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幼児退行  作者: 藤原
真実の昔
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永劫回帰

「よく来たね。私は君たちが来ることを信じていましたよ」


 そこにいたのは、教授その人だった。教授は手を差し出して、加藤らに椅子に座るように促した。

 加藤は座る前から口を開こうとしている。


「教授、僕に教えて下さい。一体何がどうなったらこんなことになるというんです?」


「俺の父親はどこですか!?」


 勝樹もまくし立てた。


「まあまあ、落ち着きなさい。私も話ができないじゃないか。落ち着いて話をしよう。だから、まずは座るんだ。じゃないと落ち着けないだろう?」


 教授は手で示唆した。表情は柔らかく加藤の知る教授その人だった。しかし、服装は普段とは明らかに異なる。その異質さが今の教授にある違和感だろう。


「そのような軍服を着用されているということはやはり……」


「ああ、君の想像通りだ。見たのだろう? 私のパソコンを。ならばわかるはずだ。計画の大半は私が打ち立てたものであるということがね」


 教授は手を広げた。そして、柔和な笑みを浮かべている。それが一層不気味さを増長させている。加藤も額には冷や汗をかいているほどだ。


「そもそもこのようなことをした理由は何なのですか?」


「ふむ……そうですね、一言で言うとこの国を変えたかったという事です。研究には予算は降りない。しかし、成果は求める。都市部の大学は富み、地方は廃れる。原因は都市への集中と少子化ということは言うまでもないでしょう。けどね……」


 そこで教授の眼光は鋭く光った。


「君たちの見たあの計画があれば様々なことが解決できる可能性を秘めている。そしてそれを実行する汚れ役を私はやろうとしたということです。もう一つはやはりムダだと思ったということです。政治家になる方法も私にはありました。私なら当選はするでしょう。それでも時間はかかる。私は即効性のある劇薬のような改革が欲しかったのです。

 私はあの日決めました。計画を実行することをね」


 加藤は固唾を飲み、息をゆっくりと吸って口をゆっくりと開け声帯を振るわせようと懸命に努力したが、うまく震えてくれない。


「あ、あの、日とは?」


「加藤くんにしてはよく噛んでいますね。珍しいこともあるものだ。おっと、それは置いておいて、君の質問に答えます。

 あの日とは、加藤くん、君の妹さんである那月さんの治療に関してです。君は臨床ができないと悩んでいた。そんな時私に話をした。その日に私は決意しました。那月さんの様な患者さんのために一刻も早く行動をしなければならないと。だから、君の妹さんには最大限のサポートをするというメッセージも残したのです。普通ならば私はそこから自分の意図が漏れる様な可能性のある行為はしません。ですが、それをしたというのは那月さんがきっかけであったことを示しているということの表れです」


「だとしてもこのような革命……と表現すべなのか分からない事をして血を流すかもしれないことをしてそれでも尚、患者さんの為にしたと……人が死んでいるかもしれないのに胸を張って言えますか!?」


 加藤は激昂していた。柄にもなく大きな声を出し顔は赤くなっている。その心の中にあるのは那月だ。


「……確かに血は流れる可能性はあったでしょう。私が今ここに無傷で経っていられるのは奇跡としか言いようがありません。私も何か傷を負うことは覚悟の上でしたから。しかしそのようなことが起こっていた場合にも私は胸を張って言いましょう。患者の為にした行為であると。

 加藤くんこれは命をかけた争いなんだよ。さっきも言った通り私は医学の進歩のためなら悪魔にだってなります。。それで一人でも多くの命が救われるというのなら本望ですからね。ですが批判されるのもわかっています。甘んじて受け入れないといけない。けどね、その前提条件も知らずに否定することは許さない。

 綺麗事だけを言っていては何も帰ることはできない。変えられることも変えられなくなる。そうなると社会が硬直していき柔軟性を失います。

 それは国民の個性の死を意味すると私は考えています。それこそが国難であり、二度と戻れない位置に立ったということの証なのです。

 今のこの国はそれが起ころうとしている。ならばそれが完全に怒る前に変えなくてはならない。混沌と平和をもたらす。私は議論をする為のトリガーを引いただけです」


 教授はその胸に秘めたる思いを赤裸々に語った後も表情は何一つとして変わっておらず、初老の紳士の姿そのものだった。教授は一呼吸置くと付け加えた。


「紀基くんの父上はこの計画の立案者。全ての事の発端とも言える人物です。話は直接聞いた方がいい。私が説明するより理念は分かってくれると思います。彼は今総理大臣の執務室にいるはずです。早めに会いに行くといい」


「待ってください! まだ聞きたいことが……」


 途中で教授は加藤の言葉を遮った。


「全ては時が解決してくれる。君は那月さんと朱莉さんのことだけ心配していればいい。君たち若い世代には背負わせてはいけない業ですから」


 そう言いその場を立ち去った。後に残された三人はその場を離れることができず沈痛な面持ちを浮かべその場に立ち尽くしていた。ただ一人を除いて。


「行こうか。教授の言う通りなら四季ヶ浦くんのお父さんは執務室にいる。なら行くべきだよ」


 紀基は声の調子を一切変えない。それを聴くものに安心感を決して与えない程の淡白さだ。


「のりも……いや、なんでもない。そうだな。そうしよう」


 自分に言い聞かせるように勝樹は頷いた。言いかけた所で加藤が勝樹に近づいたが自分から言うことがなく安心した為少し肩の力を加藤は抜いたと同時に息を大きく吐き出した。


「それで、紀基はどこに件の部屋があるのかわかるのか?」


「大体はね」


 実にあっさりと答えた。やはりそこには感情の一切を感じさせない。だが加藤もその喉元まで出かかっている声を押し殺して目的の為に動くことだけを考えることにした。

 そして足取りは重く教授のことが頭からは離れずどうしたら良いか答えが見えず暗夜にさまよえる者になっている。それでも、加藤翔也、四季ヶ浦勝樹、加藤朱莉。

 この三人は未来に向かって歩き続けなければならない。

 未来を求めてあがき続ける使命が課せられている。それは三人に決められた運命。その運命に抗う時世界の歯車は乱れて収束が見えないという最悪の事態に陥る。その崩壊の前兆は誰にも見えず事後に考察して初めてわかる。

 三人はたとえ運命が決まっていたとしても、それを知ることは絶対にない。ゼロパーセント。この確率でありえない。

 だからこそ歩まねばならないのだ。


「ここからは全てが混沌に包まれて理解不能、予知不可能、回避不可能の事態が起こるだろうね。実にいい世界だね」


 一人、紀基は楽しそうだった。それがサディスチックに見えてしょうがない。それでも信用せざるをえない。協力しないと何もできないからだ。


「紀基くん何か隠しているわよね?」


 朱莉は加藤に囁いた。これが紀基に聞かれていないことを加藤は祈った。


「……俺は信じることにする。そうしないと、こんな状況だから何もかもが信用できなくなってしまうから」


「……そう…だよね」


 朱莉は言葉を途切れ途切れに言い自信なさげな様子だ。


「そうだ。僕は君達が思っているような人間ではないからね」


「えっ?」


 思わず勝樹は立ち止まり声をあげた。しかし、紀基はそんなのを気にするでもなくただ前を向いて歩いている。


「ち、ちょっと待てよ! どういうことだ?」


 勝樹は声を荒げた。加藤と朱莉は呆然としている。自分たちの仮説が僅か数秒で破綻する可能性があり、それも悪い方向であるためどのように反応したら良いのかわからなかったのだ。

 対して勝樹は予想をしていても、本人の性格が作用して呆然、呆れ、怒りといった感情よりも先に【疑問】という感情をその胸に抱いたのである。

 そして、勝樹の問いには紀基は実に不誠実だ。


「言葉通りの意味さ。そのうち真意がわかるだろうね」

 

 紀基は実に普段と変わらない。それが逆に三人を恐怖にさせた。


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