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9.告白

本日完結になります。最後は丸元省三のターン。

 女性は住宅地の中にある、西洋風のアンティークな喫茶店を教えてくれた。中に入ると常連だったのかマスターと思われる男性は女性に会釈して、親しげに言葉を交わした。丸元に気がつくと驚いた様子をみせたが、女性が何やら説明して頷いていた。


 コーヒーを注文し改めて自己紹介する。


「大釜出版の丸元です」


「あ、ロボット工業大学デザイン科二年の三羽しずくです」


「……」


 それで話が終わってしまった。丸元は思わず昭和のノリでずっこけそうになった。


「それで? えーと、三羽さん。話が、あるんですよね?」


「へ? あ、そうでした。あの、鳥鳴先生の様子はだいじ……いかがでしたでしょうか?」


「はい?」


 篤輝のファンであることは、手に持っている本でわかったが、わざわざ自己紹介してまで聞き出そうとする事に違和感を感じた。


「それは、一般の方にはちょっと言いずらいんですが」


「それって、悪いってことですか? えーどうしよう。やっぱり私のせいで心労がたたってこんなことに」


 私のせい? 心労? とりあえず篤輝と面識があるように聞こえたので、丸元は逆に質問してみた。


「三羽さんは、鳥鳴先生とはどういったご関係なんですか?」


 すると三羽は急に口を真一文字に閉じて下を向いてしまう。いったいこの子は何者なんだ?


「その(かた)は鳥鳴様とよく当店を利用されていた、ご友人関係だと思いますよ」


 ホットコーヒーを二つトレイに乗せたマスターがやってきて、そう説明してきた。彼女は見たところ篤暉とだいぶ歳が離れているようだが、作品の題材でロボット関係の取材でもして仲良くなったのだろうか。


 マスターはコーヒーをテーブルに置いてニッコリと微笑んだ。そして「ごゆっくり」という言葉を残してカウンターへ戻っていった。


「うう……」


 三羽はマスターの説明を聞いて恥ずかしそうに、うなり声を上げる。少し涙目になっているようにも見えた。


「……親しい間柄ではあったと言うことですかね。ならまあ。先生はご病気とかではありませんでしたよ」


「え?」


 (らち)があかないので個人情報だが当たり障りの無い答えを返すと、三羽は顔を上げパッと明るい表情に変わった。目が潤んでいたせいか、その顔はとても魅力的で丸元は思わず息を呑む。


「あ、あ、あの、本当に、本当に体調は、その……」


「ええ、まったく問題ありません。何なら新しい作品を執筆しているようでしたよ」


「ええ!?」


 丸元はつい口を滑らせるが、それを聞いた三羽は再び驚き、とてもうれしそうに目を輝かせて、夢心地のような満面の笑みを浮かべる。そんな百面相を垣間見た丸元は三羽に対する疑いを改めた。


 しばらくすると彼女は意を決したように、丸元に今までの経緯を話し始める。


「あの、私は長命先生の作品が大好きで……本屋で偶然出会って……手紙を書いて……」


 それを聞いた丸元は話しの要点をまとめながら、三羽に確認する。


「だから、心労がたたって書けなくなってしまったんじゃ無いかと考えた訳かい?」


「はい」


 丸元は何となく事情が掴めてきた。ハッキリ言って的外れな理由だったが、それでもこんなに心配してくれるファンがいたなんて、本来の鳥鳴篤輝もやるじゃないかと感心した。


「手に持っている本は鳥鳴先生の“巡る流星”だよね」


 彼女が固く握りしめるハードカバーの本に目を向ける。これは芦屋鏡子が鳥鳴篤輝になって書いた傑作だ。さっきの話だと長命照記のファンのように思えたが何故なのか。


「鳥鳴先生の本は姉が持っていなくて。私ずっと姉の本棚にある本ばっかり読んでいたので。これは初めて自分で買った本なんです。そしたら急に引退のことを知って、私いても立ってもいられなくて、ついこの本を持ったまま先生のお家に来てしまって」


 鳥鳴先生とは二度ほど手紙のやり取りをしたそうだ。お互いの事を書いた文通のような手紙だ。去年の十二月に三羽しずくが手紙を送ったあと、返事は届かなかったという。


 本の執筆で忙しくなったんだろうと思っていた矢先にこの騒動が起きたという事だ。


「この本すっごく面白くて、何度も読んで泣いたり、笑ったり感動してます。でもやっぱり私は“転生美少女アール”の方がしっくりくるって言うか、好きって言うか」


 彼女の感性は、本来の鳥鳴篤輝の方を支持した。芦屋先生の元担当としては残念だったが、それはある意味どうでも良かった。


「君は本当に鳥鳴先生の本が大好きなんだね。僕もいち編集者としてこんなに愛される作家さんに出会えてうれしいよ。その事は、きっと先生の励みにもなると思う。返事は来ないかもしれないけど、また手紙を書いて送ってくれないかい?」


「え? でも今、先生執筆にお忙しいようですし、復帰されてからでもいいかなって」


 丸元は思い詰めたような深刻な顔をして、三羽しずくに本当の正体を明かした。


「ゴメン、(だま)すつもりじゃなかったんだけど、僕は鳥鳴先生の担当編集者ではないんだ」


「え?」


「大釜出版の編集者ではあるんだが、鳥鳴先生の本は出していない。ちょっと込み入った事情があって、今日は無理矢理押しかけてしまっただけなんだ」


「はあ」


 三羽の顔色が曇り不安げな表情に変わる。


「さっき執筆していると言ったけど、それも世に出る作品かどうかはわからない。引退の意思は堅くて、僕の力、いや。恐らく関係者の意見も聞く耳を持たないと思う。だけど三羽さんのようなファンの意見なら変えられるかもしれない」


「そう……でしょうか」


 三羽の声は疑問を含んだような自信の無い返事だった。


「ああ、鳥鳴先生は、その本のプレッシャーに押しつぶされそうになっているんだ。自分の作品に(とら)われ、もがき苦しんでいる」


 丸元は(あご)を突き出し目線を三羽が手に持つ本に向ける。三羽は本を見つめ、信じられないという表情で絶句した。


「特殊な環境で育った先生は、人との耐性がまだ未熟なんだ。それが時に自分の才能をも否定してしまう。でもきっかけさえあれば、きっと蘇る。鳥鳴先生は復活するんだ」


 丸元は手に力を込めて、三羽に訴えかけた。半ば強引な手法を用いて。その言葉を信じて疑わない純粋な三羽には一筋の光が見えたのかもしれない。


「私、応援します! 鳥鳴先生のこと」


 三羽は右手を握りしめ力強く頷いた。


「頼む!」


 丸元はそれに答えるように、右手を握って胸を二回叩き大きく頷いた。


 客観的に見れば、人情に訴えかける三文芝居のように見えるが、演じる二人は役に入りきっていて気が付かない。マスターはグラスを磨きながら、二人のやり取りを遠目から微笑ましく見守っていた。




 芦屋轍の四十九日が過ぎた頃、大釜出版に手紙が届いた。


 デスクに戻った丸本は、届いた書類に目を通していると、その中に混じっていた長形三号の茶封筒を手に取る。パソコンを使って印字されたような書体で表には丸元、裏には鳥鳴篤輝と書かれていた。


 封を開け、中身を確認する。


  *


 拝啓とか俺の性に合わないので割愛する。丸元氏へ。


 先日は俺の愚痴を聞いてくれて感謝する。失礼な態度を取ったことを謝る。


 そのうち世話になるかもしれない。その時はあんたを指名する。以上。


  *


「なんだ……これは」


 A4コピー用紙の左隅に小さく印字された殺伐とした文章を読んで愕然とした。謝罪なのか作品を持ち込むのか、とにかく鳥鳴篤輝は無礼な性格であり、復帰して作家を続けることはわかった。そして封筒にはもう一枚紙が入っていた。それは縦罫(たてけい)書簡箋(しょかんせん)に万年筆で書かれた手紙で、その字体はすぐ芦屋先生のものだとわかった。


  *


 拝啓、丸元省三殿。


 この手紙を読んでいるということは、篤輝は願いを叶えてくれたと安堵している。


 そして私は天命が尽きたという事だ。巡る流星を書いた後に感じたざわめきは、今生の別れという虫の知らせだったらしい。


 皮肉なもので、書きたいものが書き終わってからも新しい発見や出会いがあった。それは九十一年の芦屋鏡子としての人生でも味わえなかった楽しい一時(ひととき)だった。


 こんな事になって、一度は作家として再出発してやると意気込んでみたが、やはり私に時間は無かった。神の気まぐれか、閻魔大王の悪知恵か。とにかく私としては一区切りついたので良かったと思っている。


 丸元には迷惑を掛けたと思う。そこで迷惑ついでにもう一つ、頼みがあってこの手紙を篤輝に託した。それは今後の篤輝の事だ。自分と違う作品を世に出したことで生き詰まることがあるかもしれない。その時は私に変わって面倒を見て欲しい。私は自分で語るのもおこがましいが人気作家として一時代を築いたという自負を持っている。それは作品だけでなく、編集者の教育係としても立派な人材を育てたということだ。


 つまり丸元省三という一流編集者を誕生させた立役者だ。偉いだろう。私の墓には毎月、花を供えろよ。そしてあがめ(たてまつ)れ!


 冗談はさておき、今頃別荘はどんな感じだろう。雪が積もり始めた頃か。轍は元気にしているかい。私がいなくなって寂しそうにしていたら、発破を掛けてやってほしい。頼み事が増えてしまったな。


 まあ私は一度死んでいるから気楽なものだ。本当にあの世があるならそれを題材に書いてみても面白そうだ。異世界転生していたりしてな。


 とにかく、丸元も体に気をつけて。今まで本当にありがとうござりました。芦屋鏡子。


  *


「芦屋先生」


 丸元は感極まって目頭を押さえる。鳥鳴篤輝の事を思いやる気持ち。元担当編集への鼓舞。そして夫への愛と気遣い。いろんな思いが詰まった手紙だった。


 丸元は赤ペンを取り出し、最後の文面『ござりました』の隣に『い』と修正を入れる。


「お疲れ様でした」


 そして両手で手紙を前に突き出し、深々と頭を下げた。




 ――春の芽吹(いぶ)きが感じられる暖かな陽気。時折強い風が吹き抜ける日曜日の朝。鳥鳴邸の前にはドルフィン山田と三羽しずくの姿があった。


 玄関が開いて鳥鳴篤輝が現れた。


「今日も秋葉原へ行きましょうぞ」


「えー、そこの喫茶店でいいじゃないですか」


「何を申すか三羽氏、戦の前にはキュンキュンエネルギーを全身で浴びなければ」


「それは昨日、散々浴びてたじゃないですか」


「一日やそこらでは満タンにならないでござりますよ」


 ドルフィン山田と三羽しずくは言い合いながらも顔がほころんでいた。


「お前ら、人んちの前で何、堂々とじゃれあってるんだ」


「違います! ドルフィンさんが悪いんです!」


「そんなことはありま温泉、シッシッシ」


 篤輝は二人の掛け合いに一笑すると歩き出した。


「あ、そっちは秋葉原ですな」


 篤輝の横をカニ歩きしながら、ドルフィン山田が意気揚々とついていく。


「えー! 違いますよね、鳥鳴さん」


 三羽しずくは抗議の声を上げながら二人の後を追いかける。


 篤輝は二人の声を無視して、まっすぐ前を向き歩き続ける。その顔は晴れやかで、自信に満ち溢れ、不敵な笑みさえ浮かべていた。


 それはまるでこう叫んでいるように感じた。




「俺も、新しい旅をはじめてみるか!!!」






 そんな篤輝たちの姿を物陰から覗く女性の人影があった。女性は一笑するときびすを返し、篤輝たちと反対方向へ歩いて行く。グレーのビジネススーツを着た女性。その女性の正体は。


To be continued.

最後まで読んでくださりありがとうございました。このあと、人物紹介・あとがき・設定資料を投稿します。よかったらそちらもご覧下さい。

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