ナナシセカイ
それは真夏のある日、とある少年の疑問がきっかけでした。
「お母さん、なんでぼくの名前は『長良』なの?」
「死んだおじいちゃんの『長介』のナガと読んでの長とおばあちゃんの『宝良』の良をとったのよ。いい名前でしょう。」
「ぼくはこんな名前やだよ。みんないつもお前の名前かっこわるいって、ばかにするんだ。もっといい名前つけてほしかったよ。」
ナガラはそういうと泣きながら家を飛び出し、いつも虫捕りに行ってる森の中へと走っていきました。
タタタタタタターー
しばらくするとナガラは疲れて走るのを止めました。
「はあはあ……あれ?ここの木って、こんなにくらかったっけ。」
ナガラはなにかがおかしいことに気づきました。いつもきれいな緑色の森が闇のように暗く、そこはいつも遊びに行ってる森とは大きく違っていました。
「どこ…ここ。早くもどろう。…あれ、道がない。なんで、ここをとおってきたのに、なんでないの。」
ナガラはその森を見てとても怖くなり、来た道を戻ろうとしましたが。通ってきたはずの道がなくなっていました。ナガラはくらいくらい森の中に迷ってしまったのです。
ポロポロ
ナガラは泣きべそをかきながら大声で「お母さん、お母さん」と叫びました。しかし辺りは静かなままで、誰も来ません。ナガラはついに声を出しながら泣いてしまいました。
ガサガサ
その時、草が揺れる音がしました。ナガラは泣きながらその草をじっと見つめました。
ガサッ
「やあやあ、迷子かい?大丈夫かな?」
ニコニコ
草の向こうからニコニコと笑った少年が姿を出しました。
ニコニコ
「君は運がいいね。ボクが来なかったらずっとここで迷っていただろうね。うん、間違いない。」
ナガラは喜びました。きっとこの人なら帰り道を知っているだろうと。
「あの、ここはどこですか?出口は、どこにあるのですか?」
ニコニコ
「まあまあ、落ち着きなさいな。まず君の名前を教えてくれるかな?話しはそれからだ。」
ニコニコ
少年の笑顔がナガラはなんだか怖くなったのですが、はやくお母さんのいる家にかえりたかったので自分の名前を言おうとしました。しかしその時。
ガサッ
「駄目だ、名前を言ってはいけない。」
「えっ?」
草の向こうから白いサスペンダーを着た少年が現れました。
ガシッ
「話しは後だ。早く逃げるんだ。」
サスペンダーの少年はナガラの手を掴むと走り出しました。そのあまりに強い勢いにナガラはさからうことができず走りました。ふと後ろを見ると先ほどまでニコニコと笑っていた少年の表情はくずれ、目を赤く光らせ、大口を開けて、追いかけてきました。
「頑張れ、あいつに捕まったら君はもう二度とこの森から出ることはできないぞ。」
ナガラは息をハアハアと切らしながらも、全速力でサスペンダーの少年について行きました。
「この木に隠れるんだ。」
サスペンダーの少年は横にある黒い木に飛び移りナガラの手を引っ張りました。その勢いに彼は木に顔をぶつけてしまいました。その痛さに彼はサスペンダーの少年にしがみつき泣きそうになりましたが、サスペンダーの少年は彼の口をおさえ木の後ろへ隠れました。
ーーやがて二人を大声を上げながら追いかけていた少年の足音は小さくなっていき、しばらくたつと何も聞こえなくなりました。二人はなんとか見つからずに逃げ切れたようです。
「よかった、あいつは居なくなったみたいだ。」
サスペンダーの少年は一息はくとナガラの口を押えていた手をはなしました。ナガラはゲホゲホと咳を出しました。
「ひどいよ、息ができなかったじゃないか。」
「ハハハ、ごめんごめん。」
「さっきの人はなんだったの?なんで名前をいっちゃいけなかったの?ここはどこなの?」
ナガラは気になることを次々と彼に言いました。
「落ち着きなって、一つずついうよ。ここはナナシセカイという場所さ。ここに迷い込むとやがて自分の名前を忘れてしまって、名前を持ってた頃の記憶も殆ど忘れてしまうのさ。」
「なんだって。」
ナガラは驚きました。それもそのはず、次第に自分も名前や記憶を無くしてしまうのです。
「ただ、名前をなくしてもこの世界から出たい、その気持ちだけは忘れないんだ。みんな家に帰りたいって思ってる。」
「おもってるって…。このせかいに出口はないの?」
「いや、あるさ。だけどね、ここから出られるのは名前を持ってるやつだけなんだ。だからみんな君のような名前を持ってるやつを狙い、その名前を盗もうとしているんだ。」
「そんな…。」
「だからここでは君の名前は絶対に言ってはいけない、わかったかい?」
ナガラは彼の話しを聞いておびえながらコクコクとうなずきました。
「さて、他の奴らに見つかる前に早く君をここから帰さないとね。ついてきて、出口を教えるから。」
サスペンダーの少年はナガラの手を握って歩き出しました。ナガラもあわてながらも彼について行きました。
「ねえ。君も名前、もってるんだよね?」
「…。」
「名前をもってるからぼくのみかたをしてくれているんだよね。」
「…ああ、もちろんさ。おれだって早くこんな世界から出たいよ。だから早く行こう。」
ギュッ
サスペンダーの少年はナガラの手を握る力を強め、足を早めました。
「いたい、いたいよ。」
その痛さにナガラは泣きながらサスペンダーの少年に言いますが、彼は何も答えずただただ足を早めていました。
サッサッサッサッサッサ
「いたいいたい。早いよ、ころんじゃう。おねがい、とまって。おねがいだから。」
ガッ
「わっ。」
ばたっ
「いてっ。」
ナガラは木の根に足をひっかけてそのまま転んでしまいました。それを見てサスペンダーの少年は歩くのを止め、彼に声をかけました。
「大丈夫か。」
「だいじょうぶだよ、このくらい。それよりもうつよく手をひっぱらないでよ。」
「ごめんね、早く君を元の世界に帰さないとって焦ったんだ。」
それからまたテクテクと森の出口を目指して歩きました。もうナガラの手を強く引っ張ることはありませんでした。しばらく歩いていると、サスペンダーの少年は急に足を止めました。
「どうしたの?」
「あの扉が出口だよ。」
前を見ると少し遠くにとても硬そうな鉄の扉が見えました。ナガラはそれを見て喜びました。もう少しでお母さんの居る家に帰れるのです。
「やった。これで帰れる、帰れるぞ。早くいこうよ」
「…。」
喜ぶナガラとは対照的にサスペンダーの少年は苦しそうな顔をしていました。
「どうしたの。早くいこうよ、このせかいから出るんだ。」
「…ごめんね。」
「えっ?」
「君に嘘をついた。」
「うそ?」
ポロポロ
「おれは、本当は自分の名前覚えてないんだ。君の事を騙して無理矢理にでも名前を奪おうとした。ごめんね、ごめんね。」
サスペンダーの少年は手と膝を地面につけると泣き出してしまいました。それを見てナガラはどうすればいいのか分からずオロオロとすることしかできませんでした。
「やっぱりこんなことできない。勿論元の世界に帰りたいよ。でも、人の名前盗んでまでおれだけ元の世界に帰るなんて、心が苦しくてできないよ。」
「君も、名前をなくしたの?」
「そうさ、ここに迷い続けてたら知らないうちに忘れちゃったんだ。でも、名前持ってた頃の記憶、少しだけだけど覚えてるんだ。おれさ、昔は自分の名前捨てたいって思ってたんだ。」
「え?」
「かっこ悪いって思ってたんだ。それで、ここに迷い込んで…。」
ナガラはとても驚きました。自分と同じ事を考え、同じ目にあっている人がいるなんて想像もしなかったのです。それと同時に自分の名前を捨てるということの恐ろしさを思い知り、もしこのまま名前を忘れてしまったらどうなっていたことだろうとゾッとしました。
「なんで、捨てたいと思っちゃったんだろう。かっこ悪いなんて思ったんだろう。大好きな母さんが付けてくれた名前なのに、おれは、おれは…。」
ーーーた。ーーにいーーーーまえだ。ーーがある。
サスペンダーの少年が話している途中、遠くから何かが聞こえてきました。
ーまえだ。ーーっとみつけた。ーーえりたい。
音がだんだん近づいてきます。
「これ、なんの音?」
「まずい、奴らが近くまで来ているんだ。」
「なんだって。」
ナガラの足は震えました。さっきの少年のように怖い顔をした怪物がたくさん来てるのだと聞いて、怖がらずにはいられませんでした。
「名前だ。」「名前があるぞ。」「帰りたい。」「ママに会いたい。」「これで帰れる。」「ママ、パパ。」「名前がすぐそこにある。」
音がどんどん大きくなってきました。サスペンダーの少年はなんとかナガラを元の世界へ帰そうと背中を押しました。
「走るんだ、走ってあの扉の中に飛び込むんだ。そうすれば元の世界へ戻れる。後ろを振り返っちゃいけないよ。」
「君は、君はどうするの?」
「おれは君と一緒には行けない。行って。自分の名前を大切にすることをおれと約束して。」
ナガラは走りました。振り返るのを我慢して、ズキズキするケガのいたさに泣きながらも鉄のトビラへと走りました。そして扉の前へたどり着きナガラは扉の中へと走ります。すると後ろから声が聞こえました。
ーめんね。きみーーして。ーーーのぶーーーーーて。
声はだんだん小さくなっていきました。しかしナガラにはそれを気にする余裕はありませんでした。彼はただひたすら走り続けました。
ーー気がつくとナガラは見覚えのある森の入り口で寝ていました。帰れたんだ、ナガラは横になっていた体を起こしてサスペンダーの少年が言ったことを思い出しました。
『大好きな母さんが付けてくれた名前なのに、おれは、おれは…。』
「そうだ、この名前は母さんが付けてくれたんだ。なんではずかしいと思ってしまったんだろう。でも、もうちがう。ぼくはナガラだ、ナガラという名前があってはじめてぼくになるんだ。」
ナガラはまた彼の言葉を思い出しました。
『自分の名前を大切にするって、約束して。』
「うん、やくそくするよ。この名前を、ずっとたいせつにするよ。」
ナガラはお母さんのいる家へと走りました。家に帰るとお母さんからはこっ酷く怒られましたが、最後は微笑みながら頭を撫で風呂に入ってくるよう促されました。そんな優しいお母さんから付けてもらった名前を、ナガラは何時までも大切にしました。
名前というのはその人の存在を証明するもの、自分の名前を捨てるということは自分の存在を消すのと同じことなのかもしれませんね。
どうも、汛樹です。小説を書くのに慣れてないのでおかしな所を見つけ次第修正することになります。申し訳ありません。