彼の夏、彼女の夏(2)
メロディーレーンちゃん菊花賞出走やったーーーーーーーーー!
「セルクル!」
「ひ~~~~~~~ん」
少女と言う蛹を飛び出し金髪美女へ成長した獣医師見習いミーシャは眩いばかりの笑顔で手綱を操った。その股座の下、サタンマルッコはご機嫌を通り越して昇天しかねぬ勢いで四肢を駆り、フランスはロンデリー牧場の林道を通る風となる。
サタンマルッコは8月に行われるダイランドウの『ジャック・ル・マロワ賞』出走のため、宝塚記念後7月上旬よりフランスへ渡航し、現地滞在場所としてかつてネジュセルクルが暮らしていたロンデリー牧場を訪れていた。レースに出走の予定は無い。将来種牡馬として生活するための顔見せという側面が無くもないが、主たる役割としてはダイランドウの外付け精神安定装置である。さすがに渡航費用の一部は須田持ちだが。
凱旋門賞馬を帯同馬扱いはどうなのだという周囲の意見を余所に、輸送を苦にしないマルッコのこと。半日移動の羽賀の中川牧場でひと夏過ごすのと、一日強かかるフランスとでは彼にとって大した差ではなく。もとより宝塚記念後は秋に備えて放牧に出される予定であった事も手伝い、ならばダイランドウに帯同したらいいんじゃないかという須田の思いつき、オーナー夫人のケイコが事の他乗り気で滞在先として何故か提携しているロンデリー牧場を紹介した事により。
彼の視点からは帰省、他の視点からすれば異例の外遊となる海外放牧の決定にはこのような経緯があった。
ともあれそれは人間達の都合。マルッコにとっては久しぶりの故郷であり、久しぶりのミーシャである。日本では可愛い女の子を背中に乗せる機会を失って久しく、跨る人間といえばしょぼくれた厩務員かちょっと重いおじさんである。軽くて可愛い女の子とそれら。最早どちらを背中に乗せたいかは明白である。よのしんりだ。
しかし、彼とて反省はする。無論、レースの事だ。
言ってしまえば血が上った、それに尽きる。必要の無い力みで無駄に体力を消耗し決定的な場面で脚を鈍らせた。
いや、むしろ。
「どうしたのセルクル?」
足を止めた彼をミーシャが伺う。なんでもないよと鳴いて返し、とことこ歩く。
脳裏に浮かぶのは己がライバル達の姿。どいつもこいつも馬の面だ。黒いのとか、茶色いのとか、茶色いのとか、灰色のとか。灰色のは覚えやすくていいな。
春先の敗北は彼にとって認め難い側面を意識させ、先日の大失敗によって強く認識した。その失敗の結果、世界は変わってしまった。
見ていない。周囲が自分を見ていないのだ。
勝ったあの生意気な女や後ろからビューンのアイツの話ばかり。馬場で近くを通っても注目されるのはあちらの方。まるで自分がその他大勢であるかのような扱い。
認められない。そんな事は。
額に日輪。瞳に決意。
このままでは勝てない。今のままではいけない。
変えなければ。何かを。何かに。
他ならぬ彼こそが現状に最も限界を感じていた。
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「現在GⅠを7勝。次走のジャック・ル・マロワ賞はかつてはタイキシャトルが制した海外マイルGⅠレースとして競馬ファンの間には記憶されていますが、そのようなレースで新記録となるGⅠ8勝への挑戦を控えまして、今どのようなお気持ちでしょうか」
「まあ、うちの馬のは国内外での戦績を合わせてって話なのでね。国内GⅠ8勝とかとはまた違った難易度であるとは思っていますよ。ましてや最近じゃ海外遠征がしやすくなったわけだし、何時か破られる記録だろうなとは昔から思ってましたよ。それが自分のとこのってんだから、そりゃもう光栄ですよ。調教師として欧州のGⅠ競走を勝ってみたいって気持ちも勿論ありますから。次走もきっちり仕上げて、ファンの皆様、馬主様のためにも勝ち抜きたい所存ですわ」
どこへいってもそう訊かれりゃ、そりゃ意識もしようもんだがな。
須田は内心でそう思いつつも雑誌のインタビュアーへ無難な言葉を返した。
日本競馬界の最多GⅠ勝利数は7勝である。サタンマルッコにも血が流れているシンボリルドルフから始まり、並ぶことはあれ、かれこれ40年以上破られることの無い記録だ。
テイエムオペラオー、ディープインパクト、ウォッカ、ジェンティルドンナ、キタサンブラック。何れ劣らぬ優駿である。
一つ勝つだけでも凄まじい執念が必要であるのがグレードワンのグレードワンたる所以。それを七つともなれば一体どれだけの想いが必要なのか。
(まあ、正直その場その場で必死になってたら、いつの間にかここまで来たって感じだがな)
ダイランドウは問題の多い馬だった。普段の生活からして付きっ切りで人が付いてやらなければまともに送れないほどの臆病さ、寂しがりや。競馬場へ行けばきかんぼう、暴走列車。それがいつからか。いい方向へ向いていった。いや、いつからかなんて、今ならば分かりきっている。サタンマルッコが厩舎へやってきてからだ。最近では栗毛の馬ならなんでもいい疑惑も浮かんでいるが。
(小箕さん。アンタいつも俺にありがとうって言うけどよ。そりゃこっちのセリフだ。感謝してもしきれねーって。いい風を連れて来てくれたよ)
一番の懸念だった渡航後の精神不安も解消された今、ダイランドウは勝つ。確信があった。となれば想うのは今後の事。
8勝すればもう十分だ。いつまで現役でいるかは分からないが、残りの時間はもっと意欲的な挑戦に充てたい。
それをきっと、ファンも望んでいるはずだから。何より。
須田自身がそれを見たいのだから。
急に馬体重の話をしだしたのはそういうワケさ
メロディーレーンという馬がいましてね。この馬、体重が330kg前後なんですよ
もちろん現役最軽量馬。そしてちっこいくせに長距離でやたらと走る。前走の条件戦は施行回数こそ少ない2600m戦ながらもレコードタイムで勝利。これにより最軽量勝利のレコードを更新しました。
そして何より父オルフェーヴル
う~ん、ロックディスタウンといいオルフェは変な娘っこをだしますねぇ
勝てばGⅠ勝利最小軽量馬として記録に残ります。ちなみに牡馬の記録はオルフェの兄貴ドリームジャーニー。
今年は白馬が重賞勝ったし、最軽量馬がクラシックかったっていいんじゃな~~~い????
あっ! ちがうんですこのヴェロックス軸の馬券は頼まれたんです! やめてくださいぶたないでください!




