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六.絵師.ドルフィン山田

ついうっかりしていました。締め切りを設定するのはまだ早かったようですゴメンナサイ。

この話では新しいキャラクターがでてきます。思いっきり悪ノリしてます。

芦屋鏡子のターンです。

「うーん」


 私は唸った。鳥鳴篤輝の作品は、どれも着想は面白い。ただ何かが違っていた。何処(どこ)がいけないのかと言われると難しいが、敢えて上げるなら構成の部分だろうか。


 もう一歩、意外性のあるシーンが加わればもっと面白くなるとは思う。思うが、何故死ぬと異世界へ飛ばされるのか理解できなかった。しかもチートキャラと呼ばれる不思議な能力を持った主人公。どうしてこんなふざけた設定を入れるのか。わからない。


 “巡る流星”を書き終えた私の中で、心の奥がザワついた。これはきっと面白いことが起きるに違いない。良いタイミングで丸元とのパイプができたし、幸いアニメ化と映画化の勢いに乗って財源が大幅アップした。そこでまず行動範囲を広げてみることにした。はじめてのおつかい篤輝バージョンだ。


 秋葉原――それはオタクの聖域。きっとここには篤輝が求める何かがあるに違いない。顔バレはしないと思うが一応大きめのサングラスをこの日のために用意してきた。


 さすがにド派手な看板が目立つ。もう既に領域外の空間に迷い込んでしまったようだ。生きてて良かった。いや、生き返って良かった。田舎から上京してきた少年のように、辺りを見回し感動していると、突然声を掛けられた。


「お帰りなさいませー、ご主人様!」


 人通りの多い道端でいきなり素性がバレた。変装したのに何故だ。


「あ、あのー、人違いだと思いますけど」


 メイド服と呼ばれるフリフリのドレスを着た若い女性とはじめてしゃべった。結構ドキドキした。女性は驚いた顔で、手を口元に当てると、顔をじっと見つめてニッコリと笑った。思わず私も笑顔で返す。


「私ー、ミキです。忘れちゃったんですかー? ミキ悲しいー」


 ミキは内股で目を擦りながら泣き出すポーズをした。もちろん涙は出ていない。


「えーん」


 まるっきり棒読みだが、行き交う歩行者の目線がミキと私に集まってきた。これでは私が悪者ではないか! 慌てて調子を合わせる。


「お、おーミキちゃん。覚えてるさー。久しぶりー」


 家から出なかった期間が長いから、少なくても十年以上前に会ったと言うことだろう。そしたらこの子は何歳だった。もしかして近所に住んでいたとかいう事か。こんな都会でばったり会うとは偶然も大概にしろ!


「暫く見ない間に、大きくなったねー」


 従兄弟のおじさんのような感想を加える。


「は? あーご主人様、久しぶりに会ったから、ミキお話したいなー。こっちで一緒に遊びませんか?」


 一瞬真顔になったが、すぐ笑顔に戻り私の腕を強引に引っ張って派手な看板が飾ってあるビルの二階へ連れていかれた。


「「「お帰りなさいませ―、ご主人様!」」」


 二階の店舗に入るなり、同じメイド服を着た女性達にお帰りと言われてしまった。皆、私のことを知っている? いくらなんでも情報早すぎだろう。秋葉原の情報網は凄い。


「こちらへどーぞ」


 ミキに言われるがまま、店内の丸テーブルに座ると、他に三人の女性が集まってきた。皆が私に向かって、しきりに笑顔を振りまいてくる。


「アーヤです」


「アカネです」


「ノリカです」


「と、鳥鳴篤輝です」


 自己紹介されたので、私もつられて答えてしまった。


「トリナキ様、今日もいーっぱい、楽しんでくださいね」


 ミキは笑いながら、メニュー表を提示してきた。


「今日はこの『まるまるギューッと夢一杯ケーキ』がおすすめですが、いかがですか?」


「じゃあ、それを一つ」


「かしこまりましたー」


 流れるように注文を受け、一斉に散っていった。向かいのテーブルを見ると、同じくらいの男性がメイド服を着た女性から何かのエネルギーを受け取ると、うれしそうに「キュンキュン」と言っていた。


 まるで時空を越えた異次元、いやこれが篤輝が感じていた異世界ということか!


 反対側を見ると女性客がアカネと名乗ったメイドから頭をナデナデされている。いったいどうなっているんだ。こんな世界があったなんて私は九十一年も何をやっていたんだ。


 半ば放心状態になった私の前に、ミキがピンク色のあんがかけられたハート型のケーキを持ってやってきた。


「ご主人様、これからミキがいーっぱい夢を送りますんで、しっかり見ていてくださいね」


 そう言うと、テーブルに置いたケーキに向かって両手でハートマークを作り念を送り始める。それからこちらに向かって同じ仕草を繰り返す。


「キュンキュン」


「え?」


「ご主人様も、こうやって、キュンキュン」


「キ、キュン、キュン」


 ぐはっ、こっぱずかしい事をさせるなミキ。篤輝は四十五歳だし、中身は九十一歳の婆様(ばあさま)なんだから。こんなこと夫の前でもやったことないわい。私は人生で初めて顔から火が出る経験をした。


 ピンク色のケーキは普通のイチゴ味のショートケーキだった。これが夢の味かと錯乱状態になりながらも、異世界の雰囲気を全身で受け止めた。


「また来て下さいねー。いってらっしゃい、ご主人様!」


 ミキは笑顔でそう答えると、さっさと店内に戻っていった。結局ケーキを食べただけで話すことはなかった。しかも出るときに一,二五〇円請求された。夢というのは結構お高いという事実を知った。何が起きてもいいように多めにお金を持ってて良かった。


 気を取り直して、違う店を物色する。


「フィギュア専門店?」


 入口に飾られた人形は、どれも躍動的なポーズを決めていた。まるで本物のように立体的なフォルムを見事に再現している。つい夢中になりすぎて、密着しすぎたのかガラス越しに店内の客達に睨まれてしまった。


 咳払いをして誤魔化しながら店内へ。中は狭かったが、うず高く積まれた箱がひしめいていた。中身は全て人形である。


 壁際にも完成した人形が飾られていた。大きさも様々だが、小さいものでも精巧に出来ていてこれが増産されていることを考えると、世の中には凄い人がまだまだいることに感銘を受ける。


 店の奥に進むとメガネを頻繁にいじりながら一点を集中して見ている青年に目が向いた。棚に飾られた一体の人形を見ているようだ。


「うーん」


 唸りながら首を傾げて悩んでいるようにも見える。視線を感じたのかこちらに振り向くと、今度はこちらへ近づいて来た。メガネを頻繁に動かしながら顔を確認してくる。


「おー、長命氏」


 メガネの青年は、ずばり私の事を言い当てた。ペンネームでということはWEB小説関係者か。しかし誰だったか見当が付かない。


「え、えーとどちら様でしたっけ?」


 失礼を承知で尋ねてみる。すると落胆するかと思いきや、笑いながら説明してくれた。


「いやー、面と向かって挨拶するのは初めてでしたね。失礼した。キャラクター原案を担当した“ドルフィン山田”でござります。打ち合わせの時、何度かオンラインで話しただけなんで覚えてませんよね、シッシッシ」


 変わった方言と笑い方だが、キャラクター原案ということは、篤輝が書籍化した絵師だったか。頭を掻きながら「ああ」と思い出したような振りをする。


「大変失礼しました。その節はお世話になりました」


 かしこまってお辞儀をすると、ドルフィン山田も礼を返す。顔は残したまま背筋を伸ばし腰を斜めに折る変わったお辞儀の仕方だ。


「長命氏、重版おめでとうござります。一時は終わったかと思いましたが、再燃しましたな。しかもあなたは最近売れて左団扇の鳥鳴篤輝だと知って驚きましたぞ。こっちの続編も是非お願いするでござります。目指せ! アニメ化!」


 興奮気味にまくし立てる。絵師としては作った人物の活躍を願うのは当然だと思う。しかし左団扇にはなってないし、鳥鳴であることもバレていた。


「そんなことありません。ドルフィン氏のキャラクターの魅力が浸透してきたのでは?」


「いやー、そんなお世辞は結構、けっこう、コケコッコー、なんて。シッシッシ」


 若く見えて親父ギャグをぶち込んできた。私は苦笑いで返すほか無かった。


「さっきあの人形を熱心に見てましたが、何かあったんですか?」


 気になったので話題を変えた。するとドルフィン山田は人形の前に戻ってその一体を見つめる。


「このキャラクター、私の推しなんですがね。このポーズが妙にズレてるというか、何か違和感あるんです」


「へぇ」


 見ると猫耳をつけたライトグリーンのボブヘアーで、瓶底メガネを掛け、水色のメイド服を着た少女が、スカートの裾を持ち上げ飛び跳ねた瞬間のようなポーズを取っている。髪の毛やスカートがふわりと浮いた再現が見事だが、そのせいで余計にパンツが見えてしまいそうな際どいシーンに見受けられる。


「なんだか際どいですね。パンツ見えそう」


「ふむ。パンツが……むむ!?」


 つい言葉に出てしまったが、その言葉にドルフィン山田は反応した。顔をショーケースのギリギリまで近づけて、メガネを両手で掴みじっと人形を観察する。


「どうしました?」


 するとドルフィン山田はうわごとのように(つぶや)いた。


「パンツ」


「はい?」


「パンツ―!」


「え?」


「パンツですー!」


「え? ちょっと、ドルフィン氏」


 ドルフィン山田はその後、気が狂ったように「パンツ」を連呼した。次第に両手を挙げてどこぞの民族の宴のように、その場で回転し小躍りを始めた。


 店内は騒然となり、他の客は異様な目でその光景を眺めていた。異変に気づいた店員までもが止めようとせず、唖然とした顔でドルフィン山田を見つめる。


「ちょっと、ドルフィン氏、落ち着いて!」


 私は恥ずかしいやら、騒がしいやらで動転しながらもドルフィン氏を押さえようとするが、舞い上がっているドルフィン氏は止められない。これ以上騒ぎが大きくなると面倒なので、芦屋鏡子の最終奥義を発動する。


「てぇい、馬場チョップ!」


 バチコーン! 見事にドルフィン山田の眉間に手刀が炸裂すると、衝撃でドルフィン山田は完全停止した。ロボットのような動きで息を吐き、首をもたげ、だらんと両手を下ろす。両足を揃えてくの字に曲げるという、若く見えるがレトロな遊び心を感じさせるポーズを決めた。


 しばらくすると再起動したようで、ピンと体を起こし、メガネをクイッと戻して何事もなかったようにしゃべりだす。


「いやー、参りました」


「こっちがだよ!」


 変な空気が店内に充満する。私は他の客に頭を下げて、今日の見世物は終了したことをアナウンスする。


「もう。変なスイッチ入れないで下さいよ」


 ほぼ初対面のドルフィン山田に抗議する。


「ありがとうござります。長命氏って面白い方ですな」


「あんたに言われたくねーわ!」


 ほぼ初対面なのに、ツッコミを入れたくなる旧知の友のような雰囲気に自分でも驚いた。この現象をドルフィンマジックと命名しよう。


「オンラインの時はほとんどしゃべらなかったんで、もっと陰気な人かと思ってました」


 ドルフィン山田に言われて、確かにそうだと思った。いや、会ったことがないので知らないが、今の会話で篤輝の性格が少しわかる気がした。


「それで、何に気づいたんです?」


 あんなにバカ騒ぎをした理由を聞きたかった。


「パンツの色です」


「はあ」


 私は呆れた。ドルフィン山田は推しキャラの“キャットめぐみ”のパンツの色がイメージと違うと訴えた。更にエッチ要素が強すぎると主張した。どうでもいいことだが、ドルフィン山田の中では最重要ポイントになるらしい。推しキャラゆえのこだわりなのか、理解しがたい内容だった。


「普通は推しキャラっていうのがいるんですかね?」


「どんな作品でも、必ず自分の推しはいると存じます。シッシッシ」


「そうなんだ」


 物語に登場するキャラクター達は、それぞれいろんな特徴を持っている。それは容姿も性格も生い立ちまでも様々である。ストーリーに関係する人物像以外はあまり深く考えなかったが、ドルフィン山田の意見も一理あると感じた。それでは篤輝の作品はどうだろう。


「私の作品だと、推しキャラっていますかね?」


「うーん。どうですかね」


 さっきとは一転して歯切れの悪い返答だった。ドルフィン氏曰く、自分で考えた人物は全員愛着があるので推しを決められないと言う。それはごもっとも。


「キャラ設定の時、容姿とかはドルフィン氏が決めたんですか?」


「そうですとも。長命氏、いったいどうされたんです? 何かお気に召さなかったでござりますか?」


「ああいえ、どのキャラクターもイメージ通りで感激してました」


「ふふふ、そうでしょう。文章から読み解くの、私得意なんで。シッシッシ」


 危うく残念な人と思われるところだった。自分の作品なのに変な質問をしてしまった。しかし今の会話で少しわかったことがある。篤輝は自分のキャラクターに愛着がないのかもしれない。それで通り一辺倒のストーリー展開に陥っているので、どうにもしっくりこないのではないか。


「ここには私の作品のキャラクターは置いてますかね?」


「うーん。重版が掛かったのが最近ですし、正直そこまで人気が出ていないので長命氏のキャラクターはまだ無いでござります。もしあったら利権の関係で我らに連絡が来るはずでありますからして」


「ですよね」


 こんなに山積みされているのに、篤輝のキャラクターは存在しない。ちょっとショックだった。


「こういうの、どうやって作ってるんでしょうね?」


「それは原型師や造形師と呼ばれる方に依頼するのが一般的でしょうな」


「原型師」


「今は3Dプリンターもあるので、キャラクター原画を用意すれば比較的安価にできるかもしれませんぞ」


 私もこんな事は初めてだが人形を見て、生きているように感じた。絵と立体像の違いは意外と大きいかもしれない。そんな話をするとドルフィン山田は興奮気味に提案してきた。


「私、原画描きますんで、私の分も作ってもらえませんかね?」


「そんな、いいんですか?」


「せっかくなんで調べて最高のフィギュア作りたくなっちゃいました」


「それは、是非お願いします」


 その分野で私の使える知識は無いし、キャラクター原案をしてくれたドルフィン山田ならキャラクターの特徴を捉えたポーズで仕上がるに違いない。二つ返事で依頼することにした。


 その後オンラインでやり取りをしながら、サイズや構図、予算配分などを擦り合わせていった。そして“異世界転生したら魔王に幽閉されちゃったけど、最強スキルでちゃっかり奪取、魔王城で優雅に生活する美少女アールの日常”(以下、転生美少女アール)から主人公アール、側近ベルゼブ、魔王オーマ、四天王シシオーガ、勇者エースの約十五センチの一点物フィギュアをドルフィン氏の分も合わせて二セットで合計十体。三百万円かけて制作してもらうことになった。


 意外と出費することになったが、これも執筆のためだ。経費として落とせば篤輝の収入でも何とかなるだろう。完成予定は三ヶ月後の十一月になるという。今から出来が楽しみである。その間に書き下ろしと並行して篤輝ワールドを私なりに再構築していった。

次話こそ二十時頃投稿予定。ホント、今日はゴメンナサイ

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