8話
「うん♪ ちょうど良い辛さ。」
Tシャツとショートパンツの上にエプロン姿の茅花はキッチンに立ち、夕食の支度をしている。
茅花お手製の麻婆豆腐は熱いマグマのように赤い。
ダイニングには熱いマグマのブクブクと煮立つ音とはほかに、カタカタとノートPCのキーボードを叩く音がしている。
「この匂いは、麻婆豆腐かしら?」
「そうだよ。暑いときこそ辛いものかな〜って思って。」
部屋の主である玲香は、ダイニングテーブルの椅子に座り今日の事件の報告書を作成している。
茅花と一緒に帰宅した直後から作業を始めた玲香は仕事着でもある、白に黒いラインが特徴のセーラー服姿のままである。
請負人として、玲香の護衛を担っている茅花は同じマンションの真上の部屋に住んでいる。
そして、不意の襲撃に備えて、双方の室内を貫通する形で設けられている隠し階段で行き来している。
襲撃への対策はそれだけではない。
防弾ガラスはもちろんのこと、双方の室内のいたるところに、近接戦闘<CQB>に適した短機関銃やら散弾銃などが隠されている。
因みに、玲香が座っている椅子の裏には、9ミリパラベラム弾を使用する
【SIG P220】が、台所に立つ茅花の足元の収納スペースには.45ACP弾を使用する短機関銃【HK UMP】が収まっている。
「玲香ちゃん。もう出来るから一旦、作業を止めて手伝ってよ。 瑠璃さんももう着くってメールが来てたし。」
「そうね、ちょうど一段落ついたところだし、手伝うわ。」
PCを閉じて、PC作業用に掛けていた黒いアンダーリムの眼鏡を外した玲香が席を立つと、タイミング良くインターホンが鳴る。
「瑠璃だと思うし、私が出るわ。」
「了解。」
玲香はインターホンのカメラ映像を覗く。
映像には、マンション1階のエントランスに立つ瑠璃が写し出されている。
「瑠璃、今、開けるわね。」
インターホン越しにありがとうと応えた瑠璃は開いた自動ドアを通ると、エレベーターに乗り9階のボタンを押す。
「いらっしゃい。」
「お邪魔します…… 玲香さん、これお土産。アイスだから冷蔵庫に入れといてくれる。」
瑠璃は手土産を玲香に渡し、靴を脱ぐ。
「ひゃー♪ ハーゲンダーツだ! 高いやつだ! ありがとう瑠璃さん♪」
神出鬼没並みに素早く玄関に現れた茅花は、人間には付いてはいない、見えない尻尾を振るように喜びを表す。
「辛っ!?…… うん? 後から来るこのコクと香り…… 美味しい。」
「茅花の麻婆豆腐はクセになるのよね。」
辛さに驚く瑠璃とは打って変わって、玲香は美味しそうに食べている。
「2人共、ありがとう。」
茅花は笑みを返し、夕食を頬張る。
3人が囲む、テーブルの上には夕食の他に3丁の仕事用兼護身用の拳銃が並んでいる。
茅花の弾速で威力を稼ぐタイプの9ミリパラベラム弾を使用する【PPQ M2】
瑠璃の弾頭の重さで威力を稼ぐ.45ACP弾を使用する【M&P 45】
玲香の9ミリパラベラム弾と.45ACP弾それぞれのメリットを合わせ持つ.40S&W弾を使用する【HK USP】が置かれている。
【PPQ M2】は、マニュアルセイフティが搭載されていないうえ、トリガーを僅かに戻すだけで次弾を発砲出来る攻撃的なハンドガンである。
【M&P 45】はポリマーフレームを多用した拳銃としては後発ではあるものの、現在では、法的機関や民間を中心に高い支持を得ているハンドガン。
そして、【HK USP】は、命中精度の高さと豊富なバリエーションがあることから、各国の特殊部隊が採用しているハンドガンである。
3人のハンドガンに共通しているのは、ポリマーフレームを多用することで、軽量化を図り、携行性を高めている点である。
「今日の一件についての話なのだけれど。」
玲香が話題を出すと、2人が玲香のほうを見る。
「銀行を警備していた請負人達が所属していたPSCについて調べてみたのだけれど、設立から5年も経ってもいない小さな会社だったわ。」
「なるほどね…… 警備コストをケチッた銀行にも問題があったのね。」
水を一口飲み、口のなかを冷した瑠璃が応える。
「そうね。クシャトリヤのメンバーが別段、強かったわけじゃないのよ。」
「…… …… 」
仕事の話を続けようとする玲香の視界に茅花の膨れっ面が見える。
玲香の代わりに茅花の口が開く。
「もう、玲香ちゃん! 食事中は仕事の話はしないって約束したでしょ。」
玲香はしまったっていう表情を見せる。
「そうだったわね、ごめんなさい。」
「ペナルティは忘れてないよね。」
「茅花と1回、遊びに行くことよね。」
茅花の膨れっ面がニヤリ顔に変わる。
「因みに今回は、瑠璃さんも一緒だからね♪」
「うん。私も明日なら予定、空いているわ。」
瑠璃はスマホでスケジュールを確認して応える。
「分かったわ。でも、その前に【P.A.S.S】のプロトタイプの確認に行ってもいいかしら。」
「う~ん、いいよ。というか、完成したんだSFスーツ。」
「SFスーツじゃないわよ。」
「え~ いかにもSF作品に出てきそうな見た目じゃん。」
「SFスーツ? PASS?」
瑠璃は二人のやり取りについていけず、はてなマークを浮かべる。
その姿を見た玲香が説明する。
「Personal Assault Support System 個人突撃用補助装置。わたしの会社の兵器開発部門が開発したパイロットスーツを応用し、兵士の能力を向上させる計画によって作られた装備よ。」
「なんか凄そうな兵器だね。」
「瑠璃さんも見に行く?」
「ええ、行くわ。」
『お分かり頂けだろうか…… 画面右奥に写る少女の霊に……』
入浴後、パジャマ姿に着替えた茅花と瑠璃はアイスを食べながら、心霊現象のDVDを見ている。
茅花は良く出来ているな〜っと、捏造前提で楽しんでいるが……
瑠璃はさっきから微動だに動かない。
「瑠璃…… さん?」
反応の無い瑠璃の様子を見た茅花はニヤリと悪巧みを思い付く。
「ふぅ〜」
「ひぃィ!?」
瑠璃は耳元に、不意に風が吹き、ぞぞっぞとなり背筋が伸びる。
そして、逃げ出すように部屋から出ていく。
「もしかして、やり過ぎた?」
茅花は扉を見ながら、苦笑いを浮かべる。
「はぁ〜 怖かった。」
瑠璃は息を整えるために、何かを飲もうとダイニングルームに来る。
テーブルには未だに、セーラー服姿の玲香が寝ていて、ノートPCは開かれたままになっている。
「本社、警察、銀行、防衛省、国土交通省…… こんなに報告書と書類を作成しないといけないの」
各関係機関に提出しないといけない書類の多さに、瑠璃は驚く。
「玲香ちゃん、働き者だから出来ることは、出来るだけ早く終わらせるんだよね。」
いつの間にか現れた茅花は何処か物悲しそうに呟く。
「そうだよね。クールな見た目に反して玲香さんは常に本気の人だから。」
「もう…… 玲香ちゃん、風邪引いちゃうよ。」
そういって茅花は玲香にタオルケットを掛ける。
玲香の束の間の休息を邪魔しないように、2人は部屋を出る。




