ドタバタ入学式
自転車を漕ぐ。必死に漕ぐ!
「ねえ、どうしてそんなに急いでるの?」
「このままだと遅れちまうからだよ!」
前方に赤信号が見えたので急ブレーキをかける。
甲高い音を立てながらママチャリは止まった。
「ふぅ…」
「ふぅ…じゃないわよ!危ないでしょ!」
「元はといえばお前のせいだろ!自業自得だ!」
そう、ここまで必死に自転車を漕ぐのは、後ろに体育座りをするこの少女が原因だ。
「お前がいちいち止まってって言うから付き合ってやってたんだろ。少しは感謝しろ!」
「だって綺麗な蝶々が飛んでたし、珍しい看板があったし、あの張り紙の人の顔…ふふっ…変だったから気になったの!」
「人の顔をバカにするんじゃありません!」
張り紙、というのはこの町の市議会議員のポスターだ。
ウケねらいなのかなんなのか、確かに変な顔ではあったがスベっている感は否めない。
笑っている人が居るのであれば本望なのかもしれないが。
「あっ!信号青だよ。」
「あぁチクショー!」
ふたたび全力で自転車を漕ぎ出す。
次の曲がり角を右に行けばすぐに学校だ。
そこかしこに制服を着た人達が見て取れる。
「早めにでてたし、こんなに急ぐ必要無かったか?」
「すっごい漕いだからじゃないの?」
あまり速いと危ないということもあり速度を落とす。
「あっ、あれが学校?」
「ん?あぁ、そうだな。」
件の角を曲がるとそれはすぐ見えた。
桜並木の先に校門と、そのさらに奥に巨大な校舎が佇んでいる。
「でっかいね」
「まあここいらだと一番大きい高校らしいからな。」
ついでに校則も緩いんだとかで、進学を希望したのも自由な校風に魅力を感じたからだ。
メリーさんもどこか楽しげで、なんとなく鼻が高い。
「お前、そういや何で学校に来たかったんだ?」
「んー、友達が沢山いるから?」
なんだそりゃ。
そうこうしてる間に校門の前までたどり着いていた。
私立物部学院。
今日から俺が通う高校だ。
大きな看板が校門前に建てられている。
門の前で受け取ったしおりによると、式が行われるのは体育館だが、新入生は各々教室に集合らしい。
そういうわけで、メリーさんとはここでお別れだ。
「ここからは別行動だぞ。」
「ラジャッ!」
「物騒だな」
戦争に行くんじゃ無いんだよ。
特に意味のないやりとりをしつつ、再開を約束して別れた。
そういえば、あいつだけなら一瞬で学校これたのだろうか。
だとしたら、先に行ってもらえば良かったかもしれない。
教室は本館2階。2組とかかれたクラスの前に着く。
中にはいると既に教室はほとんど満員だった。
少し遅れたか?
同時にメガネをかけた先生らしき人がこちらに振り向く。
「名前は?」
「水無瀬です」
「出席番号は12番水無瀬京谷か。ぎりぎりだな。あそこの空いている席で待っておけ。」
教師で間違いなかったらしい。
初対面で嫌われているということは無いはずなのだが、少し高圧的に思える。
取り敢えず席に座っておこう。
と、直後にチャイムが鳴った。
思ったよりギリギリだったらしい。外で見た人たちは間に合ったのだろうか。
『おはようございます。新入生の皆さんは、順番に体育館に集合してください。』
「とのことだ。外に出て番号順に並び直すぞ。スマホは電源を落としておけ。式の途中になったら目立つからな。」
生徒たちがわらわらと教室の外に出て行く。
俺は先生に言われたとおりに電源を切っておく。昨日からしょっちゅう電話が鳴るので、この方が安心だ。
「君、12番の子だよね?」
電話をポケットに入れると、先程まで前に座っていた男子が話しかけてきた。
「あ、はい、そうですけど…?」
「番号順だから俺の後ろだね。11番の時透という。これからよろしくたのむよ。」
全体的に爽やかな印象を受ける。
顔立ちもいいしモテそうだな。
「あぁ、よろしく。俺は水無瀬だ。」
「よろしくな。水無瀬君。」
新入生で初対面にも関わらずわざわざ挨拶とは真面目だ。
こういう手合いはおそらくクラス委員長にでもなるのだろう。
「時に水無瀬君。最近なにか変わったことでも無かったかい?」
「変わったこと?」
無い、と言ったら嘘になるが、俺の口から話すのもおかしな話だ。信じても貰えないだろう。
「いいや別に。なんで?」
「いや、すまない。なにもないならいいんだ。忘れてくれ。」
いきなりこんなこと聞くなんて不思議な奴だ。
◆
『新入生、入場です!』
会場内から拍手や、一部親の声が聞こえてくる。
一つ前のクラスが歩き出した。
すぐ後にこちらのクラスも続く。
2組の1番は初日から休んでいるので、2番の榎本君からスタートだ。
一斉に入場とはいえ、こういう時はかなり緊張する。
「おーい!京谷ぁ!!」
聞き慣れた声が拍手に混じって聞こえてくる。
「うげ、この声は…」
「知り合いかい?」
「ああ…うちの親父」
声の方向に顔を向けると、頭に鉢巻をまいたおっさんが手を振っていた。その横には必死に止めようとするうちの母親と、困った顔でこちらを見る長髪の女の子…ではなく瑠璃の姿がある。どうやら本当に家族みんなで来たらしい。
こちらも苦笑いで手を振っておく。
「いいじゃないか。家族総出でなんて」
「そうなんだけど、恥ずいもんは恥ずいんだよ」
時透がニヤニヤしながら囁いてくる。
当人としては面倒を感じるばかりなのだが。
実行委員会らしき服を着た人が近づいて行くのが見えたので、そのうち注意されるかつまみ出されるだろう。
入学式の始まりだ。
ツルピカの校長先生が出てきて始まりの挨拶、そのまま校長先生の話を始める。
ここの校長はどうやら話が短いようで、1分とたたずに出番が終わった。
続いて保護者会長やら教育委員会やらのお偉いさんが各々話をしては席に戻っていく。
最後に、色白の女生徒が出て来た。
両サイドに屈強そうな男子生徒と、ふわふわした雰囲気の女生徒を連れている。
しおりによると次は生徒会長の話らしいので、両サイドの人物は副会長と書記だろうか。
「あー、一年生の皆さん、入学おめでとうございます。(棒)」
「えぇやる気…」
なんとも脱力を誘う声だ。
カンペがあるのだろうか。顔が下に向いているのもありやる気を全く感じない。
気のせいか、会長の隣の男子生徒も呆れているように見える。
「えー皆さんはこれから、えーこの学校の生徒としてですね、えー恥ずかしくないような人になってもらいたく…」
「会長ぉー?」
ふわふわ女生徒がスピーチ途中にも関わらず会長に話しかける。
「それ、前の人のカンペですよぉ?」
「…」
新入生もみんな呆れていた。
◆
「会長のスピーチ、やばかったな」
「そうだなぁ。早くも心配になってきたよ…」
教室は、件の生徒会長の話題で持ちきりだ。
かくいう俺も時透とその話題で盛り上がっている。
「俺は会長さんの方が心配だな。ここの生徒会長は美人でしっかりしていると評判だったんだが…少し拍子抜けしている」
「まじかそれ。緊張してたんじゃね?」
「うぅむ…それならそれでいいのだが…」
色白の肌と、後ろで纏めた長い髪。確かに美人ではあったとおもうが、しっかりしているという評価はむしろサイドでいろいろ支援していたあの二人だろう。
時透は少し釈然としなそうだが、あれだけの人の前で話すのはかなりの重圧だろう。全校生徒の前でずっこけた俺からすれば、ああも棒読みになる気持ちも分かる。
ガヤガヤした教室の中に、先程の先生が腕時計を見ながら入ってくる。
「これから昼休みを開始する。1時半にはこの教室に戻っているように。」
それだけ言って出ていってしまった。
随分と淡白な先生だな。
「水無瀬君は昼はどうするんだ?」
「俺は弁当作ってきてるんだよな。」
「自作か。凄いな。親睦を深めるためにも食堂へどうかと思ったのだが」
「まじで?いくわ」
時透は随分人当たりがいい。
初日から友達ができる予感がする。