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別次元からの刺客(3)


 6月中旬。翌週に春の祭典GⅠ宝塚記念を控えた栗東トレーニングセンター。業界人の気分的に一年の終わりは日本ダービーだが、春シーズンの終わりと言えばやはりこの宝塚記念であろう。


 最早庭のような振る舞いでBダートコースを闊歩するはドバイで思わぬ敗北を喫したサタンマルッコ。その姿を小箕灘は注意深く観察していた。

 ドバイより戻ってから時折妙な仕草を見せる事が増えた。怪我や体調不良でないことは確認済みだが、それでも変調であることに違いは無い。

 もとより訳のわからない馬(にも疑問符がつく)ではある。しかしそれとは別の、小箕灘や競馬に携わる誰もが想像もつかない様な何かが起きている、そんな気がしてならないのだ。


(とはいえ表面的には調子もいい。3歳ン時にガレた身体で3着しているんだ。今度こそ勝たせてやりたいが……)


 可動域の広い前肢を叩き付けるように走る迫力あるフォーム。マルッコの場合不調時はこの前肢の所作から測る事が出来るが、その動きは十全な物であった。

 レース間隔は空いているが、本番が近づけば自ずと身体を仕上げにかかるこの馬のこと、小箕灘からの細かな指示は行わなかったがこうしてしっかりと戦う身体に仕上がっている。

 年齢的にこれ以上の成長は見込めないだろう。あるとすれば精神的成長だがそれは圧倒的に望み薄。

 そういいつつも小箕灘はマルッコの実力を疑っていない。これまでの実績からも、今目の前で走っている姿からも。ただそれだけで勝てる程競馬は簡単ではない事もよく知っていた。

 マルッコは強い。だが、戦う相手もまた、強いのだ。


(少しはダイスケ君を見習ってほしいもんだがなァー……)


 そして思い返すのは先々週に開催されたマイルの決戦、安田記念だった。




-----



《しかしなんというか坂東さん。グラッチェシモン。この馬は泰然としているというか、日本の競馬は初めてのはずなんですが、やたらと落ち着いていますね》

《ええ。芝のレースは初めてで未知数な部分は多いのですがね、何かやってくれそうと言いますか、そんな期待感を持たせてくれる風格ですね。流石はダービー馬と言ったところでしょうか。

 馬体も艶々していて好調さが伺えますよ。米国から参戦の馬は大体時差と輸送で身体を減らす事が多いんですが、まあ、数字の上では減量しているようですが見劣りは全くしませんし――……》


 事務仕事に使うには些か大きすぎるモニタがアナウンサーと解説の掛け合いが須田厩舎の事務室内に響く。

 主の不在を預かる小箕灘とクニオはテレビモニタ越しにパドック周回を見守っていた。何のかと言えば厩舎の主が不在の理由、GⅠ安田記念のパドックだ。

 ダイランドウのレースをモニタ越しに見守ることは多いが、こうして雁首揃えて栗東の厩舎で見守るのは初めての事かもしれないと、小箕灘は気付いた。


「ダイスケ君どうですかね、マルッコがいない東京輸送ですけど……」

「別に輸送くらいどうってことないだろ。今までだって散々一頭でこなしてきたんだしよ」

「そりゃそうですけど。ドバイであれだけよかったのを見た後だと、やっぱ気になっちゃって」

「とはいえ帯同で一々マルッコを付き合わせるわけにもいかんだろ。名義上同厩舎とはいえ馬主が違うんだぞ。それにしてもこのアメリカの馬、落ち着いてるな」


 きょろきょろと周囲をうかがうでもなく、引かれるがままぱっこぱっこと蹄を鳴らすグラッチェシモン。知らない施設で乗馬になりかけていたこの馬にとって場所の違い程度気にするような事ではないのかもしれない。

 マルッコみたいな馬だな、との小箕灘の呟きにクニオも同意する。


「グラッチェシモンでしたっけ。マイペースな所は確かに似てますね。でも俺としてはヤッティヤルーデスを思い出しますね。あの馬も妙におっとりしていた気がしますよ」

「あー、なんだったかその馬」

「菊花賞の時の三着馬ですよ。ラストラプソディーに先着しているので実質ドバイターフ覇者です。結構前に故郷に帰国したらしいですけど」


 その物差し理論はどうなんだと思いつつ記憶の糸が繋がる。


「ああ、あの馬か。そうか、秋になったら二年前になるか……そう思うとなんだか随分昔の事に感じるな」

「そーっすねぇ、あれからマルッコは勝ったり負けたりしてますけど、なんやかんやでGⅠ6勝馬ですからね。世話してると全然そんな感じしませんけど、もうすっかり名馬のカテゴリに入るんでしょうね」

「名馬、名馬ねぇ。そういうのはああいう馬の事を言うんじゃないのか?」


 モニタには灰色の馬体が映し出される。テロップに表示されずとも分かる雄大かつ鋭利な体躯。ドバイの至宝セヴンスターズだ。


「す、すげえやセヴンスターズ……春のGⅠ三戦目なのに全然使い減りしてない」

「欧州じゃ2歳や3歳でもっと過密なスケジュール組むからな。中4週や5週でこなせる春の古馬重賞は彼らにしたら余裕があるのかもしれないな。俺達日本の調教師もそういうトレーニングや調整方法は見習わなきゃいけねぇよ」

「いやー改めてメンバー見てみると凄いっすね。ライダーは去年もですけど、それに加えてスターズにサミダレミツキ、ウーサワイアーなんかも最近ぱっとしないですけど二冠馬ですからね。何よりラストラプソディーも油断できない相手だし」

「GⅠだしどこいったって楽な相手なんかいねぇだろうよ。とはいえやはり……」


《一番人気、4枠7番、ダイランドウ。プラス4キロです》


 データはドバイへ輸送する直前の検量だが、そこからプラスに転じた漆黒の馬体は余すことない充実を伝えていた。居並ぶ名馬に見劣るどころか圧倒せんばかりの覇気は昨冬からのさらなる変わり身を衆目に印象付ける。


「輸送も上手く行ったみたいだな。身内贔屓が入るが、これだけのメンツとはいえ、やはりマイルやスプリントでダイランドウが負ける姿は想像できんな」

「何がよかったのかさっぱり分かりませんけど、精神的に凄く成長しましたよね」

「あの馬もうちのと同じで訳がわからない馬だ……」

「スプリントからマイルに戻すと"かかる"馬も多いですけど、ダイスケ君はどうなんでしょうね」

「あの馬も元が"ああ"だからな。若干不安だ。まあ、走りなれた東京の1600だ。流石にこなしてくれると思いたいが」


 画面内では騎乗の合図があり、それぞれの騎手が駆け寄る中、突然厩務員の大河原に甘え出すダイランドウ。須田や騎手の国分寺は苦笑いだ。


「大丈夫っすかね」

「……だと思うが」


 圧倒的成長とは自己基準。やはり平均値を下回る幼稚な気性はそのままに、ダイランドウはくねくねと馬列に続き馬場へと向かっていった。




----



《花咲く季節も過ぎ、雨の香りも近づく東京競馬場。

 青空の下茂る新緑の芝が優駿達を迎え入れます。

 春の東京GⅠ戦線も最終週となりました。

 トリを務めるに相応しいメンバーが揃い踏みました東京競馬場芝1600mGⅠ安田記念。海外参戦、アメリカからの刺客グラッチェシモン、そしてキャリア晩年を日本の地で送るセヴンスターズ、遠くドバイの地で悲願のGⅠ制覇を成し遂げた上り調子のラストラプソディー、昨年の雪辱を期すストームライダー。

 そして何よりこの馬でしょう。ドバイで上げた殊勲より二月、日本の競馬場へ帰ってきました。4枠7番ダイランドウ、今日も一番人気でこの東京競馬場のターフを駆け抜けます。


 さあウーサワイアーは、ライダーは、セヴンスターズは、ラストラプソディーはどうだ。季節に先立つ一足早い嵐のワンマイル、間もなくスタートです》


「うースタート前は緊張するっす」


 ゲート入りが始まり間もなく発走という頃合、画面の前にも拘らずクニオはうずうずと身じろぎしながら言った。


「別にお前が走る訳じゃないんだからじっとしてろ」

「といいつつセンセイも指もにょもにょしてるじゃないですか」

「うるせー」

「出遅れるなよーダイスケぇ~」


 祈るクニオとは裏腹に小箕灘はその可能性は無いだろうなと考えていた。どんなに悪くとも五分。それどころか輪乗りを映す遠目のレンズでも分かる程集中している姿から、アクシデントが無い限りは――。


《さあすべての馬がゲートに収まりました。

 GⅠ安田記念……スタートしました!

 好スタートは⑤番ストームライダーそして⑦番ダイランドウ、二頭ぽんっと先頭に、ああダイランドウがハナを主張、すいすいと泳ぐように頭を抑えました》


「よしいいぞ!」


《隊列はダイランドウから3馬身切れてストームライダー、並びかけるように前へ出るのは⑭番サミダレミツキ、セヴンスターズは中団外目、それら馬群を見るように⑯番ラストラプソディー、その内②番ウーサワイアーが最後方といった形》


 馬群は3コーナーへ差し掛かる所だが、この時点で難なく3馬身後続を引き離せる事がダイランドウの非凡な点だろう。中継のアナウンサーが伝える800m通過は44秒。マイル戦であることを考えてもあまりにもハイペース。

 このままゴールへ雪崩れ込む事などありえない。どころか大半の競走馬ならば息を切らせて馬群に沈むことだろう。しかし。


《さあ直線を向く! 府中の直線は役500メーター!

 ダイランドウ先頭! 漆黒の馬体が悠々と風を切る! リードは4馬身!

 馬場の真ん中セヴンスターズが躍り出る、並ぶ形でストームライダー、鞭が飛ぶがサミダレミツキは伸びがどうか! ⑧番モンタギュー①番グラッチェシモンは外へ回った!


 先頭ダイランドウへ後続が迫る! 3馬身、2馬身、そして……》


 小箕灘は喉の奥でうっと唸った。画面に映し出されたものがあまりに常識外れだったからだ。

 引いたカメラの外周部、直線回ってもまだ最後方だった⑯番のゼッケン、ラストラプソディーが大外をいつの間にやら駆け上がり、もう二番手争いに加わろうとしていたからだ。


「お、おわあああ!?」

「い、いつ上がってきた?」


《キタキタキタキタ大外迫るピンクの帽子ッ! そうですこの馬ラストラプソディー! ドバイで見せた豪脚が炸裂するかッ!

 凄い勢い! セヴンスターズストームライダーを交わして単独二番手!


 弾む馬体がぐんぐん伸びる! 届くか! 内ダイランドウも鞭が入る!

 ラストラプソディー二番手集団は完全に交わした! まだ伸びる! 伸びる!



 しかし、》


 ラストラプソディーは未だ猛烈な速度を保っていた。後続二番手集団だったストームライダーとセヴンスターズがじりじりと引き離されている。

 では。

 では何故、暴走ペースで先頭をひた走っていたダイランドウとの距離が縮まらないのか。



《しかし差が縮まらない! ダイランドウ脅威の二の脚!

 1馬身、この空間が、見えない壁が狭まらない!


 残り100!


 しかしどうやらっ、どうやらこれは!


 抑えきったか!


 抑えきったッ!


 王者の風格ッ! ダイランドウ一着ダイランドウ一着ゥーッ!》



 残していたのだ。最後の200m、もう一度加速するだけの体力を。


「こりゃつえーや……」


 口から漏れたクニオの間抜けな感想は、だからこそ万人に共通する思いであろう。


「……いやしかし、こりゃ宝塚も厳しい戦いになるな」


 マイルとはいえ間違いなくハイペースだった。前半800mが44秒、決着が90秒台の時計。そんな中で道中10馬身以上あった差を直線1ハロンだけで埋めて見せたラストラプソディー。

 そもそもそんなハイペースに着いて行き最後まで足を鈍らせなかったストームライダーとセヴンスターズ。この三頭は次走宝塚記念に出走するのである。

 更にローテーションに余裕のあるスティールソード、春に敗戦したキャリオンナイトもいる。


「いやはや。楽はできねーな」


 そう言いつつも、小箕灘は来る春の祭典に胸を高鳴らせるのだった。



----




ラストラプソディーの末脚にびびった奴の数wwwwwwwwww



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

ダイランドウ、ツェ



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

強すぎて賢者モード



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

ワイ、二の足使って押さえ込んだダイランドウに目玉もっていかれる



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

こらもう史上最強短距離馬ですわ



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

この馬もう負けねーだろどうやって負けるんだよ



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

普通ライダーか七星で1着争いなんだがな

ラストがかっ飛んでくるし前にはもう一頭いるし



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

ダイランドウとライダーどこで差がついたのか……



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

距離の問題だろ2000m以上で一回もまけてねーぞ



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

めっちゃ早口でいってそう



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

あの爆発炎上上等だったダイランドウがこんな完璧なレースできるようになるとは



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

そうは言いますがね、この馬3歳冬くらいからまともに走ってたからな?



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

スレタイ俺は夢を見たんだ。ラストの単勝ぜんつが



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

複勝1.4倍で我慢しとけばよかったのに



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

馬券上手い奴はしこたま買ってるだろうな。

ドバイのあれ見てこないと思うほうがどうかしてる。



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

そういやドバイ馬券か。こりゃ宝塚もドバイ組みだな!(単純)



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

おっ、そうだな(そうかな)



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

レース始まる前は散々ネタにしてたけど、グラッチェシモン意外と走ったな



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

何気に五着はすごいな芝初めてだろ



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

芝代わりの馬は買えっていうが、まあさすがに頭まではなかったかw



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

むしろあのメンツと展開でよく5着に残せたよな

正直ぼろっかすに負けると思ってたから反応に困る



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

う~ん、これはアメリカからの刺客っ!w



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

例年並みの安田なら勝ってたまであるな



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

その例年いつなんですかね……



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

これラストは宝塚あるな。ライダーもだけど。

今回は距離もあるが相手が悪かった。



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

せやかて中長距離は魔王様おるで



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

サタンがなーよめねーんだよなー



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

ラプソディーの直線何秒だったんだろうな。

ダイランドウの上がり34.2でそれを後ろからおいつくとなると、32秒台よりは速い計算なんだが

どちらにせよあのぱっとしない善戦マンが必勝パターン作って来たのはでかいな負けてるけど



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

グラッチェって宝塚でるの?



名無しさん@競馬板 20NN/06/02

でるよ




秋競馬が始まった切り替えていけ(パンパン)

無茶苦茶難産でした


しかし札幌2歳S、一体誰がゴールドシップ産駒の重賞制覇を予想していたのでしょう

しかもワンツーフィニッシュ

この調子でホウオウゴースト君にも頑張ってほしいですね!

年内にデビューするのかなぁ

なにより秋天ですよダノンプレミアムですよ

ぽよんぽよんしてる限り俺は信じてるんだぜ!

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