感情
「それで……その…朱莉にはメイドの格好させる必要あったのか?」
加藤は若干不機嫌であると同時に高揚もしていた。というのも、朱莉になんてものを着せてんだ、という怒りの感情と朱莉のメイド服をみてみたいという願望とが折衷していたからだ。そんな加藤を見透かすかのように紀基は、ふふ、と機嫌よく笑った。
「僕の趣味が大半だけど、君もみたかったんじゃないの? あの娘のそんな姿を。霰もない姿はよくみているんだろうけど、新妻にメイド服なんてそんな馬鹿げた話聞いたことないからね。違うかい?」
紀基は実におっとりしている。その存在そのものが、不思議な魅力でもある。勝樹も加藤も紀基のためなら、協力しようと思えるのだ。
そのことについて二人は、おそらく一般人の比にならないほどのカリスマと言われるものを持っているのだろうと。
「さて、そろそろだね。行こうか」
紀基は、立ち上がると朱莉が着替えるために入った部屋に向かい歩き出した。その歩みに加藤と勝樹の二人も何も言わずについていく。真剣な顔かつ引き締まった顔で。
紀基はコンコンと扉をノックした。すると、朱莉が静かに部屋から出てきた。
「ど…どうかな? 正直、二十後半にもなってこんな格好するとは思わなかったけど………」
朱莉は頰を僅かに赤らめた。それは、加藤にとっては天使のようで、加藤は視線を逸らさないようにするのに必死で、表情を変えまいと努力している。そうでないと、情けない顔が露見してしまうからだ。加藤としても男の沽券にかけてそのような体たらくを晒すわけにはいかない。まして、新婚であるのならば尚更だ。だが、そんなことの一切を割り切っている勝樹は、しっかりと鼻の下を伸ばした、変態野郎のだらけきった顔である。一方、紀基はというと……
「いいよー、朱莉さんいいですねぇ。
こちらの部屋にどうぞ。そこでいいアングルで撮影したいけどそれはできないから、そのアングルだけでも見たいのでよろしくです!」
重傷であった。もはや、欲望の権化と化した愚者である。写真も撮らないと言ってはいるものの、紀基の研究室には数台のライトに少し、高さのある台、一眼レフカメラと撮影する気満々といった様子だ。もっとひどいのは、朱莉が気がついているかは加藤は分からなかったが、朱莉のために言うべきであろうが、データのために泣く泣く目を瞑った事項もある。
それは、天井に設置されたカメラである。
そこから撮影をする気なのであろうと、加藤は推察していたが、断ることのできる理由もない。
「あの、私も恥ずかしいから早く終わりにして欲しいんだけど……」
朱莉は紀基に要望した。だが、それを言われた本人は、聞く耳を持たずといった具合で天井部に仕掛けた隠しカメラと照明の位置を、呼吸を乱しながら行っている。流石に朱莉もこの様子には気持ち悪さを感じてしまうのは必須であった。
紀基の暴走じみた行動が終わったのは、三十分も経ってからだった。
「よし! しっかりと目に焼き付けることができた。ありがとう。それじゃ、パソコンの解析をしていこうか」
「そうだね……」
「なんか、色々とまずいものを見させられた気分だったよ」
「俺も翔也と同じく」
上機嫌となっている紀基に対して、三人は、げんなりとしている。
紀基はそんなことを目にも止めず、依頼されたパソコンの解析を進めている。目の前のモニターには、様々なファイルや、プログラムが表示されている。複雑なものである。加藤はおろか、朱莉にも勝樹にも分からなかった。
その横で、紀基はキーボードを弾き続ける。その華麗さはピアノの鍵盤を押しているようにも見えた。カチカチという一音一音が美なのだ。同じ単調な音であるはずなのに、押す角度、タイミング、リズムによって一つ一つ違うのだ。まさに生きていると言っても過言ではないだろう。
思わずその音色の濃淡に魅了されているのは加藤だ。得も言われぬ響きに魅了されている。それだけ、魅惑的なのだ。例えそれが、キーボードを叩く音であってもだ。
ずっと聞いていられる音そのように加藤は感じている。しかし、当たり前だが、そんな時間未来永劫続くはずもない。突如音が鳴り止むと紀基の座る椅子が少しキィと音を鳴らした。
どうやら、紀基が深く寄りかかったらしい。
「終わったよ。結果はこれだね」
紀基は加藤の方に椅子を回転させると、エンターキーと思われるキーを軽く叩いた。すると正面のモニターに、解析結果と思しき書類などのデータの羅列が表示された。
加藤たちの横のプリンターも煩く稼働している。
どうやら、出力もしてくれているらしかった。
「それでその結果はどんな感じなんだ?」
加藤は聞いた。
「まあまあ、そんなに焦らないでゆっくりと見ていこう。いや、ゆっくり見ていかないと僕も整理できないし、なによりも大事なものを見落とすかもしれないからね」
紀基の意見は最もである。故に、加藤も何も言うことはない。
「まず注目すべきは、これだろうね」
紀基は画面を切り替えた。同時に印刷も終わったようでプリンターもからも音が消えた。紀基は丁度いいと言い立ち上がって印刷した資料を加藤たちに渡した。
そして、椅子に座るように、誘導すると自身も椅子に座った。
「そこのプリントの1枚目にも表示したけど、多分教授は君たちが自身のパソコンを解析することを見越していたんだろうね。こんなメッセージが残されていたよ」
『おそらく君たちならば私のパソコンを解析して計画の一端を知ろうと試みるだろう。私はそれは咎めない。見てくれても構わない。しかし、私を止めないでほしい。加藤くんの妹さんのことは理解しているつもりだ。だから、最大限の保証はする。私を責めても構わない。だが、四季ヶ浦君のお父上は責めないであげて欲しい。
最後に、私は諦めると言う言葉が大嫌いだ。だから、どんなことがあっても成し遂げられると信じている。このようなことになること本当に申し訳ないと思っている。君たちのこれからのこと祈っている』
「……なんだよこれ?」
加藤はポツリと言った。朱里は冷静であった。
「教授は私たちがこうすることを予測していたのね。すごいと言うか、全て掌で踊らされている気分だわ」
「全くだ。おい、翔也落ち込むなよ。まだ、びっくりなデータは出てくる可能性もあるんだからな」
加藤は声は出さず目を閉じて何かを考えているような動作をすると、静かに頷いた。
「これは僕も驚いたね。だけどここからの方が君たちの知りたかったことだろうからね。えっと……国家転覆に関する計画並びに転覆後の法改正、財政等国家機能改善計画か。長いな。教授ってもっと短いタイトルが好きな気がしたんだけど気のせいだったのな。まあいいや。それは資料の真ん中くらいにあると思うよ」
「これは、またすごい内容だな」
そこにあったのは、国の人権などを含めた法律が細かく、それも現在の問題点とともに、書き出されていた。そこからも教授や、勝樹の父親が無鉄砲に今回の事を起こしているわけではないということがひしひしと伝わってくる。
紀基は自身の資料をパラパラとめくりある位置でそれをめくるのを止めた。
「この国が変わっていくと仮定するなら、重要になるのはここだろうね」
紀基は机に置いてあったレーザーポイントを手に取ると、モニターのある部分に当てた。それを加藤が観ると顔をしかめた。
「そんな顔をするなよ。でも、間違ってはいないと僕は思うね。やり過ぎるのは良くないけどね。でも、これをすれば日本の科学力や研究力は飛躍的に向上すると思うね。コストという点から考えても非常にメリットは多いね。ただ問題は……」
「そのシステムを人間が理性を暴走させずに、運用できるかどうかと言ったところか」
加藤が間髪を入れずに言うと、紀基も相槌を打った。
「そうだろうね。これは非常に良い所もあるけど同時に危険もはらんでいるんだ。例を挙げるなら、社会主義だろうね」
「なぜ、そこで社会主義なんだ?あれは結局失敗じゃないか」
勝樹は食いかかった。しかし、紀基は慌てるどころかむしろ先程よりもおっとりとしているのだから、一体どうなってるんだ、と紀基の人間性に疑問を感じ得ない。通常、慌てはしなくともさらにおっとりとするなどない。しかし、そんな疑問はどこかへ投げ捨てた。紀基だから。この一言で全ての証明となるからだ。だから、これ以上その件は深く考えないようにした。そんな、ことが勝樹の脳内で起こっているなど知らない紀基はすこし、声を低くした。
「社会主義は確かに失敗だ。それは、ソ連の崩壊が物語っている。だけど、それは人間が運用したから失敗したと思っているんだ。だけど人間に感情がないと仮定したらどうだろう?
そのや時には、社会主義という思想は真の実力を発揮するだろうね。それと一緒さ。ぼくたちが感情を持っている以上、論理的には正しくても実行できないことはたくさんあるんだよ。僕はこれはそれに近しい脆さを感じているんだよ」
「それは考えたことなかったな。人間に感情がなければ…か」
まだ後一年月一投稿になります。ご容赦ください。




