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幼児退行  作者: 藤原
最終章「終わりの終わり」
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良き夜に

「疲れた。今日はもう動きたくないし動けない」


 和人は部屋に戻るや即座にベッドに倒れこみ、美香は和人が横たわったベッドに座った。


「今日は色々なことがあったからね。私もかなり衝撃を受けたし、心が揺さぶられたよ。主に悪い方向に対してね。でも一つ思ったことがあるんだよ」


 美香の思ったことというのは、あれしかない。半ば確信めいた気持ちが胸の中に落ちてきた。


「それはさ、これも含めて私の、私たちの犯した罪の代償、償いなんじゃないかって。結局私たちは薄汚い犯罪者でしかない。それは自覚すべきことなんじゃないかな。その中で色々と考えていかないといけない。

 今日はそんなことをすごく思った」


 案の定だった。和人の思ったことをそのまま言った。和人はそれをよくよくわかっている。だからこそーー


「分かってる、分かってるんだよ。だからこそ、俺は所長に刃向かうことが誤っているのかもしれない。そう思ったんだよ」


 沈黙。そこには無慈悲な音のない、風の音すら無い空間が刹那に広がった。


「情けないよな。見苦しいよな。自分であれだけ声高らかに宣言していたことなのに、こんなにすぐにひっくり返すんだから……」


 最後の『ない』という言葉だけがかろうじて聞こえるほどの声量で思わず聞き返してしまうほど小さな声。


「そんなことない!! 私は知ってる!

 あなたが、あなたが軽率な行動も考え方もしない人だってことを。物事をよく考えて冷静に考えることができる人だってことを!」


 そう言われて心が痛かった。痛い理由なんて簡単だ。美香が言った和人の姿は事実でないのだから。


「俺はそんな立派な人間じゃない。むしろ、クズと罵られてもおかしくない位置にいる人間。第一、美香の言うように冷静に物事を考えられる人間なら、俺はどうしてここにいるんだ?」


 美香は口を開きかけてまた閉じだが、それもつかの間。すぐに口を開けた。


「それでも君は自分が周りにどう見られているのかを知らない。それを知ろうともしない!!」


「私は見ているし知っている。君のことを君より見ている。あなたは私のことを私より見ている。私はそれを、それだけを知ってほしい。知ってくれないままだったら悲しくて仕方がない」


 美香は必死の形相。和人は難しい顔をしている。


「こんな俺でも失望、しないのか?」


「しないよ。私はどんな君だって受け入れる。あなたが悪いことんしたらいけないと言うし、すごいことをしたら尊敬する。私はあなたの味方であり続ける」


「たとえそれが間違っていたとしても? 盲目的だと分かっていても?」


「盲目的なんかじゃない。私言ったよね。悪いことをしたらちゃんと言うって。私は君の言動、行動を考えなしに全肯定はしないよ」


「俺のことをそんなに思ってくれなくたっていいのに」


「怒るよ。君は私にとってとても大切な人。そんな人が傷ついて、苦しんでいる姿なんて見たくないの。だから、そうなった時は私も精一杯解決できるように力を尽くしたい」


「本当に?」


「本当だよ」


「本当の本当?」


「私はそこに関しては絶対に嘘なんてつかない。断言できるよ」


 ーーなんて素晴らしい人のそばにいるんだろう。和人の震えが止まらない。


「本当に俺でいいのか?」


「私は君のことが好きだよ。それはずっと前から言っていること。私の気持ちはずっと変わってないよ」


 涙が溢れ喉が鳴っている。もう耐えることはできない。


「そ、その……ありがとうな」

 

 和人は言うのも躊躇ってしまった。和人はなぜ躊躇うんだと聞かれたらこう答える。このような自分の感情を抑えることが難しい時に素直になることができるのか。俺は絶対にできないと。

 即ちこれが最も普通の反応ということになるのである。


「君は強いよ。私なんかよりずっと……」


「そんなことない。美香だって強いよ。強すぎて眩しすぎる」


 美香は和人に身体の重心を傾けて肩に頭を寄せていた。和人はそんな美香の頭を撫でている。それは至福であり至高である。


「もうすこし自分と向き合ってみるよ」


 美香は声は出さずに小さく頷くだけだった。


 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「明音は強いね」


 それに明音は頭を横に小さく振った。


「私は強くなんてないよ。 強く見えるのならそれはみんなのおかげ。私は雪乃たちがいたからここまで来られたんだ。気がつくことができたの。すっごい感謝してる」


「私もよ。これから先、二人でずっと支え合っていきたいな。私と明音とでさ。どうかな?」


「いいんじゃないかな。私も雪乃と一緒に生きていきたいの。互いの罪を理解した今、償いをしなくちゃいけない。その償いを二人三脚で歩めるというのなら、それは願ったりなこと」


 二人は静かに抱き合っていた。そして、声を上げて頰を湿らせていた。


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