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雨と後悔、10年後。  作者: 結記
5/8

在原稔:入院

ここから、一人称になります。

入院生活が、始まった。


どこで、入院しても、同じだと言われたので、住んでいた町から電車で三時間かかる病院に入院した。


外は、雨が止み、蝉が合唱を始めていた。


ガンの進行を押さえるために、抑制剤を打つことに為った。


初めは、院内を自由に歩き回り、散策をしたりし気分を紛らわしていた。


元会社の同僚たちにも、病気のことは伏せ、上司にだけ事情を話した。


上司もまた父親をガンでなくしたと言う話をしてくれた。


『頑張っているやつに、言う言葉じゃないとは思うが、私にはこれしか言えない。「頑張ってくれ。」闘病生活は辛いものになると思うが、最後の時まで、諦めないでくれ』


良い、上司だった。


弟の寿は、毎週金曜日に見舞いに来て、日曜日に帰る生活をしていた。


俺のために。


無理してこなくてもいいと、伝えたことがあった。


けど、寿は泣きそうな笑顔で、『僕の自己満足なんだ。こうして、側にいることしか、出来ないから……』と言った。


そんなことは、なかった。


ただ、邪魔したくなかった。


寿は、医者になるため、勉強を頑張っている。


一発合格して入った大学で、必死に学んでいる。


俺の人生なんかしゃ、考えられないほどの努力を寿は積んでいた。


だから、寿には、夢を叶えてもらいたい。


足を引っ張りたくなかった。


『ミノ兄のお陰で、今の僕はあるから』


口癖のように、そう言う寿。


だが、違うんだ。


お前がいたから、俺は、今の俺でいられるんだ。


何度も、何度も、繰り返した後悔の中で、お前が、お前とカナが居てくれたから………俺は




夏が過ぎ、涼やかな風が吹く頃。


俺は、立つことも座ることもできなかった。


ただ、横たわり、点滴の一滴一滴を見つめ続けた。


その頃には、寿はほぼ毎日見舞いに来るようになっていた。


一つ、寿に酷なお願いをした。


でも、寿にしか頼めなかったこと。


カナが幸せになるのを見届けて。


幸せだったら教えて。


と。


寿は、辛そうに頷いていた。


あぁ、カナに会いたいな。


カナは、元気にしているだろうか。


乾ききった目からは、もう何も溢れなかった。




いよいよ最後の時が来た。


よく、死ぬ人間は、死ぬ間際が何となくわかると言うけど、なるほど、確かにそうだった。


突然、恐怖が襲った。


きっと、この目を閉じたら、俺はもう目を覚まさない。


もう、言葉もしゃべれない。


寿の未来を祈ることも、カナの幸せを願うこともできない。


力の入らない、手を動かした。


その手に、誰かの手が重なる。


「ミノ兄……?」


寿、だった。


「コト………コト、ブキ……」


「どうしたの?具合が、悪いの?先生を……」


「コト……俺、死ぬの怖いよ。」


「ミノ、兄……?」


「今になって……身が震えるんだ……。怖い、怖いよ。俺、死にたくないよ………もっと、生き………い。なんで?なんで……俺だったの……?俺は、カナと結婚……て、お前の医者………なった姿を見……そ、て……しあわ……に……」


「ミノ兄!ミノ兄は、死なないよ!これからも、ずっと、一緒に……!だから、そんな言葉、言わないで……!!」


「カナ………しあわになって。コト……夢をかなえ……おれ……は、………さよ、なら」



最後まで、言えなかった。


けれど、さよならは言えた。


ごめん。コト。ダメな兄で。立派なんて、縁遠い兄で。最後まで、迷惑かけて。


それでも、俺はお前の兄でいれて、嬉しかった。


カナ。奏、傷つけてごめん。お前のこと、ほんとに、好きだった。愛していた。お前と二人、幸せになりたかった。ずっと、ずっと、一緒だって、約束したのに、何度も、俺を救ってくれたのに。ごめん。ごめん。

伝える勇気がなくて、お前を縛り付けたくなくて、勝手な都合で、………それでも俺は……あいしていたんだ。







在原稔 享年22歳。


彼の乾いたはずの瞳から、一つ涙が零れ落ちた。


誤字修正いたしました。

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