06-3 初クエスト (3)
捨てておくわけには行かないから、腐りかけの木箱はビニル袋に入れて、錆びた鉢と汚れたお皿も袋に入れてうちに持って帰って庭に置きました。いくら神様がらみでも部屋には持ち込みたくないですから。
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その夜。またあの妙にはっきりした夢。今度は出てきた女の人の姿は透けてません。
「あらためて挨拶させてくださいね。私は本来はカイコを保護する者で『マユガミ』って呼ばれていますのよ。」
カイコってどっかで聞いた・・・あ、蚕ね。社会科で習った。養蚕だっけ、昔は糸を作って輸出して日本を近代化する資金にしたんだったっけ。ということは、マユガミって繭の神様なんだ。
「蚕の繭から採った糸が生糸、つまりシルクですね。これを織ったのが絹。昔の少し上等な服は絹だったんですよ。」
そうだった。シルクって蚕から作るんだった。
「このあたりも昔は蚕を飼って糸を紡いでいたんですよ。それで蚕が元気なようにと、養蚕を司る神の神霊を勧請する、分御霊を連れて来るってことになって、村の桑畑の中に祠が作られてね。」
分御霊? 神様の分身? 人とやりとりする? コピーして分ける? それぞれがあちこちで働いて、それが本体の神様にまとめられて共有される・・・スマホのアプリ? 無数に増えても遅くならないって、神様だもんね。
「そのうち、祠のあった桑畑が果樹園に変えられ、祠は丘の上の神社に移されたんですよ。桑畑はその後もしばらく残っていたのですが、それも60年ほど前に無くなってしまったみたいですね。」
学校のあたり、畑は少しあるけど、植わってるのは野菜だったはず。桑ってどんなのだろう。果樹園はまだあるのかな?
「蚕を飼う家が減ると、祠にお参りする人も減ってね。それでも繭神の分御霊はそのまま祠に祀られていましたよ。この時に社殿に移されていたら違っていたんでしょうけどね。あるいは、役目が終わったのだから、本社に戻されていたら。」
神社って、社殿にいろんな神様がいたりするんだ。同居人? で、祠って、よく横の方にあるちっちゃいの? 母屋と離れって感じなのかな。
「その少し後、台風で神社のあたりが崩れてね。その頃はこの村は隣村に合併していてね、2つも神社は要らないからって、社殿にいた神様は皆そっちへ移ったんですよ。」
そしてその時に、祠にいた繭神様は取り残された・・・
「神霊は信仰する者の気によってその力を得ますから、人に忘れられると衰えて薄れてしまいます。あと5年もすれば消えてしまうところでしたけど、ネコさんのおかげであの分御霊は本社の神体に戻れました。」
ええっと、私の前にいるのは・・・
「分御霊はあの箱の絹布に宿っていました。それは元の神体に戻りました。あの箱は、今はぬけがらですね。できれば焼いてくださいね。」 焼くって・・・燃えゴミに出したんじゃダメかな?
「お礼に私からいくつか加護をと思ったのですが、私は蚕の神なのでそれほど強い加護はありません。ツルさんとタヌキさんには、病魔退散と身体堅固と、護身の技を授けました。ネコさん、病気には私のより強い加護をすでにお持ちだから、かわりに何かあげられたらいいんだけど。糸の質が上がるのって、髪の毛にもたぶん効くと思うから・・・」
繭神様の神力は弱い虫の蚕が生きるのを助けるものだそうです。
「身体堅固って、危険な時に耐力が増すの。護身って、攻撃じゃなくて守るだけ。でも、どっちも女の子なら役立つでしょ。」
タヌキは毎年2回は風邪ひいてるし、ツルはよく転んで怪我してるから、加護が役に立ちそう。護身の技って、エクストラスキル? 髪が綺麗になるって、繭神様みたいにサラサラつやつやになるといいなあ。