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夢見る風(3)

 その連絡を小箕灘が受けたのは、事が起こった翌日だった。


「まあ、うちのクニオが御せ無かったってのが全てですよ。私も気軽に併せ馬やるなんて言ったのが悪いんです。そんなにお気になさらずに、えぇ。えぇ。はい。明日には栗東(そっち)に行きますんで。えぇ。はい。その時様子を見て今後の予定は。えぇ。はい。ではまた」


 通話を切り、溜息を一つ。

 須田から併せ馬を要請された時、そこはかとなく違和感というか、背中と膝の裏がむず痒くなるような悪寒を覚えたのだ。気のせいだと振り切って、特に損の無い提案に了承をだしたが、果たして己が六感も中々やるものではないかと自嘲気味に自讃する。


「なんか、有馬の抽選からこんなのばっかりだな……」


 もしやまだ憑かれているのか。或いは勘が鋭くなったか。どちらにせよ感覚に身を任せられなかったのだから意味は無い。

 一先ず直接状態を確認してからだ。翌日の移動に備え、小箕灘は早めの就寝をした。





「ひん」


 よう。ちょっとぶりじゃねーか。

 そんな気安さで馬房から顔を出す栗色の我が子のたてがみを撫でつつ、小箕灘は喉奥で唸った。


「うーんなるほど。これは暫く運動減らしたほうがいいな」


 これまでの経験から、小箕灘はマルッコの体調が毛艶と胸周りで大体推し量れると推察していた。

 そこからすると、馬房の蛍光灯に反射する尾花栗毛は精彩を欠き、どこか萎んで見える胸周りなどは状態が悪いと判断するに十分であった。しかし、小箕灘はそこまで悲観はしていなかった。


「どうよコミさん。マルッコくんは」


 様子を見に来た須田に顔を向け、小箕灘は答える。


「疲れが出ているってくらいで、それほど悪くもないですよ。牧場に居た時はもっと萎んでいましたからね。少し休ませて、動かし始めたくらいで本番を迎えられそうです」

「それで間に合うの?」

「まあ、マルッコの事だしなんとかするんじゃないですか。なぁ、マルッコ?」

「?」


 好物のリンゴはないと見るや、秒で意識を飛ばしていたマルッコは訊ねられた気配に首を傾げた。

 本当にコイツはいつになっても変わらないな。小箕灘は苦笑しつつも、どこか暖かい気持ちを抱えた。


 そこから頭を切り替え調教師の思考をする。

 ドバイの本番までに残り一月。輸送を考慮すれば実際に日本で調教のためだけに使える時間は実質三週間だ。回復に二週、調整で一週、あとは現地で、と考えた所で再び苦笑する。これではまるで出走後のレース間のようだと。


「マルッコ、ダイスケくんと走ったのは楽しかったか?」

「ひんっ」


 ちゃんと勝ったぜ。

 嘶きはどこか得意気だった。


「センセイ! 大変です!」


 厩務員のクニオが駆け込んできたのはそんな時だった。


「どうしたクニオ。血相変えて」

「それが、今連絡があって、クリスが!」




----




 電話機越しの声は心配していたほど暗くは無かったが、己が不覚に不甲斐なさを感じているようではあった。


「それじゃあ怪我自体はそれほど重くはないんだな?」

『はい。ゴメイワクをおかけします』

「いいさ、馬に乗ってればそういうことはある。一先ず命が無事でよかったと喜ぼう」

『ありがとうございます。医者は軽い骨折で全治三ヶ月だと言っていましタ』

「三ヶ月か……それじゃあそっちのクラシックの乗鞍は全部ご破算か」

『ハイ。代理人も顔を青くしたり赤くしたりしていました』

「はは、あの愉快な代理人の彼女か。まあ、しっかり養生してくれよ」

『時間が出来てしまったので、ソチラに遊びにいくかもしれません』

「大歓迎だ。中川さんやマルッコも喜ぶ」

『それでは、これで』

「おう」


 通話を切って、一先ず胸を撫で下ろす。

 クリストフの代理人からの連絡は、クリストフの落馬負傷についてであった。

 最終コーナーで内から膨らんだ馬に煽られ、馬体が大きく揺さぶられた。乗馬自体は転倒しなかったものの馬上の騎手はそうもいかない。危うい均衡で保たれている騎手の姿勢は全方向からの衝撃に弱い。咄嗟の判断で馬上に残るよりも落ちた方がよいと衝撃に従って身を投げ出し、その結果下敷きになった左腕が折れた。

 人馬共に幸いだったのは隊列の一番外を走っていたため後続が居なかった点。後続があれば落馬したクリストフを踏み、さらなる悲劇が量産されていただろう。


「クリス、どうでした?」


 恐る恐る様子を伺っていたクニオが訊ねた。栗東でも羽賀でもシャンティイでも最もクリストフと長く付き合った彼は友人が心配なのだろう。


「左腕の骨折で全治三ヶ月。ドバイは乗れないそうだ」

「そうですか……」

「あとでお前も電話してやりな。悲観はしてなかったが、それなりにショックを受けている様子ではあった」

「うっす。いやでも、ドバイの騎手はどうするんですか?」

「どうするもなにも、横田さんにお願いするしかないだろう。予定が空いているといいんだが」

「時期が時期ですからねぇ。クラシックや大阪杯のほうに乗鞍があると、ドバイへの遠征は厳しい物がありますからね」

「随分詳しくなったじゃねえか」

「へへ、俺も勉強してるんですよ」

「横田さんもマルッコに乗るようになってから他のお手馬は作らなくなったからな、本当にありがたい事だが、今回は急な話だからどうだかな……」


 先に騎乗依頼があれば、義理堅い性格の横田は約束を反故にせずこちらの騎乗を断るだろう。むしろ、そうでなければこの業界で現役を続けられない。

 何れにせよ確認しないことには分からない。小箕灘は端末を取り出し、横田の番号を叩くのだった。




----




■■特集! ドバイミーティング■■



 いよいよ今月末、3月31日に迫ったドバイワールドミーティング。20NN年は一体どんな結末が待って居るのか。世界の名馬達が鎬を削りあう舞台において、日本の強力古馬路線、そして新進気鋭の若駒達は通用するのか。はたまた日本馬不在の砂路線ではどのような伝説が誕生するのか、目が離せない。


 まずは参戦する日本馬についてのおさらいからだ。


■アルクォズスプリント(芝1200m直線)

 ダイランドウ(牡5)


■ドバイターフ(芝1800m)

 ヴェルトーチカ(牝6)

 サミダレミヅキ(牝4)

 ラストラプソディー(牡5)


■ドバイシーマクラシック(芝2410m)

 キャリオンナイト

 サタンマルッコ



 以上6頭だ。

 やはり注目はアルクォズスプリントのダイランドウと、シーマクラシックのサタンマルッコだろう。


 国内短距離GⅠにおいて史上初の完全制覇を成し遂げたダイランドウ。史上最強短距離馬の呼び声も高い。しかしそれら評価は国内のみに留まり海外にまでは届いていない。何故ならば彼には国外での実績がなくその適正も未知数であるからだ。

 国内では疑いようが無い。では海外では。

 今回のドバイ遠征はその試金石となるだろう。


『勝つんじゃないかな。それも至極あっさり』


 須田調教師はインタビューに対してそのように答えた。同馬の実力に対する陣営の信頼が伺える。

 とはいえ出走予定のメンバーも強力だ。

 史上最大と称された昨年度の凱旋門賞。そこへ出走し、昨年末にはジャパンカップにも出走した欧州マイルチャンプのリスリグ。さらにペースメーカーとして急遽ねじ込まれ、サタンマルッコと序盤に競り合った記憶が新しいケインスニア。今回は本職であるスプリントへの参戦だ。他にも欧州、アフリカなどからスプリンターが集い、例年以上のハイレベルなメンツとなっている。

 これだけのメンバー、とりわけ実績で飛びぬけているリスリグなどに勝ったとすれば、海外不安説などは払拭されるだろう。



 続いてサタンマルッコ。

 最早世界の、と冠をつけてなんら恥ずべきところの無い実績を備えた同馬。本誌の取材にも快く応え、愛くるしい姿を見せてくれた。

 写真:本誌からのプレゼント(大好物だというりんご)を食べるサタンマルッコ 今回は得意のクラシックディスタンス。国内外からも有力視する声は多く、挑戦する立場というよりは受けて立つ王者どしての立場だろう。昨年度欧州クラシック戦線を戦った若駒達が栗毛の魔王に戦いを挑む構図となりそうだ。

 しかし戦う相手が国内戦や凱旋門賞時のような強力メンツでもないのも事実。ここは固いと見るか、それとも定期的に『何か』やらかす同馬、思わぬ事態で結果に紛れがあると見るか。今後の動向に注目が必要だろう。



 ドバイターフには牝馬三冠を制したサミダレミヅキ、エリザベス女王杯を二度制しているヴェルトーチカ、そして実力馬と目されながらも国内では惜しいレースの続くラストラプソディー。他国のGⅠ馬達にこれらの日本馬がどう戦うのか、また違った環境においてどのような実力を発揮するのか、注目していきたい。



………………


…………


……



ドバイよりも大阪杯が楽しみでしかたない今日この頃。GⅠ馬8頭っすよなんなら宝塚よりGⅠ馬多いのではないか……?

キセキくんがんばえー^q^

キタサンの大阪杯から2年、メンツが豪華になって春の祭典って感じあって大阪杯G1化は大成功ですね

個人的には大阪杯が阪神外回りコースになってくれりゃいう事無かったんですが、まあそんなスタート位置ないですからね(´・ω・`)

1800のスタート地点の奥にもうちょっと直線伸ばしてくれたら理想的なコースなんですがね!

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