「栗原友美が岡村浩に殺害された」
「殺人容疑で逮捕されたのは、岡村浩容疑者です」
太陽の光が窓から差し込む朝七時。
厚手のレースカーテン越しでも青く見える空。
ひんやりとしたそよ風がレースカーテンを時々小さく揺らす。
ちゅんちゅんとスズメの鳴き声が聞こえる。
栗原茜は、
1人きりのガランとした部屋で、
四角く黒い薄型テレビを眺めている。
「岡村浩容疑者は、亡くなった栗原友美さんの小学校時代の同級生で、栗原友美さんと恋人関係にあるとのことです。
岡村浩容疑者は
『友美はある人を恨んだことが原因で、死んだ。他人を恨むと、自分に返ってくるから。恨む儀式に誘ったのは、僕です』
と非現実的なことを言っています」
茜は、
ピンク色の薄いハムと目玉焼きを乗せた、
茶色く焦げた食パンを頬張る。
目玉焼きの丸く盛り上がった部分をかじると、
トロッとした黄色い液体が流れ出て、
お皿にポタポタと落ちる。
「友美。今までありがとう。幼い頃、一緒に積み木でおままごとして楽しかった。中学の時は、あたしがしているからって同じ吹奏楽部に入ってくれたよね」
ピロン。
茜の黒く平たい携帯電話が短く鳴る。
「茜。今、ニュースでやってる事件なんだけど。栗原友美さんって、茜の妹さんだよね?」
友人の中本直美からのメールだ。
「そうよ。あたしのいも」
「妹」と漢字に変換しようと打っている時に、
ピロン。と再び短く鳴る。
「久しぶり。ニュースで見たけれ」と携帯電話の画面上部に表示される。
ピロン、ピロン。
次々と、
同じような文面のメールが届く。
「もう。打ってる途中なのに。でも、そりゃ皆びっくりするよね。身近な人の妹が殺されたのだもの」
茜は、
直美に返信すると、
携帯電話をマナーモードにして、
机の上に置いた。
食パンの最後の一欠片を食べる。
薄く白い幕が張る牛乳に息を吹きかけながら、
ゆっくりと飲む。
茜は、
歯磨きの際に携帯電話で大好きな音楽をかけるのがお決まりだ。
音楽をかけようと、
携帯電話の電源ボタンを押す。
すると、
58件の未読メールが並ぶ。
短く表示されている内容は、
同じものばかりだ。
茜は、
それらの全文を読むことなく、
携帯電話に入れている音楽の「全曲シャッフルで再生する」画面を押す。
「懐かしいな。あたしが中学生の時に流行った曲だっけ」
流れてくるのは、
多くの女性がホッと落ち着くような、
男性の低く透き通った声。
「歌手は松本司と分かるけど、曲のタイトルはなんだったかな。あ、思い出した。『あなただけ』」
松本司の歌声と共に、
一緒にサビの部分を茜が歌う。
「あなただけに あなただけに この言葉を贈りたい『愛しているよ』」
歯磨きなどの支度を済ませた茜は、
大きな赤い花が描いたワンピースの上から、
灰色のパーカーを羽織った。
A4サイズの書類が入るベージュのカバンを右肩にかけ、
外に出た。