9話
足元だけが照明によってほのかに照らされた、ある実験室にボディースーツ【P.A.S.S.】を纏った少女が佇む。
黒色を基調にしているPASSは、少女のしなやかに鍛えたられた四肢と女性特有の膨らみをなぞるようにフィットしており、ボディーラインがさらに映える。
そして、目元を覆う、長方形の黒いゴーグル型のHUD<ヘッドアップディスプレイ>と少女自身の長い黒髪も相まって、ソリッドな雰囲気を漂わせている。
少女はこれからの実験に備えるかのように、深く呼吸をする。
【Start launch sequence.】 <起動シークエンスを開始。>
真黒なHUD上に、次々と表示されるテキストを、日本語による字幕が追いかける。
……
【Verify synchronization P.A.S.S. and HUD.】 <PASSとHUDの同期を確認。>
……
【Shock absorption rate requirements clear.】 <衝撃吸収の規定値をクリア。>
……
【Parts accessories joint condition.】 <各部、アクセサリージョイント異常なし。>
……
【Pilot, please register by the voice recognition】 <操縦者、音声認識によるユーザー登録をお願いします。>
「宮之城玲香。」
この計画の発案者であり、モニターも担当する玲香が短く答える。
バンッと照明がいきなり点灯し、施設内が明るくなる。
玲香はHUD越しに、背丈が180cmを優に超え、屈強な男性請負人5人を視認する。
ブザー音が実験開始を告げると、請負人のうちの一人が玲香に殴り掛かるが、
玲香はその一撃をひらりとかわし、相手の脇腹にめがけてキックを打ち込む。
すると、PASSの身体能力強化によって威力が増幅された一撃を食らった請負人が倒れる。
次に、請負人2人が手にしている警棒を同時に振りかざしてくる。
玲香は後方へと下がる形で一撃目、そして二撃目を悠々と回避した後、二撃目を繰り出した請負人から警棒を奪い、一人、また一人と制圧していく。
残る二人は、ゴム弾を発射する短機関銃<サブマシンガン>を装備している。
玲香がHUDの右上片隅に視線を移動すると半透明なカメラのアイコンが表示され、さらに、瞬きすると高いトーンの電子音が一瞬、聞こえる。
すると、HUDの演算処理能力が向上し、玲香が視認する世界の速度がとてつもなく遅くなる。
本来ならば、銃口から高速で放たれるゴム弾は、今の玲香には避けられるほどに遅く見えている。
そして、手にしている警棒で全弾を弾く。
現実離れした現状に、二人は、唖然としてしまう。
その隙に玲香は急接近し、警棒を一撃、また一撃と振りかざす。
大男5人を瞬く間に、制圧した玲香が残心を漂わせるなか、実験終了を知らせるブザーが鳴り響く。
― ― ― ― ― ―
実験を終えた玲香が、更衣室に隣接するシャワー室でシャワーを浴びるなか、茅花が忍び寄る。
玲香がシャワーを浴びたあとに、着替える私服を見て、呟く。
「はぁ~ このまえと同じ服で遊びにいくんだ…… これは、玲香ちゃんに新しいコーデを提案しないとね♪」
「茅花なの?」
「え、うん。タオル持ってきてあげたよ。」
「ありがとう、もう上がるわ。」
「了解。」
気配を察知された茅花は慌てて、取り繕う。
― ― ― ― ― ―
「映画館で映画を見るなんて、久しぶりだわ。」
淡い青色のYシャツに、白のカーゴパンツとシンプルで機能的な装いの玲香は腕時計を見て、時刻を確認している。
「そうだと思って、敢えて映画館にしたの。 瑠璃さんは何が見たい?」
ピンクのプリーツキュロットにノースリーブのブラウスを合わしている茅花は小動物的な愛らしさを放っている。
「予告がのどかな感じだった『こうこうぐらし』かな。」
デニムのショートパンツに白いタンクトップを合わせ、その上に夏物のベストを着ている瑠璃は、見た目とは打って変わってほのぼのとした作品のタイトルを挙げる。
「時間も近いし私もそれで良いわ。」
「私も賛成♪」
2人は瑠璃の意見に迎合する。
上映時間が迫り、劇場内への案内が始まり3人も案内の列に加わる。
案内の入口では、映画のチケットの確認だけではなく従業員達による手荷物検査が行われている。
そして、入口前には『劇場内の安全確保の為に、手荷物検査にご協力お願い致します。』と書かれた小さな案内板が設置されている。
「手荷物検査のほうをお願いします……」
快く協力する茅花が開ける鞄の中を見た従業員の表情が一瞬、固まる。
若い女の子の鞄の中に、拳銃が収まっているとは思いもしなかった従業員の反応も仕方がない。
「私…… いや、私達、請負人なんです。」
また、この反応か…… っと思いつつ茅花はよくあるポイントカード程の大きさの請負人登録証を提示する。
従業員は記載されている所属PSCの会社名が最大手であることに驚きつつも、協力した茅花に対してありがとうございますっと伝え、ふと視線を戻すと向かい側で更に驚きを隠せていない同僚の姿が見える。
向かい側の従業員が驚愕するのも無理はない。何故なら、請負人登録証を確認している相手がPSC最大手の社長令嬢、宮之城玲香であるからだ。
玲香は従業員の反応を全く気にすることなく、該当のスクリーンに足を進める。
そして、瑠璃も同じ手順を踏み、2人と合流する。
3人は左側に茅花、右側に瑠璃と玲香を真ん中に挟む形で、最後列の座席に座る。
そして、しばらくすると映画の本編が始まる。
物語が進むに連れて、3人の表情が強張っていく。
EDも終わり、劇場内が明るくなっていく。
「まさか、こんな内容だったんだ…… 」
茅花が一番に感想を告げる。
「嫌な汗をかいたわ…… でも、このギャップが面白かったわね。」
玲香は冷静さを取り繕う。
「…… …… …… ……」
瑠璃は意外な展開と恐怖に放心状態に陥っている。
映画館を後にした3人は、ショッピングモールを散策していく。
「THE 大和撫子っていう感じ♪」
「そうね、似合ってる。」
アパレルショップの更衣室から出てきた玲香は花浅葱色のシャツワンピースを着せられて、雰囲気が清楚な御嬢様に変貌している。
御嬢様はもじもじと、落ち着きがない。
「でも、こんな膝が出るような服を着て、出歩けないわ。」
「くっ、どんだけ可愛いの。というか、玲香ちゃん、学校のスカートと丈の長さはあんまり変わらないじゃん。」
似合いすぎる玲香に茅花は若干、嫉妬しながらもツッコミを入れる。
「あれは制服だから良いのよ。」
「出たよ、玲香ちゃんの屁理屈。それに、今日の午前中には、ご自慢のボディーラインを晒していたじゃん。」
「ご自慢じゃないし、晒してなんかいないわよ!」
玲香は即答すると、ピシッと勢い良く更衣室のカーテンを閉めて着替える。
「ルックスが良いぶん、ホントに勿体ないよね。」
「そうね。玲香さん、スタイルが良いから色んな服が似合うと思う。」
茅花と瑠璃は、わざと玲香に聞こえるように会話をする。
「私は、宮之城家の嬢なのよ。浮かれた格好は出来ないわ。」
いつものソリッドな社長令嬢に戻った玲香がキリッと応える。
「まあ、これもこれで玲香ちゃんらしくて良いけどね。」
茅花は自分自身に言い聞かせるように、応える。
アパレルショップを出て、暫く歩いていると玲香がブランドバックが陳列されたショーケースの前で立ち止まり、覗き込む。
「玲香さんもこういう物にも興味があるんだ。」
「違うんだよ、瑠璃さん、見ていて…… 」
「このショーケースは防弾かしら… それに、この商業施設、警備員と監視カメラの数が少ない気がするわね。会社に調べさせてみようかしら……」
ひな壇芸人のように、ズッコケる素振りを見せる2人。
「どうかしたの? 」
「はい、出ました。玲香ちゃんの職業病、警備体制の脆弱性を見つけちゃう病〜 」
「人を変な病気にしないでもらえる。 それに事実じゃない。」
「ゴメンって〜 玲香ちゃん、怒らないでよ。」
玲香、茅花、瑠璃の3人はお互いの顔を見合せると、ふと笑みがこぼれる。




