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四.憑依

芦屋鏡子のターンになります。時間軸が少し戻ります。混乱しないようご注意下さい。

 唐突だが鳥鳴篤輝(とりなきあつき)は陰気な男だ。何故こんな状況になってしまったのか、私自身もわかっていない。気がつけば、本にまみれたこの部屋で目が覚めた。


 それに自分の名前は鳥鳴篤輝であり、建築家の父と元ホステスの母の間に生まれ、ライトノベルが好きすぎて作家業をしていることも理解していた。


 そして芦屋鏡子としての記憶も持ち合わせていた。“星の彼方”の構想を練りながら就寝した所までは確かに芦屋鏡子として生きていたはずだが、目が覚めたときには篤輝という売れない作家に転身? していたのだ。


 こんな状況、常人ではとち狂ってしまいそうな事態だが、長く妄想世界に身を置いた私としては、想定の範囲内だ。理由はどうあれ新しい旅がはじまったのだ。


 では本当の鳥鳴篤輝はどうしているか? それは私でもわからない。テレパシーなどで意思疎通ができたり、くしゃみをすると入れ替わったりという類いではないことは立証済みだ。もし私と入れ替わったなら今頃、なんで婆様になったんだと憤慨していることだろう。


 彼はいつもノートパソコンを使って執筆していたようだ。私はこういう類いの扱いは不慣れだ。いつも原稿は紙に鉛筆で書いている。万年筆もあまり好きではない。書き損じが多いからだ。しかし篤輝のおかげでパソコンの使い方を理解した。なかなか便利な代物らしい。


 そこで再び衝撃を受ける。ネットに芦屋鏡子死去の記事が載っていたのだ。そこで私はこう理解した。私は死んで何故か鳥鳴篤輝の体を乗っ取ったと。つまりは篤輝の魂を生け贄にもう三、四十年の延命を受けたんだと。


 もしも何らかの方法で伝達出来れば謝罪や感謝、その他いろいろ確認してみたいこともあるのだが――。本棚に並べられたライトノベルの文庫本。芦屋鏡子時代には未開発の領域だ。どんな思考で生まれたのか参考にしたかった。


 今のところ手足は動くし、篤輝の生活圏も理解している。ああ、そこが陰気だと思った理由だった。なんせこの十年この家から三百メートル以内にしか出歩いていない。しかも家からほとんど出ていない生活ぶりだったからだ。


 いくら何でも狭すぎるだろう。これでよく想像力が働いたものだと感心した。ネットで何でも買える時代ではあるが、現地で見たり聞いたりすることで、新しい閃きや発見が生まれ、作品の土台になるとずっと考えて生活していた私としては、理解できない状態だった。


 別荘での生活は実に刺激的で面白かったが、今この姿で出向いても警察沙汰になるだけだと想像できるので、諦めるとしよう。


 まずは篤輝の親子関係から新しい発見を探すことにする。


 鳥鳴篤輝は一人っ子である。現在は四十五歳。父親は七十歳を越えていたが建築関係の仕事を続けていた。子供を養う為なのか、家に帰りたくないのか、滅多に会うことはない。


 母親は六十三歳になったばかりだと言う。華奢な体つきで色白で美人だ。目尻の皺が笑ったときに気になるくらいで、薄化粧で透明感がある肌は四十代と言われても疑う人はいないだろう。今は専業主婦で悠々自適に暮らしている。話し方は元ホステスの面影を残し、丁寧な印象を受ける。しかし高価な装飾品は持っていない。実に質素な生活ぶりだ。学校の授業参観の時は絶対クラスメイトからうらやましがられるタイプだ。着飾っていないのに私には無かった気品というものが感じられる。


 余り芦屋鏡子らしく振る舞うと、迷惑が掛かるので篤輝の行動パターンに習って、部屋に籠もることにする。


 まずは部屋にあるライトノベルを読み漁った。この部屋にはテレビやラジオ、音楽プレーヤーと言った音が出るものがなかった。そこは私も同じだったので構わないが、今時(いまどき)ケータイも持たない節約ぶりには驚いた。


 他にやることもないのでノートパソコンを開いて今まで篤輝が書いた小説を読んでみる。


 これが小説かと思えるような出来映えだが、書籍化されたんだから、ニーズがあると言うことだろう。あまり酷評するのはかわいそうなのでやめておく。


 今の状況はある意味奇跡だ。この状況で、できることは何だろう。私が思いついたのはやはり小説を書くことだった。


 書きかけの小説も心残りなので完結させたいが、彼の名前で出しても怪しまれること間違いなし。まずは無難に篤輝の文体に合わせて短編小説を書いてみよう。それにWEB小説というのもユーザーの意見が(ちょく)で聞けるのは面白い。無名の作家がいったいどんな評価をされるのか興味があった。


 ――といって何作か書いて投稿してみたものの、何日経っても全く評価がされなかった。何が原因なのかさっぱりわからない。WEB小説とは小説といえども似て非なる存在なのだろうか。


 芦屋鏡子最大の危機。小説で相手にされないという思いはもう何十年も味わっていない。あの時のトラウマがまた襲ってくるような気がして悪寒が走った。


 WEBで戦力外ならば、出版社に持ち込むしかない。といっても今まで関わった大手では感づかれる可能性もあるので、無名の出版社に持ち込むことにした。


 ジャンルも初めてのSFもので今回の体験を取り入れて近未来の危機を悪戦苦闘しながら解決していく話を妄想した長編小説をひっさげ意気揚々と乗り込んだ。結果は普通で、またあったら持ってきてねと追い返されてしまった。


 もうこの出版社に用はない。大体あの編集者の態度が気に食わない。こんな扱いをする会社はこっちから願い下げだ。私は今までに蓄積してきた土台を武器に、中堅クラスの出版社で募集していた、文学賞を狙ってハードボイルドな刑事を主人公とした長編小説を作り応募した。


 結果は金賞。賞金三十万円と書籍化される運びとなった。評論家からの評価も上々で重版がかかり徐々に鳥鳴篤輝の名前が売れ始めた。


 WEB小説ではペンネームを長命照記(ちょうめいてるき)としていた。ただ本名を音読みにして漢字を当てただけだと思われる。しかし金賞を取った作中で、モブ役の登場人物や地名、言葉遊びから共通点を導き出したマニアの手によって、鳥鳴篤輝のペンネームであることが露呈してしまう。


 結果的に今までWEB小説に投稿した作品にも感想、評価が多数寄せられ、ランキングで月間、日間の上位に入ると、長編小説は書籍化、または重版がかかるうれしいハプニングが起きた。


 こうなってくると波に乗って、生み出す作品が順調に売れ始める。そして過去作品に重版がかかりあっという間に人気作家として世間に周知されていった。


 更に雑誌の取材やテレビ局からのオファーもちらほら出てくるが、私は生前失敗を経験しているので、丁重にお断りした。テレビは爆発的な相乗効果を生むが、切り捨てられるとあらぬ噂が一人歩きする。そんな人生はもうこりごりだ。


 作家業を続けられるうれしさと、重版がかかるうれしさで私は舞い上がっていた。ここにきて未完の作品を書き上げてしまおうと考えた。発表することは考えていなかった。これはもう自己満足の為だけだ。漠然とタイトルや登場人物名は替えてしまった。そんなハプニングは想定していない。ただ何となく替えてしまっただけなんだ。


 売れっ子になると、編集者は否応なしに催促の電話を掛けてくる。何本も同時に連載を手がけるのは慣れてはいたが、億劫でもあった。篤輝の体にも無理が生じたのか、その日は無性に眠たくなった。時間には余裕があるのでちょっと休憩しようと机の上で腕の中に顔を(うず)めると、数秒もかからず深い眠りに落ちていった。


 ――ハッ。気がつくと三時間以上眠ってしまっていた。ぼーっとした頭で、何か大事なことを思い出そうとしていた。


「原稿!」


 今日が締め切りの原稿を編集者が取りに来るはずだ。辺りを探して原稿が入った茶封筒を見つけて安堵する。まだ取りに来ていない。寝落ちするとは何年ぶりだろう。今日は布団でゆっくり休もう。そう思っていると、電話が鳴り母の対応する声が聞こえた。


 一息入れようと大きく伸びをして一階に降りると渡り廊下で、とんでもないことを聞かされた。


「編集者の方なら、今さっき取りに来て、もう帰られたわよ」


 母は今日締め切りの原稿を、編集者が来て既に持って帰ったと言った。


「え? その原稿ならまだ部屋に、あ!?」


 慌てて部屋に戻って、例の原稿を探すが見当たらない。「あちゃー」手を額に当てて天を仰いだ。それは自分の為に書いた小説の方を持っていかれたのだ。


 出版社に電話を掛けて、編集者を呼び出してもらうが、時既に遅し。原稿は次の工程に回されていた。こうなってしまうと戻してもらっても後処理が大変だ。タイトルや人物名を替えておいたのが不幸中の幸いだった。観念するかのように製本される日を待った。




「いやー、打ち合わせとまったく違う内容だったんですが、コレ凄くいいです」


 編集者のとぼけた声が頭に響く。当日原稿を取りに来たとき、何度も声を掛けたが起きなかったので、手近にあった原稿を見つけて持ち帰ったという。


 茶封筒に入れたせいで、本来の原稿には気がつかなかった。確かに普段は間違われないよう一点しか出しておかないようにしていたが、それが今回、仇となってしまった。


 たまたま読み返していたタイミングで、睡魔が襲ってきたことを今になって後悔する。


 製本されたハードカバーの本をまじまじと見つめる。“巡る流星”、これは世の中に出してはならない本だったのに。


「あ゛ー!!!」


 私は本を持ったまま天を仰いで、魂の叫び声を上げた。編集者はその声にビックリして啜っていたお茶をこぼした。




 ――発売日。売れ行きは好調。既に重版が決定し、アニメ化のオファーも届いた。メディア展開していきたいと出版社では息巻いている。そのうち映画化も視野に入れるとか話は勝手に膨らんでいった。


 まずい! 大げさに騒ぎ立てる出版社を尻目に私は頭を抱えていた。それはもうネットで噂が広まっていたからだ。芦屋鏡子の再来か! まさかの盗作疑惑が浮上! 大釜出版社が法廷闘争の構え! など本当かどうかわからないが、どのスレッドも炎上必死の状況に(おちい)っていた。


 ここまで来ると私の行動変容は早い。たがが外れたようにインタビューのオファーを受け洗いざらい暴露した。もうどうにでもなれという気持ちで一杯だった。


 案の定、良く思わない人間が悪い噂をし始める。一時は隠し子騒動まで起きた。私と轍との間に子供は出来なかったし、他の男性との間にそういった行為は存在しない。それは間違いないことであり、轍の心境を考えるといかばかりかと心配になった。


 悪い夢を見ているようで、殻に閉じこもりたい気分だった。といっても篤輝は元々そういう人間だったので、部屋にいるのが普通だった事が今回は救いになった。


 この騒動以降、露出することは積極的にお断りした。本の執筆も書き下ろしだけにして、連載などは断った。人気作家とはいえ、まだ駆け出しの篤輝にとっては痛手だったが、人の関心が収まるまで積極的な活動は控えることにした。


 数ヶ月が過ぎ、本当に映画化の話が現実になったころ、家の電話に懐かしい人物から連絡が入った。大釜出版の丸元省三である。


 私は快諾し、母にオファー了承の連絡を頼んだ。久しぶりの再会に胸を躍らせ、どう切り出すか想定問答に考えを巡らせた。

今後もこんな感じで交互に進行していきます。次話二十時更新予定です。

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