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三.作家、鳥鳴篤輝

元担当編集者、丸元省三が鳥鳴篤輝の家に向かいます。その足取りを追ってみましょう。

 芦屋鏡子のお別れ会が行われた半年後、新進気鋭の作家が現れる。


鳥鳴(とりなき)篤輝(あつき)。四十五歳。大学時代、WEB投稿サイト”小説家になろう”に初投稿した作品が総合ランキング上位を取りオファーを受け書籍化された。篤輝は大学卒業後も定職には就かず、コピーライターや文字起こしのアルバイトをしながら執筆を続けた。


 その後スピンオフや外伝を何冊か書籍化したものの、重版されることも、アニメ化することもなく実家で居候しながら、ひっそりと作家業をしていた人物だ。


 そんな彼が、突然何かに取り憑かれたかのように長編小説を書き上げ、ある出版社へ持ち込んだ。異世界転生ものや、エッセイにも思える短編小説を投稿していた頃とは違い、繊細な人間心理と社会風刺的なウィットに富んだ作品”刑事コープス・ベテラー”は、文学賞で金賞を受賞し、二十万部を超えるヒット作となった。


 篤輝はその後も、今までの鬱憤を吐き出すように、指向を変えた小説を精力的に世に送り出し、見事に重版を重ねて人気作家の仲間入りを果たす。


 そんな中、一部の評論家から、盗作では無いかという疑いが掛けられる。それはかの大先生、芦屋鏡子に似た作風の小説が発表されたことが原因だった。


 新しい小説は話題になりヒットする一方で、芦屋のファンたちは鳥鳴作品の検証を求めてきた。


 大釜出版社、それに芦屋鏡子が没後設立された財団監修の元、芦屋鏡子が最期に書き残した未完の原稿とよく似た作品を目にして驚愕する。それは一部の関係者しか知らない原稿で、登場人物や性格はもちろん、舞台設定やジャンルも類似する点が多い。もし芦屋鏡子だったらと思わせる結末に、皆が諸手を挙げて感動してしまうほどの出来映えだった。




『――さて今回も鳥鳴イズムが際立つ作品が誕生しましたが、これはどんな着想で書き始めたんですか?』


『鳥鳴:これは私と主人公の二人で繋ぐ日記のような、遺書のような……』


 滅多に表に出てこない篤輝が、雑誌のインタビューに答えている“巡る流星”の特集記事だ。


 この作品については深い思い入れがあったらしく、多くの質問を雄弁に答えていた。記事に載せられた写真からは、晴れやかで満足げな様子が見て取れる。


 この記事を読んだファンは沸き立ち、ちまたで話題になり、更に鳥鳴の作品はコミカライズ、アニメ化、映画化など飛躍した。


 ただ、晩年まで芦屋鏡子を担当だった丸元は、この記事に怒りを覚えた。確かに一度は感動した作品だったが、明らかに盗作だ。芦屋鏡子の未発表原稿を、どうやって知ったのか。それを堂々と世間に自分の作品として発表していることも許せなかった。


 飛ぶ鳥を落とす勢いで名声を手に入れ邁進(まいしん)する鳥鳴には、大手出版会社の丸元でもアポイントメントを取るのに苦労した。それほど彼に今、注目が集まっているということだ。


 執筆以外に時間を取られたくないと言う作家は、今時珍しい。鳥鳴もその一人で、最近そうなったらしい。今までの作品と比較しても、なぜこのタイミングで変容したのか不思議だった。芦屋鏡子が亡くなった後から別人のように変わったことがだ。丸元は真相を探るため鳥鳴篤輝の家に向かった。




 ――燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽光にアスファルトの道は熱を帯び、住宅街をまっすぐに伸びる先が蜃気楼のように揺らめいている。その中にある一軒の邸宅、呼び鈴を鳴らして、しばらくすると「どちら様ですか?」とインターホン越しに女性の声が聞こえてきた。


「ご連絡した大釜(おおがま)出版の丸元と言います。鳥鳴篤輝さんご在宅でしょうか?」


「あ、ハイ。今開けます」


 門をくぐり、玄関先に向かうと母親と名乗る女性が出迎えてくれた。ダークブラウンの長い髪の毛と、白い肌、薄化粧したスッキリした顔立ち。どう見ても四十五歳の息子がいるとは思えないほど若く見える。女性は和やかに微笑むと、「どうぞ」と中へ案内してくれた。


 二階へ上がり、女性が声を掛けると中から背の高い男性がジャージ姿で現れた。部屋の中は本が乱雑に積まれ、壁は三方(さんぽう)が本棚で囲まれている。ジャンルはぱっと見ライトノベルが多いように感じた。片隅にはエアロバイクがあったが洋服が掛けられ、最近使われた形跡はない。もっとも篤輝はスリムな体型なので、ダイエット目的では無いようだ。唯一開放感のある南側の出窓から光が差し込み、並べられた小さなサボテンが生命の息吹を感じさせてくれた。


 篤輝は床に積まれた本を無造作にかき分けると、空いたスペースに座るよう(うなが)してきた。フローリングの床だったが、座布団はなく、どうしようかと思案していると、篤輝は積まれた本の上に器用に腰掛けた。


 しかたなく床の上にあぐらをかくと、再びドアがノックされ、先程の女性が座布団を持ってきてくれた。恐縮しながら座布団を受け取り、改めて座り直すと、篤輝は「スミマセン」とぶっきらぼうに答えた。


 大学を卒業後は、ほとんど部屋から出ない生活で、社会人としての教養も得られなかったのだろう。そんな彼が今や時の人となった。えらい時代だ。


 少し今までの著書の感想や、世間の他愛もない話をした後、本題に入る。


「“巡る流星”なんだけど、雑誌のインタビュー記事読んだよ。あれは本当のことかい?」


 努めて冷静に、しかし眼光鋭く丸元は質問する。


「本当も何も、その時のインスピレーションが沸いてできただけの話です」


 メガネの奥の目は虚ろで、気持ちを読み取ることは出来なかった。


「僕は最近まで、ずっとある作家さんの担当だったんだ。芦屋鏡子って知ってるかい?」


 世間では盗作疑惑が噂されている。名前を出して反応を探る。


「いえ、スミマセン。自分の作品以外、興味が無くて」


 至って普通に返事が返ってきた。丸元はじっと篤輝の顔を見つめる。その様子に変化は感じ取れない。


「本当に?」


 疑いの目を向けながら身を乗り出して威圧する。


「本当です」


 じっと見られているのが嫌だったのか、篤輝は急にそっぽを向いて鼻の下を触りだした。


「芦屋ファンの間からは噂があってね。非常に似ているそうだよ。君の作品と」


 表情から真実を読み取ろうとするが、篤輝に動揺した素振りは見られない。逆に少しうれしそうにも見える。


「へぇ。そうですか」


 篤輝は関心がなさそうに、素っ気ない返事をする。痺れを切らした丸元は単刀直入に問いただすことにした。


「君の作風は、担当だった僕が見ても明らかに芦屋鏡子と酷似している。どういうトリックを使ったかは知らないが、“巡る流星”は芦屋の未完の原稿“星の彼方”と瓜二つなんだ。君は一体どこからこのネタを掴んだんだ。悪いことは言わない、他にもあるならこんな先生を冒涜するような行為はやめて欲しい」


 これまでの芦屋鏡子との思い出をぶちまけるように、感情的に篤輝を叱責した。それを聞いた篤輝は、目を見開いて驚いた表情をみせると、下を向いて顔を手で隠しながら黙り込んだ。


「――ふひっ」


 篤輝は肩を揺らしながら、そう呟くと、堰を切ったように大声で笑い出した。


「な、何が可笑しいんだ! やっぱり何かあるんだな! 訴えてやる!」


 突然の行動に虚を突かれた丸元は動揺しながらも、腹を抱えて笑いだした篤輝を罵倒した。


 部屋の外から階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。一体何事かと女性が様子を見に来たのだ。


「ああ母さん、何でも無いから。それよりお茶を入れてくれる?」


 女性が入って来るなり、篤輝は笑いを(こら)えながらお茶をリクエストする。女性は一瞬ためらったが息子の言うことを素直に聞いて、首を傾げながら部屋を出る。そして湯気の立った煎茶碗と個包装されたお煎餅の入った菓子入れを持ってきた。


 女性から「どうぞ」と出された煎茶碗を両手で手に取り、恐縮しながら「いただきます」と一啜り。熱い。今日は正直、麦茶の方がありがたかった。


「人は死んだら来世では何になりたいかという質問がよくある。しかし来世というのは前世の記憶を知る者がいなくなったくらい(あと)、つまりは何百年も先の話だと私は考えていた。だから衰退していく自分と書きたい自分をうまく制御して作品として完成するまでは生きたいと思った。そうでないと悔いが残るし、作家としてのプライドが許さない」


 篤輝はさっきとは別人のような口調で唐突にそんな話を始めた。丸元には理解できず、いぶかしみながらも、口を挟まずじっと聞き耳を立てた。


「しかし何の因果(いんが)かこうして私は現代に蘇った。彼は作家だという。私は彼から新しい人生をもらったんだよ。そして十字架も背負わされた。作家として書き続けろとね」


 篤輝はお茶を啜りながら、薄ら笑った。もしくは落胆したのかもしれない。丸元は理解した。彼とは目の前の鳥鳴篤輝のことだろう。そして、蘇ってできた作品が芦屋の作品と酷似していると言うことは、芦屋鏡子その人という事じゃないか。


 信じられないことが起きた。いや、本人さえそう思っているんだ。そんなことに遭遇するとは……どっちなんだ。良かったのか、悪かったのか。


 丸元が頭の中で押し問答しているうちに、篤輝は手を前に広げて「待った」と言った。


「今、この状況はいわば非常事態だ。誰も想定していないことが起きている。だから黙っていて欲しい。丸元なら私のことはよく理解してくれていると信じている。私はこの第二の人生に作家生命をもう一度賭ける。彼のしてくれたことは本意かどうかはわからないが、感謝している。“巡る流星”はなかなかの出来だろう。手違いで発表されてしまったが彼の作品として残ってもかまわない。これで彼の名が世に残り、世間で評価されれば、人生を奪ってしまった彼への償いにもなる。だからこのことは皆に黙っていて欲しい。……死んでまで苦労掛けてすまんな、丸元省三殿」


 篤輝は苦笑いを浮かべると丸元は頷いた。半笑いをしながら涙が自然に溜まり、目が潤んでいた。


「芦屋先生、しゃべり方が男っぽいです」


「今は、男だからこれでいいんだ」


 ふと芦屋鏡子の声を想像してしまい、吹き出しそうになった。


「わかりました。鳥鳴先生として応援します。皆にはうまく誤魔化しておきますので、心ゆくまで作品を執筆してください。お疲れ様でした。そして本当にありがとうございました。“巡る流星”最高ですよ。皆も絶賛してました。ホントに芦屋史上最高の作品です」


「今は鳥鳴だがな」


 鳥鳴篤輝とは初めて会ったはずなのに、旧友に再会したような錯覚を覚え、驚きの告白を受け、うれしさと切なさと感謝の気持ちで一杯になった。

明日も二十時、更新できるよう頑張ります

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