表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/44

彼の夏、彼女の夏(1)

 パカパカランドファーム。

 広島よりの瀬戸内海にその島は浮かんでいる。

 約10万平方メートル(東京ドーム二個強)と無人島としてはそれなりに大きなそれは、IT世代の波に乗り、一代で財を築き上り詰めた男、城島達郎じょうじまたつろうが願った夢の島だ。

 今日日、個人所有の無人島は獲得が難しくなっている。当たり前だ。土地に限りがあるように、島にも限りがあるのだから。そんな中、このパカパカランドと名付けられた島は、誰の物にもならずほぼ一世紀を過ごした珍しい島だ。

 理由は勿論ある。微妙な所で手間がかかる点だ。

 距離としては広島県内よりボートでアクセスが可能な距離にある。そりゃそうだ瀬戸内に浮かぶ島なのだから。ただ、面倒な点としてはボートが停泊できる場所がない・なかったという所だ。

 島の北側は遠浅でカヌーや川舟のような喫水の浅い船でなければ近づけず、東南西は切り立った崖になっておりそもそも上陸不能。そのことがタダでさえ少ない無人島購入者の意欲を削いでいた。無人島購入という行為そのものが余分とはいえ、余計な手間は省きたいものだから。


 城島は島を買った。そして巨額の費用を投じて海底から工事して中型船舶が停泊可能な埠頭を作り、島の森を整理し、平地を作り、厩舎を作り、宿泊施設を作り、そうしてようやく生産者兼馬主となった。

 彼の夢は牧場主になって、競走馬を育てることだった。あと二十年続くかどうか分からない人生、意識がはっきりとしているのはもっと短いかもしれない。とにかく間に合ってくれてよかった。夢が叶った達成感よりも安堵感の方が強かった。


 箱を作っただけでは競走馬は育たない。様々な問題や挑戦を繰り返しつつ七年。ようやく軌道に乗った、そんな時だった。


「おじーちゃーん! きたよお!」

「おおヒナ! 久しぶりだなあ」


 息子夫婦が夏季休暇に合わせて来島した。城島は多忙な息子夫婦をそれぞれに呼びつけて事ある毎に完成した自慢の島を見せびらかしていたが(勿論息子はうんざりした顔を隠さない)三年前に孫娘が生まれてからは控えていた。

 それ以来の来訪であるし、何より孫が遊びに来てくれた事が嬉しくてたまらない城島はそれは張り切った。島の馬全てを家族の前にかき集めた。


「ヒナ見てみろ、おじいちゃんのお馬さんたちだぞ!」

「きゃはー! おっきー! いっぱいー!」

「どうだヒナ、おじいちゃんと乗ってみるか?」

「のるー!」

「おいおい父さん。危ないから止めてくれよ」

「よしじゃあ触るだけだ、な、ヒナも触ってみたいよな?」

「さわるー! なでなでしたいー!」


 息子の態度が頑なと見るやすぐさま方針転換、この辺りの舵取りはまだまだ錆付いていないと自賛しつつ、一際気性の穏やかな一頭を選んで孫の前に引き連れた。一歳らしいあどけない馬は、見慣れぬ小さな人間の姿に耳をピクピクと動かしながら鼻をならした。


「あはー! お馬さんだ! パッカパッカ!」

「ヒナ、お馬さんは怖がりさんなんだ。だから近くで大きな声を出しちゃいけないよ」

「うん! あっ! (うん! わかった!)」


 元気良く返事をしようとして途中気付き、口に手を添えて言い直す孫の姿に城島はデレデレと目尻を下げた。息子の時と違ってなんて素直ないい子なんだろうか。

 そして恐る恐る手を伸ばし、肩の辺りに触れた。


「わあ、モフモフしてるー」


 モフモフ? まあ肩の辺りならある程度柔らかいかもしれない。子供の素直な感想を否定するのはよくないと思い城島は喉まででかかった言葉を笑顔で飲み込んだ。

 触られている馬も不快ではないらしく、触れている孫を興味深そうに見つめている。


「ねえおじいちゃん。このこおなまえはなんていうの?」

「名前? 名前はねえ、まだないよ」

「そうなの? かわいそう」

「なあ父さん。ヒナに名前をつけさせてみたらどうだ?」

「おお、いい考えだな。ヒナ、何かお名前考えてみようか」

「うん! えーとね、んーあ、決めた!」


 そしてヒナは名前を告げた。


「パカパカ! モフモフ!」

「ぼふ」

「きゃはーへんじしたー!」


 どこか嫌そうに喉をならした馬の態度を誤解した孫娘は首筋へ抱きつき思うがままに撫で回した。

 ま、まぁパカパカなら冠名っぽいしいいか。と自分を誤魔化しつつ、城嶋は馬を急に撫で回してはいけないよと注意するに留めるのだった。

 パカパカモフモフと名付けられた馬は、泰然とその抱擁を受け止めていた。


(首が強いのか?)


 よろけもせず子供の体重を受け止めた事を、その時はそう思った。





 パカパカランドファームは天然をテーマにした牧場施設だ。

 島の平野部とも呼ぶべき場所は北側の厩舎だけ。トラックは島の海岸沿いにあり、一週はだいたい1600m。南側の崖にかけて坂を上り、北側へ向かって緩やかに傾斜している。あとは自然の丘陵に沿ったと言えば聞こえのいい獣道があるだけだ。島全体が放牧地と呼ぶべきかも知れない。

 島の中は狭いながらも傾斜があり、立ち並ぶ木々は林業の専門家に整理させたとは言え人が歩くようには出来ていないが、全く立ち入れない程でもない。

 そんな島の中で、彼女は王だった。

 ある時城島は、同い年の馬達どころか島の馬全てを率いるように先頭で走る馬がいつも同じであることに気付いた。いつか孫娘が名付けたパカパカモフモフだった。


(いったいいつの間に……)


 思い返せばあの馬は日中の殆どを島の山の中で過ごしているらしく、厩舎のある牧草地へは食事の時にしか帰ってこない。山の傾斜の中で育った馬体はしなやかで、力強さより柔らかさが印象付いた。

 と思っていたのもつかの間、いよいよ本格的な訓練の始まる二歳となると馬体が急速に成長。雄大な馬格を持つ馬となった。これは将来500kgを越える大型の馬になるかもしれない、その時はその程度の認識だったのだが、


(う、うーん514kg……牝馬にしちゃ少しデカ過ぎるような)


 6月のデビュー戦。体重を確認し城島は唸った。

 訓練された、と前置きがあるものの、基本的に競走馬の体重(=大きさ)は走力に比例する。身体が大きければ歩幅も大きい。歩幅が大きければその分進む。その分進めば速く走る。と至極単純な理由だ。勿論それだけが競馬の全てではない。

 しかし大きな身体はその分足元への負担となり、翻って怪我のしやすい、強い調教に危険が伴う仕上がりの難しい要素となる。近年レースで活躍する競走馬全体の体重、馬格が上がったのはこの仕上げを行う調教や施設の技術に進歩があったためだ。

 一般的に牡馬ならば470~480kg、牝馬ならば460~470kgが平均的な体重だが、昨今では牡馬、牝馬ともに500kgの大型馬も多い。


 そんな中で牝馬のパカパカモフモフの514kg。勿論これ以上に大きい馬もたくさんいるだろうが、数字として明らかに大きい。

 育ててきた中では体重ほど大型な印象は受けていなかっただけに、これには城島も首を傾げた。早生まれだったから馬体の完成が早かったのだろうか。

 しかし実際のレースを、彼女の全力走行を見て理解した。

 身が詰まっているのだ。

 質が違うのだ。筋肉の、馬としての。


(これは、ひょっとして凄い事になるかもしれない)


 確信に近い予感。それは慎重に仕上げた翌年、予感以上の現実となる。



明日も小品を同じ時間に投稿予定です。


馬体重の話はいつかどこかで書きたかった

大型馬(500kg前後)の仕上げは本当に慎重にやってるという話をきいたため

故にサタンマルッコは馬体重470kg設定(この辺はオルフェ基準。尚ゴールドシップはでかいもよう)


パカパカランドファーム

名前のモデルはパカパカファーム。嘘みたいな名前だが実在するし何ならGⅠ馬も輩出している。

モデル元の実態とはかけ離れた内容なのでそこはあしからず。(この話はフィクションです)

最近は人を背中に乗せずに走らせる調教設備なんてものもあり、案外マルッコ君がやってた一人で砂浜を走るのが競走馬にとって負担無く正解だったりするんじゃないだろうかと思い始めて生まれた牧場。言い方がアレだが基本放し飼いという無茶苦茶な牧場。

育成牧場で働いていた人に聞いて「ああ確かに」と思ったエピソードの一つに、馬に乗るのは緊張するというものがあった。いや普段から乗ってるんだから別に気にならないんじゃないのと思って理由をきくと「壊れるかもしれない1億越えの高級車にのってスピード出せる?」だった。うん。たしかに。

なるほどつまり馬を放し飼いにできる城島氏はよほど豪胆な性格ということにしておこう


無人島

かくときに無人島について調べたんですが、当たり前ですが意外とないんですね( ゜ω゜)

作中に出てくる島は広島県にある来島という無人島がモデルです。3億5千万円。皆さん3連単百万馬券に1万円ぶちあててどうですか^^;GⅠでもだいたい年一回はありますよw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ