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外国人テケテケの倒し方(前)

目の前に件の怪異が現れる。

この距離では一つ前の交差点に戻る前に追い付かれてしまうだろう。


「メリーさん、あれ使わせてもらうぞ」


ポケットから、紙を取り出す。

ここにはメリーさんから教えてもらった、テケテケを撃退する呪文が書かれている。


テケテケはこちらを追いつめたと思っているのか、先程までと違い人間レベルの速さでこちらに接近してくる。

緊張を解すため深呼吸を一つ。


「カナちゃん!!」


そして大声で叫んだ。


「「地獄に落ちろ!!」」


その瞬間、テケテケのあの笑顔が歪む。

変わりにその顔は、まるで渋い柿を食べたかのような顔に変化した。同時に、俺の頭に?マークが浮かぶ。


「…?」


何となくテケテケ自身も?マークを浮かべている気がした。


「…メリーさん」

「なぁに?」

「あれ、効いてるの?」


と、疑問を口にした。

ホラー映画ならこういう時、怪異が叫びながら逃げていったり、光の粒になって消えていったりするものなんだが。

テケテケはそう言う感じではなく、なんか嫌そうな顔をするに留まっている。


「えぇと…」


後ろに座るメリーさんの顔が、なんとなく焦っているように見える。なんとなく嫌な予感がした。


「カナちゃんは外国人って言ったじゃない?」

「そうだな」

「あの子、実は日本語がわからないの…」

「…は?」


今度は俺の顔が驚愕に歪む番だった。


「は?じゃあいつもはどうやって意志疎通してんだよ!?友達なんだろ!?」

「そこは文明の利器に頼って…」

「翻訳機使ってんの!?」

「仕方ないでしょ!ロシア語なんてわかるわけ無いじゃない!」

「逆ギレすんな!!」


何故ロシア語で呪文を教えなかった。

つまり、言葉を理解していないからダメージが無い、ということらしい。テケテケは今、何ともいえない顔をしたまま立ち止まっているが、またいつ動き出すとも限らな…ん?


そこで気がつく。

テケテケの目線が俺の顔ではなく、俺の胸あたりに向いていることに。


そもそもテケテケが人を襲うのは、失った自分の下半身を取り戻すためだ。そして、テケテケは女の子である。


「メリー、今すぐ俺に電話かけて学校に飛べ」

「え?でもキョーヤが…」

「いいから!」


俺がそう言った直後、テケテケが渋そうな顔をしたまま走り出した。同時にあらかじめ出しておいたスマホに着信が来る。


『私メリー。今、あなたの学校にいるの。』


背後にあった気配が消える。

どうやら無事に転移できたようだ。


一瞬で俺の目の前に走り込んで来たテケテケは、相変わらず顔の変化はなかったものの、何かを探すように周囲を見渡している。


「お目当てはもういねーよ」


そう呟く。

意味が通じたのかはわからないが、テケテケは走り去っていった。

通路を曲がっていったのを見届けると同時に、俺はその場にへたりこむ。


「はぁー…やばかったぁ…」

『キョーヤ!?平気!?』

「あーうん俺の方は大丈夫」


そういえば電話をつなげたままだった。

メリーさんはこちらのことをかなり心配していたようで、その気持ちがなんとなくこそばゆい。


『大丈夫~じゃ無いわ!ちゃんと説明して!』

「おうおうわかった。ちゃんと言うから声量もうちょい下げてくれ」


俺は一拍置いて気づいたことを伝える。


「多分、カナちゃんの狙いはメリーさんだ」

『え?』


電話越しで驚いているのがわかる。


「そもそもテケテケは自分の下半身を取り戻すのが目的なわけで、下半身を他人から奪うなら男から奪うのは筋違いなんだよ」


テケテケも男を襲うことはあるらしい。

が、どちらもいるなら当然優先順位がある。


『でも、カナちゃんはキョーヤを狙って走ってたじゃない』

「おれも最初は見境無いのかと思ったよ。でもさっき、カナちゃんが見てたのは俺の顔じゃなかった。」


俺の胸辺り。

後ろのかごに入っているメリーさんは、ちょうどそのあたりに顔が来る。


「だからそうじゃないかと思ってさ」

『…』


メリーさんからの返答は無言だった。

それも当然だろう。助けようとしていた友達に狙われていたのが自分だったのだから。例えこちらは100%の善意だったとしても、裏切られたような気持ちにもなる。少女の心の痛みは想像できた。

だが俺はそのまま話を続ける。


「なあ、そのマナミ先生とやらの力を借りれば、あいつを止められるんだよな?」

『多分…時間さえあればね…』


ここに来て、メリーさんの声色から自信が抜け落ちてしまっている。しかし、ここで奮起してもらわねば。


「メリーさん、俺に作戦がある。これはメリーさんだけじゃなくて、学校の他の都市伝説の力も借りなきゃいけない」

『うん』

「それは俺じゃ出来ないから…」

『うん…わかってる』

「ここまで関わっちまったしさ」


「メリーさんの友達を俺も一緒に助けさせてくれ」


そこまで言って、電話のむこうから笑い声が聞こえているのに気がついた。


「何笑ってんだよ…」

『クスクス…ううん、キョーヤって、すぐにかっこつけようとするんだなーって思っただけ』

「う、うるせえやい!」


どうやら俺は、こういう場面では無駄にカッコをつけてしまうらしい。そして、それを他人から指摘されるのは、顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしかった。



既に日はほとんど沈み、空には星が見え始めている。

桜はいまだに花を咲かせているものの、ところどころ散り始めているようだ。


一度落ちたその花を、舞い上がらせながら疾走する影が一つ。


長い金髪に整った顔立ち、りんご型の髪留めがチャームポイント。

10人男がいれば、10人が振り向くような美少女がそこにはいた。。

しかし、実際にそれを見たものたちは口々に言う。

「あれはこの世のものでは無い」、と。


何かを追うように進み続けるそれが止まったとき、前方には巨大な学校がそびえ立っていた。


影は星を見るかのように目を凝らした。

やがて何かを見つけたのか、満面の笑みを浮かべる。


そうしてテケテケは、髪をひきずりながら学校へ入っていった。



『はぁ…はぁ…ちょっと!すごい!つかれたんだけど!』

「急げ急げ!俺も今そっちに向かってっから!」


電話の向こうから泣き言が聞こえてくる。


メリーさんに作戦を伝えた後、俺は自転車に跨がり学校へ戻っていた。対してメリーさんはというと、既に到着しているテケテケから逃げ回りつつ、カナちゃんの目を覚まさせるための準備をしていた。


道交法をがんがん無視しつつ、俺は学校へ続く桜並木をはしる。


「あとどれぐらいかかりそうなんだ!?」

『小物はあと一個でいいけど、大きいのは私じゃ運べな…私メリーさん。今あなたの学校の屋上にいるの!』


突如として電話から強い風の音が聞こえはじめる。

おそらくテケテケと遭遇したのだろう。


メリーさんの力ならテケテケから逃げ切るのも難しくは無いのだが、本人が言うにはあんまり使いすぎると疲れて倒れるそうだ。

前にも思ったが、やっぱり使い勝手良くないなぁ。


「わかった!俺が行くまで逃げ切れよ!」


と言ってすぐさま電話を切る。

数秒後再び着信がきたら繋げる。


一度の電話で飛べるのは一回だけなので、こうして何度も繋げ直さなければならない。

このスマホは電話を使うことをあまり考えていなかったので、家族以外との通話は結構お金がかかる。

来月の請求が心配だ…


『屋上なら少し休めそうだわ。鍵も締めておいたし』

「りょーかい。俺ももう学校の前だ」


桜並木を抜け、まだ見慣れない校門を突き抜ける。

空には月と星が輝いており、この時間にはもう誰も残っていないだろう。わざわざ置き場に持って行く時間もないので、自転車は昇降口前にとめておく。


「…いや、いざ来てみると、夜の学校って結構こええな…」


まだ新しい校舎であるにも関わらず、内部からは言い様のない不気味な気配を感じる。数日前まではそれだけですんでいたのだろうが、実際に中に怪物がいると思うと恐怖も三割り増しだ。霊感もないただの男子高校生でこれなのだから、時透がここにいたらどんな反応をするのだろう。


『私メリーさん、今あなたの後ろにいるの』


そうして立ち竦んでいると、手に持っていたスマホから、既に聞き慣れたフレーズが聞こえてくる。

振り向くと、そこにはぬいぐるみを持ったワンピースの少女がいた。


「屋上で休んでるんじゃなかったのか?」

「キョーヤがびびってるみたいだったから、仕方無く来てあげたのよ?」

「びびってねぇし!」


口ではそう言うものの、実際のところ安心している自分もいる。

ただ、言葉にするのは恥ずかしかったので心の中だけにとどめておくことにした。


「マナミ先生は?」

「私が運べない荷物を運んでるわ。カナちゃんは今三階だけど、そろそろ降りてくるかも…」

「ならさっさと俺も手伝いに行かねえとな」


学校にとんだ後、メリーさんはすぐさま保健室に行きマナミ先生と会っている。マナミ先生がいうには、冷静だった怪異が突然人を襲うようになることは稀にあるそうだ。

これはそれぞれの怪異のもつ衝動のようなもので、テケテケの場合はものすごく綺麗な足を見た可能性が高いらしい。

ただ、カナちゃんは怪異の中でも冷静だったそうで、こういうふうに暴れるといったことは初めてで、かなり異例らしい。


「なによその顔…」

「いや、なんか無性に悲しくなってな」


そういう変態的事情で狙われているメリーさんを不憫に思わずはいられない。


テケテケを止めるためには、この衝動を何とかして止める必要がある。彼女の目的は下半身を取り戻すことだが、当然生きた女の子の下半身をちぎって渡す訳にもいかないので、ここは俺がたてた作戦が効くかどうかだ。


足止めさえできればあとはマナミ先生が何とかしてくれるらしいのだが、それにはいろいろ下ごしらえがいるようで、メリーさんはその準備を手伝っていた。


「俺はもう大丈夫だから、残りの小物を頼む。」

「わかったわ」


電話を残してメリーさんが消える。

すると、たった今までメリーさんがいた場所の後ろ、廊下の一番向こうに逆立ちの怪物がいるのが見えた。


思わず悲鳴を上げそうになったものの、辛うじて踏みとどまる。

さっきはメリーさんを優先して追いかけていったが、今回も見逃されるとは限らない。

幸いあちらは廊下のポスターに夢中でこちらを向いていない。どうやらポスターに写っている女の子の写真に夢中なようだ。

音をたてないよう慎重に離れる。

と、


ピロリ~ン♪


メリーさんからの着信が来た。

なんつータイミングでかけてくるんだあいつは!?

慌てて電話に出て音を消したものの、時既に遅し。

廊下のむこうから超高速で異形が走ってくる。


「ギャーーー!!」

『えっ!?なになにどうしたの!?』

「来てる来てる!」


目の前にあった階段を二段とばしで駆け上がりながら訴える。

こちらの緊迫した声を聞いて、メリーさんは状況を察したらしい。


『今マナミ先生から連絡あったの。準備終わったって!』

「つまりこのまま走れってことね!」


後ろを見ると、さっきまでとは打って変わり、のっそりと階段を上るテケテケの姿が見える。踏切の時もそうだったが、どうやらこの怪異は上下への運動も得意ではないらしい。


目的地は二号館の理科室だ。

カナちゃんを正気に戻すための準備はそこで整えていて、マナミ先生とメリーさんもそこで待っているはずだ。


今いる三号館から二号館に行くは一度外に出る必要があり、そこはどうしても直線になる。難所となるのは間違い無くそこだろう。


「ハァ…ハァ…三倍快足だ…もってくれよ俺の足ぃ…」

『ふざけてないで早く!』


メリーさんからすればふざけているようにも聞こえるだろうが、俺はこういう緊迫した場面には軽口を言ってる方が落ち着くのだ。


廊下を走り、逆側の階段まで着く。

未だ後ろから何かが迫ってくる気配は無い…が。


俺は横の掲示板に貼られていた女の子のかかれたポスターを破り、それを階段の踊り場へ落とす。

すると階段の下、見えなかった位置から金色の髪の少女が飛び出て来た。


「ほらな!同じ手にはかからねーぞ!!」


テケテケはこちらに笑顔を向けると、今度こそ階段を走り上がって来た。もしこのまま逃げ続けたとしても、先回りされるだけでらちがあかない。

覚悟を決めるしかないか…


俺は少し後ろに下がり、タイミングを計る。

耳を澄ませば、前方の階段からはテケテケの足音がヒタヒタと聞こえてくることがわかった。


そして逆立ちの彼女の胴体が見えると同時、俺は全速力で駆け出した。そのままスピードに乗り…飛び越える!


小学生の頃、階段を何段飛ばせるかを皆で競い合った事がある。

結局あの時はクラスの中でも運動神経が一番よかった斎藤君が、踊り場まで飛び降りを成功させて一位だった。

俺はその時悔しくて、何度も何度も意味もなく挑戦した。


だが、今の俺は高校生。

小学生に負ける筋合いは無い。


足が地面を離れ、宙に浮き、次いで落下。

地面に足が着くと当時に、足に信じられないほどの衝撃が伝わってきた。


「ぐおおおお…」

『大丈夫キョーヤ!?』


ぐずぐずしてはいられない。

後ろを見るとすでにやつがこちらへ降りてきている。


「今行くから待ってろ!」


耳元の声に叫び返しながら階段を二段とばしで駆け下り、昇降口を飛び出す。

さっき止めた自転車が目に入ったが、この距離なら走った方が早い。そう思ったとき、


ズゴオォォン!!

『きゃっ!?』


と、背後から通事故が起こった時のような轟音聞こえてきた。

音の主は考えずともわかる。

俺は足を止めずに二号館へ走った


「キョーヤ!早く!」


どこからか聞き慣れた少女の声が聞こえてくる。

上を見ると、前の建物…二号館の窓からメリーさんが顔を出してこちらに叫んでいる。


目的地はもう目前、そう思った直後、


「ケケケケ…」


今度は聞き慣れない、かすれた女の声が耳元に響いた。

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