03-2 私たちのしなければならないこと (2)
騎馬隊が阻止できなかった知らせは早馬で領主様の所へ伝えられました。しかし領主様もこれは予想していたようです。かわりに届いた連絡は、王都から召還者の勇士を擁した軍勢がこちらへ向かっていて、それが到着するのは今日の午後。
王都から昼夜兼行で急ぎ来てくれているのは判りますが、半日足りませんし、いくら召還者でも元気な暴竜を相手では苦戦するでしょう。村の警備隊と生き残りの兵士たちが村の前の草原で暴竜の足止めをすることになりました。
うまく誘って走らせて疲れさられれば、休憩している頃に勇士隊が到着するでしょう。疲れて動きが鈍っていれば退治しやすくなります。もし万一勇士隊が敗れてもその頃には暗くなるので、夜の間に次の策を用意できるできるでしょう。
暴竜阻止戦の指揮は村に駐屯している警備隊の隊長さんです。この方は暴竜の事をいくらか御存じでした。暴竜は人の気配を追って襲って来るので、大きな音を出せばいくらか誘導できるらしいです。そこで村の前の草原の隅に潜んで、ここで大きな音を出して暴竜を挑発し、集団で走って後を追わせ、次はその反対側で挑発して。暴竜を左右に4回ほど走らせれば疲れて停止するはずだそうです。隊長さんたちは武器を持って道筋から外れた草地に潜んでいて、休憩に入った暴竜に攻撃を仕掛けて回復を邪魔するそうです。
今度も作戦の要となるのは、前で走って囮となる者。そして草地で大きな音を出して挑発する者。村の男手はもうこれ以上失うことはできません。そこで年長組の子どものうち、足の速い者が囮になって走り、走れない老人たちが金物を叩いて挑発することになりました。私の家は本当なら兄様が囮に出るのですが、父様を失っていますから男手が無くなります。そこで私が志願して囮に出ることにしました。11才で年長組になったばかりですし、女の子で力は弱いけれど、走るのはけっこう自信があります。
陽が昇ってしばらく。村の広場で隊長さんが皆に指示を出し、作戦とそれぞれの役割を確認しました。その中で、隊長さんは1本の剣を見せて言いました。「この剣はわが家の家宝で、私の先祖が王都で買い求めて来た物。箱にはドラゴンバスターと書かれている。つまりかって勇士が竜を退治した伝説の剣だ。私は勇士ではないが、皆が役割を果たして暴竜の勢を削いでくれれば、これで竜に一撃を与えることができるであろう。だから少しでも長く耐えて走って欲しい。」 草原で暴竜に踏み潰されて死ぬのは確実なのだけど、苦しくても我慢してうまく竜を挑発できれば、きっとそれが成果になる。そう思うと怖さが薄らぐように思いました。
私は腰の護身剣をお母様に渡しました。生半可な武器を持っていても役には立たないでしょう。少しでも速く長く走るには、少しでも身軽な方が良いです。同じ事を考えた子が多いようです。腰の剣を外す子もいます。私の横にいた犬人のお姉さんは、背中に小鳥を射るような小さな弓を背負っていました。私と目が合うと、少し言い訳っぽく「体の弱い弟がいてね。自分の代わりに連れて行ってくれってね。」と。そうですね。私の服の胸元には兄様の手拭きが入っています。
警備隊員と兵士たちは草地の中程の小川の土手の陰に潜みます。私たち猫人の子の配置は草地の反対側ですから、そこまで一緒に歩いて行きました。隊長さんは長く村の安全を守ってくれている人で、私たち子どもとも仲良しです。歩きながら、あの剣を見せてもらいました。見たところは普通の剣、それもあちこち傷だらけで少し錆びていて神聖な感じはしません。「ちょっとでも意気が上がるようにと、ああ言ったけどな。まあ、王都で買って来たのは本当だけどなあ、俺の爺さんが祭のがらくた市みいたな所で見つけたんだから、箱書きだって怪しいものだ。それでも、この剣が竜に通用するかもしれないからな。」大笑いしながら秘密を明かしてくれましたが、一緒に笑っていると体の強ばりが溶けたように感じました。