かしい商品も置いてあった。


 レジは無人で無線式の呼び鈴が置いてある。用があれば押せということだろう。レジの乗ったショーケースには万年筆が並んでいた。子供相手には売れそうもない商品だ。


 棚の並びを見ると、漫画雑誌などが入口に近い場所に置いてある。小説はどこかと探してみたら店の一番奥の角にある棚にひっそりと並んでいた。平積みされているのはコミカライズされたライトノベルや、映画化された本で、棚に並んでいる本は全て文庫本だった。ハードカバーの本は数えるほどしか置いていない。その中の一冊が“巡る流星”だったのはうれしかった。アニメ放送が始まり来年には映画版も控えている。鳥鳴篤輝の快進撃はここから始まるのだ。


 そんなことを考えていると、本棚の中に“転生美少女アール”を見つけた。先日コミカライズの話をもらって出版社からも続編が期待されている。本屋に並ぶ二つの顔を持った鳥鳴篤輝の本。ジャンルも文体も異なるが見ていて感慨深い気持ちになる。しかし本当に今のまま作品を作ることが篤輝にとって望んでいた未来なのだろうか。


 再び引き戸が開きメロディーが流れると、生暖かい風が店内に流れ込んでくる。そして一人の女子学生が慌てた様子で私の立つ本棚の並びに目を向ける。


 ライトグリーンのボブヘアーでメガネを掛け、学校帰りなのか大きなスクールバッグを肩から下げたセーラー服姿の彼女。目が悪いのか、顔を本棚に近づけながら、なめるような動きで近づいてくる。


 そして私の隣に並ぶと、ある一点で動きを止め、歓喜を上げながら本を一冊手に取った。


「うわ」


 大きなスクールバッグが篤輝の体を押しのけ、バランスを崩して思わず声を上げてしまった。


「え、ゴメンナサイ」


 急に現れたような驚いた様子で一瞥すると、途端に両手を膝に添えて深々と頭を下げる。集中すると周りが見えなくなるタイプのようだ。


「いえ、大丈夫です。ところで凄い髪色ですね」


「はい?」


 何を言われたのか、わかっていないようなので、私は彼女の頭を指差した。


 彼女は不思議がりながらバッグから折りたたみ式の手鏡を取り出し自分の顔を確認すると、何故か驚く。


「キャー!」


 私は一体何事かと、のけぞりながらも様子を伺う。


「ゴメンナサイ、これ撮影用のウィッグで、うっかり付けたまま、きちゃいました。しかも服まで」


 話を聞くと彼女はコスプレイヤーという趣味を持つ女子大生だった。コミケや街のイベント会場でアニメのキャラクターに仮装して活動するサークルに所属しているという。


 そんな彼女が今、手に取った本が“転生美少女アール”とは。さっきの喜び方を見ると大分(だいぶ)探し歩いていたのだろうか。


「あ、この小説はいつも電車で通学する時、読んでいたんですが、この前うっかり置き忘れてしまったようで無くしてしまって。お姉ちゃんから借りてたものでどうしても紙の本が欲しかったんです」


「へぇ、そうなんだ」


 姉の影響でライトノベル好きになったのかなと勝手に想像した。大手の書店では見つからなかったらしい。長命照記としての人気度は、まだまだということか。


「その本、コミカライズされると思うよ」


 近々出版社から発表されるはずだ。少しフライング気味だが折角見つけたファンの為だ。このくらいの情報漏洩は問題あるまい。


「えー、本当ですか。凄い楽しみです。あの……、この本屋さんにはよく来られるんですか?」


「え、そうだな。今日が初めてだけど、たまには来ると思うよ」


「そうなんだ」


 どうなんだ? 意味ありげな言葉を残し、ライトグリーンの髪色が似合う女子大生は本を大事そうに抱えて、その場を後に――!!


「ちょっと、お会計!」


 そのまま立ち去ろうとする彼女を引き留め、レジへ誘導する。危うく窃盗犯と共犯者にされるところだった。店内の防犯カメラにはしっかりと二人の姿が映っていることだろう。レジに置かれた呼び鈴を鳴らす。彼女はお茶目に舌を噛んで「いっけね」とでも言い出しそうに自分の頭を軽く叩く。どんだけうっかりさんなんだ。


 そしてお会計を済ませ、今度こそ、本屋さんをあとにした。残された私は店主に無言の視線を送られ、焦って手近にあった商品を購入する。――な、小6漢字ドリルだと!


 最後まで店主から変な視線を受けながら本屋を出る。通り沿いに女子大生の姿は無かった。


 それから週に一度、顔を合わせるようになった。彼女の住まいは遠く、電車で大学へ通っている。この街の最寄り駅が、その間に入っているそうだ。


 本屋巡りは楽しいが、いかんせん規模が小さいし、ジャンルが小学生向けのものばかりなので立ち読みする本も少なかった。彼女も本を探しに来たと言うよりは、私に会いに来ているような雰囲気だったので、思い切って告白してみた。


「あの、もしよかったら今度から喫茶店で会わないか?」


 返事はイエスだった。二十歳以上年の離れた二人は、世間から見れば親子と勘違いされそうな容姿だったが、私には何だか心地よかった。丸元との間柄に似た空気感というか違和感は感じなかった。それは彼女にとっても同じだったようだ。


「これが君なのか、信じられないな」


 ウィッグを取った彼女は黒髪のロングヘアで普段はポニーテールにしている女子大生だった。そんな彼女のコスプレ写真を見せてもらったときの感想だ。


 カラーコンタクトをして、目が大きく見える。ピンク色の露出度が高いナース服を着て手には巨大な注射器を抱えながら、ピースサインをしている。これもライトノベルのキャラクターだと言う。


「普段の自分は地味なので、コスプレをやると裏の自分というか、本来の自分というか恥ずかしさが無くなって開放的になれるんです。皆から見られているっていう特殊な環境だから、より自分を奮い立たせるというか……」


 人に見られる恥ずかしさよりも注目されているという興奮度の方が上ということか。確かに俳優にも自分に無い自分を演技することで疑似体験する快感があるという話は聞いたことがある。それと似た状態なのかと理解した。


 小説家も自分に出来ない人物像を描く時がある。こうだったらとか、ああなったらとか妄想とか創造とかなら結構得意分野だ。


「この前、本屋さんで言っていた小説、本当にコミカライズされましたね。私、ビックリしました」


 初めて会った日から数日後、出版社のホームページに情報が掲載された。作画は“吉田文吉楼”先生で“水色ウィザード”や“褐色のサーガ”などを手がける新進気鋭の人気漫画家だ。ちょっとエッチな作風が話題になっており、原作者としては、好きなようにアレンジして下さいと伝えてあるので、その出来映えが楽しみである。


 ドルフィン山田もこのニュースは大変喜んでいた。この流れに乗って続編を現在模索中である。


「漫画は原作とちょっと変わると思うけど、私も凄く楽しみにしてる」


「あの、凄い詳しいですよね。もしかして出版社の方ですか?」


 もう何度も会っているのにお互いのことは全然知らなかったなと気がついて笑ってしまった。


「ああ実は、その本の原作者は私なんだ。長命照記、本名は鳥鳴篤輝です」


「ええー!?」


 余りの衝撃だったか、口をあんぐりと開けて固まってしまった。


「そう言えば、君の名前も知らなかったね」


「え、あ、ハイ。わたくし、ロボット工業大学デザイン科二年、三羽しずくと申します」


「ロボット?」


 コスプレが趣味だからてっきり服飾系の大学だと思っていたが、ロボットとは意外なワードが出てきた。コスプレ好きでロボット博士か、小説で出すキャラクターなら面白そうな組み合わせだなと感じた。


 そして急に萎縮した三羽しずくは耳を赤くして、下を向いてしまった。


「そんなにかしこまる程の人間じゃ無いよ」


「いえ、そんなことありません。作家さんだったとは知らず、大変失礼いたしました」


 そう言うと、テーブルに手をついておでこをつけるほど頭を下げた。


「うーん、なんかやりずらいなぁ。もっと気さくに接してくれた方が、私はうれしいんだけど」


「ハイ、失礼しました」


 いや、全然変わってないから。賢明に頭を下げるしずくを見ながら苦笑いするしか無かった。

後半は今日の二十二時頃投稿予定です。

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