事後のちゃんちゃん
夢から覚めると、そこは既に見慣れた自分の部屋だった。
いつも通りのベッドにいつも通りの布団をかぶり寝ていたのだろう。
いや、違う。何かがおかしい。
俺は違和感の正体を掴むため、取りあえず身を起こそうとする。が、何か乗ってるんじゃないかというぐらい体が重い。
心当たりのあった俺は布団を少し上げた。
すると中に俺を抱き抱えるようにして寝息をたてる、あの都市伝説の少女の姿があった。傍らにはあの縫いぐるみもしっかりと添えられている。
それと同時に、昨日の出来事を鮮明に思い出す。
俺を追い回す上半身だけの女。学校での出来事。
そういえばあの後の記憶がない。
問いつめようかとも思ったが、傍らで寝息をたてる少女をおこすのは忍びないと思い、自然に起きるまではこのままにしておくことにした。
幸い今日は土日だし、一日ぐらいゆっくりしよう。
そうして何気なく足の方を見たときだった。
布団から足が出ているのに気付いたのは。
始めはメリーさんのモノだと思ったが、メリーさんがいるのはベッドの右側で、足が出ているのは左側なので多分違う。俺の足でもない。
一抹の不安を感じながら、左側の毛布を持ち上げる。
目に飛び込んできたのは首のない女だった。
管理人さんの話ではこの日、防音の寮内にもかかわらず何者かの絶叫が聞こえた、という報告が、寮生から大量に寄せられたそうだ。
◆
「むー…」
「ごめんってば…」
たとえ熟睡していても、あそこまでの大音量を至近距離で聞けば誰だって起きる。安眠を妨害されたメリーさんはかなり不機嫌そうだ。
「はぁ…夢の中のケーキ、もう少しで食べられるところだったのに…」
…これは遠まわしにケーキを奢れといっているのか?
日雇いのバイトで過ごす貧乏学生としてはなかなかにしんどいが…
なんて思っていると、台所からおいしそうな香りが漂ってきた。見ると、マナミ先生が朝食を作っている。
驚かせてしまったお詫びに朝ご飯を作るとのことだったので、今日は任せてみることにしたのだ。
テーブルに運ばれてきたのは、ご飯、小松菜、味噌汁に加えて、日本の朝食として代表的な鯖の味噌煮だった。
全員分揃ったところでいただきますをして食べ始める。
「ん、美味しい」
素直な感想だった。
料理を誉められたからか、マナミ先生は照れたような仕草をしている。メリーさんはムスッとしていたものの、ご飯を食べて機嫌はなおったようだ。
そろそろ聞いてもいいだろう。
「なあ、あの後どうなったんだ?」
「あの後って?」
「カナちゃん止めた後」
どういうわけか、あれ以降の記憶が不鮮明でぼやけてしまっている。それに、メリーさんだけじゃなくマナミ先生までこの部屋にいるというのも、考えてみればおかしな話だ。
「そうよ!あの後大変だったんだから!」
何か思い出したのか、メリーさんが興奮したように言う。
「大変、とは?」
「だってキョーヤ、いきなり倒れちゃうし。すっごい心配したんだからね」
「(頷くように体を反らせる)」
「あー…そうだったのか…」
そりゃ心配もするわな…
俺が倒れた後、この二人は乗ってきた自転車に俺を積み、そのまま寮へ走ってきたらしい。倒れた理由は、マナミ先生の診察ではただの疲労らしく、安静にすればすぐに起きるぐらいだったので、病院には連絡しなかったそうだ。全身の打撲も同様に軽傷らしい。マナミ先生の方は家まで俺の看病に来てくれたんだろう。
「まあ途中で警備員さんがきたときはびっくりしたけどね」
「(頷くように体を反らせる)」
「てかなんで暴れてる時に来なかったんだ」
「それは…カナちゃんに追っかけられてたからでしょ」
「あーそんなのあったな…」
あの魔王みたいな特性ね、と続ける。
会話の合間に味噌汁を啜る。
「あれ?そういえばカナちゃんってどうしてんの?」
「カナちゃんなら今は学校にいるわ。昨日目が覚めて話せたけど、前の優しいカナちゃんに戻っててよかった…」
「そうか。そりゃよかった」
ということはカナちゃんあの後すぐ起きたのか。
また襲われるなんて考えたくないし、率直に良かった。
なんて思っていると、メリーさんがなにやらもじもじとしだす。
「…なんだ?」
「え、いや、ええと…」
…またなにか問題発生か?
なんとなく不安を感じつつ、メリーさんが口を開く。
「私、キョーヤにいっぱい迷惑かけたじゃない?」
「なんだそんなことか…」
確かに俺が怪我をしたのも迷惑かけられたのも事実だが、それはオレが勝手にやったことで、メリーさんが謝るようなことでもないだろう。が、否定するというのもなにか違う気がする。
「だから私、キョーヤに謝りたかったの…」
「別にいいよ。こっちが勝手にやったことだしさ」
「違うわ。私が頼んだからキョーヤは手伝ってくれたの」
そこまで言って、メリーさんは席を立つ。
そして綺麗なお辞儀をこちらに向けた。
「ごめんなさい、あとありがとう」
「いや、だからいいってそういうのは…恥ずかしいし…」
こうやって面と向かって感謝の気持ちを伝えられるのはかなりこそばゆかった。
ふと見ると、マナミ先生もこちらにきを向けているようで、なんとなくほんわかとした雰囲気を放っていた。
「なーに和んでるんですかあなたは…」
「(メモ帳を起動)」
「えーなになに…?『こちらも感謝している。カナは私の友人でもあるからな』…ど、どうも」
大人に面と向かって感謝されるのは、恥ずかしくは無いが変わりにちょっと緊張してしまう。
と、そうこうしている内にそれなりの量あったはずの朝ご飯は無くなった。
どうせ今日も休みだし、昨日の夜やるつもりだった洗濯物でも畳むか…
そんなことを考えていると、マナミ先生が自分の持ち物と思わしき救急箱やら聴診器やらを拾い集め、身支度を始めた。
「あれ?もう帰るんですか?」
『京谷君も起きたことだしな。それに私はこの後仕事があるんだ』
流れるようにメモ帳を起動し、マナミ先生は答えてくれた。
仕事ってなんだ?また怪異がらみ?
しかし、そんな疑問は次にスマホに映し出された文字で吹き飛んだ。
『いや、普通に学校だ。月曜日は学校にいなければ』
それだけ書くと、マナミ先生は急ぎ足で帰って行った。
月曜日?昨日は土曜授業の帰りがけだったから、今日は日曜日のはずだ。
背中に寒けを感じつつ、俺はスマホの画面を起動し日付を確認した。
えぇと4月15日…月曜日…朝8時、か…
「なあメリーさん。俺ってどんぐらいの時間寝てた?」
一応確認のため、事情を知ってそうな奴に聞いておく。
「えぇっと、昨日丸一日寝てたから…大体30時間ぐらい?」
「遅刻だぁぁぁぁ!!!」
気づくと同時、爆速で着替えを済ませ教科書を準備し戸締まりを確認。玄関のドアを勢いよく閉め駐輪場へ走った。