4話
梓がゆっくりと目を開け、発砲音がした方向を見るとユリカが【グロック36】を少年に向けていた。
「……」
梓が少年を再度見ると .45ACPのホローポイント弾を3発受けた少年だった物が横たわっている。
弾丸をくらった物の損傷は激しい。
サブマシンガン【Vz61 スコーピオン】を握っていた右手は辛うじて右腕と繋がっており、心臓付近には穴が空いていておびただしい量の血が吹き出している。
そして、眉間(脳幹)を狙って撃った弾丸が逸れて右目が酷く損傷している。
「ハァっ…… ハァっ、ハっ」
梓は目の前の惨状に呼吸が乱れる。
早くなる心臓の鼓動に呼応するかのように、走り去る男を狙撃した時の記憶が梓の意思を無視して蘇る。
「ハァ、ハァ…… う、うっん!?」
吐き気に襲われた梓は口元を手で抑えて、自然農法の畑の左側を流れる川に走る。
「梓……」
走り去っていく梓を見て、少年を射殺してしまったこと、今回の依頼を無理に引き受けさせてしまったのではないのかと思い、ユリカは罪悪感を感じる。
その直後、銃声を聞いた黒人達が血相を変えて走ってくる。
「…… ハァ、ハァ」
河原で、梓は脱力してペタンと座り込んでしまっている。
梓の頭のなかで、ここ数日間の記憶が複雑に絡まり混乱している。
狙撃の依頼を受けようとした時、ユリカに念を押されたこと。
雑居ビル屋上の床からの照り返しの暑さ…… スコープの向こう側で転げ落ちた男の頭。
そして、祖母との電話…… 長谷川からの冷たい言葉。
「ヒャッ!?」
右頬に冷たさを感じた梓が振り返り、見上げるとクリスが瓶ボトルのコーラを差し出している。
「えっと…… クリスさんですよね?」
「ハイ、クリスで当たっていますよ。」
クリスが駆けつけてきたことに少し動揺する梓。
「アサギリさんは本部との連絡でごたついていて、代わりに梓さんの様子を見てきてって頼まれたんですよ。落ち着きましたか?」
「えぇ…… 何とか。」
梓はふらつきながらも立ち上がる。
「梓さんが、初めて直線戦闘の依頼をこなしたのが最近だってアサギリさんから聞きましたよ。梓さんの気持ち、オレにもよく分かります。」
「えっ?」
「オレ、アメリカと日本の米軍基地にしか配属されなくて、訓練で何万発も銃を撃ったけど、本気で人間に向けて撃った弾は10発もないですよ。」
「…… 意外ですね。」
「日本の基地に所属していた頃に、アサギリさんの護衛を任されて、遂行中にテロリスト4人に襲撃されて銃撃戦になりました。でも、オレの弾丸は1発も相手に当たりませんでした。いや、本気で当てようと思って撃ってなかった。
そうしている間にも、アサギリさんは2人も撃ってました。それから、増援が来て制圧することが出来ました。」
「ユリカさんってやっぱり凄いな……」
「ハイ。銃撃戦の後、アサギリさんに相手の命を躊躇いもなく奪うことは正しいのですかって聞いたら……
アサギリさんに『傷付くことを怖がらずに判断出来る決断力と、その決断を貫き通す意思の強さが正義なんだって私は思ってる…… 意思の継続は正義なり! なんってね♪
だから、クリス自身が考えて決めたことを大切にしたら良いんだよ。そう考えられたら、正義っていうやつも案外、単純でしょ!』って返されて正義には傷みが伴うことに気がつきました。」
「クリスさんありがとうございます。私もなんとなくだけど分かった気がする。」
クリスの励ましに梓は少し固い微笑みを返す。
「いいえ、オレのはアサギリさんの受け売りなんで大したことしてないよ。礼ならアサギリさん自身に伝えて下さいよ。」
クリスは笑顔を返す。
バタ、バタとプロペラが回る音が近付いてきて、木々が揺れる。
「Oh、流石はオスプレイ、到着が早いですね♪」
梓が頭上を見上げると、オスプレイのプロペラ部分が垂直になり河原の開けた場所に着陸準備を進めている。
「この機体って……」
梓はいきなり現れたオスプレイに驚く。
「あぁ、これはPSC部門の為に会社がアメリカ政府から買収した5機のうちの1機だよ。」
ユリカが応える。
「ユリカさん、逆に守ってもらってごめんなさい…… ありがとう。」
「ううん、こっちこそ無理させちゃったみたいでごめんね。無理しなくて良いんだよ。」
梓を軽く抱きしめ、頭を撫でるユリカ。
低い音を唸らせながら、オスプレイ後方のハッチが開くと、中から1台の宅急便の配送車が降りてくる。
配送車から業者の制服を来た男女3人がユリカの前に整列する。
「荷物を速達でお願いしたいんだけど、出来ますか?」
「はい!喜んで!」
3人はユリカの依頼に覇気のある返事をすると、配送車に再び乗りどこかに車を走らせていく。
「梓、せっかくだからオスプレイに乗って帰る?」
「えっ…… うん、乗る。」
「じゃあ、待ってて車持ってくるから。」
「ユリカさん、さっきの3人に何を頼んだの?」
「あぁ、少年を贈ってきてくれた方達にお返しを頼んだの。」
ユリカの口元は笑っているが瞳が笑ってない。