第一章:搏撃謔劇.1
現在、この国の一部で突然変異とでも言うべき人間が増えつつある。
それはある種のウイルスに感染し、ある条件を満たすことにより発症する。
激しい感情の昂りや、強すぎる願望を持った時である。
その時に脳内で起こる化学反応に異常をきたし、深層心理にある願望を歪んだ形で叶える。
容れ物の形を変えて。
─────
深夜2時の国道。人通りは勿論皆無である。
その場には一人の青年と一匹の獣(少女)が鬼ごっこをしている様に見えた。
「くそっ、何なんだよテメェ!!」
「あははハハははハはは」
そのやり取りをも楽しむ様に、壊れた獣は笑う。
よく見ると完全に理性を失っている少女の右腕は、到底人のモノとは思えない形状をしていた。
浅黒く、胡散臭い文献に載っている《悪魔》のそれだった。
その獣の腕が人間に振り下ろされる。
「じゃあね」 「ひぅあ」
ごぐちゃ
「ああ゛ァが…」
めちゃ ごきゃ ぐしゃ
少女の高らかな笑い声が街中に響いた。
─────
「うわっ、これはひでぇ…。こんな情報何時も何処から持って来てるんだ?」
....反応無し
「おい、サクヤ!!」
「ん?僕に言っていたのか。」
お前以外この部屋に誰がいるというのだろうか
「てっきり、キリトお得意の独り言かと思ったよ」
「俺はそんな卑屈なキャラじゃねえ!!」
「まぁいい、取り敢えずなんだい?」コイツ本当に人の話を聴いてねぇな…。
「いや、最近この手の事件が増えたなと思ってな」
「今更何をふざけた事を言っているんだ、キリト。こんなのは慣れっこだろう?」
「うるせぇ」
慣れるわけねぇよ、こんな仕事。
「いいから夕方には現場へ行ってきなよ」
狭い廊下を渡り、行き当たりの扉を開け凡そ2時間ぶりの空の下。
見回す限り辺りは平常で平和。
しかし、今現在、あの悪魔に何時出逢うか分からない。
理由は簡単。
そういう《症状》の人間が増えた。
ただそれだけ
何とも迷惑なご時世になったものだ。
まぁ、そんなのは関係無い。
だってアイツに呼び出されて昼食を食べ損ねたから。
今は如何にして安く食事を済ますかが問題だ。取り敢えず馴染みの店に入ってみる。
どこにでも有りそうな居酒屋だが、昼間だというのにほぼ満席である。
その人混みの中でこちらに気付いた奴が
「────ぅげ」
「お、キリトじゃん。こっちだよー!」
店中の意識が俺と人類のゴミに向く。
人目を憚る事無くカウンターにうつ伏せた状態で手を振っている。
逃げるのは後が恐ろしいので、観念して隣に腰を下ろす。
「遅いぞキリト。いつもなら一時間前には来てるのにぃ」
ぷはー、と息を吐きながら話すアマシロ。
待ち合わせなどしてもいないのに、当然の如く時間の事を口にする。
「エッグサンド一つ。飲み物は水で」「純度100%で悪意のこもった無視をしてんじゃねぇよ!」
正直酒臭い。白昼堂々と酔い潰れてんじゃねぇよ屑野郎。
「何か言ったか?」
「いえいえ、決してその様な事は御座いません」
隣まで侵食している空瓶を片付け自分の場所確保。
そこには瓶以外にステーキが乗っていたであろう鉄板も置かれていた。
どこからその金は出てくるのだろうか。学生のクセに。
「そうか、ところでさキリト。昨日だっけか殺人事件があったのを知ってるか?」
「いや、新聞にはそんなのは無かったと思うが。」
「ネットだよ。あるサイトで話題になってたんだ。なんでも目撃者らしい奴の書き込みによれば、相手の頭を素手で叩き潰していたらしいよ。」
間違い無くサクヤの持ってきたあの事件だ。しかし、このネット中毒かつアルコール中毒のニート紛いな天城紗弥。性別ぎりぎり女、通称アマシロ。
大学初期からの仲で、会った当初からこんな性質である。簡潔に言えば支離滅裂、駄目人間。
「因みに、現場はこの街の国道のど真ん中。」
ソコまで言って注文したメニューが来る。
まだ話は続いている様だが無視してこちらに専念するとしよう。