6話
宮之城玲香は待っている。
作戦の準備が整うその時を、淡々と。
高層ビルの屋上には真夏の暑い日光が降り注いでいるが、玲香の集中力には何等、影響を与えていない。
今、玲香が放っている気迫な雰囲気は、3Dプリンターで印刷されたような端整な顔立ちと長い黒髪が特徴の彼女が纏っている硬質さを倍増させている。
「玲香ちゃん、私と瑠璃さんの準備は出来たよ。」
玲香が装着しているインカムに、明るい少女の声で突入の準備が完了したことが伝えられる。
「分かったわ、茅花。じゃあ、私の合図で作戦開始。」
通信に応えた玲香は伏射の体勢になり、狙撃銃【レミントン MSR】のスコープ越しに約1.2km先の銀行の屋上に視線を向ける。
玲香の視線の先には、目だし帽を被った男と女性の銀行員が屋上に立っている。
男が短機関銃【UZI】を突き付けている女性の身体にはIED(即席爆弾)が括り付けられている。
「今、助けてあげるからね。」
玲香はヒステリックを起こし、泣き叫ぶ女性の姿を見て呟く。
そして、深呼吸したあと、銃の引き金に右手の人指し指をかける。
男の行動と指先に全神経を集中させる。
「Three…… Two…… One…… 」
玲香がインカムに囁いた次の瞬間、一発の銃声が響き渡る。
玲香によって放たれた.338ラプアマグナム弾は見事に男の眉間を撃ち抜く。
そして、男だったものは、微動だにせず屋上の床に倒れる。
玲香の頭上、スレスレを1機のヘリが勢いよく通り過ぎていく。
揺らめく黒髪を左手で抑えつつ、玲香は次の標的を探す。
― ten minutes earlier ― 〈10分前〉
「応援の特殊部隊はたったこれだけですか?」
新米の男性刑事は思わず、目の前にいる部隊の人数を数え直す。
「そうだよ、新米。」
やれやれ、またか…… っと頭を掻きつつベテランの男性警部は続ける。
「この程度の立て籠り事件に寄越せる人員はこれくらいで、あとは【あの女の子達】と協力して事件を解決しろっていう上の判断なんだよ。」
嫌味たっぷりの台詞を漏らしながら警部は、目の前にいる3人の少女を見る。
「宮之城民間警備HDの情報分析官、宮之城玲香と申します。」
社交辞令程度に頭を下げる玲香の両サイドに立つ、2人の少女はプレートキャリアに短機関銃という軽装の出で立ちをしている。
「状況に変化は無いようですね。では、私達が陽動を担当し、特殊部隊が人質を救出する作戦でよろしいですね?」
玲香は手短に作戦を提案する。
「ああ、それで構わない。よろしく頼む。」
警部はシッシッ っと玲香達を邪見にする。
「では、よろしくお願いします。」
玲香達は踵を返し、待たせているヘリに乗り込む。
ヘリが飛び立ったのを確認した刑事が口を開く。
「銀行を警備していた請負人10人全員を倒した、クシャトリアのメンバーに対して5人の特殊部隊員と彼女達だけで大丈夫なんですかね?」
刑事は作戦本部から離れた場所にある、事件現場を見つめる。
「勉強不足にも程があるぞ。」
警部は怪訝な表情を見せる刑事に対して口調を強める。
「不服だが…… あまり、特殊部隊が活躍することはないぞ。」