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幼児退行  作者: 藤原
真実の昔
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動き出す野望

「翔也くん、今日ご飯はどうする?」


「家には特に何もないし、どこか外で食べようか。近くのファミレスとか、居酒屋とかでいいんじゃない?」


「そ、そうね。そうしよっか……」


「どうしたの? なんだか、よそよそしいと言うか……体調でも悪い?」


 加藤は少し粘着質な声質を用いて聞いた。しかし朱莉は答えない。


「朱莉?」


「あっ! うん! 大丈夫、ちょっと今日色々なことがありすぎて現実を受け止めて切れていないというか、とにかくそんな感じだから!」


 朱莉は慌てている。焦っている。だが、それも致し方ないことーー理由は一つ。あまりに加藤の雰囲気が異なってしまっていたからだ。

 加藤は不思議がりながらも、ふうんとだけ言うと追求することもなく加藤は車を発進させ、近くのファミレスに向かった。

 朱莉は話しかけることも躊躇われ、声が出せない。加藤は加藤で特に話したいことがあるわけでもない上に疲れてもいるので自ら話そうとはしなかった。


「翔也くん、今日は大変だったね」


 朱莉はファミレスに着き、注文をすませると静かに語りかけた。

 

「確かに色々なことがあったよ。でもねだからこそ迷いが吹っ切れたとも思う。もう俺は迷わない」


 そう話す加藤の瞳からは確固たる意志が見て取れた。

 朱莉もそれは伝わっており、その屈強な瞳はとても純粋であると朱莉は感じている。


「私もさ君の夢に、迷わなくなったならその夢についていってもいいかな?

 時に止めて、時に喜び合って、時に止められて。そんな関係に夢を見ることができるように。夫と妻として以上になってもいいのかな」


 加藤はその純粋な瞳をゆっくりと閉じて数秒下を向くと静かに頷いた。そして閉じた時と同じようにゆっくりと瞳を開いた。


「俺と朱莉は最高のパートナー。最高な夫婦。最高の家族。朱莉の夢は俺の夢でもあるし、俺にとって君は藤の花のような存在なんだから」


「藤の花? 藤か……藤。花……。花言葉?」


「正解。ちょっと回りくどかったかな? 藤の花言葉は優しさや、決して離れない。いい言葉だと思う。実際、藤は美しいしね。俺はそんな花言葉に違わない関係になりたいんだ」


「素敵ね」


 朱莉も感心している。だがその一方で踏み込んではいけない領域に踏み込もうとしているのではないかという漠然とした不安も絡みついている。そしてそれは払拭するどころか加藤の純粋すぎる瞳を見れば見るほどに確信に変わっていくのだ。

 一見変わっていないのに変わってしまっていると言う事実ーー否、見る人が見ればわかる変化。それが朱莉は怖かった。怯え、恐れ、不安とは一線を画す絶対的な恐怖である。


「素敵だけどどこか脆さを感じるわ。藤の花言葉は素敵だけど、藤の花は何というか凄く弱々しくてすぐに消えて無くなってしまいそうなそんな印象が私にはあるの」


「大丈夫。俺たちの絆と俺の君に対する思いは弱々しいものなんかじゃ絶対にないんだよ。それだけは折り紙つきだよ」


 加藤は力強く断言した。確かにそうだと朱莉も思う。だが朱莉が感じている絶対的恐怖とはそのベクトルにあるものではないのだ。つまり、朱莉自身も加藤との絆、思いが切れるとは微塵も思っていないのだ。ただ加藤が壊れてしまうかもしれない。そんな恐怖に苛まれているということだ。


「ねえ、君は今からどんな風にしていくの? 教授はあんな感じだし勝樹君のお父さんを介して何かをするという手段もなくなった。だったらどうするの?」


 加藤は肘をテーブルにつけ、少し前かがみになり全容を話し始めた。


「あの人達のクーデターはおそらく成功する。この停滞した世間に対する不満を上手に取り込んでいるからね。だったらそのクーデターが成功した後のことを考えるんだ。

 あの人達は犯罪者を使って臨床を行えば良いとも考えてる。ならばその臨床を俺がやればいい。そうすれば那月のことも最も近づくことができる。医学も発展させられる。それにね……誰も手を汚さずに済む。汚れ仕事をやるのは、後世になって悪人として描かれるのは俺だけで十分なんだよ」

 

「私は翔也くん一人を咎人にさせたりはしない。翔也くんが汚れ仕事をやるのならそんなに強い意志なら私も一緒にやる。共犯になるよ。止めるのが一番いい。だけど君のその瞳はもう止められない。勝樹君にも言われたけと、私もそう感じたから。だから君だけに重荷を背負わせない。私も一緒に背負う。

 いつか償える日が来たらその時に償おうよ。ねっ」


 朱莉は笑った。それが朱莉の決心だった。

 加藤も笑った。嬉しかった。心強かった。


「じゃあ、帰ろうか。今度こそね」


 加藤は立ち上がった。朱莉もそうねと頷くと満面の笑みでそのファミレスを去った。


 加藤は家に着くと電話をした。相手は教授である。件の臨床の事を頼むためである。


「教授、折り入ってお願いがあります」


『突然ですね。どうしたんですか?』


「教授が行おうとしているクーデター成功後の犯罪者を非検体とした臨床実験。私にやらせてはくれませんか?」


『はて、君は我々には反対ではなかったのですか?』


「確かにまだ反対です。しかし那月を取り戻す方法と道徳を天秤にかけた結果です」


 加藤はあえて最も自分が強く思っていた部分は言わなかった。


『そうですか。君が妹さんの為と言うのならそれだけで信用に値するでしょう。分かりました、彼に……四季ヶ浦君のお父上にも相談しておきましょう。君に任せます』


「ありがとうございます。何としてと那月のためにやりとげます」


『……加藤君。ありがとうございます』


 それは教授としてではなく、一人の人間としての謝辞に加藤は感じ取れた。加藤は目の前にはいないが軽く頭を下げ、無言で電話を置いた。


「那月、ごめん。俺はお兄ちゃんとしては最低だよ。でもそれでもやるしかないんだよ。目を覚ましたらいくらでも罵ってくれ」


 その呟きは朱莉にも聞こえていたようで座っていた加藤をゆっくりと抱きしめた。加藤に朱莉の暖かい体温が伝わる。そして、耳元に囁いた。


「私は那月ちゃんと話したことはないけど翔也くんから聞いた限りでは那月ちゃんは凄く優しい子。だから許してくれると思うよ。だから頑張ろうよ」


 加藤はその言葉が暖かくて嬉しくて、そのせいで頬を熱いものが伝った。そしてうん、うんと頷くことしか反応はできなかった。

 加藤は朱莉の胸の中で目一杯子供のように目を赤くするが朱莉は何も言わず優しい表情をして、背中をさすっている。


 その光景は見ているもの全てをどこか遠い場所に誘うがごとき光を放っていた。

 それは即ち愛。愛という実態の存在しない概念的なものがそこには確かに具現化されていた。




「ありがとう……少し、少しは落ち着いたよ」


「少しずつで良いんだよ。私たちは家族だからね。さっきも言ったけどさ、私は君にとことん付き合うよ。全ての終わりまでね」


 二人は落ち着いた所で疲れも溜まっていたため、就寝という流れになり、早々に床に着いた。

 二人の今後の人生を大きく変えた激動の一日はようやく終わりを告げたのだった。

 一方でまだ動く者もいる。


「さて雅彦さん。私の教え子たちが我々の計画に加担したいと言ってきましたが、認めてやってはくれませんか?」


「貴方が信用に信用に値すると言うのなら止めることはないですよ。ただ、裏切りだけはくれぐれも無いようにお願いします」


「ええ、ですがそこについては問題はないでしょう。加藤君は恐らく、妹さんのためにこれをしようとしている。そして自分自信が全ての汚れ仕事をして罪を被ろうとしている。本来なら私がやらなくてはいけない仕事なのですがね。教え子にやってもらう。不思議な気持ちです。本当に感謝しかないですよ」


「教授……私は、私は父親として選択を誤ったのでしょうか。正しい選択が何なのか少しわからなくなってしまいました。やはり私も一人の親なんですね」


 勝樹の父親である雅彦は感慨深げに語った。それに教授も静かに頷き少し天井を仰いだ。


「それはきっと、雅彦さん、あなたが心を失っていない証拠ですよ。私にはもう感じられないかもしれない。羨ましい限りです。それにね、迷わない親なんていないと思いますしね。私も散々迷いました。今も迷っています。人としての心を捨てる決意はしても、一人の親としてはあの子にしてあげたことは最善だったのか今もわかりません。

 死後にわかるとは思いますがね。だから、あまり気にする必要なんて無いんですよ」


 教授がゆっくり言った言葉は雅彦に対してというだけでなく、自身にも言い聞かせているようであった。


「それで、それでもう一つ重要な事を一つ」


「重要な事? 投票の件ですか、それともまた違う事ですか?」


 教授は疑問符を浮かべた。しかし、そんな教授に見向きもせず雅彦は自身の座るデスクの引き出しから一つの大きなバインダーと一通の封筒を取り出した。


「これは?」


「例の臨床のための施設の概案とそれにまつわる予算関連のしぼり出せそうな所を探したんです。それをさらに教授に詰めて欲しいんです。やはりプロの目線で考えていただきたいものがいくつもあって正直なところ私だけでは作れない」


「そうですか分かりました。しかしこれは骨の折れる作業になりそうですね。彼も呼びますか」


「彼とは紀基くんのことですか?」


「その通りです。彼なら絶対大丈夫です。言ってしまえば私の子飼いですから」


「教授にお任せします」


「ありがとうございます。それではこれからの日本の繁栄のために乾杯でもしますか?」


「いいですな。ちょうど私の秘蔵のお酒があるんですよ。妻の目を逃れ保存することのできた最強のワインです」


 雅彦は胸を張った。教授もその銘柄を見ると、ほうと少し感嘆の声を漏らしニヤリとした。


「さすがです。お目が高い人だ。このようなワインを選ぶとはね」


「ご存知なんですか? 教授は本当に何にでも精通しておられる」


「いえいえ、そんなことありません。少し人より知識が多いからと言って、そこで奢ったら終わりですよ」


 その発言には首を振るり否定に徹する教授だが、実際の所教授は凡人のたどり着けないほどの能力を持っていたりと多彩かつ張った博識な人物であったのも事実だ。

 それを踏まえると、雅彦の言ったことも決して誇張や世辞というわけでは無いことが即座に判断できる。


「では繁栄に乾杯」

「乾杯」


 そうして、首謀者たる二人は優雅にワインを(たしな)んで深い静寂の夜を過ごしていくのであった。

なんか話が進んでいないような気がしますね。ま、大丈夫でしょう(適当)

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