7話
「Three…… Two…… One…… 」
一発の銃声を合図に、特殊作戦用ヘリ【MH-60K】が目標である銀行の屋上に急接近していく。
そのヘリの中には、突入に適した軽装備を纏った2人の少女が突入後の作戦について最終確認をしている。
「懸垂降下で突入後、茅花が前衛で、私が後衛で合ってる?」
ショートヘアと力強さを感じさせる瞳が特徴の狼のような少女、西尾瑠璃はインカム越しに、相方の少女に話しかける。
「うん。今回も私の背中は瑠璃さんに任せるからね。」
瑠璃よりも一回り小柄で、お団子ヘアがトレードマークのリスのような少女、榛原茅花は笑顔を交えて返す。
「了解、任せて。」
瑠璃は45口径の拳銃弾を使用する短機関銃【 Kriss K10】の薬室に初弾を装填する。
「目標、到達まであと10秒!」
ヘリのパイロットの声が茅花達の耳に響く。
茅花はコンパクトでかつ貫通力に優れたPDW【HK MP7】とラペリング用のロープを手にすると、立ち上がり降下の体勢に入る。
目標の頭上に到着すると、瑠璃が扉を開け、ヘリに備え付けられているロープを落とす。
そして、茅花が勢いよく降下していく。
屋上に着地した茅花は素早く前方、左右、背後の順番で銃口を向けて安全を確保する。
その次に着地した、瑠璃は泣き崩れている女性の銀行員に近付き声をかける。
「もう大丈夫です。あとは警察の爆弾処理班の指示に従って下さい。」
声も出せず、ただ小さく頷いた女性と起爆装置はヘリから降下してきた爆発物のスペシャリスト数人に取り囲まれる。
「じゃあ、瑠璃さん私達の仕事に取りかかろう。」
茅花が作戦通りに、銀行の南側から懸垂降下する為に駆け出すが次の瞬間……
北側にある室内へと通じるドアが勢いよく開く。
そして、鉄特有の甲高い音がした方向に振り向いた瑠璃の時間感覚がとてつもなくスローモーションになる。
まず、ドアの先端から銃口が見える。
そして、銃口が見えたかと思うと自動小銃【ガリル ARM】を装備した黒尽くめの男が出てくる。
次に、瑠璃には男が左手に持つ起爆装置が見える。
「(もう1つ、起爆装置が有ったの…… )」
瑠璃は咄嗟に、男に銃口を向ける。
しかし、瑠璃の位置からでは処理班に射線を阻まれ発砲出来ない。
処理班の一人が短機関銃【HK MP5A5】の銃口を男に向けトリガーを引こうとするが、男の左手の動きのほうが僅かに早い。
次の瞬間…… 男は眉間に一発の弾丸を食らい、硬直したままゆっくりと倒れていく。
そして、時間の体感速度が通常に戻った瑠璃の耳に遅れて銃声が響く。
「玲香さんが撃ったの?」
瑠璃は玲香がいるビルの方角を見る。
「そうね。作戦では処理班のうち一人が安全確保するべき、ドアを警戒していたから撃てたのよ。」
インカム越しの玲香は怒りとは裏腹に冷たく鋭い口調で続ける。
「ともかく、今は任務の遂行が最優先よ。」
玲香がやれやれといった表情を浮かべていると通信が入る。
「こちら、本隊。狙撃手、今の発砲音はなんだ? 送れ。」
陽動の茅花達の突入が遅れていることを不信に思った、人質救出部隊からだった。
「こちら、狙撃手。屋上にて、問題が発生したが即時に解決した。作戦に支障は無い。送る。」
返答した玲香がスコープを覗くと、茅花達の突入準備が整っていた。
2人は窓からではなく、壁を破壊し突入する為に必要な爆薬C4と十分に距離をとっている。
爆破後、即座に突入する茅花は通常の降下体勢になっている。
そして、茅花の突入を援護する、瑠璃は地面に向かって走るように降下する方法、オーストラリアンラペルの体勢を維持している。
「瑠璃さん、準備は良い?」
瑠璃を見上げる茅花の瞳は、標的を仕留めるまで絶対に諦めないハンターのように鋭い。
「Let's do this」
瑠璃の瞳も鋭く光っている。
茅花はゆっくりと頷くと、右手に持つC4の起爆装置に親指を乗せる。
「 Let's do this、Three…… Two…… One……」
次の瞬間、爆音とコンクリートの破片が地面に降り注ぐ。
瑠璃が投げ入れた閃光弾が炸裂した直後、茅花は巻き上がる粉塵の中に突入する。
茅花が中腰で素早く、廊下の左右の安全確認をすると瑠璃も突入する。
そして、2人の突入の数秒後、本隊も1階から爆音を立てて突入する。
茅花は小柄な体格からは想像できないくらいの勢いで、各部屋のドアを蹴破っていき、慣れた手つきで安全確認をしていくが……
2階に続く階段に差し掛かった時、茅花が急ブレーキをかけるように停止する。
それに合わせて瑠璃も停止し、【 Kriss K10】を構え直す。
1階にいる本隊が人質と犯人達を確保する怒号に紛れる、階段を駆け上がってくる音を聞き取った茅花は階段の手すりを飛び越える。
次の瞬間、鈍い音と男のうめき声が瑠璃に聞こえる。
「犯人を1人確保。」
瑠璃が階段を降りていくと、茅花が難なく犯人を拘束している。
拘束される際に、テーザー銃を食らった男は硬直している。
「茅花、残りの犯人達を抑えるわよ。」
瑠璃が男に手錠をかけた瞬間、銀行全体が爆音と共に大きく揺れる。
「なに、爆発?」
突然の衝撃に驚く茅花と瑠璃に通信が入る。
「犯罪者数名が地下駐車場のバリケードを爆破し逃走。現金輸送車で逃走中。」
2人は近くの窓ガラスから、外の様子を確認する。
すると、防弾仕様の現金輸送車がパトカーを凪ぎ払い、銃で対抗する警官達を振り切り南に逃走していく様子が見えた。
しかし、茅花と瑠璃はただ安心した表情を浮かべるだけで次の行動を起こさない。
――――――
現金輸送車は早い速度で、街中を走り抜けていく。
「警察の突入が思った以上に早かったのが計算外だったな。」
現金輸送車の助手席に乗っている黒尽くめの犯人が運転している仲間に話しかける。
「国外に逃げるために必要な金は手に入った。とにかく、今は逃げるぞ。」
黒尽くめの運転手は、仲間の船が待つポイントに急行するためにアクセルを踏み込む。
背後からパトカー数台がサイレンを鳴らしながら追ってくる。
「しつこい、黙らせろ。」
運転手の言葉を聞いた助手席の犯人は、窓から体を乗り出すと分隊支援火器【AR70 LMG】をパトカーに向けて撃つ。
破砕音にも似た、射撃音が横から聞こえるなか、運転手は運転を続ける。
しかし、次の瞬間…… 破砕音が止む。
「何をしている! 撃ち続けろ…… よ?」
さっきまで、助手席に乗っていた仲間が突然、消え、慌てる運転手は思わずサイドミラーを見る。
すると、路上を転がる仲間だったものをパトカー達が大きく避けてさらに追ってくる。
恐怖と焦燥感に駆られた運転手がさらにアクセルを踏み込んだのと同時に、左前方のタイヤに衝撃が加えられパンクする。
そして、バランスを崩された現金輸送車は横倒しになり、甲高い音を立てながら減速していき止まる。
そこにパトカー達が追いつき、運転手は捕まる。
――――――
「これで全員だと良いのだけれど。」
作戦の開始からずっと伏射の体勢でいた玲香は立ち上がり、体を伸ばすように動かす。
「ナイスショット、玲香ちゃん♪」
インカム越しに茅花から激励される。
「茅花、それに瑠璃、犯人が車で逃走したとき追いかける気がなかったわね?」
玲香は平静を装い、分かりきったことを2人に尋ねる。
「だって、玲香ちゃんの射程内だったし。」
「そうね、玲香さんのことを信用していたから。」
2人はお気楽な返事を返す。
「まったく…… とにかくお疲れ様。」
玲香は大きく溜め息をつく。
「そうだ! 瑠璃さん、今日、お泊まり会しよう♪」
茅花は思い付くままに提案する。
「良いよ、どこでするの?」
突然の誘いに瑠璃も、快く了承する。
「やった、場所は玲香ちゃんの家。」
茅花はなんの迷いもなく、即答する。
「へっぇ!?…… まったく……」
百発百中のスナイパーは情けない声で驚いたあと、拒否するだけ無駄だろうと何も言わない。