モーターサイクリスト
プロローグ
ローリングキッズ
1988年の熱い夏の事は、今も忘れない
少年達の あの熱い夏のことを、、、。
若さゆえの怒りの矛先をどこに向けるのか 多くの少年達は、当時ブームだったオートバイで峠を攻める事だった
レーサーレプリカブームと言われ多くの少年達は、オートバイに乗り いつものワインディングへ向かう
そこで 速いやつがヒーローであり 誰もが 最速を求めていた時代だった
オートバイメーカーも とにかく過激に速いマシンを次々と販売し それが高校生達に飛ぶように売れた時代
朝となく夕となく 一日中 オートバイの事を考えてる 少年 松山ケンジも その一人だった 高校生になり先月中型二輪の免許を取得して先輩のお下がりの中古のホンダ250ccレーサーレプリカのオートバイに乗り 毎日のように地元のダムサイドのコースに走りに来ていた
87年式だか こいつの戦闘力は、底知れず 全てのパワーを使いこなせい自分に 気持ちだけが 空回りする
このコースで転倒したのも1度や2度では、ない 真新しかった 革のレーシングスーツも もう何年も使い込んだような 風合いを出していた
走り出せば ヒヤッとすることも 何度もある
そのたびに『もしかしたら死んでたかも』を繰り返し そしてがむしゃらにスロットルを全開にする
勇気と強さを 勘違いしてたのだろう
そんな 走り方で 上手く走れるはずもないのだが スピードの狭間で 生きてる実感を感じていたのだ
大人達は、暴走族とローリングキッズの区別がつかないのだろう 実際 自分たちにしても 良く違いがわからない ただ どうしょうもないエネルギーを燃焼させるための道具がたまたまオートバイだっただけだ
いつものパーキングで休憩していると いつもの常連達がいつものようにたむろしている
珍しくヤマハのレーサーレプリカに乗ったヒロシが話しかけてきた、年齢は、自分より少し上だろうか?黒く日焼けした顔にまだあどけなさの残る笑顔が印象的な少年だった
多くの仲間達がここでしか会わない この場所でだけ話し そして深くかかわらない ヒロシもそんな中の1人だった
しばらく談笑してると下から一台 元気なホンダの四サイクルのオートバイが上がってきた この辺では、あまりみない顔だ しばらく見てると何度かコースを往復して走る相手を探してるようにもみえた よせば良いのにヒロシが「よし、ちょっと遊んでやるか」と自慢のヤマハに跨り2サイクルパラレルツインのサウンドと共に元気よく飛び出して行った
少し時間がたち 誰も帰って来ない事に不安を覚えた頃 べつの仲間が 電話ボックスのあるこのパーキングに飛び込んできた 慌てた様子から 直感で何かあったとわかる
奥のギャラリーコーナーで誰かが転んだらしい この光景も見慣れたもので 救急車を呼ぶなら 警察も来るのだ メンドーになる前に帰る事にした きっとあの 見慣れない子が 慣れないコーナーで無理したのだろう
来週にでも どうなったか ヒロシに聞こう
たいした怪我でなければ良いな と考えながら 街まで降りる途中で救急車とすれ違った
ヒロシが亡くなったと聞いたのは、それから1週間後の事だった。
第一章 雨
いやな雨だ、昨日からずっと 降り続いてる 冷たい雨だった。
セレモニーホールの手前で 雨にうたれながら たたずむ1人の男がいる
無精髭の男の歳は、60過ぎくらいだろうか
そして亡くなった 男の事を考えている
思い出は、少ない、彼との思い出は、少ない。
オフィスにその電話が鳴ったのは、午後二時を少し回ったくらいだった
電話の向こうから いつものように高いテンションで 一方的に用件を伝えてくる 別れた女房の沙耶香だった
まったくこの女は、電話の相手をちゃんと確認してるのだろうか?
沙耶香「もしもしー あたし、この夏休みは、子供達 よろしく頼むわね」
「あなた、いつも仕事、仕事って逃げてるんだから」
「奈美は、もう来年高校受験だから勉強させといてね 康信は、どっか遊びに連れて行ってちょうだい」
「ねぇ 聞いてるの?」
聞いているが話す隙を与えてくれない
「だいたい貴方は、ね~いつも そうなのよ」
適当に相槌をうって電話を切った
どうやらこの夏休み中は、子供達を預かる事になるようだ
長女の奈美は、まだ6歳くらいだったが俺の事を父親と思ってくれてるらしい 最近 連絡してくる時は、だいたい 何かおねだりする時ばかりだ こんな所は、沙耶香に良く似ている。
長男の康信は、まだ1歳になる前から 離れてしまったので 実際 どう接して良いのか まったく解らないでいた
まったく どうした物か、やれやれだな
世間が夏休みに入ったある日曜日、松山と書かれた表札の一軒家にタクシーが停まり 麦わら帽子をかぶった女の子と 野球帽をかぶった少年が インターホンを鳴らした。
奈美「 へぇ~ わりと綺麗にしてるんだ」
「今日は、みどりさんは?」
そうか みどりとは、面識があったな
ケンジ「夜には、来るよ」
奈美「良かった 勉強見てもらおーっと」
康信「お父さんこんにちは」
ケンジ「こんにちは」
お父さんって言葉に一瞬 胸がつまる
奈美「あれー お父さん まだバイクなんか乗ってるの?」
ガレージから奈美が呼ぶ
ケンジ「あっ? うん 」
奈美「ほんと クラスの男子も16歳なったらバイク乗るって言ってる バカばっかり」
やれやれ まいったな 奈美は、子供だと思ってても やっぱり女だな
この時、まだ気づいてあげれなかった 自分の息子が 子供ながらにオートバイに興味があって 俺とバイクの話しをしたがってると いや 父親との接点が欲しかったのかもしれない
夜、みどりがやって来た
みどりとは、長い付き合いだ バイク仲間でもあり 馴染みの茶店のマスターの娘だ
残念ながら数年前にマスターが亡くなってお店も閉める話しになったのだか 多くのバイク仲間に支えられながら 今は、みどりが お店をやっている
亡くなったマスターに悪いが コーヒーは、2倍 ナポリタンは、3倍 美味くなった
奈美と二人で夕食の支度をしながら
みどり「奈美ちゃんと話してたんだけど お盆は、どうする 私たち 私の実家の花火大会に行くんだけど」
「ケンジは、康信くんとキャンプでも行って来たら?」
そうか何も考えてなかったな みどりの実家に行っても良いのだが 大阪の実家は、ずっと避けて来てたので 行きにくい 毎年何かと理由をつけて避けていたので この提案は、ありがたい
そう みどりは、そう言う女なのだ
第二章 友
午前10時半過ぎキャンプ道具を満載してVツインエンジンに火を入れる
奈美とみどりに見送られて 自宅を出発する
クルマで行こうと計画してたのだが この週末の天気も良さそうなのでやはりバイクにした
タンデムは、あまり好きじゃないし 人を乗せた事もないのだが この時は、なぜか 2人乗りして行かないといけないような気がしたのと 間違いなく自分の息子なのだが 普段から あまり交流がないので クルマだと 間が持たないと考えたのも正直な所だ
数日前にcaféスケアクロウで そんな話しをこぼしたら 数人のバイク仲間が乗っかってきたのも理由のひとつだ
午後4時 キャンプ場 到着
見慣れた顔触れが出迎えてくれた まだ何人か来てないようだが 日が暮れる前にテントを張る 道中 暑かったせいか康信は、少し元気がないようだった
あの夏のヒロシの事故のあと なんとなく峠に行かないようになって ほとんどのヤツが なんとなくバイクを降りて行った
ここに集まってる仲間は、なんとなくまだ バイクに乗ってたり オートバイから離れる理由が見つからない ダメな人間ばっかりで どうしよもなく 愛すべき仲間達だった。
子供の頃 走り屋の真似事やってた時の仲間もいれば 自分らより遥か昔からバイクに乗ってる大先輩、このキャンプ場で知り合って なんとなく毎年くるようになったやつ、ただバイクだけのつながりの人間の集まりなのかも知れない
新顔の康信も『バイク乗り』として迎え入れてくれた
酒が進み むかし話に ふけり
赤い顔したヤツらが 「ぼうず 将来バイク乗れよ」
「アカンでそんな四十過ぎの不良中年と関わったら不幸なるで」
「お父さんみたいになるなよ」
「俺もそう思う」
「そうそう 松みたいになったら世間の女がみんな不幸になるぜ」
ウンウンと 納得したように 全員 頷く
そして旅の思い出話しを聞かされた「彼」の横顔は、もう若いバイク乗りだった
思えば俺は、親父と こんな思い出は、何もなかったような気がする
反発ばっかりして 気がつけば 家を出て ろくに話す事もなく 仕事 仕事で葬式にも間に合わなかった事を 今更ながらに後悔をしている
日付けが変わる頃、気がつくと 仲間達の寝息と焚き火の音だけがパチパチと 辺りを優しく照らしていた。
翌日は、苦いコーヒーで無理矢理、目を覚まし早めに撤収して自宅を目指す。
ほんの少しの冒険だったが「彼」の人生観を変えるには、十分過ぎるほどの出来事だったかも知れない
あれから何度目かの夏が、過ぎて
男の子なんだろう 年頃になると親なんてのは、ただ煙たいだけで 嫌いでは、無いのだろうが なんとなく避けるのが格好良いような気がする時期がある
娘の奈美は、母親より みどりとウマが合うのか自分のお姉さんのように思うのか暇さえあれば 遊びにくるようになった
沙耶香が去年 再婚したって事もあるのだろう
22歳の年頃の娘に新婚家庭は、居心地が悪いらしい
康信が 二輪の免許を取って 新しいお父さんに オートバイを買って貰った事を奈美から聞かされたのは、もうそろそろ革ジャンが恋しくなる 季節になりかけた頃だった。
第三章 炎
「あなたー もう出発ですか?」
「事故だけは、気をつけて下さいね」
「パパだけずるいー」
「あはは来年は、タケシも行こうな」
家族に見送られながら カワサキの単気筒のバイクがキャンプ道具を満載にしてトコトコと走りだす。
目的地は、信州だ
キャンプ場につくころには、もうすっかり日が暮れていた 9月だと言うのに 寒いくらいでバラクータのG9 で来た事を少し後悔した
下道でのんびり走り過ぎたようだが 妻子持ちのサラリーマンには、節約しないとガソリン代もバカにならないのだ
妻に無理を言って やっと購入できた この相棒になってから もう4年が過ぎようとしていた
若い頃にオートバイに乗っていたのだが結婚して子供が出来たのを理由に一度手放してしまった それを 格好良く言えば 自分なりの責任の取り方だったのかもしれない
少しのブランクがあってから またバイクに乗りたいと しかもまた 同じ車種を買うって言った時は、妻にかなり呆れられたものだ。
もちろん 当時乗ってたオートバイを新車で買う事は、出来ないので 探しに探して程度の良い中古車を買った
しかし コイツがなかなかのくせ者で 次から次へと いつも 何処かが壊れてる
壊れてなくても イマイチ調子が良くない
買った最初の1年は、走るより 修理してる時間のほうが長かったような気がする
そのかいあってか 今は、消耗品だけ気をつけてれば そうそう壊れる事も調子が悪くなることもなく 快調そのものだ
それでも このキャンプ場は、標高が高いので 自慢のオートバイも 悲鳴を上げている
そして悲鳴を上げてるのは、ライダーも同じで 半日以上 走ると 身体のアチコチが限界なのだが 無事に到着した 安堵感が披露を上回って これからこのキャンプ場で過ごす時間を考えると 思わず 顔がニヤついてくる
いつもの 管理人のおじさんに挨拶しながら遅い受け付けを済ます。
「君は、毎年この時期に来てるね」
「あの赤いオートバイもずっと同じだね」
実は、一度手放してるので二台目なんですよ っと思いながらも ニコニコとおじさんの話しを聞いている
「実は、わたし今年でここを去るんですよ」
「ここは、町営だし来年は、違う人が管理人やってると思うから ぜひまた来てね」
「寂しくなりますね」
「次は、息子を連れて来ます」
テントを張って インスタントラーメンで空腹を誤魔化しながら 辺りを見てると 何組かのキャンパーが それぞれの過ごし方をしている
若いグループの子らは、サイクリングなのか今日走ってきたコースのことで盛り上がっている
年配のカップルとおぼしき方は、早めに就眠するのだろう すでに片付けに入っている
立派なテントのファミリーキャンパーの方たちのBBQの匂いと子供たちの声すらも心地よく
バイク旅の人は、残念ながら 自分だけのようだ
この日の為に買ってきたシングルモルトウイスキーを1人で煽りながら 焚き火の炎を なんとなく眠くなるまで眺めている いつもと同じ 静かな夜だった
心地よい疲労感と美味い酒
焚き火と星空
そして 遠く離れた家族を想う
帰るべき場所が 自分には、ある
それは、当たり前だけど
とても大切な事なのだ
「モーターサイクリスト」なんとなく そんな言葉が今の自分には、似合うと思う
子供の頃に出会った大人達のように
自分は、もうそんな年齢になったのだ。
そんな風なことを思っていると パチッっと少し大きな音を立てて 蒔きが弾けて 火の粉が 空高く舞い上がり そして消えていった。
第四章 別れ
みどりから「すぐに奈美ちゃんに電話して下さい」とメールが入ってたのに会議が長引いて 返事が遅くなってしまった
奈美からの着信も一件や二件では、なかった
只ならぬ雰囲気は、電話の向こうの奈美の声でもすぐにわかった
声が泣いている
「康信が」その言葉だけで 全てがわかったような気がした
いや その続きを否定したかったのだ。
言葉を遮るように 強い口調で 「落ち着きなさい」
自分自身に言い聞かせてるのだ
その先の会話は、良く覚えていない
気がつけば どうやって帰ったのか 自宅のガレージで オートバイを眺めていた
不思議と涙は、出なかった。
みどりから 事のあらましは、聞いたが良くわからない
翌朝の地方新聞に三十五歳の男性会社員 オートバイによりカーブを曲がりきれずに 死亡 スピードの出し過ぎによる単独事故 と小さな記事が掲載されていた
彼の人生の最後が この数行の小さな記事なのか この記事でいったい何がわかるのだろう。
彼と彼の人生に関わった人々と 彼が愛した大切な者を語るには、どんなに言葉を書きつなれても足りない
人が亡くなる事は、そうなのだ
ふと 昔 一緒に走っていたヒロシの事を思い出す。
彼の事は、良く知らない
だが忘れる事は、ない
あれから バイク仲間は、何人も亡くなった
そう言う乗り物なのだ
わたしは、バイク仲間の葬儀には、出ないようにしてきた 出てしまうと 恐怖に飲み込まれて もう二度と走れなくなるような気がしたからだ。
セレモニーホールを遠目に見ながら 雨に打たれてると 後ろから みどりが傘をかけてくれた
「今まで十分走ったんですから もうバイクに乗れなくなってもいいんじゃないですか?」
涙がとまらなかった
人目も気にせず。
子供のように 泣いた
この雨が すべてを洗い流してくれれば どれほど 楽になれるのだろう
エピローグ レジェンド
松山と 書かれた表札の家では、いつになく 子供達の 騒ぐ声が聞こえる
ひとしきり 親類の者が帰り あとは、娘の家族と康信の家族だけだ
そうあれから 7年も経つのだ
わたしは、あの日からオートバイには、乗っていない
乗る理由がなくなったのか 乗らない理由が見つかったのか 当時乗っていたバイクは、あの後すぐに手放した
ガレージで 孫のタケシが埃だらけのバイクの写真を 見つめて「むかし爺ちゃんと父さんは、バイクでツーリングに行ったんでしょ?」
「ぼくは、バイクの事は、良くわからないし 母さんが悲そうな顔をするから話した事ないんだけど父さんが昔、言ってたんだ」
「バイクってそんなに良いのかな?」
「自分だけ 勝手に死んじゃってさ」
ケンジ「バイクに乗りたいのか?」
タケシ「わからないよ」
ケンジ「バイクに乗るやつは、乗るなと言われても乗るもんだ 誰かに乗れと言われて乗る物でもない」
「俺も お前のお父さんもそうだった」
「うん」少年の顔は、なにかを決意したようにも見えたが 彼は、きっとオートバイに乗らないだろう
あの頃と何もかわらない
オートバイと言う乗り物に魅了された 少年達の 物語りは、これからも 次の世代へと受け継がれて行くのだろうか ふと父親と話した事を思い出した ある日 家の前でバイクを洗車していた時に「昔、ワシが兄貴と喧嘩して家を出た時に実家から乗って出て来たのもホンダのオートバイでな あの頃は、まだ国道も砂利道が多かったから良く転んだよ」
「このホンダは、速そうだな」
普段あまり話さない親父が わざわざ悪い足を引きずってまで あの時 何が言いたかったのか今となっては、わからないが きっと1988年のあの熱い夏 タンクをポンポンと叩いて 「オイ、オレの息子を頼むぞ」と その赤いマシーンに話しかけていたのだろう
気がつけば そんな親父の年齢になっていた
『俺は、まだ生きている』
「モーターサイクリスト」
by084R