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前編

本作は、アンリさま主催「クーデレツンジレドンキュン企画」参加作品です。


「いらっしゃいませー」


 明るく元気な若い男性店員の声に迎え入れられる。

 家の近所ではない、入ったことのない遠くのコンビニ。

 とりあえず、店内を一周する。

 ばれないよね。

 私、大学生くらいに見えるよね。

 制服ではなく私服姿で、しかもうっすらとメイクしている自分を意識する。


 そして。


「あれ、下さい」


 レジの前で、壁際に置いてある目的の品物をいかにも慣れているようなフリをして指さした。

「おひとつですか?」

「はい」

「年齢確認の為、画面にタッチお願いします」


 店員のルーティンな声にホッとしつつも緊張しながら、私はレジのタッチパネルを押した。



 ***



(とも)! おはよ」


 クラスメートの中でも仲の良い千紗(ちさ)が、図書室で勉強している私にそう声をかけた。


「ねえ。「例のモノ」、買えた?」

「う、うん。なんとか」

「やったね!」

 千紗は私の肩をポンと一つ叩いた。


「それで、どこで渡すの?」

「うん。最近行ってないから、直接家に行こうかなって」

「おやおや。積極的ですねえ! 「壁ドン」!とかされたらどうするの?」

「ないない」


 受験なんてそっちのけで目を輝かせて私に迫る千紗のその言葉には苦笑する。


「でもさ。朋。あんたその(かず)さんとキスもまだなんでしょ?」

「キ、キス……?!」

「何、照れてんのよ、もう大学生にもなるってのに」

 呆れたように千紗は言うけど、キ、キスなんて……。

「「床ドン」されてファーストキス!なんて?」

「もっとない!」


 私と千紗はその時、他愛なく笑った。

 けれど。

 ずっと一緒の時を過ごしてきたのに、「和兄かずにい」のことを私は全くわかっていなかった。



 *** 



「お邪魔しまーす!」

 寒風吹きすさぶ中、私は和兄の家の玄関を開けた。


「あらあら、朋ちゃん。久しぶりねえ」

 同じマンションの同じ間取りのリビングの奥から、和兄のお母さんがエプロンで手を拭きながら出てきた。


「受験まで後少しね。どう? 勉強の方は」

「はい、順調です。和兄(かずにい)、いますか?」

「ええ。部屋にいますよ」

 そう言って、

「部屋に行ってあげてちょうだい。あの子、最近、なんだか不機嫌で。おばさん、近づけないのよ」

 と、少し眉をひそめた。

「任せて下さい」


 私はトンと一つ胸を叩いて、和兄の部屋へ行った。


 私が「和兄かずにい」と呼んでいる男子は、私より二歳年上の大学二年生の鈴木(すずき)和樹(かずき)

 和兄と私は生まれた時から同じマンションに住む幼馴染。同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学、同じ高校に進んだ。

 そして、私は和兄と同じ大学に進むつもりでいる。


和兄かずにい!」


 部屋のドアをノックしながら、私は和兄の部屋に入った。


「何だよ、朋」

 不機嫌そうに和兄は、部屋の隅のベッドの上であぐらをかいて読んでいた雑誌から視線を変え、私を見た。


「何、そんな怖い顔してんの? おばさん、困ってるよ」

 私はベッドに軽く腰かけた。

「お前、冬休み何やってたんだよ。正月もうち来なかっただろ」

「受験勉強に決まってるでしょ。和兄と同じ大学に行きたいもん」


 その私の言葉に、流行りの「Men's an-non」モデルに似ている和兄の顔が少し赤らんだような気がするのは気のせい?


「じゃあ、今日は?」

「今日は……」

 私は一瞬、口籠った。


「あ! いけないんだ。煙草!」


 その時、ベッドの枕元に隠すように置かれている煙草の箱に気がついて、そう声にした。


「ダメよ、煙草は体に悪いんだから!」


 いつのまにか、そう、高校時代から煙草を吸っている和兄の健康が心配で、私はそう言うとその煙草の箱を取り上げ、ゴミ箱に捨てようとした。


「な…、勝手な事すんな!」

 和兄は私の手から煙草を取り返そうとする。


 次の瞬間。


 和兄はバランスを崩し、私を巻き込んでベッドの上に倒れ込んだ。


「か、和兄」

 和兄は、ばっと私から身を離した。

 私も、慌てて起き上がろうとする。


 しかし。

 和兄は振り返り、私の目を見つめた。

 和兄の表情が変わる。


「和、兄……」

 視線が交錯する。


 そして────── 


 いきなり和兄は私の両手首を掴むと、強引に私をベッドの上に押し倒したのだ!


 私の躰の上から和兄が私の顔を見降ろしている。

 私の両手首はがっちりと和兄の両手で押さえつけられていて、私はまるで動くことが出来ない。


「い、痛いよ……。和兄……」


 込められているその力に戸惑う。

 それはいつも斜め45度で見上げている和兄の顔ではなかった。

 どこか苦し気な表情で、和兄は私を見つめている。

 自分の部屋で見慣れている筈の同じ薄いベージュ色の天井をバックに、私は呆然と和兄の顔を見上げていた。


「お前な……。ちったあ自覚しろよ」

 和兄の整ったまなじりがわずかに歪む。

「和兄……」


 和兄の顔がゆっくりと近づいてくる。


 え。

 え……?!

 何!? 和、兄……


 和兄の顔が有り得ない程すぐ側に、掌も入らないくらいほんのわずかな距離の先まで来た……!


 その瞬間、私はぎゅっと瞳を閉じた。


 しかし────── 


「か…ず、兄……?」


 和兄の口唇(くちびる)はすんでのところでピタリと止まった。

 口唇(くちびる)は重なることなく、そしてすっと和兄は今度こそ私から身を離した。


「帰れよ」


 本当に不機嫌に和兄は低く呟くとごろりと寝ころんで、私にその広い背を向けた。

 私はばっと身を翻し、無言のまま和兄の部屋を後にした。



 ***



 その後の私は何をどうやって家まで帰ったか覚えていない。

 エレベーターでたった3階離れているだけの和兄が、ものすごく遠く思える。

 手にしている白い帆布のトートバッグを見つめる。

 その中には和兄への二十歳の誕生日プレゼントが入っている。

 本当は三日前の和兄の誕生日に手渡したくて、でも、どうしても間に合わなくて……。


 あれって……「床ドン」……?


 でも。

 そういうのって、もっとすごくロマンチックなものだと思ってた。

 そんなシチュで好きな人から口づけられる漫画の中のヒロインにずっと憧れていたのに……。


 怖かった……和兄……。

 あんな表情初めて見た。

 あんな……「男の人」な顔。


 和兄、怒ってるの……?


 私は、何故だか泣けて泣けて堪らなくて、私の幻のファーストキスの紅い口唇(くちびる)をきゅっと噛みしめた。



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