メリーさんは意外と脆い
「今日は楽しかった。明日からもよろしくたのむぞ」
「こちらこそ。まあ気をつけて過ごすことにするよ」
挨拶を交わし、時透と別れる。
今は学校帰りの帰宅途中。
帰り道が途中まで一緒だったということもあり、自転車を押しながら一緒に帰ってきた。
「なんかあいつ、本物っぽいんだよなぁ…」
十分距離が離れた後、自転車に跨がりつつ独り言。
今日1日はずっと一緒に過ごしていたこともあり、いろいろとあいつ自身の話を聞くことが出来た。
どうやら時透は近所の寺の生まれらしく、子供の頃からいろいろ躾られていたらしい。本人は嫌々やっていたそうで、最近になって不満が爆発。寮のあるこの高校に進学したらしい。
とはいえ修業していたのは事実なので幽霊とかの類はうっすらわかるのだとか。
昨日までの俺だったら一笑に付していただろうが、本物の怪異にあった今ではあながち嘘だとは言い切れない。
「朝変なこといわれたのも多分察知してたのかもなぁ…」
時透は初対面の時点で俺の近況に触れてきている。
もしかしたら昨日今日とメリーさんと関わったのが何か関係しているのかもしれない。
「まあ別に大したことでもないか。」
時透は霊感が強いいいやつ。それだけだ。
何かを忘れている気がするが、メリーさんを家で待たせている。
俺は強めにペダルを漕いで、寮への道を急いだ。
◆
「あら?京谷君、こんにちは~」
「こんにちは、管理人さん」
自転車を置いて寮に入ろうとしたところで管理人さんと遭遇した。
寮の掃除やゴミ拾いを積極的にやっていたので、この数週間だけで既に顔見知りのようになっている。
優しそうな雰囲気のおばさんだ。
「今日入学式よね?友達は出来そうだった?」
「えぇまあ。仲良くなれそうです。」
「そう、良かったわ~」
親みたいなことを言う。
子供がいるのかはわからないが、もしいればだいたい俺と同じぐらいの年だろう。
そうそう、と管理人がなにかを思い出したかのように言う。
「さっき京谷君の部屋の前通ったのだけど、女の子がうずくまっていたわよ。」
「えぇ!?なんで…」
「かわいそうだったから管理人室に入れてあげたけど。何か知っていることない?」
管理人さんは責める、というよりは困ったような顔をしている。
俺の家の前、女の子、と来るとやはりあいつしか思い付かない。
取りあえずこの場は嘘をついて誤魔化そう。
「あ、ああ、妹の奴、合い鍵持ってくるの忘れたんだなぁ。」
「あら、京谷君妹さんもいたのね。あんまり似てるようには見えなかったけれど…?」
「実は複雑な家庭なんですよ。」
「あらそうなの?ごめんなさいねぇ」
「迎えに行くんで案内してもらえますか?」
そういうことなら、と言って管理人さんは承諾してくれた。
この人、天然のように見えて実は鋭いのか?いや、やっぱり天然にも見える。
管理人室はすぐ近くだったので、大して時間はかからなかった。
ドアを開けると、部屋の端で膝を抱え、うずくまって座る少女が居た。少女は顔を上げこちらを睨む。何故だか凄く不満そうだ。
管理人さんに知られるのはいろいろまずいので、俺は小声で彼女を問いただした。
「メリー、何で俺の部屋に入んなかったんだ。」
この子は自由に場所を移動できる力を持っている。
鍵が無くても部屋には入れたはずなのだ。
「だって…電話切ってたし…」
「はぁ?」
電話を切っていたら何だと言うのだろうか。
「私、電話が繋がらないとだめなの!」
「繋がりに飢えすぎだろ!」
「ちがっ!?そういう意味じゃなくて!」
「おかしいわねぇ、ここWi-Fiとんできてるはずなのだけど…?」
声が大きかったので管理人さんにも聞こえてしまった。
何を勘違いしたのか、頭上に?マークを浮かべながら、管理人さんが部屋を出て行く。
やっぱ天然だわあの人。
「どういう意味だよ。」
管理人さんも居なくなったので普通に聞く。
すると、おずおずとメリーさんが話し始めた。
「私、いつでも好きなところへ行けるの」
「そうみたいだな。」
「でも、その場所を誰かに電話しなきゃいけなくて…」
「な、なるほど…」
昨日はバタバタしていて聞く暇が無かったが、ようやく本人から話を聞くことが出来た。詳しく聞いたところ、メリーさんの力はいろいろと縛りが有るらしい。
まず電話が繋がらないとダメ、相手がその場所を知ってなきゃダメ。
あんまり遠くもダメ。
なんだか思っていたよりも便利では無いみたいだ。
「じゃあ俺以外にかければよかったじゃん。」
「非通知だと誰も取ってくれなくて…」
「ああ…そりゃそうか…」
どちらにせよ、俺の部屋を把握している人間なんて大した数いないだろうが。何にせよ、メリーさんの力は意外と欠点が多いらしい。
携帯の電源を入れながら、俺は「取り敢えず俺の部屋来るか?」と聞いた。
メリーさんは少し驚いていたようで、きょとんとした顔をしていたが、すぐに笑顔になって頷いた。
◆
隣の部屋でせっせと何かを(多分ルーター)探していた管理人さんに挨拶しあ後、エレベーターに乗って3階のボタンを押す。
隣に立っているメリーさんは手持ち無沙汰なのかぼーっとしていた。その顔が可笑しくて、ついつい微笑んでしまう。
「な、なによ…顔に何かついてるの?」
「いや、別に」
さっきは嘘をついていたが、実際妹がいればこんな感じだったのかもしれない。瑠璃は見た目こそ女の子だったが、性格が俺より男だったので間違っても妹のようとは思えなかった。というかそもそも男だし。
エレベーターが3階に着く。
この階の突き当たりが俺の部屋だ。
鍵を開けると俺より先にメリーさんが部屋へ走り込んで行く。
…土足のまま。
「おい靴脱げ!」
頬を膨らませ不満を露わにしているが、むしろ何故許されると思ったのか。
…いや、路上で生活していたのなら靴を脱ぐ習慣も無いのか?でも昨日は履いてなかったし…わからん。
取り敢えず子供ものの小さな靴を脱がせ、洗面所で手を洗わせる。(手を洗うと言う行為のことも良くわかっていなかったのは衝撃だったが)
今まで手洗いしたことが無いらしいのだが、それにしては手のひらは綺麗だった。服が綺麗になっているのもそうだが、こんなところで非人間性を見せつけられても困る。
「おっやつ!おっやつ!」
「はしゃぐな、下の階に響く。」
実際のところ、この寮はかなり新しく、防音設備も備わっているのでそこまで心配は入らないだろうが。
取り敢えず棚からビスケットを取り出し袋ごと手渡す。
「ほらよ。それと、あの縫いぐるみ、もうなおしてあるからもってってもいいぞ。」
「あれ?もっとかかると思ってたわ」
「お前毎日来るつもりだったのか…」
明日来ると言われたせいで急いでしまったが、確かに昨日の内にやる必要は無かったな。
メリーさんはビスケットの袋を抱えたまま縫いぐるみを抱きしめた。
「トナカイちゃん…もうはなさいからね…」
「いや、やっぱりクマだよな…?」
今日は小声でつっこんでおいた。
「あ、そうそう」
ここで一つ聞かなければならないことを思い出した。
「そもそもお前、なんで俺の家に来たんだ?」
昨日の時点でそうだったが、何故この子は俺の家まできたのだろうか。
自慢では無いが、水無瀬京谷という高校生には特筆すべきような特徴は無い。怪異に付きまとわれるような悪いことをした覚えもなければ時透のように寺産まれというわけでもないのだ。
この質問をすると同時、部屋の中の空気が変わった。
メリーさんはビスケットを机の上に置くと、ゆっくり…まるでホラーゲームの鬼役のように、不気味にこちらへ振り向く。
「ふふ…知りたい…?」
全身の毛がな逆立ち、俺は遅まきにして思い出した。
この子はただの女の子でもなければ可哀想な庇護されるべき存在でもない。
「でも、聞いちゃったら、もう帰ってこれないよ?」
メリーさんの色白の肌が、幽霊のように揺らめきながらこちらへ伸びる。
ガァーー!!ガァーー!!
「きゃっ!?」
と、突然カラスの鳴き声が聞こえてきた。
あまりに唐突だったからか、メリーさんは驚いて尻餅をついている。カラスの声がこんなに大きく聞こえるなんて、防音設備は何をしているのだろう。
「大丈夫か?」
「う、うん…」
先程見せた顔は何処かへ消え去り、今はもとのか弱そうな少女、メリーさんに戻っている。
「あ、そうだ、さっきの話のつづきだけれど…」
「いや、いいよ。俺にいいたくないんだろ?」
メリーさんは驚いたをしたあと、小さく首を縦にふった。
先程の顔は本当に怪異という名前が似合う、ただただ恐ろしいものだった。だからといって接し方が変わるほど俺は薄情ではないが、ああいう反応をするということは多分喜んで話すようなことではないのだろう。
「はなしたくなったら、その時に教えてくれればいい。あと、これからも暇になったら俺のとこにきてもいいから、な?」
「ほんと!?お菓子くれるの?」
「いや、それは無限とはいかねぇけどさ…」
ひとりの人間として、恵まれない子を放ってはおけない。
別にいつも来るわけじゃないし、帰れる場所があるっていうのは良いことだ。
「じゃあ、明日からも毎日来るわね!」
「毎日はお菓子はでねえぞ?」
「あと、学校にも毎日ついてくから」
「は?」
明日からは普通に授業がある。
参観日とかでも無ければ普通の人は入れない。
「今日みたいな特別な日じゃないと、一般人は…いやまあ人じゃねえけどさ。入れないんだぞ」
「大丈夫。そこは私にまかせて」
無い胸をドンと張るメリーさん。
はっきりいって不安しか無い。が、家に来ていいといった手前引き返せないのもまだ事実。
「はぁ…しかたねぇな…」
メリーさんはビスケットを幸せそうに頬張っている。
こういう笑顔を毎日みれるっていうのも悪くないかもしれない。
こうして俺と怪異の、奇妙な同居生活が始まった。