疾走して失踪する怪異
「よし、ここまでで何か質問のあるものはいるか?」
担任の教師(葛城と言う名前らしい)がクラス全体に呼び掛ける。
今は二限、葛城先生が担当する数学の時間だ。
大抵最初の授業って先生の自己紹介だとか今後の予定だとかをするイメージだったのだが、葛城先生は名前とシラバスの紙を配るだけで、特に自己紹介などはなかった。
やっぱり愛想が悪く感じる。
だが、特にクラスの雰囲気が悪い、というわけでもない。
「はいはいしつもーん!」
一番前の席に座る金髪の男子が、陽気に声を上げる。
「愛染、お前の質問は一貫して数学とは無関係だ。前のを最後にもう受け付けないと言ったはずだが?」
「そう連れないこといわないでよかっちゃーん。もしかしたら今回は数学関係かもしんないじゃん?」
出席番号1番、愛染修也。
先生の冷淡さとは対照的に、この男子はかなり陽気だ。
昨日は学校にきていなかったみたいだが、こんなキャラだし、初日から来てなくてもおかしくはない。
悪い奴では無さそうなのだが、個人的にこういう輩は苦手だ。
「受け付けない、と言った以上、例え数学でわからないことがあっても俺はもう答えない。自らを恨むんだな、愛染。」
「かっちゃん、そりゃいくらなんでも薄情すぎんじゃないの~?」
「俺は何度もチャンスをやった。これはお前が悪い。」
一見葛城先生はかなりひどいことをしているように見えるが、愛染は10回以上授業に関係無い質問をしている。好きな食べ物は、とか、休みの日はなにしてる、とか。
最後は定番の「彼女はいますか?」だった。ちなみに先生は律儀にも全部答えてて、彼女はいないが婚約者がいるらしい。
そんなわけで、自己紹介コーナーこそ無かったが、実際のところはほとんど自己紹介をしてしまった形になっている。
「ぶー」と不満を露わにしながら愛染が席に着く。
葛城先生はかなり硬派に見えるが、彼のおかげ(せい?)でそれなりにとっつき易くみえてきた。
◆
「京谷、今から昼ご飯なのだが、どうだいっしょに。」
「ああごめんな。実は先約があってさ…」
「おおそうか。それはすまない。」
「いや、こっちこそ悪ぃ。明日行こうぜ」
時刻は進んで昼休み。
時透が今日も誘ってくれたが、先約が有るというのも本当だ。
この学校は職員室の有る一号館、教室がある二~四号館、武道館・体育館とプール。食堂と、その裏にある如何にもな雰囲気を出す旧校舎で成り立っている。
これのうち二号館は三・四号館と別れて配置されていて、今はその二号巻向かっているところだ。
二号館と武道館には屋上があり、今日のような晴れの日は絶好のお弁当日和だろう。とは言っても普段は開いておらず、本来は体育祭とかの行事の時だけいけるらしい。
当然屋上への扉は鍵がかかっていたが、そこは大丈夫。
「メリー、来たぞ。開けてくれ。」
そのすぐ後、ガチャリと音をたてて屋上への鍵が開いた。
「遅い」
「仕方ないだろ、こっちは授業があったんだから。」
肩をすくめて言う。
メリーさんの力はいろいろ不便なところもあるが、実際のところそう悪いものでは無い。要は俺が把握さえしていればどこへでも行ける訳なので、本来入れない屋上もこうして進入することができる。
二号館は他と離れて配置されているので、屋上だけを目当てにわざわざくるような生徒はいないだろう。
しかも、こうして鍵さえかければ館内からはこれないので、メリーさんを見られる心配も無い。我ながらよくこの場所を思いついたものだ。
「学校で落ち合うならここっていったのはキョーヤの方じゃない」
「そりゃお前一人にしておくのは心配だからな!」
少女を一人にしておくわけにはいけない…というのもそうだが、他にも理由はある。
未だ目的不明の怪異をフルタイムで野放しにしておくのは、俺の学園生活を乱す可能性が高い。こうして落ち合う時間を作っておけば大掛かりな事もできないだろう。
まあつまりは俺は内心ビビっている。
「それにほら、弁当は俺が持ってんだから、どちらにせよ後から合流しなくちゃだろ?」
そう言って俺はリュックサックからマットと弁当箱二つを取り出す。弁当は勿論手作りだ。
メリーさんに渡しておければよかったのだが、彼女の力はあまり重いものを持ち運ぶことができないらしい。
せいぜいが縫いぐるみぐらいのようで、渡せるのはおにぎりひ一つか二つ程度。なんともしょぼい。
マットを引くのをメリーさんに手伝ってもらい、気分はすっかり遠足だ。高校生にもなって子供っぽいかもしれないが。
「そういえば、ここって入っていいところなの?」
「はい?鍵かかってたんだからダメに決まってんだろ。」
そもそも不法侵入ならそっちの方が先だろ!
俺の家に勝手に入ってきてるくせに、そういうところは気にするのか。
◆
「なあ、おまえさあ…」
「うん?」
ご飯を頬張りながらメリーさんがこちらへ向く。
俺の方の弁当箱は既に空になっているが、体格差が有るので彼女とは食べる早さが違う。
彼女にはまだ聞かなければいけないことが有るのだ。
「なんで学校にまで着いてくるんだ?」
「モグモグ…」
「聞こえないふりすんな!」
大きな声に驚いたのか、メリーさんはご飯を詰まらせむせてしまった。
すぐさまペットボトルのお茶を渡す。
「ふあー…助かったわ…」
「それで?」
「え?」
「え?じゃねえよ!質問したろ!」
むせたのも演技だったのではないかと疑う。
今日はしぶしぶ許可したが、毎日となると話は別だ。
時透と昼飯に行くこともできなくなる。
「…うっ」
「?」
「わかったわよ…」
今度はメリーさんの方が折れる番だった。
仕方ない、といった面もちで、話を始める。
「昨日もいったけど、この学校には私の友達が沢山いてね」
「あれ本当だったのか…」
「学校って言えば怪異の話がいっぱいあるじゃない?私の友達ってその子達なの」
メリーさんの友達と言うのだからそりゃ怪異なのだろう。
それも学校ってことなら多分七不思議とかそこらへん。
「てことは花子さんとかベートーベンの霊とやらも実際いるってことか。いよいよやべえなこの学校。」
「ベートーベン?はわかんないけど、花子さんならいるね、多分イメージと違うけど…」
どうやらこの学校の七不思議に、目が光る肖像画は無いらしい。てか花子さんいるのかよ怖えな。
「でね、昨日もみんなのところに遊びに行ったんだけど…」
メリーさんが言うには、この学校には七人(匹?)の怪異がいるらしい。
そのうちの一人がここ数日、完全に消息を絶っているらしく、メリーさんはそいつを探すために学校に来ているらしい。
物部学院七不思議、その三。
追い回すテケテケ。
スマホで調べたところ、テケテケとは上半身しか無い女の怪物らしい。北国出身で、列車事故によって体が半分になったが、寒さで止血されて長時間苦しんだとか。
そのときに失った下半身を探すため、夜な夜な人を追いかけ回すらしい。
って
「明らかに危ない奴じゃねえか!?大丈夫か!?」
「友達を馬鹿にしないで!?」
そんな奴が住み着いてるって滅茶苦茶怖いんですが。
「というかその…テケテケ?は、伝承じゃ北国出身なんだろ?なんでこの学校にいるんだよ。」
北国というのがどこらへんの事を差しているのかは微妙だが、もし北海道出身とかなら電車にでも乗ってきたのだろうか。
「なんかこの学校っていい足の子達が多いんだって」
「なんか変態っぽいなそいつ」
「あと、カナちゃん海を渡って来たんらしいんだけど、あの子すっごく足が早くて、海の上も走れるんだって!」
「いやこわっ!?」
凄まじい速度で海上を突き進む怪物を思い浮かべ身震い。
というか足がないの足が速いってどういうことだ。まさかとは思うが逆立ちで海の上を疾走してきたというのか。
何はともあれ、そのカナという名前のテケテケは、メリーさんに負けず劣らず厄介者らしいことだけは確かだ。
「それでね、学校の子達に頼まれて、私がカナちゃんを探すことになったの。」
「なんでお前が探す必要があるんだ?その友達とやらが探せばいいじゃねえか。」
「学校のみんなは、私と違って外に出れないの!だから私がやらなきゃ…」
つまり、学校に来ていたのは付近を探し歩くためだったわけだ。
メリーさんが小さな手をぎゅっと握りしめ俯く。
友達を思う気持ちは、人間でも怪異でも変わらないということだろう。
そう思うとどうしてだろうか。少し笑えてしまった。
「なにがおかしいのよ!」
「いや、悪い、顔に出てたか」
そして一呼吸置いて言う。
「俺に協力してほしいんだろ?」
そう言うと、メリーさんは凄く驚いた顔をした。
ここまで説明しているのだから、それぐらい察しはつく。
それに、メリーさんの力なら協力者がいたほうが間違いなく早い。
「えっ?そうだけど…いいの?危ないかもしれないよ?」
「まー確かにこええけど、もうお前とそれなりに関わってるしなぁ。しかも、さっき調べた感じだと、テケテケは男には興味無いらしいぜ。むしろ俺の方が安全かもな」
「いや、でもやっぱり…」
メリーさんは尚も何か言おうとしていたので、俺は「それに、」と、付け足す。
「友達なんだろ?」
そういって、メリーさんの肩に手をおく。
「お前が信じてやらなきゃダメだろ。」
柄にもなくキザな台詞を吐いてしまった。
これは家帰ったら悶絶だなぁと思っていると、メリーさんが肩においた手を払う。
「いきなりさわんないで!」
「辛辣だなおい」
「…でもありがと…」
そう言ってメリーさんは笑った。
◆
「あ、そう言えば」
「ん?なんか思い出したのか?」
午後の授業も終わり、学校からの帰り道。
メリーさんが突然声を上げたので聞いてみた。
「うん。実はね、テケテケの話を聞くと、3日後にテケテケが襲いに来るって噂が…「ふざっけんなもっと早く言えぇ!!」