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島根の拳

作者: 899代島根県知事

俺の小説が読めるのは、なろうだけ!

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西暦599ⅹ年 島根県 辺境


「水……水を……」

頭にターバンを巻き、明らかに島根の気候と合わない分厚い服を着た男が、草木一つ生えていない荒野をフラフラとよろめきながら進んでいる。

歩を進めるにつれて次第に足取りがおぼつかなくなってくる。五十歩ほど歩いた頃だろうか、男はその場に倒れた。

倒れるのとほぼ同時に、百メートルほど離れた場所の岩陰から四人の男達がひょっこり現れた。

男達は黄ばみ過ぎて元の色がわからない麻の着物をも揺らさないようにソロリソロリと倒れた男に近づく。

そして、一人が手にしていた棒切れでつんつんと男をつつく。

「死んだか」

つついた男が声を潜めて言った。

「いや、まだかすかに息がある」

「どうする、トドメをさして、身ぐるみを剥ぐか」

そう言った少し小太りの男が倒れた男の分厚い着物を剥ぐ。

すると、背中には、飛ぶ鳥の姿をひらがなの「と」を模した鳥取県のシンボルのタトゥーが「鳥取は不滅である」主張するように彫られていた。

「こっ、こいつ、鳥取県民だっ!」

小太りの男は絶叫するように大きな声を出して驚きを露わにした。

「馬鹿な……鳥取は既に滅んだはずだぞ」

「と、とにかく、長老に相談しねぇと……」

男達は倒れた男を担いで村に行き、既に百二十歳を超える長老の住む、周囲のものと比較してお世辞には綺麗とは言えない竪穴式住居に入った。

この村には百歳以上の老人が多い。これも島根県が福祉に力を入れ、百歳以上の男女の数が日本一位であるおかげである。(2019年9月18日厚生労働省発表)


「まさか、鳥取県民が生きていたとは……そして、何故このような辺境に……」

長老の問いかけに、水を貰い口をきけるほどには回復した男が答える。

「鳥取は滅びない。たとえ他の鳥取県民が砂丘の砂となろうとも、私がいる限りは……」

男は寂しそうに疲労と飢餓から皺が多く刻まれたガサガサの顔を更に醜くさせた。。

「それで、ここに来た理由だったな。私は、この島根を救いに来たのだ。」

それを聞いた長老は目を見開いた。

「なんと、しかし、今の島根は第八百五十二代島根県知事の治世によっておよそ危機など……つい六年前には不穏分子である内憂、宍道湖七神、最後の一人、松江市長の粛清もされていて……」

そう言った所で長老はハッとして、目の前の男より格段に皺の多い口元をわなわなと震わせながら言った。

「ま……まさか……」

「そう、そのまさかだ。十二年前の『水木しげるロードの惨劇』によって鳥取県民555899人(鳥取県2019年9月時点)その全てが鳥取砂丘の砂と化した……」

言い終えた後、少しの間虚空を見つめてから男はさみし気に付け加えた。

「俺と……もう一人を除いて……だがな」

「ああああああああ!なんということじゃ、もうすぐ神在月だというに……」

皺だらけの手で顔を覆いながら長老が震えた大声を出す。

「……大丈夫だ。それを阻止するために俺が来たのだ。」

男は長老の肩をそっと撫でた。

「しかし、もし本当にあの惨劇が、こっ、この島根で起こるとしてもそれを阻止するとはどうやって」

「問題ない、きちんと策は用意して――」

その優し気な声はカンカンとカラッとした島根の秋の空によく響く大きな鐘の音と何人かの叫び声によってかき消された。

「大変だ!化け物だ、化け物が……江角マキコ似のおらの嫁が触れられた瞬間砂になって消えちまったぁ!」

その悲痛な叫び声を聴くやいなや、男は立ち上がって叫び声の主のもとへ走り出した。


悲劇の舞台へとたどり着いた男。そちらをちらと一瞥した後人影がだんだんと大きくなる。

鳥取県の花である二十世紀梨の花柄の着物に身を包んだ身綺麗な一人の女がゆっくりとそして確実に男の方へ歩を進める。

「あら、お久しぶりねぇ、鳥取県知事」

男は、いや鳥取県知事は女を睨み付けながら言った。

「十二年……ぶりだな……」

「ええ、そうよ。随分と老けてしまって……老いとは悲しいものね。あらあら、そういえば、『元』鳥取県知事だったわね」

女がわざとらしく、そういい終わる前に鳥取県知事は走り出した。

「ええい、問答無用!俺が生きている限り鳥取県は滅びぬ!」

走りながら鳥取県知事は両手を広げた。

その掌からは何か茶色いオーラのようなものがユラユラと揺らめいている。

「まさか、それは!」

女が目を見開く。

「ああ、そうだ。俺は…十二年前とは違う!」

まだ、女と鳥取県知事の間には四メートルほどあった。

しかし!そう!この男に…鳥取県知事に距離など些事であった!

鳥取県知事が拳を突き出す。

すると、サアッとぼろきれのような袖の下から、茶色いオーラが女に向かっていき円状に巻き上がりながら死角無く囲う。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」

女の悲鳴が島根の荒野に響く。茶色いものはオーラではない!砂なのだ!鳥取の象徴!知らぬものなどいない!砂丘を構成する、灼熱の夏には太陽の光を全身に浴び!そして台風の前の日辺りには暴風とともに暴れまわる!あの砂!

砂嵐の中にいるように綺麗だった女の着物や顔がブシュブシュと切り裂かれていく。

「どうだ、これが今の俺の実力。鳥取に伝わる伝説の殺人拳法『鳥取熱砂砂丘拳』だ!」

高らかに、鳥取県知事が叫ぶ。

だが……

「まだまだね」

女はそう呟くと、切り傷だらけの細い指を鳴らした。

すると!さっきまで逆鱗に触れられた竜のように暴れ狂っていた砂はまたたくまに地に落ちた。

「なっ!?」

鳥取県知事は何が起きたのか理解できず、驚きの声を上げる。

「確かに、あなたの『鳥取熱砂砂丘拳』は強力だけど……」

そういい終わる前に、女の身体はぷくぷくと七輪の上の餅のように膨らんでいく。

腕と脚は樹齢千年の丸太のように、胴は鳥取出身の青山剛昌の『名探偵コナン』のアガサ博士の腹のようにパンパンに!

顔には角が生える……その姿はまさに『鬼』。

「その姿……お前はやはり……」

「ええ、あなたもよくご存知の通り、私は十二年前『水木しげる記念館』の館長だった。そして……」

「地下に封印されていた水木しげる大先生の残したあの妖怪メダルを取り込んだのか!」

鳥取県知事の叫びに鬼は微笑で答えた。

鳥取県知事は表情に今までより更に皺を生やし、腕を広げYの形になり、県の鳥であるオシドリを模した構えをとった。

「滅せよ!砂丘の砂と共に眠れ!『砂丘大葬送』!」

先程よりも多くの砂が、鬼の方へ飛んでいき、次々とその赤黒く怒張した肉体に張り付いていく。十秒もたたず、鬼がいた場所には大きな砂岩が鎮座した。

「このまま封印してやる!」

鳥取県知事は拳を握りこむ。しかし!すぐに砂岩の内側から一筋の亀裂が入った。

亀裂はすぐに大きくなり、やがて砂岩はバラバラに砕け散って砂に戻った。

「無駄よ、今の私は全ての妖怪の力を使える」

「その力……まさか、砂かけババアか」

忌々し気な問いかけに鬼は何も言わず、手を前に突き出すことで答えた。

意趣返しのように砂が鳥取県知事の周りにまとわりつく。

五秒後には知事は砂岩となり、もはや知事の姿は見えない。


そこに長老が村の若い男達に担がれて現れた。

「な……なんということじゃ。あ……あれが鳥取県を一夜で滅ぼした……」

「あなたがこの村の首領ね。いえ、もう島根の首領といっていいかしら。」

長老は意味を理解できず、冷や汗を流しながらただ鬼を見つめる。

それを見て、鬼は懐から球体を二つほおり投げた。

それらは村長の目の前にコロコロと転がってきたが、それらを見て!それが何かを認識した瞬間!村長は叫んだ。

「こ、この顔は第八百五十二代島根県知事!そして現松江市長!」

そう、球体は首だったのだ。

「そうよ、既にこの村以外の島根県民は砂丘の砂となったわ。

……あなた達も早く砂となりなさい。」

「なんじゃと!? そんな、そんな馬鹿なことが……」

立ち尽くす村長と若者達の方へ鬼はゆっくりと、しかし確実に進んでいく。

ああ!このか弱い!明日を自分で切り開くことができぬ県民たちは、哀れ!ここまでの命なのか!なんと無情!

しかし、県民たちが己の運命を悟り目を閉じた、その時だった!

ドチャッと音がしたかと思うと大量の石の礫が鬼へ飛んで来た。

「まだ……俺は終わっていないぞ!」

知事を包んでいた砂岩は水に濡れてどろどろに溶けて足元に溜まっている。

「この匂い……コーヒーね」

「そうだ。私は身体の水分を『すなば珈琲』のコーヒーに変換、全身の汗腺から排出すことができる。」

「そうね、鳥取県知事だものね、甘く見ていたわ」

鬼は身体を村長の方に向けながら、知事の方に顔を向けた。

すると!鬼のふさふさした髪は針金のように変わりそれが発射されるではないか!

一瞬にして知事はハリネズミのようになり、地に伏せた。

「知事といえども、所詮人間、こんなものか……待たせたわね」

顔を村長達に向け直して再び歩を進める。

悲鳴があがるが皆動けず、漏らしながら白目を剥き倒れるものまでいた。


!五センチ!鬼のがナイフのような爪先村長の頚に届く!

あと、一センチ!

そこで、鬼の手は止まった。

腕には灰色の糸が巻き付いている。

いや、腕だけではない、脚や胸、顔にいたるまで身体中に巻き付いている。

「お前の動きは封じさせてもらった。この出雲ソバでな」

突然現れ、そう言った男の手には灰色の糸――出雲ソバが絡まっていた。


この場にいる誰もが!鳥取県知事と島根県民の命運は尽きたと思っていた!

だが、しかし読者の皆様には伝えておかなければならぬことがあった!

鳥取県知事はこの戦いの前に、三徳山三佛寺投入堂の跡地でこの復讐の必勝祈願をしていたのだ!!

そして!仏の導きか!あの男が来た!皆の待ち望んだあの男が!


その男の顔を見て村長が大きな声をあげた。

「貴方様は、『松江城の乱』で隠岐に流されたはずの――前松江市長っ!」

それとほぼ同時に鬼が忌々しげに唸った。

「島根の蝿ごときが!」

鬼は出雲ソバを引き千切ろうとするが、なかなか千切れない。

「動かぬのなら、こちらから行かせてもらうぞ。隠岐で鍛上げた我が拳、『島根出雲神拳』をくらえっ」

そう言うと、前松江市長は県の鳥である白鳥を模した構えを取り、鬼に飛びかかる。

「『出雲阿国大乱舞』っ!」

前松江市長はさながら歌舞伎のように!全身を千切れそうなほど振り回しながら次々と突きや蹴りを鬼に喰らわせた。

「ぐぅっ……しかし」

鬼は子泣き爺の力で、石のように堅くなった。

ガチィン……パキ!?

「何故だ、石を砕く蹴りなどとっ!?」

その問いに前松江市長は足の先を鬼に見せながら淡々と答えた。

「これを見ろ。この靴には石見銀山の銀を仕込んでいる。」

前松江市長は言い終わるやいなや直ぐに蹴り続ける。

その様子は、さながらツルハシで炭坑を掘り進む炭坑夫であった。

「だが、これならっ!」

鬼の身体から白い粉ーー雪が吹き出る。

その直後、鬼の半径二キロの気温が一気に氷点下となった!

村長がガチガチと歯を鳴らし震えながら言う。

「不味い……山陰の気候に最適化した我々の身体では……」

村長達や前松江市長は動けずにその場にうずくまる。

「どうだ、おとなしく冷たく佇む砂丘の底の方の砂になれ!島根県民!」

鬼は前松江市長に向かって走り出した。

危うし前松江市長!

しかし!その時不思議なことが起こった。

前松江市長の島根愛に共鳴した出雲大社の神楽殿、その大しめ縄に刺さっていた小銭が神の慈悲か!一斉に鬼に向かって発射されたのだ。

「Gyaaaaaaaaaa!NAZE!?」

鬼の身体は五円玉や十円玉によって次々と穴だらけにされる。

この隙を!神に与えられた一縷の望みを!歴戦の勇者は見逃さなかった。

鳥取県民知事が髪の毛針が刺さったまま、鬼に向かっていく!

「砂漠の気温が氷点下五十度となることがあると!まさか忘れた訳ではあるまい。」

「喰らえ、『鳥取熱砂砂丘拳奥義、すなば珈琲大決壊』」

鳥取県知事は回転しながら、全身から!すなば珈琲のコーヒーを吹き出しながら突撃する。

「あっ、熱い! 溶けて!溶けてしまぅぅ」

鬼は雪女の力を使っていた故にどろどろに溶けてしまった。

その残骸も、荒野に染みこみやがて消えた。


「終わったのか……」

村長が呟いた。

「ああ、山陰の危機は去ったのだ。」

鳥取県知事が感慨深そうに答える。

「だが!これからどうすればいいのだ!既に!生き残った島根県民は我々だけだ!」

そう、既に島根県民は村の三百人と前松江市長を合わせて三百一人しかいないのだ。

「復興など無理に決まっている。」

「やはり我々は滅びる運命なのだ。」

口々に村人達が呟く。

村長が鳥取県知事に問いかける。

「わ……我々はこれからどうすればいいのじゃっ……」

すると、鳥取県知事は言った。

「そんな事は自分で考えろ。立って歩け、前へ進め。

あんた達には立派な観光資源がついてるじゃないか。」

一瞬、出雲大社と松江城と玉造温泉が光輝いた。


かくして、山陰に光が射したのだった。





読んでくれてありがとう!

次回作をご期待ください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう、ちょっとお馬鹿さんっぽいの好きです。
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