超絶難易度鬼ごっこ
商店街を越え少し自転車を走らせると、愛染の言ったとおり古びた踏切があった。
学校が終わってから来たのもあり、時刻は既に夕暮れ時。街はロマンティックなオレンジ色に染まっていた。
「ま、そううまくはいかんよな…」
「いないね」
周囲には今にも崩れそうな廃ビルや、何年も人が住んでなさそうな木造の家が立ち並んでいる。夕暮れ色も相まって、まるで異世界に来たかのようだ。
「もしかしたらこの近くに住み着いてるのかもしれないし、近くを回っておこう」
メリーさんに話しかけたときだった。
カーンカーンカーンカーン
目の前踏切が鳴りだした。
普段は何も感じないその音が、何故かものすごく不気味に聞こえる。
同時に後ろから肩をトントンされた。
振り向くと、メリーさんが上を向いて固まっている。
「おーいメリーさーん。どうしたんですかー?」
「上っ上っ!」
「上?」
言われるがままに上を向く。
上がっていく踏切のポール。それが一番上まできたとき、横の機械の上にはそいつがいた。
作業用のつなぎを着た、長い金髪の女子。愛染とは違い、染めたという感じでは無い。
遠くから見ればふつうなのかもしれないが、この距離なら分かる。あの垂れ下がったつなぎの下半分は、間違いなく中身がない。
沈黙は、電車が通り過ぎていくまで続いた。
「カナちゃん!」
メリーさんが自転車を降りて近づいていく。
どうやら探している人物(怪異?)で間違いない無いらしい。
テケテケは、不気味にも満面の笑みを浮かべながら廃ビルの方を眺めている。
「カナちゃーん!降りてきてよー!」
メリーさんが呼びかける。
しかしテケテケは笑顔でいるだけでこちらにはなんの反応もしない。
「メリーさん、そいつっていつもその顔なのか?」
あまりにも表情が変わらないので、心配になってきた。
「そうだよ?なんでかは教えてくれなかったけど」
「てことはあれがデフォなのか…」
なるほど、夜道であれが迫ってきたら確かに怖い。笑顔というのは場合によっては怒りの顔より怖いものだ。
…つなぎで台無しになっている感は否めないが…
「で、さっきから全然反応しないけど?」
「見えてないのかもしれないわ」
「え?この距離で?」
確かに目線は全然あっていないが、少し下を向けば見える程度。
それとも実は滅茶苦茶遠視だったりするのか?
「カナちゃんはね、自分の下半身を見たくないからって自分より下は見ないようにしてるんだって」
「なるほど。たしかに」
もし自分の下半身が事故とかで無くなったとしたら、みる度に複雑な気分になるのは確実だろう。怪異といってもテケテケは元は人間らしいし、それを思えば当然だ。
対処の仕方が物理的過ぎる気もするが…
「とりあえずこれで最初の目的は果たしたな。」
「そうねありがと、キョーヤ」
メリーさんが笑顔を俺に向ける。
正直かなり大変だったものの、この顔が見れるなら協力したかいもあったというものだ。
「でもカナちゃん、いつもと様子が違うみたい。なにか病気なのかもしれないわ」
「怪異にも病気とかいう概念あんの?」
まだ四月だというのに、今年一のカルチャーショックだった。
「マナミ先生に見てもらえればわかると思うんだけど…」
ぶつぶつとつぶやきながら、メリーさんは自転車に戻ってきた。
「ところでメリーさん」
「なぁに?」
「これさ、俺がちょっとでも離れたら襲われたりしない?」
一筋の冷たい風が通り抜けていく。
今はたまたまテケテケの下にいるものの、後ろに下がるようなことをすれば、たちまち襲われてしまうだろう。
都市伝説の少女は、お気に入りの縫いぐるみを持ったまま凍ったかのように動かない。
「…」
「…?」
「…た、多分」
「おおい!!?」
帰れねえじゃねえか!
「でもでも、これはチャンスよ?マナミ先生はキョーヤの学校の保健室に住んでるから、カナちゃんに追いかけられたらそこに走ればいいの」
「無理に決まってんだろ!?速度差えげつないわ!」
「もし捕まっても、私は逃げるから大丈夫よ!」
「俺が大丈夫じゃないじゃん!」
調べたところ、テケテケの速度は時速100キロ程度。大体高速道路を走る車ぐらいだ。対してこちらは普通のママチャリ。どんなにがんばっても時速40キロも越えられないだろう。
レースをするにしてもマシンの性能が違いすぎる。
「一瞬で追いつかれて俺もテケテケの仲間入りってのが目に見えてんだよ。」
「その時はキョーヤが変わりに七不思議をすればいいんじゃない?」
「鬼畜すぎるだろ!?」
「しょうがないわね、まったく」
「オカンか」
「これほんとは嫌いなんだけど…」
メリーさんがポケットから四つ折りの紙を取りだす。
「あげる」
「お、おう…」
「その呪文を唱えれば、多分襲うのは止めてくれるわ」
メリーさんから紙を受け取る。
呪文というからにはそれはそれは高尚な言葉が連なっているのだろう。
紙に書かれた言葉を見ると同時、俺の目からハイライトが消えた。
「なあメリーさん」
「なあに?」
「一応聞くけどさ…これって俺への誹謗中傷、ではないよね?」
「違うわよ本当にそういう呪文なの!」
直球での嫌がらせというわけではないらしい。
ただ、後ろのものかごの少女がこの呪文を好んでいない理由もわかった。
友達思いのメリーさんは、たとえ嘘でもこういう言葉は言いたくないのだろう。それを俺に教えるのはあまり意味がないような気もするが、実際に命の危機に晒されているのでありがたく調達しておく。
「それあげたんだから、きっちりやってよね!」
「なにを?」
「学校まで走るの!」
「マジでやるのかよ!?」
しかし、文句を言っても仕方ない。
ここを離れようとすれば嫌でもあの怪異の視界には入ってしまう。
立地的にもここより学校の方が近いはずだ。
お母さん、クソ親父…俺今日死ぬかもしんない…
一人悲痛な覚悟を決めていることを知ってか知らずか、メリーさんはいつも通りの天真爛漫な態度で後ろのかごに乗る。
「さあ、レッツゴー!」
「はぁ…どうしてこんなことに…」
◆
「おいおいおいおい!?」
「カナちゃん足はやーい!」
「お前マジでちゃんと後ろ確認しろよ!?本気だからな!?」
たぶん人生でこれ以上必死に自転車をこぐ時は来ないだろう。
今の俺ならサイクリングの世界選手権も優勝出きるに違いない。
数十秒前、この怪物と鬼ごっこを始めた瞬間の感想は「思ったほどでも無い」だった。
テケテケは、こちらが件の踏切から大体100メートル程離れた時に遮断機から降り始めた。その速度がえらく遅かったものだから、100キロというのは冗談では?と思ったぐらいだ。
当然油断はしていないので、その間もしっかり離れてはいたのだが、数秒後に後ろから「来るよ!」と言う声がかかったとき、自分の認識が如何に甘かったかを悟った。
振り向いたとき、テケテケはちょうど腕を地面につけたところで、はっきり言うとほとんど見えないぐらいの距離だった。
しかし、もう片方の腕が地面に着いたと思った次の瞬間、あの怪異は既に顔がはっきりわかるほどに近づいてきていた。
瞬間移動とも思えるレベルのその神業は、当然すさまじいほどの恐怖を植え付ける。
「やばすぎるだろあれは!」
追いかけてくるテケテケの顔がはっきりわかる。
その顔は、最初見たときから全く変わらない満面の笑みだった。
ただ、恐怖の原因はそれでは無い。
テケテケのカナちゃんの顔は、ロシア美人とでもいうのか、かなり整っていて可愛い。
にもかかわらず、あの怪異は首を猛烈に振りながら、逆立ちで迫ってくるのだ。
「いや無理!普通にキモイし怖いわこんなん!!」
「ちょっと酷くない!?」
「お前あれ見て何もおもわねえの!?」
ネットには腕を使って這うように追いかけてくると書いてあったのだが、あれは嘘だ。詐欺罪で訴えてやる。
このままでは追いつかれるのも時間の問題だろう。
トップスピードのまま横道に入る。
テケテケは足が速すぎるので、急な曲がり角は曲がれない。
こうして何度も曲がることでリミットを遅らせることが出きる。
「なあメリー!ほんとに学校行けばなんとかなるのか!?」
「かならずとはいかないけど、マナミ先生なら何とかしてくれると思うわ」
「さっきから誰だよそいつー!!」
ゼエゼエ呼吸を切らす俺に対して、メリーさんは余裕そうに言う。
「マナミ先生は看護士さんの幽霊なの。本人がいうには凄く優秀らしいわよ」
「なんか藪医者感ないかそいつ!」
なんなら医者ですらない。
保健室勤務していたわけじゃないのかもしれないな。
そうこうしていると後ろの曲がり門からあの逆立ちの怪物が出てくる。
メリーさんに教えてもらうとほとんど同時に目の前の交差点を右折した。
「今はまだ距離あるけど、このままじゃ学校着く前に追いつかれんぞ!」
後ろに見えた姿からすると先程よりもかなり距離が縮まっている。いくらアドバンテージがあってもやはり速度の差があまりにも大きい。
「あーやばい俺死ぬかも…」
「まあ最悪下半身無くなるだけだし大丈夫よ」
「それなんか違いある!?」
トラックにはねとばされても無傷なこの少女には、人間の脆さがよくわからないのかもしれない。
「つーかさっきから誰もすれ違わないんだけど!誰にも助け求めらんないんだけど!」
「それはそうよ。今キョーヤは狙われてるんだから」
さも当然のようにメリーさんが言う。
「私達にねらわれている間は、人間にはに会えないようになってるの」
「なにその嫌がらせみたいなシステム!お前らはゲームの魔王か!」
一度相対したら逃げられないらしい。
ゲーム的に考えればこの鬼ごっこを終わらせる手段はただ一つ。
あのテケテケの目をさまさせることしかない。
となるとクリア条件は…
「やっぱ学校まで逃げ切るしかねえのか…」
正直勝てる気がしない。
特別な運動もしていないいっかいの男子高校生にとって、この自転車レース自体がそもそも超絶難易度だ。
火事場の馬鹿力でなんとかしてきたものの、既にスタミナはそこをつきかけている。
「キョーヤ!前!」
後ろばかりを気にしていた俺は、その声ではっとする。
前を向くと、前方の交差点から逆さまの顔が覗いていていることが目に入った。
「先回りとかすんのかよ…!」
俺は慌ててブレーキをかけ、腹をくくる。
テケテケがさっきまでとは打って変わり、スローモーションで通りから現れた。
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