彼の夏、彼女の夏(3)
同日にもう一話更新しています。
「えっ、見学がない?」
安達満は電話越しで告げられた言葉に頭を漂白された。
ないって何。怪我? え、なに? どういうこと?
ウェブの一部界隈ではコテハン写真の人で名の知れた彼は、今年の夏も大型連休を作って応援しているサタンマルッコに会いに行こうと考えていた。
現役競走馬として誠に珍しい(というか異例)事に、サタンマルッコは牧場へ行けば会いにいける競走馬だった。何なら乗れる。
夏や冬、長期休養に入ったサタンマルッコは常ならば牧場見学と称してファンサービスのようなものを催していた。それらがミーハーな層に受け、彼の単勝馬券はいつも売れ行きが良いのだがそれは今は関係が無く。
『ええ。今年はこっちじゃなくてフランスへ行くんですわ』
「へえ、フランスに。今年も凱旋門賞ですか?」
どうやら怪我とか体調不良とかではなく単純に不在を知らせただけだったようだ。
『いんや、そういうんじゃなくてただの放牧ですわ。妻がいつの間にか懇意にした向うの牧場がありましてね。そっちへダイランドウの連れ添いでって感じですわ。おかげでこっち、グッズの売り上げが不安でねぇ。羽賀競馬場でもイベントやらないんで、そっちに影響がでそうなんですわ』
なにやら始まった愚痴のようなものに相槌をうちながら、安達は必要な情報を拾い集める。
「なるほどなぁ。ところでその提携している牧場? っていうのは見学とかそういうのは……やっぱり出来ないですよね」
『うーんどうだろうねぇ。俺が言うのもおかしな話だが、あっちは真っ当に育成やってるからね。部外者の立ち入りは難しいんじゃないかと思いますわ』
「ああ……やっぱり。そうですよねぇ」
楽しみにしていただけに落胆は大きい。
『まあ、そういうことで……ん? なんだケイコ…………安達さんだよ。ほらホームページの写真の。うん……うん……はあ? なんでお前がそんなこと……ふーん、別に俺ァどっちだっていいんだけどよ……。
ああすみませんね。安達さん。見学の件だけどね、何とかなるかもしれないよ』
「えっ!!!!!! 本当ですか!!!!!!」
『ケイコが……妻が先方へ話を通してくれるって言ってますわ。ほんといつの間にそんな仲になってたんだか』
「ありがとうございます! それじゃあすぐに予定を調整して、決まり次第お伝えします!」
『お、おう……まぁまた今度羽賀の競馬場にも来て下さいよ。アンタの写真を見ながらまた一緒に一杯やりましょう』
「はい、是非! それでは失礼します…………ッシャオラアアアアアァァ!」
通話を切って雄たけびを上げた。
行ってやろうじゃないか、二度目のフランス。そのためにも超速で仕事の予定を調整しなくては。
趣味が出来て、積極的な行動をするようになって。安達は物事を能動的に進められるようになった。大半がマルッコにまつわるサムシングなのだが、そうした行動力が仕事の出来栄えにも反映されているらしく、今の彼は周囲から見てかなり「デキる」奴になっていた。
今度もきっとやり遂げるだろう。彼の一番はサタンマルッコなのだから。




