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朝っぱらからの再会

はっきり言おう。

俺はかなり驚いた。


「うわぁぁあん!!」


目の前で、年端のいかぬ少女が号泣している。

大通りの真ん中にいたとはいえ、まさか本当に轢かれるとは思わなかったのだ。


「お前、本当に大丈夫か?」

「だい…じょうぶ…うう…」


あの後、自分の力を見せつけられたのがよほど嬉しかったのだろう。車道の上を能力を使って反復横飛びをし始めたのである。

もう夜遅くとはいっても車の往来はそれなりにある。

その結果、案の定、というのもおかしな話だが、大型トラックに跳ねられてしまったのだ。


「そうは言っても、お前、トラックにはねられたんだぞ?今からでも病院に行った方が…」


轢かれた直後、どう見ても宙を舞っていた彼女は次の瞬間には俺の部屋に戻ってきていた。とはいえこちらとしては目の前で人が跳ねられたのだから、状態を危惧するのも当然だろう。

本気で心配していたのだが、そんな気持ちを知ってか知らずか、メリーさん首を横に振った。


「私、怪我も病気も平気。だから大丈夫なの…」

「そんなわけ…」


メリーさんが着ているワンピースはあちこち擦り切れてボロボロだ。さっきまで持っていたぬいぐるみもボタンの目玉が飛び出ているが、それを抱いているメリーさんの腕には、ただ一つの傷も無い。


「まじか…」


既にわかっていたとはいえ、どうやら怪物の類というのは本当らしい。

怪我が無いのに泣いているのは、ぬいぐるみ大事だったからか、はたまた精神的なものなのか。


「うう…トナカイちゃん…」


どうやら前者だったらしい。

どう見てもクマのぬいぐるみに見えるのだが、それはつっこまないでおこう。


「ああーえっと…それぐらいのだったら直してやれるから、元気出せよ、な?」

「ほんとに?」

「勿論」


自慢じゃ無いが、裁縫は得意だ。

将来一人暮らしするために、家事全般のスキルは昔から鍛えていた。

縫いぐるみを直したことは無いが、少し縫えば多分大丈夫だろう。


「良かった。じゃあまた明日くるわね!」

「ぐぇ…まあそうなるよな…」


がくりと肩を落とす。

裁縫も今すぐというわけにはいかない。

この人騒がせな少女とまた会うことは確定してしまったようだ。


「あ、そういえばお前、何で家に来たんだ?」


いろいろあって忘れていたが、今になって最初の質問を思い出す。いまだに理由を聞けていない。

しかし、顔を上げるとメリーさんはそこにはいなかった。


「…メリーさん?」


どこに行ったのだろう。

再びベッドと、今度はクローゼットの中を見たがどちらにもいない。

開いたままだった窓から顔を出して見たが、さっきのように通りに立って居るということもなかった。


「あいつ、何もいわずに帰りやがったな…」


つまりはそう言うことなのだろう。


部屋の真ん中には、直すと約束したくまの縫いぐるみがちょこんと座っていた。



迎えた翌日。

今日は待ちに待った高校の入学式だ。


昨日は結局縫いぐるみを直してから眠りに着いた。

なし崩し的にとはいっても約束は約束。それなら早めに終わらせておこうと思ったのだ。


縫いぐるみは机の上に置かれている。

左右のボタンの色は若干変わり、脇腹に当たる部分は縫い目が見えてしまっているが、どちらも意識しなければわからない程度だろう。

我ながらうまくやったと思う。


「そのせいで寝るのは12時だったけどね…」


一人暮らしは弁当も作らなければいけないから大変だ。

今日ぐらい学食でも良かったのだが、節約したいという思いもあり、結局6時に起きて弁当を作ることになった。


その後もアイロンをかけたり洗濯物を干したりしていると、知らぬ間に時間は過ぎ、そろそろ出ようと思ったところでスマホに着信が来た。


「なんか嫌な予感…」


かけてきた相手は…父親だった。

若干拍子抜けしつつも、素直に電話に出る。


「はいもしもし」

「おう京谷!元気しとるか?」

「はいはい元気元気。そんで?要件は?」

「なぁに、折角の息子の晴れ舞台だからな。仕事休んだから、母さんと瑠璃と一緒に高校に行くぞ」

「はぁ!?なにやってんだ親父、仕事行けよ!?」


親父はものを考えずに動く節がある。

今回ももともと母さんだけが来る予定だったのに、わざわざ仕事を休んでまで来るというのだからご苦労なことだ。


「まあまあ、父さんも楽しみなんだ。橋の下から拾った子供がこんなに大きく…」

「いつまでそのネタ続けんだ。っていうか瑠璃は?あいつは学校有るだろ?」


瑠璃…とは俺の弟だ。

3歳差で女の子みたいな見た目をしているが、話し方や仕草は結構がさつ。とはいえ根は優しいいい弟だ。


「こっちは県民の日で休みなんだよ。まあ父さんの会社は普通にあるが」

「なるほど。仕事いこうか。」


どうやら全てが偶然うまく噛み合ってしまったらしい。

というか社会人ってそんなに突然休めるものなのだろうか。


「じゃあ向こうでまってっからな!遅刻すんなよ。」

「はいはいわかってるって。前回みたいなへまはしないよ。」


前回とは、言わずもがな。中学での出来事だ。


「ハッハッハ!それもそれで父さんは楽しいがな!」

「ひでえ親父だな!」


そんな会話を最後に電話は切られた。

何年たっても父親のこの性格は変わらない。


「はぁ、これからが本番だってのにもう疲れちまった…」


椅子に置かれたバッグを手に持ち、忘れ物が無いかも確認。


「鍵もかけたな。よし、それじゃ、行ってきます」


家には誰もいないが挨拶はする。

何かの番組でやっていたのだが、こういう風にすると防犯的に良いらしい。空き巣に入られて以降は毎日やるようにしている。


「ま、実際効果あるのかはわからんけど。」


戸締まりも確認したので、さっさと外に出る

ママチャリに跨がって、いざ出発!といったところで再び電話が鳴った。親父がなにか伝え忘れたのかもしれないと思い、画面を見ずに電話に出た。


「はいもしもし」

「クスクス、私メリーさん。今あなたの後ろに居るの…」


直後、唐突に自転車の後の辺りが沈み込んだ。

後ろに振り向くと、やっぱり例の少女…メリーさんがいた。

自転車の籠の中に体育座りで居座っている。


「…」

「な、なによ…?」

「…また今度にしてくんない?」

「なんでよ!」


メリーさんがぷんすか怒る。

しかし、今は忙しいので得体の知れない怪異と戯れている暇は無い。


「明日こいって言ったのはそっちじゃない!」

「まさか朝来るとは思ってなかったんだよ。今から学校なんだ。俺の部屋で待っててくれれば夕方までには帰ってくるからさ。」

「嫌。それなら私も一緒に行く!」


は?


「我が儘がすぎるだろ…。そうだ、縫いぐるみ!もう直しといたから、部屋においてあるぞ」

「今はそういう気分じゃないの」


昨日あれだけ泣いていたのに扱いが雑だ。せっかくなおしたのになんだか損した気分になってくる。


「んだよ、折角直したのに…」

「ねぇ、いいでしょ?」


維持でも連れて行かせる積もりらしい。

あぁ、そんな上目遣いで俺を見ないでくれ…


「う…」

「…?」

「はぁ…仕方無い」

「やった!」


先に折れたのは俺の方だった。

時間も差し迫ってきているし、あんまり流暢なことをしている余裕は無い。


「しょうがないから連れてってやるけど、学校の中まで行ったら一般の人達に紛れてろよ。あと、目立たないようにしろ」


メリーさんの着ている服は昨日と同じワンピースだが、どういうわけか擦り切れなどは無くなっている。

昼間の間ならば少し珍しいぐらいで、特別目立つことは無いだろう。


「わかった。」

「式が終わったら俺の部屋に戻ってくればいい。まぁお前なら鍵が閉まってても入ってこれるだろ?」

「うん。」

「あと、お菓子ぐらいなら勝手に食べててもいい。」

「ほんと?やった!」


昨日入っていたことが本当なら、この少女は普段まともな物を食べていないことになる。

偽善、といわれるかもしれないが、目の前に恵まれない子が入るなら例え怪異でも優しくしてあげたい。


「ほら、出発するからしっかり捕まっておけよ。」


そうして俺は、自転車のペダルを踏みつけた。

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