表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界からの召喚に巻き込まれたサラリーマンは、今日も異世界を闊歩する。

作者: sk

朝起きて白いシャツを着て、濃紺のネクタイをしめ、黒のスーツ袖を通し、黒ぶちの眼鏡をかけて家を出る。

俺はいわゆるサラリーマンで色々な道具の貸し出しを行っている会社だ。

朝6時に出社し、タイムカードを切る。

元々は営業だったが、管理部のミスで俺のお客が必要とする物が届かなかった事があり、それから毎朝チェックを欠かさない。

それから、他の営業の納品のチェックを行ってから、午前中の訪問先をチェックしていると8時前に次の社員が出社してくるのが通例だ。


空洞くどうさん、今日も早いですね。」

「おはようございます。衛宮さんもいつも通りですね。」


高卒で数年海外で過ごしてきた衛宮さんは俺より年下だが、語学堪能で家事全般をこなす青年である。


「空洞さん、ここなんですけど…。」

「新しい企画書?少し読ませて。」


新しい品目の商品に取り入れるプレゼンテーションの資料のようだ。


「これ、いいね。」

「本当ですか?」

「じっくり読みたい。何時までに返事が必要?」

「明日までにもらえれば。」

「オーケー。」


企画書のコピーを取って原本を返し、鞄を持った。


「?、何時もより早いですよね?」

「移動時間に読みたいから、少し早めに出るよ。」

「ちょ、朝礼は!」

「今、メールしておいた。じゃ、またあとで。」


晴れた日は基本自転車で移動しているが、こういうときはバスを使う。

バスの路線を考えると取引先には遠回りなのだが、こうした時間にこういった物を処理する。

俺の営業として使える時間は昼一杯。

その間に組んでおいた予定を消化し、会社へ戻る。


「戻りました。」


午後からは、総務関係の仕事を処理に当たる。

朝の業務の成果がある意味不当に評価された結果、午前は営業、午後は事務全般の処理に当たるのが俺の日常だ。

下手したらこちらの方が忙しいのだが、営業の成績を落とすと部長からどやされるので、そちらも気が抜けない。


「お疲れ様です。」


定時に上がる頃には溜まっていたタスクを処理してデスクを去る。

1日机に張り付いていた社員がだらだら仕事をしているのを横目に衛宮さんの机に企画書のコピーを載せておく。

きっと嫌がらせで、これは捨てられるだろうが、個人のメールに打ち直した物を送ってあるので問題はないだろう。

これから、自分の時間で学生の頃から趣味である水泳に勤しむ。

ジムのプールで1時間で3キロちょっとを泳ぎ、30分で筋トレを行う。


「ん?」


会社用の携帯にトラブルメールが入っていたため、会社へ戻ると残っていた社員があわてふためいている。

要約すると今日までに納入の物が届いていないというものだった。


「これ打ち漏れ?」

「…はい。」


俺も朝全部の帳簿チェックできないのでデータを信用するしかない。


「わかった。…お世話になっています。空洞です。社長、無理を承知で…。」


数本、電話をかけてから会社の車に乗り込む。


「他の業務が終わったら帰宅してくれ。」


こういうときのための大型トラックを運転して、品物を積み込みにいく。


「社長。本当に申し訳ありません。」

「わかっているよ、空洞さん。こっちもおせわになっているからね。」

「ありがとうございます。」


俺は自分でもドライな性格だと思う。

それでも、信頼をしてくれる人の気持ちは裏切りたくないと頑張るだけなのだ。


「社長!?」


搬入先に着くと社長を初めとした社員が残っていた。


「空洞ちゃぁん。無理をさせてしまったみたいやなぁ。」

「いえ、こちらこそ、ご心配とご不便を…。」

「気にすんなてや!詫び入れたいと思うなら飲みいくで!!」

「勿論、ご一緒させて貰いますが、まずは納品をさせてください。」

「そんなのはうちの若いのに任せておけばいいねん。」

「いえ、ここまではうちの責任ですので。」

「かたいやっちゃのぉー。早よう、飲みいこうや。」

「なら、社長も手伝っていただけますか?」


この会社は、ヤクザと間違えるほど強面の社員が多いのだが、話してみるといい人ばかりの会社だ。


「あー、よってきたわー。」

「社長、その手には乗りませんよ。ほら、グラスが空いています。」

「くどーちゃぁん!ひどいわぁ!」

「社長、空洞さんに演技は無駄のようです。」

「本当、空洞ちゃんのザルさには脱帽やな。」


社長の行き着けのお店で酒を浴びるほど飲んで、社長をノックアウトしたのが午前2時のこと。


「専務、大丈夫ですか?」

「はい。社長のこんないい顔は久しぶりです。ありがとうございました。」

「今回は申し訳ありませんでした。また、ご連絡差し上げますので。」

「社長が喜びます。」


家よりも会社が近いので会社のソファで横になり、仮眠を取ってから仕事に取りかかる。


「空洞さん、企画書ありがとうございました。」

「ああ、頑張って通してくれよ。」

「空洞さん、昨日はすみませんでした。」

「大丈夫でしたよ。」


俺の表情が固いのかプレッシャーを感じるようだが、そんなことで怒ったりはしない。


「係長から報告書あげてもらっていいですか?

「えっ?、あっ、はい。」


俺は一旦帰ってから営業先へ向かった。


「えっ?報告がない?」


所長からの直電で思わず聞き返す他ない。


「相手へのフォローもしましたし、報告書も担当係長から出して貰う筈になっていますが?えっ、でてないと?違う?俺のミス?……へぇ、あいつそんなことで言ったんですか?」


俺の時間外勤務の証明等の夜間残業したことを証明するものを所長のアドレスに送付し、半休の申請を同時に出した。


「………やってらんねぇ。」


大手の喫茶店でアイスコーヒーを片手にスケジュール調整を行っていた。

毎年毎年、有給を殆ど消化できていなかったのと今回のミスの擦り付けもあったのもあり、ストレス発散もかねて急遽旅行にいくことにした。


「現実的に考えれば温泉旅館か。」


悔しいことに1泊2日分しかスケジュール調整できなかったが、それでも気晴らしには十分だろう。

予定を組み終わり、店内を見渡すと高校生だろうか俺には理解できない飲み物をもってある程度の慎みを持ちながら会話している。


やれやれ………若いと感じるのは自分が年食ったということ、か。


アイスコーヒーの入ったプラスチックのカップを持って外に出ようと出口へ向かった。


…異世界の勇者よ、ここに出でん……


誰かがそう呟いている声が聞こえると足元から光が溢れ、カップが地面に落ちる音が店内に響いた。


「……………何だったんだ?。」


一瞬なのかそれとも長い時間だったのか、それすらわからない感覚の時間があった。


「ようこそ、異世界の勇者達よ。」


これぞ王様といった服装の男が鎧を着こんだ連中に守られて俺達に声をかけてきた。

それを無視して周囲を観察するとローブ姿の人間が取り囲むように立っている。

持ち物はない。


携帯や財布、眼鏡…眼鏡がない!?


俺は眼鏡がなくてもある程度は見えるがそれでもパソコンの文字はぼやけるし、道の標識は読み取れず、10メートル先の人の顔を判別することも出来ないはずなのだが、今は以前よりもはっきり見えている。


「…大臣。」

「はっ。」

「1人多いのではないか?」

「はい。巻き込まれた者がいるようです。」


この場に全ての視線が俺に集まった。


「まぁ、そりゃそうだわな。」


取りあえず説明のため、違う部室へ移動する。

既に用意されていた机や椅子は彼等の分しかなく、俺はその後ろで椅子1つ置かれ、説明を聞いた。


「まず、不安に思われていると思いますので身に付けていた代物について説明します。この世界は、主神インデックス様がおわす世界であり、この方は知識を好むと伝え聞かれます。世界と世界を渡るとき、その者が持つ未知物を召し上げられるとされます。皆様の持物もインデックス様のところにあるでしょう。」

「あの…俺達は帰れないのですか?」

「現状は不可能です。ですが、条件が整えば可能となります。」

「その条件とは?」


俺の質問は返ってこなかった。


「なぜ、召喚されたのか不思議でしょう?」

「…はい。」

「勇者召喚は1つの事例を除き、同じ方法が取られています。」


目の前に置かれたのは杖だ。


「これは聖遺物を模倣したもので、聖遺物は勇者召喚の時に用いられ、その時代において適性者を選び出し、この地へと呼び寄せるとされております。呼び寄せた後は役目を終えて砕け散るとされておりましたが、それは今回確認されました。」

「つまり、聖遺物の数だけ勇者を召喚したと。」

「はい。周期についてはこちらもわかっておりませんが、伝承には大魔王の復活が示唆されており、時期が来れば自然と呼び出されておりました。」

「さっきの俺達を取り囲んでいた人達はなんだったんです?」

「勇者召喚は膨大な力を生み出します。彼等宮廷魔導師が守りの結界を張らなければ城に大規模な損害を与えた事でしょう。」

「あのぉ~、さっきの帰るための条件っていうのは?」

「はい。簡単に言えば旅をしていただき、世界のへそと呼ばれる場所にある門を潜る事です。」

「旅、ですか?」

「ええ。ですが、その世界のへそには瘴気と呼ばれる穢れが常に蔓延しているため、何方かがなられている聖女の力で祓っていただく必要があります。」

「それはそちらにどの様なメリットがあるのですか?」

「はい。普段瘴気は一定の範囲に留まっておりますが、伝承では大魔王の復活により瘴気の波が押し寄せたとあります。」


その後、大臣の男は詳細に説明を続けた。


「これで状況の説明は終わりますが、我々アルカルド王国は皆様の意思を尊重いたします。」


俺はともかく学生達は緊張と講義のような説明によって体力は限界に達していた。


「お疲れのようですね。部屋を用意しておりますので、そちらでお休みください。」


ほぼ無言で案内に付いていく彼等を見送ると大臣と2人きりになった。


「…さて、ようやく話せますね。」

「…。」

「異世界の方なのでご存じないかも知れないが、私は貴族でありその様な態度は不敬罪に当たりますが?」


静かに息を大きく吸った。


「異世界はこちらよりも文明が進んでいるとありますが、敬う心を知らないらしい。」


腹筋から締め上げ、空気を大臣に向けて発射した。

護衛としてその場にいた兵士もいきなり大臣が椅子に座っている所から崩れるように倒れたことで視線がそちらに向かってしまう。


「…は?」


俺は水泳していたお陰か肺活量には少し自信がある。

その肺活量を活かして最大射程10メートルの空気弾を放つことが出来た。

まぁ、10メートルの地点では、タバコの箱が倒れる程度だが、気にくわない相手のタバコの先端の火を落とすことくらいはできる。

全力で人に使ったことはなかったが、思いの外威力があったことに自分でも動揺しつつも兵士に起こされる大臣を見下しつつ椅子から立った。


「意外とちょろかったな。」


俺は見下した大臣から賠償金を責めて城の外にいた。

服装は浮いているがそのままで酒場らしきところへ入る。


「よう、兄ちゃん。珍しい格好をしているな。」


荒くれ者とは違う鍛えられた肉体に身の丈ほどの大きな剣をカウンターに立て掛けている。


「こちらの地元では商人はこんな感じの服装何ですよ。それにしても随分立派な剣ですね。」


その男が頼んでいたものと同じものを頼んで1つ席を開けて座った。


「ああ。俺は大物専門のハンターだからな。」

「それは凄い。今日はいい狩りが出来たようですね。」

「わかるかい?今日は大蛇種の討伐が上手くいってな。懸賞金も付いていたからウハウハだぜ。ハッハッハッ。」


確かに、この場で1番景気が良さそうなのはこいつだ。

まだ昼頃だが、既にかなりの量の酒を飲んでいるように見えた。

おだてながら話を聞いてやるとペラペラと自分のことを話し始める。


「俺は大剣のスキルを手にいれた時から、こうなる運命だったのさ。」


「アビリティは親に感謝しねぇといけねぇな。まぁ、もういねぇがよ!」


「ギフト持ちさえ仲間にできれば俺達はもっと上に…。」


どれくらい飲んだであろうか。

その男が潰れるまで付き合ってから会計をする。


「金貨か、兄さんも羽振りがいいね。」

「ええ、まぁ。」


あれだけ飲んだのに酔った感じがないな…アルコールは確かに感じたが。


「少し小銭が多くなるよ。」

「はい。こちらも細かいのがなくてすいません。」


大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨が混ざった釣り銭を受け取り、大体の貨幣価値を理解した。


「スキル、アビリティ、ギフト。話から推測するにスキルは後天的に身に付けた技能でアビリティは先天的な物、ギフトが特異的な力と言うところか。」


それらを知るためには、成人時に教会でそういったのを調べるかそれ以外の時に金を払って調べるかの2つあるらしい。


教会か…城と繋がりがあったら面倒だな。


ピロリン♪


スマホの着信音がなった気がしたのでポケットを探るが、当然入っていない。


どこから音が?


するとパソコンのスマホの画面程の大きさの表示が出てきた。


新着メッセージ1件。


スマホの要領でタップする。


『ようこそ、私の世界インデックスへ。このメッセージは転生した全ての人に送っています。こちらに呼び寄せたのにはいくつか理由がありますが、端的に言えばこの世界をより面白く発展して貰うためです。対価としてはあなた達の欲望の具現化。ヒントは世界のどこかにあるでしょう。では、よき旅路を。』


画面をタップするとメール本文が消えてメニュー画面のようになる。

どうやら、スマホに近い仕様のようだ。

ちなみに上からメッセージ、ステータス、データ、カミペディアと続いているがデータとカミペディアはまだ実装されていないらしい。


ステータス

name、クドウハジメ

lev、1(neutral)

job、モンスター

gift、天眼、電板、術理論、拡張収納、論理施錠

ability、心力

skill、水流操作、努力、肉体操作、豪傑、現地調達、空力操作


何気なくgiftの天眼の部分に触れた。


gift、天眼

異世界から持ち込まれた何の変哲もない視力補助装具だが、無駄のないフォルムに管理神が気に入りgiftとして昇華した。視力の補正、向上の恩恵を受ける。

gift、電板

異世界から持ち込まれた最新型の情報端末を技術神がgiftとして昇華させた。ステータスやメッセージといった機能を有しており、自分の状態を把握することができる。また、プライバシー保護シートが張られていため、自分以外にこれを見ることはできない。なお、解析は続いており随時アップデート予定、乞うご期待。

gift、術理論

異世界から持ち込まれた腕時計とタイピン、書類を理神が昇華させた。術理に対して恩恵を受ける。

gift、拡張収納

異世界から持ち込まれた収納鞄を時空神が昇華させた。触れているものを収納空間へ自在に出し入れできる。なお、容量はレベルに比例する。

gift、論理施錠

異世界から持ち込まれた電磁施錠具を技術神がgiftとして昇華させた。触れているものに施錠できる他に施錠可能な物に対して条件を指定して施錠することができる。

ability、心力

多種多様の動作に対して働く力を行使できる。

skill、水流操作(E)

長年の努力によって得られた。水中での活動に補正がかかる。

skill、努力(A)

成功は勿論、失敗や悪条件での活動に対して経験値の増加を得ることができる。

skill、肉体操作(A)

肉体操作における補正を受けることができる。

skill、豪傑(EX)

ユニークスキル。

悪条件が妨害があろうとも目的を達する為の道筋を見いだし、それの達成に向けた行動に対して補正を受ける。また、状態異常に対して高い耐性を有する。

skill、現地調達

ユニークスキル。

足りないもの見付け、補うことができる。

skill、空力操作

ユニークスキル。

空気を扱う行動に対して補正を受ける。


何だろう。

これらの原因となった出来事が思い出せる気がするが置いておこう。

最後に気になった物に触れた。


job、モンスター

その生物の限界を超えた存在。

倒したモンスターの力を吸収することで更なる進化への道が開ける。


「酔わなくなったのら豪傑の効果だったか。さて、と。」


自称貴族から金はむしりとったが、俺のイメージ通りなら面子を潰されたあいつは必ず報復に来る。

それは本人が受けた屈辱以上返さないと気は晴れないだろう。

先見隊は出るだろうが、本隊は明日の朝一からでてくる。


…俺の思考じゃない、これがスキルか。


俺は運良く見付けた既製服の店で適当な服を見付けた。


「お兄さんの服珍しいね。買い取ろうか?」

「遠慮しとく。」

「それは残念。」

「向かいの店は何の店だ?」

「マジックアイテムの店だよ。まぁ、ハンターや冒険者向けの店だけどね。」

「なるほど。」


代金を支払って次はそちらの店を眺めて回る。


「買わないなら帰りな。」

「これは?」

「…クリーンボールだ。ボールを割った人間の汚れとかを浄化する。」


この店のマジックアイテムは使いきりのものしかないようで、他のアイテムも焚火起こすためのものや煙玉等数種類がショーケースに陳列している。


「クリーンボールを3つ。」


代金を渡し、店を出る。

店を出ると夕暮れ時となっていた。

そこから宿兼酒場に入って1人部屋を1日分借りる。

こちらの世界の服に着替え、酒場で情報収集に入った。

ここは昼間潰したハンターのような人が来る店ではなく商人が使うような店で賑わっている。

そこでは景気はどうだとか、何が売れたとかとお互いの情報交換が盛んに行われている。

俺も一応商人だ。

それらの話を統合すると国に物を卸す商会が最近物資を大量に買い集めているということと隣国であるイシュタル共和国圏からの物資を優先して買い漁っていると言うことが聞き取れた。


「1人かい?」

「ああ。」


商人風な格好ではあるが、こいつは何か違う感じがする。


「最近は商会に足元を見られててな。何か面白い話はないか?」

「何故それを聞く?」

「聞いて欲しそうにしていたから、かな。」

「見返りは?」

「そちらが望むものを。」


俺の中でようやく釣れたという感覚があった。


「じゃぁ、聞いた話で申し訳ないが、取って置きのを1つ。」

「ほほぅ。」

「兵士達の噂話だが、何でも勇者を召喚しようとしているらしい。」


店の空気に緊張が走った。

やはり、他の人間も聞き耳を立てていたようだ。


「なるほど。どでかい話だ。まさかおとぎ話の勇者様とはな。」

「信じるも信じないもあんたの勝手さ。」


俺は席から立つ。


「おいおい、俺の話は聞かないのか?」

「俺の話に価値はなかったようだからな。」

「あんた、いいところの坊っちゃんなんだろ?収納系のアビリティを持っていてもこういう場には鞄を持ってくるのは鉄則だぜ?」


勘定をそこにおいて部屋に戻った。


「さて、どこまで行くかだな。」


こじんまりとした部屋で物思いに更ける。

さっきの情報は明日になったら一気に拡散するだろう、中には兵士に聞く者も現れるかもしれない。

大臣の捜索隊も撒かないといけないと考えると多少の混乱に乗じてここを出た方がいい。


必要なものは地図、旅の道具一式、それと武器か。

俺のスキル構成には直接的な戦闘系の物は入っていなかった。

それに見た目も大事だとさっき教えられたばかりだ。


自分の部屋の扉に内側から触れる。


さて、giftはどう使えばいいんだ?


鍵をかけるイメージで扉に触れるとgift、論理施錠の設定が起動する。

これの元になったのはスマートフォンと連動して施錠管理ができるデジタル南京錠で、遠隔で解錠やどこにあるかなども追跡することもでき、自転車につけていたものの予備だった。

どうやらこのgiftは俺の手から離れると24時間で効果が切れるらしい。


混乱の発生、捜索隊の妨害、王国への意趣返しの一石二鳥ならぬ一石三鳥の嫌がらせをしに暗闇に紛れて城の方へ戻った。


城を取り囲む堀に入り、音を立てないように泳いでいく。

この城が日本の城のような石垣を積んでいたら面倒だったが、そのようなものはなかったため楽に上れそうだ。

夜でも流石に警備の兵士がいる。

しかし、それほど警戒はしていないようで、篝火の光源に入らないように壁によりながら正門に接近した。


gift、論理施錠


これにより、24時間はこの門は開かないことになった。


「着衣水泳なんてするもんじゃねぇな。」


体に張り付く衣類をどうするべきかと考えていたところで夕方にかったクリーンボールを思い出した。

早速効果を実感しようと1つ手の甲で卵を割るように当てるとボールが消えた。


「…なんもならない。」


不良品か?


gift、術理論

魔法、クリーンの解析に成功。

効果、不浄除去。


効果はあったらしい。

ただ、水浸しは不浄にならないらしい。

あと使えそうなのは、skillの水流操作くらいだが…。


skill、水流操作

ランクアップし、skill、水精霊の加護となりました。


skill、水精霊の加護(C)

水への献身的な活動が認められた者に水を司る精霊から加護が与えられる。


服から水気が消え、水に入る前と同じ状態になった。

訳がわからなかったが、都合がよかったので気にはしない。

流石に夜の時間には普通の店は開いていない。

しかし、人が集まる場所には夜の時間にも空いている店もある。

そこで少しの金を払って夜を過ごしながら情報収集勤しんだ。


「アルカルド王国にイシュタル共和国、ウラーヌ法国、エルドラ帝国、オスマル獣国。」


隣で眠る女から聞き出したのはそれぞれの国の特徴だ。

最も領土が大きいのはアルカルド王国。

しかしながら、功をたてた者に与える土地がもうほとんど残っていないほど、貴族が増えてきているそうだ。

ウラーヌ法国は法皇が国を治めており、神官系のjobがないと外からの入国は認められないほど閉鎖的な国らしい。

エルドラ帝国は帝政を敷き、他国への侵略を繰り返しているそうで評判は良くないが、実力主義であるそうだ。

オスマル獣国は、亜人と呼ばれる種族が集まって出来た国だが、亜人を人と認めていない法国とは仲が悪い。

なので、実質的な選択は1つしかない。

だが、それは俺の立場からであって相手からすれば国外逃亡の行先はオスマル獣国以外は絞り込めていないだろう。

最もそこまで追ってくるとは思えないが…。


「いやはや、ご立腹といったところか。」


朝になると正門が開かないことで城周辺は混乱が起きていた。

大臣だろうか、犯人の目星を俺につけて捜索するためにワイバーン騎士団という部隊を城から出動させて街道沿いに向かわせたようだ。

それとどうやら昨日の商人達が早速噂を広げているようで、勇者という単語を良く耳にした。

そこから戦争を想像する人間は少なかったようだが、昨日よりも相場が上がっているようにも見える。

今のうちに道具を買い込み、安物ではあるがこの国ではオーソドックスな剣を購入した。

どうせ、使えないが持っておけば冒険者に見えなくもないだろう。

それから1週間、俺はこの街に潜伏し、ようやくワイバーン騎士団が出動しなくなったのを確認出来た。


「よう。久しぶりだな。」


そいつは俺が勇者の話を教えた奴だ。

顔を見るにかなりの儲けを出したのだろう。

現に今の市場相場は先週と比べかなり上がっている。

更に俺の噂を呼び水として、召喚されたのは5人だとか、勇者の容姿なども漏れてきている。


「ああ、あんたか。」


こいつは新鋭の商会の人間だったようで生活用品や食材等を勇者の召喚の噂の頃に買い込み、そこから戦争危機に繋がった頃合いに放出することで差額を手にいれていた。


「何しにきた。」

「世間話を聞きに来た。」

「こっちだ。」


人目のつかないところで話を聞くと法国の要人がお忍びで入国したことが噂になっているらしい。


「後は帝国側の国境近くの村からの仕入れが厳しくなったな。」

「そうかい。わかった、ありがとうよ。」

「ああ、またいい話を聞かせてくれよ。」


この1週間は俺にとって準備期間だった。

先ずは、何ができるのかの把握に勤め、それを使った小遣い稼ぎを行い、脱出経路の確認を行った。


「ハジメさん、いらっしゃい。」

「やぁ。仕事はあるかな?」

「ええ。お願いできる?」


gift、術理論でクリーンボールが置いてあった店の商品を解析し、全て使用できるようにした。

そんな俺が行った小遣い稼ぎが、夜の店の掃除だ。

残念ながら洗濯機等がないこの世界で洗濯は重労働であり、こういった店では交代で女達が洗濯をしていた。

それをクリーンの魔法で代行し、小遣いや飯を出してもらっていた。

朝や昼のこういった店は店としてみていないようで捜索の兵士が来たことはない。

それとこの仕事でレベルが上がっていた。


ステータス

name、クドウハジメ

lev、10(neutral)

job、モンスター

gift、天眼、電板、術理論、拡張収納、論理施錠

ability、心力

skill、水精霊の加護、努力、肉体操作、豪傑、現地調達、空力操作


「どうした?」

「ほら、乱暴な人も来るから。」


違う女が怪我をしてベッドで休んでいた。


gift、術理論

ヒーリング。


術理論でマジックアイテムの店に置いてあったヒーリングボールから解析したヒーリングを使用する。


「どう?」

「痛い……。」


まだ、使用頻度は浅いがその経験でも内臓や骨にダメージが残っているようだ。


「いつも思うけど凄い魔力量だね。」

「それだけが取り柄なので。」


小1時間治療を施してようやく動けるようになったが数日は無理してほしくないと思う。


「ありがとう。正規の治療費は払えないけど、色はつけさせてもらったわ。」

「これはサービスみたいなものですよ。」

「夜も遊びに来てね。」


挨拶をしながら店を出て同じ系統の店に入っていく。

こうして夕方になって本格的に営業が始まる頃には最後の店を終えることが出来た。


「えっ?旅に出る?」

「はい。少しでもこの力を役立てるところへ行きたいので。」

「ハジメさんが来てから凄い楽になったのになぁ。」


彼女等は凄く正直に物を言う。


「明日にでも皆さんに伝えておいてください。」

「今日は遊んでいかないの?」

「明日から旅に出ますのでしっかりと休まないと。」


世話になった礼を告げて街の洗濯場へ足を向けた。

既に日が落ちているため人通りはなく、落下防止のロープが張られている。

この街は水路が張られ、洗濯などはこの系統の水路で行われている。

何せ、洗剤もなく、石鹸ですら高級品とされているのだから、人力で汚れを落とすしかない。

その為、日中はところ狭しと賑わっているがこの時間帯は暗がりなこともあって誰も来ない。


「スゥ…ふぅ…。」


気持ちを整える。

水路はこの先地面を潜ってしばらくすると街の外へ出る。

それは調査済みだ。

後は息さえ続けば外へ出れるだろう。


さぁ、自分を信じて飛び込もう。


ベストタイムは20分35秒の潜水時間はあくまでも体を使わないことが条件だ。

その為、脳から思考を外し、鼓動も意識的に低速に酸素を消耗する筋肉の活動を最小限に切り替える。


「ぷはっ。」


案の定、出口には柵もなかった。

このまま、流されて地図にある森まで行くことに決めていた。

今は南に流れているので東にあるイシュタル共和国へ向かうには遠回りだ。

しかし、ワイバーン騎士団が再び警邏を再開しないとは限らないので遠回りでも森を通っていくことにしていた。

目的の森につくと川から上がり、スキルなどで衣服を元に戻し、ファイヤーボールを地面に投げた。

この森は街から近いと言うこともあってモンスターはかなり間引かれているそうだ。

giftで火を起こしてもよかったが、継続して使用しないといけないので、この場面では道具を使用することにした。

ギフトとスキルの違いも大分わかってきた。

ギフトは使用する事に対してデメリットはないが、それ以外の用途には使用が難しい。

いい例が術理論で、解析した魔法を再現するのは簡単なのだが、そこで改良を施す事が出来ない欠点がある。

まぁ、その欠点を除いても十分反則的な性能なのだが。

一方、スキルは用途の幅が利く物が多い。

水精霊の加護は服に染み込んだ水を分離させる事も出来れば、空気中の水分を集めて発射することが出来る。

便利なのだが、その分のデメリットもある。

最たる物が再使用までの時間があるということと消費魔力があり、スキルに対して負荷がかかる行動ほど再使用までの時間と消費する魔力が大きくなる。

さっきの空気中の水分を集めて発射する行動も近くに水源があればさほどの負荷はかからないが、全く水がない場所でやると明確な差が出る。

後、大きな問題があり、体力と魔力を可視化することが出来ないようで、自分にどれだけの魔力が残っているかわからないので乱発は避けないといけない。

と言っても、それに注意しないといけないのは水精霊の加護くらいなもので、努力はパッシブスキルのようで消費魔力の関係はなく、肉体操作も加護と比べると魔力的疲労度は少ない。

きっとランクの違いも関係があるのだろう。

そして、EXランクであるユニークスキルだが、限りなくギフトに近い使い勝手で、現地調達と豪傑を意識的に使うことが出来ないのが欠点だが、空力操作は非常に面白い。

空力操作を意識して使うと水の中にいるような感覚に陥る。

それを手で押せば風の塊が押した強さで進んでいくし、水底から浮上するときのようにキックしていくと一時的に空を飛ぶことも出来る。

今後はこのスキルを主軸として生きていくことになるだろう。

まだ、使えていないジョブとアビリティの存在が頼もしくも不気味ではあった。


「俺は、一般的な、成人男性、だっての!」


森を歩くこと2日。

既にアルカルド王国は見えない位置まで移動しているが森が深くなりすぎて脱出できていない状態だった。

地図もかなり適当なもので正直合っているかわからない。


「…あっ。」


gift、電板


そこにはバージョンアップのお知らせと書かれている。

内容は地図の実装とあった。


「っしゃぁ!」


地図を起動すると俺を中心に地形が形成されていく。

中心に青点があり、その広報に当たる位置には赤点が1つ点っている。


真ん中の青点が俺で…この赤点は?


振り替えると緑の肌の人の形をした何かがいた。


gift、天眼

モンスター・ゴブリン。


話には聞いていた。

こいつらは1匹でいることはなく、群れを成していると。

同胞の獲物を見付けたときの声に敏感で直ぐに駆け寄ってくる。


skill、空力操作


距離は5メートル。

反応は俺の方が早い。

手加減等してられない。

全力で空気を殴り付ける。


ゴブリンの顔を潰れた。

しかし、それで安堵したのがいけなかった。


「……うごぉ………。」


ゴブリンは小さな呻き声を残して倒れた。


「大丈夫だよな?」


地図を再び見る。


「大丈夫じゃなかった。」


砂糖に群がる蟻のように赤点が迫ってきている。


逃げる?

いや、もう間に合わない。


ゴブリンからこん棒を剥ぎ取り、地図を頼りにバッティングセンターの要領で空気の球を打っていく。

それがなぜか面白いように相手に当たる当たる。

バッティングセンターなんて何年もいって居なかったが、今ならポールを狙って当てられそうだった。

降り続けること10分、ようやく赤点が1つになり、それも動かないまま数分が経過する。

様子を見に行くとホブゴブリンと表示されたモンスターが体に数ヵ所の穴を作って身動きが取れなくなっていた。


「他は全滅したか。」


赤点から黒点に代わっている。

どうやら、殺すとその色になるらしい。


「悪いが生き残る為でな。」


反撃されない距離で最後のスイングをすると赤点は無くなった。


「最後のボールを使うときが来たか。」


解体玉。

あの店で最も古くからある代物らしく、死んだモンスターの素材だけを残して消してくれると言う。

使い方は死んだモンスターにぶつけること。

ちなみに注意事項として、人力で素材を剥いだときよりも数が取れなかったりすることもあるとのこと。


「人の形をしたモンスターを解体するのは難しいな。」


多少のロスを覚悟して先ずは側のゴブリンにぶつけた。


gift、術理論

解体魔法を解析しました。


あっ、でもこれって死体に触れないといけないのか…少し抵抗がある。


と思っていたら、ホブゴブリンが素材化した。

その後、ゴブリンも素材化すると残っていたのはどれも魔核というアイテムだけだ。

ホブゴブリンの方が少し大きいが、ゴブリンはビー玉くらいのサイズでこのくらいのサイズはどこかで…。


「……あっ。」


見覚えがあるはずだ。

何せクリーンボールとサイズがぴったり合う。

というか、これが原料なんじゃないのか?


メッセージ。

jobに変更がありました。


「?」


ステータス

name、クドウハジメ

lev、13(neutral)

job、モンスター(ノーマル・空鬼)

gift、天眼、電板、術理論、拡張収納、論理施錠

ability、心力

skill、水精霊の加護、努力、肉体操作、豪傑、現地調達、空力操作


job、モンスター(ノーマル・空鬼)

鬼系のモンスターを風系のスキルで倒すことで特殊進化した個体。

特技として風爪を使用する。


風爪?


人差し指を立てて何回か振ると近くの木に切れ筋か入る。

接近戦はまだ覚悟がつかないので出来ないが、これは便利なものだと理解した。


「空鬼か、もしかして見た目も変わってる?」


skill、水精霊の加護


水を空気中から集めて鏡のようにすると見た目は変わっていなかった。


これ、モンスターを狩り続ければ更に進化するのか?


この時は自分が半ば遭難していた事を忘れて向かうはずの方向とは逆方向に進み始めていた。


1か月後…。


「お前で最後だ!!」


木上から風爪を振りかざす相手はこの森のボスとも言える岩熊。

しかし、ただの風爪では傷がつかないことはここ最近の戦闘で経験済み。

これは上に注意を引き付ける為だけの一撃で、空力操作で下へ素早く落下し、かかった圧力を無視して素早く岩熊へ跳び寄る。


gift、論理施錠

岩熊の目と口を施錠。


視覚と呼吸の大半を封じられた岩熊は目の前にいた俺を押し潰そうとしてくる。

それを真っ向から受け止める。

岩熊は月の輪熊よりも大きく、通常の人間では太刀打ちできないだろうし、以前の俺でもベンチプレス120キロ程度の俺では無理だ。

それが今では角猪という額に角を生やした突進して来る猪を真っ向から受け止めることが出来るほど成長していた。

しばらくすると呼吸がうまく出来ずに岩熊の力が弛んだ。

後は弱ったところを首の骨を狙って近くの太い木の枝でスイングするだけだった。


「おっ、ラッキー。」


肉と毛皮、魔核が手にはいる。

早速、肉は串焼きにして食すことにした。


「相変わらず塩気がないと不味いなぁ。」


それでも不思議と食えるのは俺のジョブが鬼系だからか。


「そろそろ、イシュタル共和国を目指そうか。」


下手に凝り性だったのがいけないのだが、森で色々試しているうちここでの生活に順応しすぎていた。

電板の地図を頼りに森を抜けて平野を歩く。


そういえば、獣ばかり食べていたから獣臭いかもな…。

街に付くまで水を多めに飲んでおくか。


skill、水精霊の加護

飲料水精製。


歩いていると村に付いた。

すると入口にいた男達に木の槍を向けられた。


「な、何者だ!?」

「旅の商人ですが?」

「嘘を付け!お前のような商人がいてたまるか!!」


これはジョブのデメリットか何かなのか?


「何か商人らしいことをしてみろ!」

「商人らしいこと…ああ、これでどうでしょう?」


拡張収納を使って普通の鞄をマジックバックのように見せたところ警戒心が薄まった。

マジックバックはアビリティの収納と似た性能のようで非常に効果な代物だ。

その為、山賊等には購入が難しく、また駆け出しの商人も持てないのため、一人前の商人の証しとも認知されていた。


「最近は近くの村が山賊に襲われて被害が出てきているので警戒を強めていた。」


こういうときは説明よりも謝罪が先に来るものだが仕方ないか。


「ちなみにここはアルカルド領内ですか?」

「ああ、そうだか?」

「国へ報告は?」

「こんな田舎に救援なんて来てくれないさ。冒険者組合に依頼を出すのも金がかかるしな。」


あたかも金かないというアピールか。

まぁ、こっちも留まる気は失せた。


「では、私はこれで?」

「は?」

「もう日が暮れるぞ。」


その反応は泊まっていくかと思ったか?

盗賊に狙われている時点で外で寝るのも村で寝るのも危険度は変わりない。

なら、1人の方が気楽というものだ。


その村を離れた頃、近くをとある集団が陣を張っていた。


「剣姫様、そのようなことは我々がいたしますので。」

「やらなければ覚えませんので。」


剣姫と呼ばれた少女は自分が使うテントを四苦八苦しながら建てることに成功する。

しかし、手間取りすぎてその頃には夕食が出来上がっていた。


「すいません、手伝うと言っておきながら…。」

「はっはっはっ。良いってことですよ、お嬢。」


剣姫こと如月彩花きさらぎさやかは、召喚された5人の中の1人で剣姫というジョブを得た少女だった。

この召喚で現れたのは勇者、聖女、賢者、賢者、魔法剣士の5人とされている。

この5人組は勇者と魔法剣士を中心に聖女は勇者の恋人、賢者は勇者の幼馴染み、剣姫は魔法剣士と同じ係という関係性でよく集まっていた。

召喚された日もテストが終わり、喫茶店で集まっていたところだったが、気が付いたら知らない男性を巻き込んだ形で異世界へ到着していた。

当日は大臣から召喚された理由と能力関係の説明で翌日からは施設の案内や座学等を受けさせられていた。

そこに違和感を感じた事はなかったが、今思えば自分達の自由意思が失っていたように思える。

それに気がついたかどうかはわからないが、魔法剣士が経験を積みたいと大臣に申し出た事で5人の関係性が少し崩れた。

彼は、このグループでの斥候等の城では学べない技能の必要性を大臣に訴えて、出陣に必ず戻る事を条件に数人の騎士と共に城を出た。

ついで行動に出たのが賢者で、宮廷魔導師に指導を求めたいと先に宮廷魔導師との伝を作って、両方向から要請することでその場を離脱した。

この頃から剣姫は自分に対する周りの失望感を感じるようになる。

外に出た魔法剣士は冒険者組合で技術を学びながら昇進の記録を更新していき、賢者は魔法の進歩50年早めたと評価され、聖女は全員を代表して貴族や他国の使者との対談を積み重ね、勇者は伝説の体現者とまで言われた。

なのに自分は言われたことすら出来ないと徐々に噂が拡がっていた。

剣姫のジョブは踊るように剣を振るうことで周囲の仲間達の攻撃力と精神力を向上させる効果を持ち、賢者はアッタカー兼バッファーと言っていた。

しかし、彼女は子供の頃から剣道を習い、その動きが染み付いているため、その様な動きに体が馴れることはなかった。

ましてや鍛えているとはいえ女子高生の筋力では本物の剣は重く、日々の訓練で疲弊し、疲労が蓄積されていく毎日だった。

その彼女を連れ出したのは第6騎士団の面々だった。

この騎士団は比較的高年齢の騎士が多く、豊富な知識と経験がありながらも冷遇されている者達の集まりだった。

その彼等からの進言で実地訓練と称して巡回警備に同行することになり、慌てて乗馬の練習を行うはめになったが、城に居たくなかった彼女からすれば非常にありがたい申し出だった。


「ここにもモンスターがいねぇ。冒険者の奴等こんなにこまめだったか?」


モンスターを倒すことで生計を立てている業種はハンターと冒険者の2つあり、ハンターは素材収集の依頼を元に働き、冒険者は駆除や雑務などの依頼を元に働く。

ハンターは1つ1つが高額な依頼が多いものの依頼自体は数が少なく指名の依頼が多い、冒険者は1つ1つの報酬は少なくとも依頼が切れることはない。

主と周辺にもモンスターがいる場所は多く、騎士団が巡回したとしても希に大量発生することがあるため、そういったときは冒険者の仕事となっている。


「いや、あり得ないな。あいつらは調子よく刈ることはあってもここまで念入りにやることはないはずだ。」

「…仕方ない。次へ移動するぞ。」


と、こうして今日の夜営地までやって来ていた。


「ふっ。ふっ。」


今日も日課としていた素振りを行っていた。

最初は市内とは異なるバランスと重さに姿勢を崩していたが、今では剣道の型では振ることはできる。

しかし、これを片手で持って自在に操れと言われるとはっきりいって出来る気がしなかった。

ましてや彼女の腰には2本目の剣が鞘に収まったままだ。

それでも周りは彼女の剣姫のジョブに期待する。

剣姫は剣聖、剣豪と並ぶ武器攻撃系ジョブの最高峰であり、50年に1人現れるかどうかのジョブなのだ。

剣聖や剣豪と違い周りの強化を戦闘と同時に行えるジョブが開花すれば、それだけで戦力は跳ね上がるのは明白だった。


「お嬢、お嬢。」

「…はい。」


汗を拭いてから応じるといつも優しい雰囲気の中に険しさが混ざっている。


「お嬢、落ち着いて聞いてください。周囲を警戒している兵からこちらに接近している集団を発見したと報告がありました。」

「…。」

「私達はマジックバックを保持しています。これを盗賊に渡すわけには行けません。わかりますね?」


今ここに出ている道具は全てマジックバックから取り出したものだ。


「私の生まれた村がこの近くにあります。剣姫様はそこへ一時的に避難を。」

「…わかりました。」

「無論、我等とて負けるつもりは毛頭ありません。これは最悪の事態を想定した保険なのです。」


私は2人の騎士に連れられて陣を抜け出した。

程無くして戦闘音なのだろうか、金属がぶつかる音や石のぶつかる音が聞こえてくるが、それらを置き去りにしてその村へ急いだ。


「はっ、はっ、はっ…。」


相手は大規模の盗賊でこちらを包囲する際に逃げ出した私達を発見した。

私は訓練している途中で鎧を脱いでいたので身軽な服装だったが、護衛の2人はそうもいかず完全武装の状態で移動をこなしていた。

彼等は追手との距離を確認すると私を違う方向へ逃がし、自分達は囮となって目的の方向へと走り出す。

その際に渡されたのは彼等が死守すると宣言したマジックバックだった。


「ぅ…ぇぐ……。」


気付くと私は泣きながら走っていた。

自分の未熟さが直接的な原因で無いにしろ、彼等の優しさに甘えたことで戦力を分散したことには違いない。

仮に同じことをしても地理感がある彼等の方が何倍も上手くいっただろう。


「あっ……。」


足がもつれて転んでしまった。

慌てて周囲を見渡すが、追手は来ていない。


「………。」


だが、転んだ事で茂みの向こうに灯る明かりを見付けた。


「すいませんっ!!」


きっと冒険者のパーティーがいる。

そう思って思いきって声をかけるとそこには1人の男が木にもたれ掛かっていた。


「…。」

「あ…、あなたは。」


村から離れて休んでいた俺の元に泥だらけの女が飛び込んできた。

こちらは見覚えがないが、向こうは面識があるようだ。


「誰かは知らないが、面倒事は御免だ。」


すると女は差していた剣を前に置いて、膝を付いて顔を地面にぶつける勢いで下げた。


「お願いします!話だけでも聞いてください!」


電板の地図を開くと俺の近くに青点が1つと周囲に赤点が周りを取り囲むようにに光っていた。


既に巻き込まれていたか。


既に赤点でおおよそ場所はわかった。

後は天眼を用いれば場所の特定は容易い。


「…やれやれ。」


起き上がる動作にあわせて、風爪と空力操作を併用した攻撃で潜んでいる連中に深手を負わせて木上から落とした。


「ぐふっ………いったい何を…。」


俺の電板には落ちてきた連中以外の反応はない。

そのどいつもが致命傷だ。

そのうちの1人を残して剣でトドメを刺していく。

恐れ入ったのはこの女だ。

これだけ物音を立てても土下座の姿勢を崩していなかった。


…考えてみれば高校生か。

俺が高校生の時は………いや、やっぱり思い出すのはやめよう。


「どうせ、大臣から俺を見付けたら殺せと言われているんだろ?」

「!?」


最後の1人に尋問を是非ともしようと思ったが、こちらの問題の方は時間がなさそうだ。

死体を解体して彼から出たアイテムを収納してから少女の方を向いた。


「顔を上げろ。」

「…話を聞くと言って貰うまであげれません!」

「わかった。…聞こう。」

「本当ですか!?」

「…気が変わる前に話せ。」


第6騎士団は剣姫を逃がしてから方陣を組んで防御の構えを取っていた。

しかし、相手は前衛を少し離れた位置に配置するとその後ろから弓矢や投石による狙撃で着実に騎士団の体力を奪っていった。


「団長!」

「堪えろ!」


体力が衰えたとしても気力で、個人の武勇が衰えたとしても連携で補う彼らは王国騎士団の中でも防衛に関して長けた部隊はいない。

更にこの中で最も若い団長は守護戦士のジョブを持ち、陣形での防衛をより強固にしていた。

盗賊達の強味は夜目を活かした夜間での奇襲と連携でその強みが失くなれば撤退しなければならない。

守りきれるか、攻めきれるか。

そんな戦いに第三の勢力が介入した。


skill、空力操作


その場全体に強い圧力がかかった。

方陣を敷いて団長のジョブの効果を受けていた騎士団は膝を付きかける程度で留まったが、盗賊はそうもいかなかった。

圧力に屈して膝と手を付いた者は四つん這いの状態から戻れなくなり、武器が下にあったものたちは自刃する形になっている者もいる。

その中で逃げ出す者が1人いた。

今回の襲撃の依頼人に当たる人物であり、その成果を見届けるために随行していた。

その人物も悲鳴をあげるとその場にうずくまって動けなくなる。

結果的に盗賊は壊滅したのだが、それでも圧力が解けることはなかった。

どれだけの時間が経過したかわからなくなり、盗賊は地面に埋まるくらいまで圧力がかかった辺りでふと圧力が解けた。


「何が起こったのだ…。はっ、被害状況を知らせろ!」


幸い、騎士団の死者はいなかったが、誰もが戦闘するほどの余力を持ち合わせていなかった。

すると剣姫達を逃がした方向から2頭の馬がやって来た。

その上に乗っていたのは剣姫の共として派遣した騎士だ。

団長と側近が馬の手綱を引いて馬を制すると馬上の騎士が崩れ落ちるように馬から落ちた。


「おい!しっかりしろ!!」

「お嬢は!?剣姫様は!!」

「「………。」」


2人に意識はない。

しかし、片方の手には黒い髪が握られていた。

更に片方の馬の背に2本の剣が腹を貫いて意識を失っている黒一色で統一された装備の男が載せられている。


「……何て…事だ。」


この日より剣姫は所在不明となり、その責任を取らされて第6騎士団は解体まで叫ばれたが、大盗賊団の壊滅の功績と盗賊の生き残りの証言と捕らえられた首謀者が第5騎士団の騎士とあうことで状況が変わった。

更に黒一色の男の正体が王国首脳陣を悩ませた。

この装備は、第0騎士団という暗部特有の装備で首脳陣は把握していたが、通常の騎士達はその存在すら噂で聞くこともなければ、見たことも当然ない。

騎士の立場でその存在を知るのは近衛と呼ばれる第1騎士団の上層部くらいだろう。

しかも、腹に剣姫の武器が深々と刺さっている状態で護送されてきたのだ。

第5騎士団からすれば、他の盗賊の生き残りと同様に扱っただけであり、それ自体は通例通りといってよく、そこを責められることはない。

結果、第6騎士団は存続、各員に褒賞金と団長の昇進が決まり、第5騎士団は厳罰が処された。

その決議に対して第6騎士団長は固辞し、閣議時における報告を直訴したが通ることはなく、長らく騎士の世界に生きてきた第6騎士団の面々は何らかの陰謀を感じてこの事件の事に対して口をつぐみ、剣姫の行方不明は剣の修行へ出た事にすりかわった。


「本当に良かったのか?」

「はい。」


2人はイシュタル共和国へ向かって歩いていた。

如月が同行しているのは、第6騎士団を助ける為と独力で活動しているハジメと行動を共にする事で何らかのヒントを得る為である。


ステータス

name、クドウハジメ

lev、4(neutral)

job、モンスター(ノーマル→レア・空鬼→空剛鬼)

gift、天眼、電板、術理論、拡張収納、論理施錠

ability、心力

skill、水精霊の加護、努力、肉体操作、豪傑、現地調達、空力操作→空域操作


村での滞在を諦めて、野宿した時には既にジョブがランクアップし、スキルにも変化が起きていた。

ランクアップしたことで感じた事はレベルの上がり辛さだろう。

あの黒一色の奴等は不意打ちで瞬殺したがまともに戦えばかなり厄介な相手だったと思う、それに盗賊達も半数くらいは殺してしまっているので今までの手応え的には10位は上がっていてもよかった。


「それで?スキルカードだったか?」

「これですか?」


国から与えられたという持っているもののスキルを表示するカードだが、如月のスキルはこちらとかなり違った。


キサラギサヤカ

剣道、舞踊、努力、不器用、集中


「中々味のあるスキルだな。」

「…やっぱり、スキルって前の世界と何か影響があるのでしょうか?」

「?、あるだろ。電板見てないのか?」

「電、板?」

「スマホは持っていたか?」

「えっと…はい。取りあえずは。」

「?」

「あの私、今時の子らしくなくて通話くらいしか使っていなくて…。」

「あー、何だ、スマホのスイッチを入れるような感覚をもってみろ?」

「えっと、こうです、わっ!」


メッセージ(new2)

ステータス


「ん?俺にも見えるな。」

「え?」

「今、俺も出しているし。取りあえず、メッセージを見てみろよ。」


貯まっていたメッセージには、最初俺がもらったものと…。


「…前世でのOSのアップデートがされていなかったため、今後電板のアップデートには時間がかかりますのでご注意ください…って、したことなかったのか?」

「は、はい…。」

「もし、今後戻ることがあったらすぐにした方がいい。セキュリティも弱くなるし、常に改修は行われている業界だからな。」

「はい。」

「じゃぁ、次はステータスを。」


ステータス

name、キサラギサヤカ

lev、18(low)

job、剣姫

gift、電板、拡張収納

ability、静動

skill、剣道、舞踊、努力、不器用、集中


job、剣姫

武器系職において最高位に位置する職業であり、その剣舞は味方を鼓舞し敵に戦慄を与える。

また、精霊の力を剣として扱うことも出来る。


ability、静動

力を込めて留めていた長さに応じて、解放したときに発揮する力に上乗せする。


skill、剣道(B)

長年の努力により身に付いた技能により、この世界に無い概念だったが武神により献身を認められた事でスキルとなった。


skill、舞踊(B)

自信が不毛と思おうとも肉体に宿った舞踊への献身が認められた。


skill、不器用(A)

多くの事に集中できない。


skill、集中(C)

1つの事に意識を集中できる。


「残念なスキル構成だったな。」

「い、1度に全部をやらなければいいんです。」


なんだ、自覚があったのか。


「俺はスキルが変化したこともあるから、頑張り次第何じゃない?」

「…剣姫をどう思いますか?」

「別に?強くても本人が使えなければ無意味だね。むしろ、剣道ってスキルがあっただけ幸運なんじゃないか?」


剣を1本渡した。


「自分の身は自分で守ってくれよ。」

「…あの時の話は本当なんですよね?」

「俺が話を聞いた限りでは噂は言っていない。」


それはこの世界の住人のジョブが後天的に就いている話で彼女はこれにかけるつもりなのだろう。


「前にも少し話したが、ジョブは訓練よりも実戦の経験を重視しているように感じる。モンスター討伐も必要になるが大丈夫か?」


彼女には俺の目的が最終的には帰還であり、これはその為の調査の一環だと伝えてある。

間違ってはないが、人間同士の戦争やそれ以外の戦争や紛争に巻き込まれる可能性がゼロと言うことは伝えてはいない。

1日50キロを目標にした移動だが、起伏や整備の状況等で思ったほど進まない日が続いた。

水はスキルで用意できるが食事は現地で調達することを優先している。

第6騎士団のマジックバックを如月が持っていたのは俺としても助かるところがあり、肉の味だけでは満足出来なくなっていたところだ。


「て、手際いいんですね…。」

「1人暮らしをしていると何でも出来るようになるもんだ。」


焚火を使った調理も馴れたものでそこら辺のもので串置きを組んで火にかけていく。


「まぁ、不器用ってのも悪いことではないんだ。」

「…嫌味ですか?」

「武術の達人とか呼ばれる人達がいるだろ?ああいう人達は基本的に不器用って話がある。」

「不器用だから、それしかしてこなかった…と?」

「そうじゃない。不器用だったからこそ、備えたというべきだ。生半端に器用にできてしまえば気にしないところも、不器用だからこそ備える為に繰り返した。不器用だったからこそ、それに注力できた。そういう話をされたことがある。」

「あなたは違うように思えますが?」

「ああ。お前とは違う人種がいるという意味で話をされた。その人からすれば俺は生半端に器用な分類だそうだが、それならそれでもっと違う部分を器用になりたかったよ。」

「?」

「いや、なに。学生の頃はずっと泳いでてな。才能がないのは中学の頃にわかったんだが、それでも続けて高校でも部活に入った。成績は全く延びないし、後輩にも抜かされる。何度も退部勧告を受ける毎に練習量が増えていって、終いには1日泳ぎだけで10キロを越えたよ。」

「…しごきの世界ですね……。」

「まぁ、その泳ぐ前に筋トレとランニングをレギュラー…まぁ、俺以外が泳いでいる間ずっとしていた。あの頃は意固地になってやり続けたけど、それを器用にやれてればと思うこともある。」

「えっ…。」

「最悪だったのは高校最後の大会が地元のインターハイの手伝いだったことか。顧問は手伝いに顔を出すことはなく、他の学校の生徒を使って大会運営をさせられるはめになった。」

「インターハイでそんなことってあるんですか?」

「普通はないよ。でも、その顧問は地元のドンみたいな人で俺はその人の顔に泥を塗りたくっているような立場だったのもあって、他校の先生方も素人ばかり。道具は会場にあるものだけで学校から持ってくる資機材は追加はなし。おまけに責任者の名前に俺がなっているのを当日見付けた。」

「凄絶ですね。」

「お陰で今があると思う。人の使い方や道具の流れを学べた4日間だったさ。まぁ、社会人になっからその顧問がハラスメントで訴えられたってのを聞いたな。」

「へぇー、どこにでもそんな人いるんですね。」

「どこにでも?」

「うちの学校にも居るんですよ。なんかの協会の理事だったらしいんですけど、数年前の不祥事からどんどん落ちこぼれていって、この間停職処分を受けていました。」

「時代が変わったかねぇ。」


イシュタル共和国へ向かう途中、モンスターに遭遇することもあった。


「石蛇だぞ。」


石蛇は、頭の部分を石で守っているアオダイショウのようなモンスターで毒はないものの噛み付きや巻き付きで襲い掛かってくる。

こいつが進化すると鉄蛇になって、その時の岩の部分が鉄に代わり、そのまま成長していくと石大蛇となってイ○ークのように全体が岩に変わる事もあると言うことを後に如月から聞いた。


「ほぅ。」

「い、イワーク!?」


地面から飛び出るように出てきた岩大蛇が周辺の土事俺の飲み込んだ。


job、モンスター(レア・空剛鬼)の能力は空剛力。

空鬼の風爪は爪の延長線上を切断する能力なら、これは空間に力を伝える能力だ。

盗賊や騎士団を押さえ込んだのもこの力で、力のかけ方は俺の自由。

特にこう言った密閉空間では…。


「蛙に爆竹の要領か。」


内側から瞬間的に増大した圧力で内部から石大蛇が破裂する。

如月には魔法系のジョブと説明してあるが、嘘には薄々気付いているみたいだ。

破裂した石大蛇から出てきた俺を見た石蛇達は如月に殺到する。


「はぁぁぁあっ!!」


下段で構えていた剣を振り上げると殺到する蛇の先鋒を切り捨てる。

次いで剣の位置はそのままに足で下がることで視野を確保しながら次撃を振り下ろす。

向かってくる1番近いモンスターだけに集中した事で余計な思考が無くなり体に染み付いた剣道の動きが作用したのだろうか。


「しかし、剣道ってあんなにばっさばっさ切り抜く形だったか?」


その後、石大蛇が空けた穴から蛇を狩りきるのに2時間を要し、まさしく素材の山を築き上げた。


「如月。ちょっと電板見せてくれ。」


最初に見てから数日しか経っていない。

それでも、動きの違和感が払拭できなかったので確認した。


ステータス

name、キサラギサヤカ

lev、10(low)

job、剣姫→剣士

gift、電板、拡張収納

ability、静動

skill、我流剣撃、努力、不器用、集中、不屈


明らかなステータスの変化だった。

それとメッセージが追加されていた。


ステータスの不具合について

如月彩花様

この度、担当の知識不足により多大なご迷惑とご負担を担当に代わり謝罪いたします。

対応といたしましては、ジョブの下方修正分をスキル読み替えにより変更させていただきました。

今回の措置は特例となり今後は行われることがありませんのでご注意ください。


「ビジネスマン的な書き方だけど謝っている感じはねぇな。」

「そうなんです?」

「普通はこんな書き方しないな。会社のイメージが悪くなるし。なんか、担当がミスしたから連絡しておいてって適当に言われたくらい適当。」


job、剣士

剣を握った者が最初に就くジョブ。

剣での攻撃に補正が就く。


skill、我流剣撃(EX)

ユニークスキル。

自分だけの剣技であり、経験と閃きから最適の一撃を放つことが出来る。


skill、不屈(C)

劣勢な時ほど力を発揮する。


「なるほど、さっきの動きはこれが作用したのか。ついていたな。」


死にそうになった助けるくらいな気持ちだったが無事で何よりだ。


「………。」


死にそうなったら?

俺はそこまで薄情な人間だったか?

…まぁ、目的のために手段を選ばなかったことはあるし、手段のために目的を変えたこともある…うん、変わってないわ。


「やぁっ!!」


ユニークスキルを得てから如月の動きが変わった。

基本は剣道の中段の構えを取るが対戦を繰り返す度に動きが最適化されていくのが端から見ていてよくわかる。

俺のユニークスキルもそうだが、それ1つで人を変えるだけの力を有していることを実感した。


「すみません、また折れました。」

「ああ、わかった。」


ユニークスキルを獲てからこれで3本目の剣が折れた。

これらの剣は襲撃してきた黒服達が使っていたものであり、品質が悪いようなものではなかったと思う。


俺のユニークスキルは空気や空間を使っている代物だから気が付かなかったが、如月の物は剣に相当な負担がかかっているのではないか?


その疑問を抱えながら、イシュタル共和国領内の街キロスへ到着した。

入口の門は大きく、門番が立ってはいるが、検問をするようなことはしていない。

その代わり、馬に乗った兵士が巡回しているのをよく見かけた。


「どこに行くんです?」

「組合だ。」


アルカルド王国で聞いた話ではイシュタル共和国では店を出すのには露店であろうと店舗であろうと国への申請が必要だ。

その申請は一般人には難しくかつ面倒であり、手数料を払って組合に代行してもらうのが主流だという。

組合は他に納税申請の代行等の商人達の業務の補助をすることで運営している。

そこに行って何をするかというと状況の確認だ。


「ようこそ商業組合へ。本日はどういったご用件でしょうか?」

「2、3聞きたいことがある。」


会話をしながら事務所内を見渡す。

板に書かれた規約に机の状態、調度品の種類や度合い、事務員の衣類等々見える範囲を記憶に留める。


「そうか。わかった。」

「出店のお手続きがありましたら、いつでもお越しください。」

「ああ。機会があれば。」


そのまま役所へ向かった。

入ると幾つかの部署の看板を通り過ぎて、商業係へ到達する。


「はい、どうしました?」

「露天の申請を行いたいのですが、届出板をいただけますか?」

「…届出板ね、えーと…はい、これね。」


この届出板はまともにカンナがけされているわけでもなくデコボコで非常に書きづらい。


「はい、えーとじゃぁ、これを道路係の所に持っていって下さいねー。」


これからがこの申請の面倒なところで役所の中をたらい回しの用に歩かされるのだ。

これが食べ物系だと食品係や衛星係等も経由するからなお面倒になる。

商業組合は、その面倒を申請を一括で持ってきて一括で取りに来る事を条件に役所へ丸投げ出来るよう色々なやり取りを行っている。


「やっと終わったか。」


約半日のたらい回しを終えて、露天の営業許可を入手した。


「何で組合に頼まなかったんですか?」

「組合は話を聞くって言う名目で入れるが、役所は用事も無しに入るのは怪しいだろ?それと確認の続きだよ。明日から忙しくなる。宿を取りに行くぞ。」


俺はこちらに来たときのスーツを久しぶりに取り出して袖を通した。


「ここだな。」

「大きいですね。」

「ただ大きいだけじゃ駄目なんだ。」


俺の眼鏡に叶ってくれる事を祈りながらこの街で最も大きい商会に入った。


「いらっしゃいませ。本日は商談を希望と言うことでお聞きしましたが。」

「はい、私ハジメと申します。本日は貴重なお時間をいただき感謝いたします。」

「いえ、珍しい出立の方が来られたとこちらのものが騒いでたもので興味が湧きました。申し遅れたが、この商会の代表代行を勤めるコシジと申す。良しなに頼みたい。」

「こちらこそ。では早速なのですが、私が現在取り扱っている品です。」

「…。これは?」

「紙です。」

「紙?羊皮紙や和紙ではなく?」

「ええ、紙です。どうぞ、お試しください。」


机に備え付けの羽ペンを示し、コシジが文字を書いてみる。


「ペンが走るようですな。」

「ええ。ペン先の痛みも随分減ると思います。」

「いい品ですな。それにしても少し大きい気がしますな。」

「ええ、従来の定規でしたら長さが足りないと思いますのでこちらをお使いください。」


30センチ物差しを模した定規を手渡す。


「メモリもあって調度いい大きさですな。」

「そうでしょう?」

「それを見越しての大きさなのですか?」


使い終わった定規を回収する。

まるで、紙よりもこちらの方が大事だとわかるように。


「…ハジメさん。私にはまだ話が見えてこない。貴方は何を売りたいのですか?」

「その為には少しお聞きしたいのですが、今の使われている紙は随分とかさ張るのではないですか?」

「ええ、その通りです。」

「それは紙の大きさよりも記載する内容の増加が1つの要因となっていると思います。今までの紙で2枚必要なところを1枚で収まるようになったらどうでしょう?」

「…なるほど。」

「例えば、露天の申請板。裏表書かないと足りないものが表面だけで済むなら?」

「…これは大きな商いになりそうです。ハジメさん。あなたが売り出そうとしているのは紙だけではなく、形そのものを売り出すのですね?」

「ええ、私が取り扱うのは規格。コシジ様には私達と協力関係を結んでいただき、商売のパートナーになっていただきたいのです。」

「…これはしっかりと話を聞かないとなりませんな。」


俺は紙の規格に関する事業計画の概要を話した。

商業組合で聞いた内容の1つがこの街で最も信頼されている商会はどこかと言うもの。

これは、人々ではなく商業組合から見てと言うのが味噌である。

俺は露店商でありながら露店を営わない。

その為には俺の楯となり、窓口となる大きな存在が必要だ。


「…話を聞くにつれて、これは私だけで判断してはいいのか悩む話です。」

「…そうですか。こちらも生活がありますので、違うところに顔を出してみるとします。」

「!?」


相手は事業計画をばらしておきながら、違う商会に話を持っていくことのメリットがわからなくなった。


「いや、別に計画なんていいのですよ。あくまでもこの紙は現状を踏まえた上での試作品なので。」

「し、試作品?」

「ええ。だから、今後大きさの変更はありうる話です。」


紙の規格をこちらが握っている以上、それに付随した道具はその形が変われば意味を失う。

30センチの定規を25センチの定規の代用はできても50センチの定規の代用には不向き、所謂大は小をかねるなのだ。


「コシジ、この話受けようや。」

「ナニワさん!?」

「すまんの、お客人。話は隣で聞かせてもらったのだわ。」

「コシジ様、そちら様は?」

「これは失礼。私はニシノミヤ商会代表のナニワというもの。」

「初めまして、ナニワ様。私はハジメと申します。商談について今一度説明をいたしましょうか?」

「いや、さっきの内容で理解しとる。改めて言うが、さっきの話ニシノミヤ商会が受けさせてもらう。」

「代表!?」

「ええんや。早速やけど、取り分決めとこか。」

「…半々でどうでしょうか?」

「四六や。必要な手続きもこっちでやる。」

「四ですか…。」

「ちゃう、こっちが四。そちらが六や。代わりといっちゃなんだけど、お宅との仕事を独占で受けさせてもらいたいんよ。」

「それはこの仕事次第でどうでしょう?失敗して損失を出してしまいかねませんし。」

「だったら、三七でもええ。…どや?」

「では、これならどうですか?」


用意しておいた紙を机の上に置いた。


「どれどれ…。」


ニシノミヤ商会代表ナニワと商人ハジメは以下の条件を互いの合意と尊敬をもって契約したことをここに証明する。

1つ、商人ハジメはニシノミヤ商会代表ナニワに紙(規格A4)を1日100枚納品する。

1つ、ニシノミヤ商会代表ナニワは商人ハジメより納品された品物の純利益を4割を自らの利益とし、6割を翌日の納品時に支払う。また、ここで言う純利益とはニシノミヤ商会が当商品を販売する際にようした費用を除いたものであり、ここに手続きの手数料を含むものとする。

1つ、この商品に関する商品については互いの協議の元で売り出すこととし、商人ハジメはニシノミヤ商会代表ナニワとの商談を優先するものとする。

1つ、商品の追加については、その都度量と割合について協議の上納品する。

1つ、ここで結ばれた事項において不義が生じた場合、それを証明するものと合わせて契約を一方的に破棄できるものとする。

1つ、この契約書は3枚作成し、両者共に1枚保管、残り1枚を商業組合貸金庫においてニシノミヤ商会代表ナニワ及び商人ハジメの連名で開設し、そこへ保管する。


ニシノミヤ商会代表

商人


「…。ええ、これでよろしく頼むわ。」

「では、先ずこことここ、それとここにサインを、これでこの書類3枚が1組の書類とします。では、3枚の代表のところにサインを。」


その後、ナニワを引き連れて商業組合へ出向いて貸金庫を連名で開設、両者確認の元で金庫へ保管された。


「とんだ曲者やな。」

「…。」


一連の商談を終えてニシノミヤ商会の代表の部屋ではナニワとコシジが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「全て手の平の上での踊らされた…そんな感じですな。」

「全くや。後の事を考えればニーハチでも飲んでしまったわ。」

「そんなにですか?」

「せや。あの一定の大きさを維持できるというのは強みや。エーヨンゆうたか、あれが確保され続けば、関連品はそれを元に作ればええ。せやけど、それが意図的に崩されればその時までに作った在庫はごみになる。…この商品を持ち込まれた時から向こうに全部持ってかれていたんだわ。」

「では、なぜ五分にしなかったのです?」

「アホか?これはこの街、この国を変える商品やそれをこのニシノミヤ商会がこのナニワがぽっと出の商人から買い上げて大儲けしたと噂がたったらトウト商会を中心に一気に突き上げられるで。」

「それなら、契約を結ばなければ…。」

「それこそ愚作や。あの手の相手はこちらが誠心誠意応じればそれに応えるはずや。今はそれを信じるしかない。」


その頃、宿では…。


「あの良くわからないんですけど売り込む側が6割ってどうなんですか?」

「俺としては代表代行と契約を結びたかった。あっちの方はこの商品の意味を完全に理解していなかった。1枚いくらで契約して、ニシノミヤ商会に借を作らせたかったんだ。優先商談権はまぁ折れていい最終ラインだから粘られたと考えるべきかな。」

「はぁ。借を作らせてどうするのですか?」

「うーん、俺達ってこの世界でどういう立場?」

「立場ですか?召喚された異世界人?」

「それは、アルカルド王国上層部だけだよね。今はただの商人とお供。それも息を吹かれれば吹き飛ぶような弱小商人だ。そんな商人が安定を求めるなら後ろだてを付けるしかない。それを今回はニシノミヤ商会にしたんだ。」


商業組合に聞いた残りの内容は、ニシノミヤ商会の代表とその次席の人なりと貸金庫の有無と契約方式だ。


「これで、こいつらは不要な代物になったわけだ。」


契約15枚の紙を丸めると火が付いた。

それが半分以上に火が回るまで待ってから宙に投げ、それは床に就く前に潰れて消える。


「在庫はしばらくあるからな。」

「剣を丸々3本分使い潰しましたからね。」

「まさか、剣で木を切ってくれるとは思っていなかったよ。」


実は如月と合流する前から何度かの挑戦の結果、紙の作成に成功していた。

この世界に来てから紙の形と材質に違和感を覚えた。

固くかさ張る木の板や厚みがばらつく和紙、安定しているのが羊皮紙ではあるが値段は高くなる。

地図も品質の悪い和紙が使われ、紙のサイズもB5がベースになってはいるようだがかなりまちまちだ。

また、紙が貴重なせいか城の書類もかなり細かく書いてあることを大臣の書類から感づくことができたのは大きい。

これらの紙とその使用状況を見たときに食い込めると思った。

紙のサイズをA4にしたのかは、元の世界で普段から使っていたサイズだったからだった。


「千枚追加で購入したい。」

「千枚ですか?」


ナニワは強く頷く。


「いいですよ。」


この部屋は前の部屋とは違い盗聴できない普通の部屋で、聞き耳を立てているものが居ないことも電板で確認できる。


「後な、この紙1枚を銅貨1枚、100ゴールドで売ることにした。」


アルカルドとイシュタルで物価の違いはあれど、おおよそ1ゴールドで1円のため、銅貨1枚は100円となる。

因みに羊皮紙が銅貨10枚分の大銅貨1枚であり、それを考えてもかなりの安値であることがわかる。


やはり薄利多売を選択したか。


この国は徴税は消費税となっている。

安く売れば安く売っただけ税金は低く抑えることができる。


「それの使い道をお聞きしても?」

「単純な話ですわ。うちの帳簿を全て紙に置き換えるだけです。」


なるほど。

規格革命とも言っていいこの商品の価値を従業員に叩き込むということか。


「それで、追加なんですけど。」

「今回は同じ額でいいですよ。」

「…ほんまです?」

「ええ、こちらとしても取扱に慣れていただくことは必要と思っていましたので。」


この代表となら想定の範囲内で仕事はしていけそうだ。


「そういえば、今日は普通の服なんですね。」

「ええ、あれは勝負服みたいなものなので。代表は昨日とは違った華やかさがありますね。大変お似合いですよ。」

「…ありがとうございます。お陰でこちらは毎日が勝負の日になりそうです。」


最後の言葉からはエセ関西弁が鳴りを潜めていた。


「これからどうするんですか?」

「職人町に行く。」

「職人町ですか?」

「もう手持ちの剣も少ない。それと今後の為にも優秀な職人との関係は築いていきたい。まぁ、多少の面倒もあるだろうさ。」


その予想は当たり、如月の武器や地盤固め、その他雑務等に奔走することになる。


「おお、嬢ちゃん。待っとたよ。」

「はい。ありがとうございます。」


キロスへ来てから1ヶ月が経過していた。

今日は鍛冶職人に頼んでいたサヤカの新しい得物の引渡しの日となる。


「まさかあの偏屈から魔鋼鉄を引き出させるとはお主もやるのぉ。」

「手持ちの品物を提供しただけですよ。」


魔鋼鉄は魔力によって変質した鋼鉄であり、通常の鋼鉄とは違う物質となる。

これを手に入れるためには地中の魔力流れと鉄鉱石の鉱脈が重なったところの鉄鉱石が変化する事がありそれを魔鉱石という。

魔鋼鉄は魔鉱石の中でも一定量以上の魔力を帯びることで黒く変色した部分をいい、本来は魔鉱石を精錬してその部分だけを切り離して精錬する。

しかし、魔鋼鉄が見られない魔鉱石は普通の剣と同じように鍛えるが多くある。

この場合、精錬と鍛錬によって魔力が均一化されて見た目は普通の剣となる。

これは魔力を敏感に感じ取れない鍛冶職人からすると普通の剣と何ら変わらない剣なのだが、これを剣士が使い続けると持ち主の魔力が剣に注がれると魔鋼鉄を使って作られた剣と同じ様に黒く変色する。

これを魔力が籠る剣、魔剣と呼んだ。


「これが魔剣。その魔鋼鉄の強度を最大限活かした形態の1つである刀だ。」


刀と言われてもそれに日本刀のような美しさは存在しない。

若干の反りに片刃の刃物程度だが、こちらではこれを刀というのだろう。


「どうだい?自慢のできさ。手入れの仕方を教えてやるからこっちへ来な。」


サヤカは店主から細かい注意点を聞いている。


「やはり、魔剣は珍しいのか?」

「珍いっちゃ珍しい。だが、年に数本はダンジョン産の代物が裏のオークションで流されるらしいし、王国にはごまんとあるよ。」

「王国に?」

「そうさ。あそこは歴史が古いから、珍しい武器や道具を集めまくっているのさ。」

「特に近衛と呼ばれる騎士達は伝説級の代物を持っているって噂さ。」

「伝説級?」

「そうさ。今打ったこいつは他の刀剣と比べれば別格の代物だが、魔剣としては新米もいいところ、魔力が籠っているだけの刀だ。その代わり、他の魔剣と違って何の癖もないから、使っていくうちにどんどん成長していくだろう。伝説級ってのはそれが何百年も続いたり、ダンジョンの奥深くから出土したものだったりするのさ。」


無骨な新米を貰って、この原料となった魔鋼鉄を作った人のところへ向かった。


「ノルデさん、おはようございます。」


ノルデは老錬金術師で職人町で出会った。

かなりのご老齢だがまだ現役であり、今回の魔鋼鉄を手に入れたのも彼の功績が大きい。

彼の出身はウラーヌ法国で代々魔装具の権威の家に生まれた。

魔装具とは、魔力が籠っている装具のことで核と回路、本体の3要素で構成されることが多い。

魔法を扱うものが使う杖等がこれに当たり、核は宝石を主に使うが彼の家は代々伝わる秘法によって違うものを核として使っており、大変評判が良かったそうだ。

魔装具の権威として隆盛を極めたが、弟子の裏切りにより立場一気に落ち、ウラーヌ法国を追放されたことで人間不信に陥り、最近までは極一部の人間とだけ交流して生きてきた。


「ノルデさん?」


机に何かを書き残して冷たくなっていた。


「ハジメさん!回復魔法を!!」


孫と気難しい祖父のような立ち位置であったがサヤカは可愛がられていて、ノルデを慕っていた。


「無理だ。」


書き置きは2枚残されていて、周り用と俺達用があった。

回り用は、今まで世話になった事とやるべき事をするため旅に出ると書いてある。

俺達用には、自分の命が尽きることを察し、最後の力で書いたのであろう、最後まで文章は書かれていなかった。

しかし、書かれていた内容には遺体になった自分の始末と機材を遺産として残し、それを俺を一任する旨と最近の日常が最後の幸せだったと書かれている。


「ハジメさん。」

「なんだ?」

「ご遺体をどうするんです?」

「うじが湧く前に処理する。生前の遺言にしたがって。」

「っ…。」


ノルデは死に様を晒したくないと常々言っていた。

それは周知の事実で土葬が主流のこの国で火葬を希望しているような節まであった。

そして、追放されたことで完全に信仰を捨てたノルデは弔わないでくれと言い残している。


「サヤカ、お前も手を合わせろ。」


えっ、という顔をして振り向く。


「こちらの宗教で弔わないでくれと言ったんだ。俺達個人が手を合わせるくらい多めに見てくれる。」


冥福を祈り、遺体をギフトの術理論で解体する。

ノルデの体は消え去り、変わりにスキルオーブというアイテムが残された。

スキルオーブはダンジョンで希に出土する使用することでスキルを習得できるものだ。

スキルの中身は錬金術。

人生をそれに捧げたノルデらしい品であり、ウラーヌ法国追放の原因でもある。

だが、これだけあってもこのスキルは意味をなさない。

何代も重ねてきた研究結果がなければ無用の長物といえる。


「そういえば、何時も持ち歩いていた杖は何処だ?」


普通に考えて足が悪ければこの机の付近にあるはずだが、それが何故か反対の壁に立て掛けてある。


錬金術師足るもの、研究成果が常に側になくては意味をなさない。


ノルデの晩酌に付き合ったときに1度だけそんなことを漏らしていた。

その杖を振ったりしたが、空洞があるわけでもない。

しかし、ノルデは魔核と精錬された鉄を使って魔鋼鉄を錬成する錬金術師だ。その知識が金属だけとは限らない。

この杖も主人同様に解体するとサイコロ状の金属の塊が残った。

6面とも綺麗な断面で何かが刻まれている訳ではない。

俺は少し悩んだ。

現状、錬金術を欲しているわけではない。

それにノルデは俺に一任すると言っているだけで、俺に後を継げと強制はしなかった。


「しまうんですか?」

「ああ。俺には使いこなせないと思う。」


遺品と機材を収納して、大家に連絡を入れた。

この国では捜索を依頼しない限りは基本的に調査が入ることはない。

そうでなければ、路地裏で死体が毎日のように転がってはいないだろう。


「また、面白い物を持ってきましたね。」

「はい。次世代の筆です。」


イメージは万年筆やガラスペンに近い。

今までは木板や和紙、羊皮紙にそれぞれ合わせた筆を使うのが普通だが、これからはインクの持ちも良く書きやすい物が必要だ。


「銀のペン先を木で被ったんですね。」

「ええ、これなら手を汚す心配や簡単には滑りませんから。」

「うちに品物を卸している職人の居場所を聞かれたときは何ができるかと思っていましたが…。」

「ええ、紙の普及率が低すぎると。なので、これからは1日1万枚を卸します。頼んでいた倉庫は準備できてますか?」

「ええ、帳簿の部屋が幾つか空いたのでそちらを使ってもらえます。」

「では、あとで数日分をまとめて納品していきます。それで…。」


扉がノックされ、コシジが伝言を行った。


「なんだと?」

「どうしました?」

「商業組合で小火騒ぎが起きたそうです。」


納品を行った後に商業組合に向かうと遠目から建物の中心付近が少し焼けている様に見える。

俺の予想が正しいならあそこは貸金庫の場所だろう。


「どうやら、堪え性がなかったらしい。」


組合に貸金庫の状況を確認したいと問い合わせたが、この日は無理だと無下に断られた。


「そういえば、組合に顔出したときに執拗に取引を持ちかけられました。もっと上手く儲けられるって。」


ナニワの顔はそんなのわかってるという含みをもたせた悪い顔をしていた。

恐らくだが、この1ヶ月で紙の使い勝手の良さをわかった連中は羊皮紙と同じ値段でも買うだろうし、まとめ買いしようとする動きもあった。

ナニワがこの1ヶ月少ない量の紙で何をしたかというとキロス内の紹介や役所を中心にお試し品として10枚を1セットで販売して回っただけだ。

羊皮紙より安く、和紙より使いやすいと評判になるのは早かった。

その間に鍛冶職人やノルデ、他の職人町の人間と交流を図っていた俺は次の商品の案を用意していた。


「ペンに木箱に机の契約書です。」

「説明をしていただいても?」


最初の頃のような町工場の女ボスのような雰囲気はナニワにはない。


「まず、ペンですが昨日見せた通り、銀のペン先、言ってしまえば軸に木の装飾を行う物です。今まで専属雇用されていなかったと言うことですので、納期が秘密が守られる限り専属雇用として迎え入れてほしいと考えています。」

「銀細工と木工職人ですか?」

「はい。先ずは1件づつですが、次第に数は増えていきますよ。それでこの箱ですが、横長にして横の内側の長さをぴったり合わせます。それで縦の内側の長さに余裕を持たせる事で取り出しやすくしてあります。」

「普段収納しておくときにこの余裕はどうするんです?」

「蓋をすることでずれない仕組みになっています。それとこの厚みで紙が100枚入るようになっています。」

「この机は?」

「これは、製図台と言って…。」


更に1ヶ月が経った。

街ではニシノミヤ商会が販売する木箱を持ち歩いている人が増えた。

紙の売り方も変わり、重さの計り売りになり1回の販売で百枚を上限に売り出している。

ペンの売れ行きも中々で浸透率は悪くない。

木工職人と革職人の工房と専属契約し、ペンは木材部分にデザインを入れたり、染色するなどして高級感を出したシリーズの生産を始めたり、革職人には木箱がすっぽりと入る鞄を作って貰いビジネスバックに近い形なっている。


「格好だけは近付いてきたな。まぁ、パソコンの変わりに紙が入っているのは少し面白いが。」


ニシノミヤ商会の他の仕事も流れに乗れていい状態だそうだ。

これから更に商談用の薄型の木箱や筆入れ何かを作っていく予定だが、そろそろ金と後ろ楯も十分なので俺が将来的に居なくなっても良いように手を打っていくことにする。


「何か騒ぎですか?」

「紙の事業担当に会わせろと騒いでいる輩がいるようです。まぁ、何時ものことですよ。」


最近はコシジとの話し合いも多い。

ナニワが会合で長時間捕まる事もあるが、元々彼女は多忙だったところを俺に合わせる機会が増えた事でのしわ寄せを解消にするのに奔走していた。


「どんな人が来ているんでしょうね?」

「色々ですよ。難癖つけに来て金をせびろうとしているのでしょう。」


事務室から併設されている直営店の方を覗くと女が、どうして会えないんだと店員に詰め寄っている。


「ですから、担当者が不在でして。」

「ここ数日毎日来て毎日それを言われているんですけど。もっと理論的な言い訳はないわけ?別にちょっと話を聞きたいだけなのよ。」

「ですから…。」

「あっ、体力お化けだ。あんたこんなところで何してんのよ。」

「…ミスガリ勉に言われる筋合いは無いな。」


異世界のこんなところで高校の同窓生と再開を果たした。


「ハジメさん、体力お化けって?」

「昔のあだ名だ。」


俺が話を始めた事でサヤカも事務室から出てきた。

彼女は俺の秘書的なポジションで書類の整理や工場などへの連絡を積極的に行ってくれており、今日は偶々一緒に打ち合わせに出ていた。


「貴女、彩花?」

「…お姉ちゃん?」

「コシジさん。今日の打ち合わせなんですけど、終わりってことで。」

「ええ、わかりました。」


俺達は場所を変えて話をすることにした。

ミスガリ勉こと、日野絢香ひのあやかは俺と同じ通っていた俺と対局にいた女である。

定位置は図書館の隅で何時もそこにいると噂は聞いたことがあった。

恐らくあったことは数度だが、その地毛だという茶色く真っ直ぐな髪は印象深い。


「なるほどね、あなた達の経緯はわかったわ。」

「そっちはどうなんだ?」

「似たようなものよ?2ヶ月ぶりの休みで街をぶらぶらしていたら近くの子達の巻き添えをくってこちらに来たわけ。まぁ、ブラック企業だったし、私がいなくなったら回らなくなるのは目に見えているからいい気味だけどね。」

「俺と似たようなものか。それでサヤカとは実の姉妹ということか?」

「そっ。両親が離婚して私は父に彩花は母方に引き取られたの。高校に上がる前くらいかしら。」

「詰まらないことをきいたな。それで、どこに召喚されたんだ?」

「魔王城。」

「魔王城?」

「そう。自分で言っていたからね。あの人。」

「魔王ってどこにいるんだ?」

「そこら辺にいるみたいよ。召喚されたときも何人かいたしね。それで召喚された他の子達は召喚されて早々にジョブの影響で角が生えたり、鱗が生えたりしたわ。私はそういうジョブじゃなかったみたいで、あの人から帰還するかどうかの選択を迫られたの。」

「帰れるのか?」

「転移の門っていうのがあって、そのタイミングなら帰れると断言されたんだけどね…。」

「結局帰れなかったと?」

「高校生の子達を見捨てれないなぁと思ったんだけど、彼等はここに留まりさえすれば、元に戻る方法があるって説得されてね、その門に入ったの。」

「それで?」

「ここから南側の土地の上空に飛ばされたわ。」

「上空?」

「そっ、雲くらいの高さね。」

「どうやって生き残ったんだ?」

「わからない。でも、気付いたら地面に倒れていて怪我もなかった。」

「そうか、何よりだったな。」

「そうでもないわよ?そこからが大変。食料もお金もないのだもの。人里で問題を解決して上げたりして報酬を貰いながら大きい街へ大きい街へと移動してやっとここに着いたと思ったらあなた達がいたと。」

「そうか、それは災難だったな。」

「なら、お風呂に入れてくれない?体を拭いたりはしているんだけど、現代人にはこの環境はきつすぎるわ。」


俺は術理論で絢香の体を清潔な状態にした。


「便利ね。でも、やっぱりお風呂は入りたいわ~。」

「そんな物はここいらにはないぞ?」

「だよねー。それでさ、不躾で悪いんだけど私に仕事くれない?」

「まぁ、構わないが、何であの店に何度も通った?」

「いいの?ありがとう。だって、あれだけ評判になっているのよ?現物を見れば私の同類かそれに準ずる人だってのはわかるじゃない。それだけで会ってみる価値があると思ったわ。」


ステータス

name、ヒノアヤカ

lev、15(neutral)

job、学者

gift、電板、拡張収納、変幻自在

ability、合成

skill、天才、学問、並列思考、指揮、調整


gift、変幻自在

異世界から持ち込まれた化粧品を美神が気に入りgiftとして昇華した。姿形を変化させることができる。


job、学者

知識を発揮して得た成果の割合に応じて経験値を得ることができる。


ability、合成

物と物を混ぜ合わせることができる。


skill、天才(A)

skillの効果を上げ、経験値の獲得率に補正がかかる。


skill、学問(A)

自分が有する知識が必要なときに応じて直ぐ様発揮できる。


skill、並列思考(C)

複数の思考を並列化して行える。


skill、指揮(D)

自らの指示を受けたものの行動に補正を付ける。


skill、調整(D)

物事のバランスを取る。


「良く生き残ってこれたな。」

「そっちこそね。私は戦ってないもの。」

「あの、ハジメさん。ノルデさんのあれってお姉ちゃんにぴったりだと思うんですけど…どうですか?」

「それは俺も思っていた。でも、はまりすぎると思う。」

「何よ、教えなさいよ。」


ノルデのスキルオーブの事を話した俺はそのまま彼女に継承してもらうことにした。


「面白いじゃない。それに錬金術はあの漫画で予習済みよ。」


アヤカは両手を重ねて言う。


「人体錬成でも行うつもりか?」


少し不安にもなったが、アヤカの手にスキルオーブを渡すと水に沈んでいくように無くなった。


「使う意思があるとそのまま使えてしまうんだな。それで、スキルの構成はどうだ?」

「貴方もしかして私で試したの?」

「…何のことだ?」

「…まぁ、いいわ。スキルは…錬金術(C)が増えているみたいね。」

「あと、これだな。」


金属のサイコロのような正六面体を渡す。

それを両手で弄っているとそれが反応し、スマホ程度の薄い金属に変形した。

アヤカはその面をスライドさせて何かを読み取っているようだ。


「あー、これを作ったのはきっと日本人ね。適当なスペルでそれっぽく作っているけど…。」


どう操作したのかわからないが、文字の羅列から整理され情報に切り替わっている。

そして、それは腕輪状になってアヤカの腕に収まった。


「結局何だったんだ?」

「錬金術の力を増幅するアイテムっていったところかしら。」


アヤカが腕輪の部分に反対の手で触れると変幻自在の効果で何もなかったように消えた。

その夜、アヤカを迎える歓迎会を開き、珍しくサヤカがはしゃいで疲れたのか先に眠ってしまった。


「俺のところに着たってことは、相当な代物だったみたいだな。どれくらいヤバイ?」

「ガソリンが空で車が走るくらい。」

「…それはヤバイな。」


腕輪になる前に表示されたのは、錬金術というスキルの説明とその装備の効果だった。

錬金術のスキルは魔力で物質に作用するスキルだ。

例えば、砂場に混じった砂鉄のみを抽出したり、水素と酸素を化合させて水を作ったりすることができる。

その作用に大きくか変わるのが使用者の魔力とスキルのランクだ。

魔力がその物質に与える変化を生み出す動力になって、スキルはそれの限界値、リミッターになっている。

これは、1リットル入る水のボトルを使用者の魔力だとすれば、そのボトルから1度に貰える水はそのボトル分である1リットルになる。

これを人間がスキルに使用する際に行うと魔力欠乏症という症状に陥り、魔力の回復の送れや倦怠感を引き起こす事になって、最悪それが原因で死に到る。

それを防ぐためにスキルの限界値、リミッターとして1回の使用量を1リットルから200ミリにしてしまうのと魔力の回復までの間、スキルを使用できないように制限をかける。

そうすることにより、魔力欠乏症を防ぐ事になる。

この考え方は錬金術を初めとする魔法に属するスキルのもので他のジャンルでは当てはまらないようだ。

これとは別にアヤカに渡したアイテムの危険性を理解する上で必要な要素がある。

それは、精神力と表現されるもので、この世界においてスキルを使用する際に自分自身の魔力を使用する際に消費されていると言われている数値だ。

これは魔力同様に見ることのできない数値だが、一部の例外を除いてスキルをしようした事のあるものであれば実感できている要素となる。

精神力は、強力なスキルほど多く消費され、そのスキル専用の精神力と言うわけではなく、精神力から毎回消費され、精神力が尽きればスキルが正常に作用されなくなる。

これを回復させるには休憩や食事、睡眠等で時間をかける必要があった。

しかし、俺やサヤカはこの精神力切れに陥ったことはない。

それが一部の例外で俺達の主力スキルがユニークスキルだからだろう。

サヤカが剣姫という最上位ジョブを捨てても今の方がいいと思えるほど、ユニークスキルは消耗が少ない上、その消費からは比較にならない効果を発揮する。

さて、これを踏まえた上でアヤカのアイテムの効果だが、外界の魔力をそのまま自分のスキルへ使用できるというもの。

仮に魔力をゲームのようにMPとして表記できたとして、このアイテムはMPを無尽蔵に補給するアイテムではないのだ。

仮にMPを無尽蔵に補給する事が出来てもそれは自身の魔力を使うということに他ならないため、精神力の消耗は避けられず、魔力が無尽蔵であってもスキルは無制限という訳ではない。

その縛りをこのアイテムはあっさりとクリアする。

外界の魔力をそのままストレスなくスキルへ変換するため、それに関して精神力の消耗がないため文字通り無制限でスキルが使用できてしまう。

その代わりといっては安い対価だが、精神力への負担がない変わりにスキルの成長はほぼなくなると記されていた。


「デメリットを差し引いてもヤバイな。」

「貴方もそう思う?」


頷き返すとこれに対する方針を2人で一晩考えるはめになった。

その方針は錬金術の調査が完了するまで錬金術スキルを隠すことに尽きた。

このスキルの隠匿には俺達全員が協力する必要がある。

まず、その手始めに借家を買い取って3人で済むことにした。

ダイニングとワンルームの間取りだが、ダイニングには俺のソファベットを起き、2人はワンルームの方に衝立で間仕切りしてベッドをおいて貰う。

この借家は隣に空地があって、そこも買い取り増築することで風呂やトイレ等のスペースを増築していくこととなる。

また、アヤカの自衛のため土の精霊の加護を保持していると偽ることにした。

加護持ちは希少であるものの居ないことはないし、地面を変化させることで相手の身動きを封じることで逃げる時間を稼ぐのが目的だ。


「…。」


集中して両手を合わせる。

やはり明確なイメージをするためとはいえ、作品から受けた刺激が強すぎたように見える。

そのルーティンの後に地面に手を押し付けるとアヤカ自身の魔力を使ってスキルで地中の鉄鉱石、銀鉱石、アルミニウム等々種類を分けて引っ張り上げた。

半日もしないうちに彼女の魔力と精神力が打ち止めになってしまったので、それからはモンスター狩りとなる。

今度は右手だけを地面につけて、走ってくる石馬の進路を沼のように変えた。

石馬は他のモンスター同様に体の一部分が石なのだが、大体が頭部に集中していることが多く、それを全面に押し出して快走されると並みの騎士では受け止めきれない。

それが腹まで地面に浸かっていれば後は首を振って暴れるくらいしかできなかった。


「モンスターとは戦えそうか?」

「…生々しいけど、動物の形をしていれば、たぶん。」


石馬は俺が首を切り落とすことで命を奪った。


「馴れろとは言わない。ただ、こういう世界と理解してくれればいい。」

「…わかった。」


意思確認を怠ると突発的な出来事で関係性に亀裂が走りやすい。

それを含めての戦闘訓練だったが、俺とアヤカが持つ電板は他人から見えないので索敵には重宝した。

地形の変化は陸地を走るタイプのモンスターに対して非常に効果的で身動きを封じる事でサヤカの接近戦の危険度が下がる。

また、サヤカが手に入れた刀はスキルを発動時、黒い刀身を白い筋が走りその時に切れなかったものはない上、刃溢れすら今のところはなかった。


「ハジメよぉ。こんなんでいいのか?」

「ありがとう、大将。」


職人町の大工達に増築を依頼してから1週間でこちらの要望通りの形になった。


「いいってことよ。お前さんが作ってくれた製図台、凄くいいぜ。」

「それはよかった。今度、新しい台を持っていくよ。」

「ああ、待ってるぜ。」


増築してもらった部分は少し高い位置に風呂、それを排水管で排水槽、風呂の残り水はトイレの水洗用となる仕組みだ。

ここまでの外面は大工にお願いしないとできないが、ここからはこちらの技術が必要になる。

風呂の湯沸かしはファイヤーボールとアヤカの錬金術で作った。

風呂から溢れた水や排水槽に入らないきらない水はトイレの排水が行き着く浄化槽に流れ込み、浄化槽はある一定の水量に貯まるとセットしてあるクリーンボールが落下し、貯まっていた水は浄化されて排水口が開いて外の排水路に流れ出す。

もう1つは食品加工室でモンスターの肉を燻製するための部屋でそれに必要なものが詰め込まれており、これは俺の趣味と言えた。

そして、これ等の排気は当然、外に出ているわけで…。


「どうしてこうなった?」


まず、燻製の匂いが周辺住民から徐々に噂が発っていった。

工事をしていた家から突然肉の香り含んだ煙が風によって運ばれ、食事時には否応なしに食欲を刺激される。

夜は蒸気が違う排気口から毎日上がるので興味は尽きなかった。

極めつけは貸家だから厳密には新居ではないのだが、新築祝いと称してナニワとコシジが来たことが決定的だった。

少し先を行く設備が彼等の商人として本能を刺激する。

現状、風呂はあるが一般には普及していない。

公衆浴場はあるものの、日本人が古来から好む熱めのお湯ではなく少し温めのお湯が貯まっているだけだ。

コシジは妻子がいるため遠慮したが、何をどうしたのかナニワが風呂に入って逆上せるまで堪能していき、しばらくして夕方以降の打ち合わせはこの家で行われるようになった。

しかも、ナニワが泊まり出す始末で仕方なく客間を空地に建てるはめになった。

そして、何故か今日はキロスの評議員が追加で増え、この家でイシュタルの中央都市クリストルで行われる会議の打ち合わせが行われている。

このキロスは港も持ち、生産も盛んなイシュタル西の要所である。

当然、イシュタルの他の町に本拠地を置く商会も出張所を開設し、商いに勤しんでいるがここ最近はニシノミヤ商会の一人勝ちとなっている。

評議員はこの街に収める税の上位者からの推薦で決まるため、大商会との交流は必須事項だ。

しかし、そうでなくても多忙を極める評議員の耳にすら入る謎の露店商には興味が尽きなかったらしく、打ち合わせ何かはそっちのけで違う話を積極的に行っていた。


「では、この生活を他者が享受するためには街の構造から変える必要があると?」

「まぁ、そうでしょうね。」

「ここはイシュタルより西側の国と交易がある街のゆえ門戸は広く開けられておる。それにより人の流入が活発なのは嬉しいことなのだが、その分浮浪者の対応に苦慮している。何か妙案はないだろうか?」

「はぁ。」


全く酔えなくなった酒を飲みながら話を聞いていると扉を叩く音が響いた。


「評議員!大変です!」

「何事か!?」


この国で言う騎士とは日本で言う警察のようなもので警らや犯罪の取り締まりが主な仕事である。

その彼等が慌ててやってきたと言うことは大きな危険が迫っていることを示していた。


「南側の門が何者かによって破壊され、そこからアンデットの大群が侵入して来ました!」


アンデットはゾンビやスケルトンを主に指し、通常のモンスターよりも生者を強く憎む傾向があり、緩慢な動きではあるものの執拗に付け狙ってくる。

対処法としては、日光が抜群に効いて知能が低いアンデット成り立てのゾンビは誤って日光の元に自ら進んでいき、浄化されることも多々ある。

しかし、アンデットも生存日数が延びるにつれて知恵を持つようになる。

こうなってくると日光に自分から浄化されることはなくなり、武器を使い始める。

更に生存日数が延びていくとスケルトンナイトやゾンビモンカーといった名称で呼ばれる個体も出てくる。


「警鐘を鳴らせ!市民防衛を取るぞ!」


市民防衛とは、キロスの市民が武器を持って自ら戦うことを意味する。

ここの騎士も戦いはするが、ここに定住する際には成人した男は防衛の義務があった。


「冒険者組合は!?」

「既に違う者が!」


評議員は酔いを冷水を頭にかけて冷ますと礼を陳べてから騎士と共に家を出た。


「ハジメさんはどこの道場!?」


道場とは戦闘の基本訓練を行うところで一定レベルに達するまで週1回以上の参加が決められており、そのレベルに達すれば戦闘に参加している間、家族を道場に匿って貰える。


「生憎とまだ通っていなくてね。」

「だったら、私の家が世話になっているところに2人を…。」


サヤカは当然帯刀し、久しぶりにチェフトプレートを身に付けている。


「そ、そうね、サヤカさんは剣士だものね。って、アヤカさんも!?」

「申し訳ないが、送ってやれないが大丈夫か?」

「た、たぶん。今迎えが…。」


直ぐにコシジが家族を連れてやってきた。

なんとコシジは道場でも副代表で有事の際の防衛責任者でもある。


「ど、どうか、おきをつけて。」

「ああ。そちらも。」


俺達も直ぐに準備して家を出る。


「鎧の下も大丈夫?しっかり着た?」

「大丈夫よ、お姉ちゃん。」


アヤカが加入したことで不安だった防御面がチート化された。

それはまず、俺の手甲やサヤカの装備一式に採用されたジュラルミンという軽量強固な金属への一新だ。

特にサヤカの鎧は以前の半分の薄さながらも強度は倍以上となり、モンスターの爪や牙では貫かれることはない。

次に戦闘服としてケブラー繊維での作られた服で俺はブルゾン、サヤカは鎧の下のインナー、アヤカはロングジャケットの仕様になっている。

更に魔装具の導入を行い、石炭から人工ダイヤを精製し、魔核と組み合わせた事により、使用者の魔力を消費して人工ダイヤは物理的な攻撃を魔核は魔法的な攻撃を防ぐ防壁が自動で張られるようになった。

これは全員がベルトのバックルに使われており、一応試作品である。


「ちっ、押し込まれているな。」


防衛線が築くのが遅れたのか、混戦状態になっている。


「大将!」

「おう!来てくれたか!」


職人町の面々が集まっていたが、どうにも様子がおかしい。


「あいつら魔法を使ってきて反対側の町家が火事が延びてやがる!家は仕方ないがこのままだと下がれないんだ!」

「わかった。先ずは手前を片付けて時間を作ってくる。」

「お、おい!?」


商人が戦場に飛び出したのだ、普通は止めるべきと大工は思ったが直ぐに伸ばした手を引っ込めた。


「てめえら!必ず建て直す時間がくる!それまで死ぬんじゃねぇぞ!!」


サヤカを先頭に防衛線の前で溜まっているアンデットを走りながら掃討する。


「少しでいい。増援を足止めしてくれ。」

「任せなさい。」


通りの地面が沼になってそこにいたアンデットが沈んでいく。

しかし、前進しか知らないのか沈んだアンデットの上を進み、またそのアンデットも沼に落ちる。

今はいいが、その内に突破されるのは物量的に押しきられるだろう。


「防衛線が整うまで時間を稼ぎましょう。」


俺も殴打で対抗するが、現状の最大戦力はサヤカであることは間違いない。


「どう思う?」

「増えているわね。」

「サヤカを残していく。ここは任せられるか?」

「…本気なの?」

「ああ、こそこそしている奴等もまとめて相手してくる。」

「気を付けて。」


防衛線を任せて敵陣の中央に突っ込んだ。


「はははっ!」


久しぶりに羽を伸ばしたような気分になった。空域操作の範囲内で空剛鬼の空掌の圧力でアンデットを文字通り粉砕する。

俺を中心に開けた空間が出来るが直ぐに追加が入ってくる。

ユニークスキルでもこれだけの広範囲で使用すれば疲労は貯まるが、それ以上に戦闘から得られている高揚感から疲労は感じられない。

幾度かの掃討によって破壊された門が見えてきた。

マップ通り門からアンデットが流入してきているが、その門を守っているアンデットは質が違うようで、どれも武装したスケルトンだ。

城壁を巻き込まないように圧壊使用としたが、その一撃を耐えたばかりか散開してこちらを包囲しようとしてくる。


「ちょうどいい。雑魚には飽きていたところだ。」


血が騒ぐといえばいいか、肉が歓喜したといえばいいか。

格闘技の経験がないにしてもこの世界での戦闘を繰り返してきた俺にはそれ相応の戦い方というものが備わっている。

雑魚であれば、広範囲に圧力をかけることで蹴散らし、切断が必要なら狭い範囲に刃を走らせるように圧力をかければいい。

そして、それなりの相手には手で覆い尽くすようなイメージで握り潰す。

これを食らった相手は内側に巻き込まれるように凝縮される。


「む?」


しかし、これには呆気なくスケルトンは破壊されてしまう。

どうやら強すぎたらしい…ならば、両手を合わせるようなイメージで圧力の壁で左右から挟み込む。

よし、今度は調度いい感じに潰すことができた。

この調子で数度粉砕すると門からのアンデットの流入が収まる。


「俺に気づいたかな?」


倒したアンデットを解体すると大量の魔核が地面に転がったので吸い寄せるに圧力を調節してそのまま拡張収納に収納する。


「さて、門は注視されているよな。」


門の外には大量のアンデットが待機しており、出てきたところを襲うつもりだろうか、さらに直ぐの場所に動かない敵性反応がある。


「試してみるか。」


空域操作と空剛鬼の能力を自分から真下に一気に使えば急上昇できる。

アルカルドを抜けるときのように階段のようなものをつくってもいいが、夜目が効く相手がいないとも限らない。

なら、見えないほどの速さで上昇し、一気に近付いて圧力の拘束を試みる。

一気に100メートル程上昇すると放物線を描きながら落下に入った。

馴れない自由落下に耐えながら範囲内に標的が収まるのを待つ。

俺の目には白い服を着た人間と黒いローブの何かを見ることが出来た。

人間からは話を効く必要がある為、予定通り圧力の拘束を行う。

しかし、黒いローブは影響を受けずに雑魚アンデットを呼び出していた。

空域操作で圧力の拘束を行っているため、ジョブの力単独での圧力の拳を放つが今までになかった感触で遮られた。

そこでようやく俺の方を向いた黒いローブはゾンビのようなスケルトンのような半分白骨化しているアンデットだ。


「ね、ネクロマンサーゾンビ、そいつを、殺せ…。」


主人なのかそいつが命令するとさっきの部気持ちのスケルトンを魔方陣から呼び出した。


「余計なことを。」


拘束している状態から更に負荷をかけると悲鳴が上がって聞こえなくなる。

反応は生きているため、意識を失ったのだろう。

拘束を解除してネクロマンサーゾンビとそれが呼び出したスケルトンに改めて対面する。

既に雑魚処理は通用しないことはわかっているので、圧力の壁でプレスしていくとその範囲に入らないように陣形を直していく。

先程にはなかった反応であり、どこから来ているかは明白だ。

ならば、範囲に入っているうちに今度はネクロマンサーゾンビを圧力で握り潰す、が、それはまるで固い卵のようにヒビすら入らない感触だった。


「…なるほど、これは全方位圧力の欠点か。」


どうやら、あのネクロマンサーゾンビを守っている力には今の俺では握り潰すことは叶わないらしい。

後、少し冷静になったことで精神的な疲労を少し感じる。

ぐずぐずはしていられない。

相手はどんどん武器を持っているスケルトンを呼び出して配置していく。

配置されたスケルトンはバラバラの位置から同じタイミングで攻撃を仕掛けてくる。


「…ふぅ。」


厄介な相手だが、こちらは少し先の文化圏からやって来ている。

全方位の圧力に対して有効な物には何が有効くらい子供でもわかるというものだ。

もはやイメージすら必要ない。

それは、少し前まで主力だった空鬼の力であった爪を空剛鬼の力で再現するだけのこと。

薄く延びた縦を鋭い槍が貫くように一点にかけられた圧力は何枚かの不可視の膜を破り、ネクロマンサーゾンビの右肩周辺を抉り取った。

されど、相手も自分がアンデットなのを理解しているのか、俺の攻撃のタイミングで周囲のスケルトンへ一斉攻撃を指示していた。

だが、その物理攻撃はこちらも同じ様な膜によって俺に届くことはない。

さらに纏まってくれたことで俺が跳躍することで一撃で始末することが出来た。


「…まだ、動くか。」


ネクロマンサーゾンビは左手で立ち上がろうとしていたが肘先が既に失くなっていてまだ立ち上がれていない。

俺は右手を上げて握り拳を作る。


「生憎、戦いは得意ではないんでな。」


一気振り下ろした。


「おい、起きろ。」

「う、うぅ…。」

「どうやら、寝覚めが悪いらしいな。」


口を封鎖して、足元で火を発生させる。


「むーーーーー!!!」


直ぐに消火してやる。


「目は覚めたか?」


口を解除されていない為か必死に頷く。

木を背に上半身が起きている状態だが、最初にかけられた圧力によって生じた骨折等は治していない。

話を聞くために口の封鎖を解除する。


「さて、あまり時間はやれないが、目的と誰の指示かくらいは話してもらおうか。」

「………。」

「…そうか、話したくないか。」


再び口を封鎖し、今度はじっくりと焼けるまで火を灯す。


「!?!?!?!?!?」


半ば発狂しているが、痛みが失くなってきたであろうところで火を消して治療を行ってやる。


「さぁ、また始めようか。」


この間5分の出来事だった。


「なるほど、ウラーヌ法国が王国と手を結んで周辺諸国を滅ぼそうとしていると。その煽りをここが受けたと。」

「………。」


5人のうち4人まで尋問を終わらせて情報のすり合わせをしていた。


「後1人は…。」


どうやら回復魔法で治療して這ってでも逃げようとしたらしく、草が倒れている跡を追った。


「1人だけ逃げるつもりか?」

「ひ、ひいっ。」

「安心しろよ、素直に話せばなにもしないさ。あとは…英雄にしてやるよ。」


最後の1人にはこのメンバーのスキル構成を聞いた。

5人中2人の持つスキルに興味があった。

ノルデの時のようにスキルオーブになる保証はなかったが、成ればもうけものとやってみたところ入手することが出来た。


街中の戦闘は朝まで続いた。


そして、朝日と共に浄化されていくアンデットを見た住民が歓喜の雄叫びを上げた。

街は南側から西側にかけて半壊し、死傷者もかなりの数が出ている。

騎士達は調査のため破壊された門付近を調査すると神官が最後まで奮戦したような姿で死んでいた。

その懐からはウラーヌ法国の神官であることを明らかにするものが残っており、評議員は直ぐ様議会を通じて抗議すると息巻いていた。


「おい、そっちに運ぶぞ。」

「よしきた。」


遺体はまとめて焼き払う事になった。

やはり、アンデットから襲撃を受けたことが精神的にきている住民は少なくない。

燃え残った家の廃材と共に街の隅で略式の葬儀が行われた。

神官達も身分証や装飾品を個別に回収して同じ様に焼かれ、残るものはなかった。

生き残った側でも立場が悪くなったもの達がいる。

浮浪者達だ。

彼等は住居を持たないため、防衛の義務は生じていない。

しかし、生きるか死ぬかの戦いで、さらに自分達の家族が死んでいるものからすれば、成人した男はもちろんそれ以外も憎しみの対象にしかならなかった。


「そこにいるなら、手伝え。」


とある商人が私財を使って炊き出しを始め、その手伝いを子供の浮浪者に手伝わせたことで、浮浪者達の行動も割れた。

憎まれながら生きるのは御免と街から去るものとそれを許容して生きるものだ。

成人した男の大半は去っていったが宛のない女子供は残ることが多かった。


「さて、今後のキロス復興に向けた有識者会議を行います。」


だから、なぜうちでそれをやる。


「ハジメさん。これがこの街の地図でこの部分が破壊され、街としての機能を失ったところです。」

「ナニワさんから話し聞いているが、これを機会にして街を発展させたいんだって?」

「ええ。特に今は仕事を失った人が大勢いて、放置すれば街の衰退は免れません。ですので、日雇いの仕事を発布して今後の生活の足しになるようにします。」


地図を見ていたアヤカが線を引いた。


「まずはこのエリアの復旧と仮住まいの建設ね。」

「仮住まいの場所、狭くないか?」

「大丈夫。ね、皆。」

「「「へい、姉御!!」」」


建築系の親方達がアヤカの声に素早く反応した。

それに押されたのを良いことにアヤカは後に試してみたかったと語ったが、線を書き加えて思い描く街並みにを書き上げるのに時間はそう掛からなかった。

翌日からは炊き出しに自分の店を失った料理人が加わって、ニシノミヤ商会をバックに女、子供の元浮浪者が手伝いに回った。

姉御事、アヤカはまず機能していなかった公衆浴場を掌握し、改築を行った。

最初は収容人数を増やすため拡張工事と手頃なサウナを作って無料解放させる。

当初はかつての汚い印象があったせいか、入りは悪かったが職人達がさっぱりした顔で出てくるのを見て混んでない日がないくらいに賑わった。

そのお陰で俺の精神力は水を作り出すので連日ボロボロにされた。

その次に建設が始められたのコンクリート作りの3階建て集合住宅で最初の1棟こそ時間がかかったもののアヤカの指揮スキルによって最終的には職人達が百キロ近い物を持ちながら飛び跳ねていた。

外装が終わった段階で内部は大工や左官に任せられ、それ以外は下水道の敷設のため穴堀に回される。

排水路を下水道の上に配備して所々で下の下水道に落ちるようになっていた。

ここでも素材はコンクリートでUの字の物と長方形のタイプの物が大量に作られては敷設されていく。

下水をそのまま海に流すのかと思ったらそこはプライドが許さないそうでしばらくはプールを作ってオーバーフロー分を排水する仕組みにして、ここに通って浄化を行うのが日課に追加された。

俺が雑用の使い走りをして、アヤカが現場監督をしている頃、サヤカは街の英雄として1番大きい道場で剣を用いた指導を代表や副代表へ行っていた。

冒険者達と協議した結果、槍を指導する方向だったのだが、サヤカの活躍があまりにも印象に強かったので、それを学びたいと言う声が大きかった影響である。

更には炊き出しをするために集まっていた料理人達が1つの大きなお店を経営することになり、その建物がこの街の名所ともなるホテルになっていく。

アヤカの元で作業した職人達も1つの会社にしてアヤカに社長をしてもらおうと懇願したが断られ、最終的には顧問と言う立場に落ち着いた。

俺が余裕で使い走りを出来るようになるころには上下水道の完備が終わり、半年で街としての機能をグレードアップして取り戻した。


「ここはフランスかどこか?」


1回店舗で2階3階が住居となっている商店街を抜けると中央広場があり、そこには復興の象徴とも言える公衆浴場と犠牲者の石碑それと騎士の詰め所改め警察署、評議員庁舎がある。そこから北に行けば港と集合住宅、ホテルがあり、西に行けば新しい工場が建っており、東に行けば商会の真新しい事務所の通りが並んでいる。

街は南側へ発展方向を決め、入居者が増える度に商店街の通りは延びていくだろう。

キロスが新しい街になった一方で火災の被害にあわなかった家の地域はアンデットの恐怖を持っていたり、対抗する手段が乏しい人達は挙って新しい町に移住していった。

それによって1つ1つの家の土地の見直しや上下水道の敷設も相まって比較的富裕層が家を建て始める。

しかし、これらの区画は商会の通りなら未だしもそれ以外の区域には遠いため、通りを広くとって馬車が、2車線分通れる程の道幅が取られた。

どこもかしこも豪勢な家が建つなかで1軒だけアンデットインパクト前と変わらないみすぼらしい家が残っている。

土地は広く隣の家まで50メートルはあろう庭と申し訳程度の柵があるだけで、この空間は変わって居なかった。


「だから、なんでここなの?」


現在、この家は復興パーティーの3次会として使われている。

ちなみ1次会は中央広場で評議員の挨拶の後、各所で酒や食べ物が振る舞われ、2次会は復興に尽力した職人や街の中心人物が招待され、ホテルでの料理人達が各々の料理の腕を振るい、3次会がなぜかここ。

しかもこっそり帰ったつもりが、隣に引っ越してきたナニワを筆頭に鍛冶屋のじいさんや大工の大将、評議員、職人の親方衆が顔を揃えている。

ちなみにだが、新しい工場の社長は大工の大将に、会長はサヤカの刀を打った鍛冶屋のじいさんが就任している。

しかも、当然と言わんばかりにニシノミヤ商会と業務提携をしており、復興当初の炊き出しやその前からの情勢も合わさって市民からの信頼が厚い商会となった。


「土地が取れてよかったな。」

「命あってのですけどね。」


実はニシノミヤ商会、このごたごたに乗じて工場の隣に和紙工場を建てていた。

そのシステム自体はアヤカと合流前に出来上がっていたが、職員の確保や生産ラインを組めるだけの土地がなく、土地を切り開くかとも思っていたが、火災の発生や住民の転居により土地が確保できた事と、集合住宅の一部を社宅としての買い取りを浮浪者の対策として評議員に認めさせ、費用の一部を出させていた。

生産量は俺1人がA4を作った方が効率がいいものの、これで俺の手から事業は離れたことを素直に喜んだ。


「飲んでるかい?」

「ああ、大将。…いや、社長か。」

「止めてくれ、こっぱずかしい。」


大将は本当に恥ずかしいのか、髪の毛をかいて視線をずらす。


「まぁ、なんだ、ハジメさんよ。」

「さん付けされるのは恥ずかしいな。」


社長が切り出そうとすると親方衆が後ろに並ぶ。


「真面目な話だ。頼む、ここの立て替えを俺達に任せて貰えないだろうか。」

「…なんの話だ?」

「この街の英雄をこんなところに住まわせるわけにはいかねぇ。これは職人の、街の総意なんだ。」

「いや、でも困ってないしな…。」


急に人が来られる以外は。


「それはこちらからもお願いしたいのですよ。」

「署長さん?」

「少し前から他の街や村から人が入るようになってきましたが、ここを通るときこの家を見て嘲笑うような輩が決していないわけではないのです。私達は貴殿方がどれだけ尽力されているのかを知っています。ですが、それをこの街以外の人間は知りませんし、嘲笑う輩を見た住人は殴り掛かってしまいます。」

「そういえば、最近は通りが賑やかだと思った。」

「私としても部下を抑えるのが大変で…。」


それが本音か。


「部下の手前はありますが、出来ることなら私が率先して拳を振るいたい気持ちを必死に堪える日々は辛いのです。」

「あっ、ニシノミヤ商会が費用を持ちますよ。」

「もう、図面も出来ている。後はハジメさん、あんたが頷いてくれれば何時でも始められる。」


ちなりとサヤカとアヤカを見ると既に話は付けられているようだ。


「…わかった。ただし、条件がある。」

「…なんだ。」

「…あんまり派手にしないでくれ。」


社長はまだその役職に就く前に図面を持ってハジメの元へ赴こうとしたことがある。

その日は入れ違いが多く、中々ハジメと会うのは夜となっていた。

彼は夜だろうと来訪を断る男ではないとはわかっていても毎日街を駆け回って疲れているであろう所に行くのは申し訳ない気持ちがなかった訳ではない。

だが、他の奴等に彼の家を建てさせるのだけは何としても阻止したかった。

この時にはアンデットインパクトから立ち直り、安全も確保出来ていると周辺にも知れ渡っていた。

この街で1日過ごせばサヤカかアヤカの名前を聞かないことはない。

サヤカはアンデットインパクトの際に防衛線の窮地を救い、多くのアンデットを屠った女傑である。

アヤカはサヤカの姉でアンデットインパクトの時には妹と共に戦場に赴いて戦った後は職人達の信頼を得て、彼等を指揮している復興の中心人物である。

あの時、街に居なかった連中からすれば華もあり美談にもなりやすい2人に目が行くのであろう。

でも、あの時街にいた者達、あの戦線にいた者達はアンデットの波に飛び込むように進む1人の男を姿を誰もが目にし、その後にこちらに来るアンデットの数が明らかに激減した。

確かに、サヤカやアヤカの功績は消えることはないものだ。

あの場にいた者達は彼が何をしたかわからない。

それでも、彼の影の活躍が無ければ俺達は生きていないと不自然な程に何もない南門の周辺を見て誰もがそれを感じた。

思わずあの時を思い出して図面を持つ手にも力が入る。


「いや、だからですね…。」

「資金は我々がご負担いたしますので、どうでしょう?この辺りも富裕層の家の受注が増えておりますし、英雄が相応しい家に建て直すと言うのは。」


トウト商会という東に本拠地を持つ商会の代表と最近やって来た大工の集団の棟梁が入口でハジメと話していた。


「ですからね…。」

「どうか、英雄様にお取り継ぎ願えませんか?我々もこの街に住むものとして心苦しいのです。こんなボロ屋ですよ?これから発展していく通りにこんなみすぼらしい家があっていいと思いますか?」


その家には彼等が手掛ける家には無い様々な工夫が詰まっており、少なくとも大きいだけの家よりも遥かに住みやすく、先進的な場所であるということを奴等は知らない。


「こっちからもお願いしますわ。英雄の家が建てられるって聞いて飛んできたんですよ、ほんと。」

「………確かに見たことがない顔ですね。」


今、この街に元から職人達は例外なく復興に関する事業に従事している。

その彼等とほぼ毎日顔を合わせている彼が知らないのでは本当に外部の人間なんだろう。


「いーから、英雄さんと話をさせてもらえませんかね。何でも両方とも美人な姉妹って話じゃないですか。」

「…彼女達は昼間仕事で疲れていて休んでいますのでお引き取りを。」

「またまた、中で物音がしてますよ?あー、もしかして、英雄って言うのも復興のために流した嘘なんですかね。まぁ、噂に聞く美人なら話題にはもってこいで………。」


上背は大工の方があった。

なのに、ハジメの手が男の顔を捉えると骨がきしむような音がこちらにまで聞こえて来そうなくらいの力で締め上げていた。


「…トウト商会、さんでしたっけ?」

「は、はい?」

「貴殿方、復興当初何もしていませんでしたよね?他の商会は私財を投じて街のために尽力していましたよ。それに街を見捨てたかすぐに撤退して、最近こう言う輩を連れてきて無理な営業しているってもっぱらの噂ですよ。ましてや、あなたと私は初対面だ。傷が癒えないこの街でそんなことを続けるなら、こちらもやることやらせてもらいますから。」


手が離れると男は顔を押さえて自分の顔の無事に安堵している。


「お引き取りを。」

「お待ちください!こちらも復興のために力になりたいとやって来たのです。ですので!ですので!話だけでも!!」

「…まずは、行動で示したらどうだ?」


掴まれた腕を振りほどき、ハジメは家の中に入っていった。

噂に聞いたがトウト商会は連日訪問を続け、同じ話を繰り返したという。

その話が街中に拡がるとトウト商会の連れてきた大工の工事が滞る事が増えてきた。

更に新しい商会の事務所が並ぶ通りにトウト商会の分の土地はない。

トウト商会の事務所は無事なのだが、他の商会が新しい区画に合わせて移転しているのを見て、同じ様に事務所を置こうとしていた。

この頃には社長に就任し、役所に顔を出すことも増えていた。


「どう言うことですか!?何でうちの工事が進まないのですか!何でうちの事務所の移転ができないんですか!?」


多忙を極める役所の中に怒声が響いた。

それもそうだろう。

噂には聞いていたが工事中の現場では最初に持ち込んだ資材分は工事したものの、それ以降の資材が搬入されることはなかった。

事務所移転も書類の不備という形でこの日ようやく書類を返却されている。

悪いことは続いた。

警察と名称を変えた騎士達がトウト商会大工を包囲した。


「トウト商会の代表ですね。貴方と貴方が連れてきた職人達の暴行等について苦情が入っております。事情を聞きますので連行させてもらいます。」

「ああ!?暴行?そんなの本人聞きやがれって…。」

「…………。」


警察の1人が小声で何かを呟いた。

この日を境にトウト商会はキロスから撤退した。

更に無理な営業のツケは奇しくもこの日から副代表を罷免した商業組合も営業を再開しており、トウト商会の本店の方に示談金の請求を通達することとなった。


「社長、どうしました?」

「…おめえら。」

「へい。」

「後、復興までどれくらいかかる?」

「そうっすね、このペースなら冬には間に合います。」

「遅い。」

「へ、へい。」

「明日の朝、1度全員集めろ。」


翌朝、会社初の朝礼が行われた。

社員全員の前で話したのは他でもない社長だ。

現在、この街の職人の大半は会社に入っていて、復興の工事の大半もここが請け負っている。

しかし、ここだけで復興を行っているわけではなく、周りの街からも応援として役所から仕事を受注している状態だ。


「俺が社長の役を受けたのは1つやりたいことがあったからだ。」


普段、現場で誰よりも大きな声を出している男が静かに、しかし強く話し出した。


「俺はとある男の家の改築を請け負った事がある。事ある毎に俺を頼ってくれた男はその度にこちらの度肝を抜いてくる。その男は自分から名声を求めねぇ。そんな奴だ。俺はそいつの家を建てたい。でも、そいつはきっとこの街が直りきるまでこの話を受けてくれないと思う。だから、頼む。この街の恩人の家を1日でも住人に相応しくするために、今以上に力を出してほしい。俺も今の倍働く。恩人のために職人の意地を見せてほしい。」


思い返せばうまく言葉にできていなかったと思う。

だが、職人なんてそんな生き物だ。


「………じゃ、振り分け見直しますか。」

「よし、野郎共。今日で今の現場仕上げるぞ。」

「木工組、手が空いている奴は基礎組の手伝いにいくぞ。」

「食堂に飯の量を増やしてもらえ!」

「なら、ガキ共に現場まで持ってきてもらいましょう。」

「社長、今日の工程です。」


自分で言ったことだが、本当に倍の仕事量をねじ込んできた。


「…よっしゃぁ!仕事いくぞっ!!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ