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私の最高の世界を、君に

作者: 咲村雛乃

 人から見れば「おかしい」ことを「個性」だと言うことができるのは、限られた人間だけだ。なにかしら人より秀でたものを持っている人間だけが「おかしい」ことをしても許され、それを素晴らしい「個性」だと世間に認められる。しかし平凡な人間は違う。確かに度が過ぎた行為はどちらにも許されないが、犯罪に引っ掛かることのないようなものでも凡人がすれば白い目で見られてしまうことがあるのだ。

「綺麗な写真だね。これ、堀川さんが撮ったの?」

「うん、そうだよ」

 自分の撮った写真を褒められることは嬉しい。しかしいつも、ほんの少しの寂しさを感じてしまう。

「堀川さんの写真を見ると『世界ってこんなにも美しいものだったんだ』って改めて思っちゃう」

「そんな、言い過ぎだよ。でも、ありがとう」

「堀川さんの写真も凄いけどさ、大崎くんの絵も凄いよね。知ってる? 彼、また金賞を貰ったんだって」

 その名前は私もよく知っている。彼の描く絵はその独特の世界観が高く評価され、あらゆる絵画コンクールで入賞を繰り返しているからだ。

「大崎くんの絵って普通じゃないよね。それが私は好きなんだけど」

「……私は、あまりそうは思わない、かな」

 何故か、胸がちくりと痛んだような気がした。


 カメラを手に取り放課後の廊下を歩く。新たな被写体を探してきょろきょろと目を動かしていた時、その絵が視界に飛び込んできた。

 空のような部分は黄色に塗られ、浮かぶ雲は紫色。一言で表せば「おかしい」世界。それでも目を離すことができず鼓動は高まるばかりで、訳もなく涙が溢れそうになってしまった。

「僕の絵、そんなに気に入ってくれた?」

 素直に肯定するのは悔しかった。しかし私の姿を見れば答えなど一目瞭然だろう。

「僕の絵見るの、いつ以来だっけ。最後の文化祭の時だから、中学三年の秋以来かな」

「違うよ」

 横目で窺うと、大崎くんは驚いたような表情を浮かべていた。それも不思議ではない。きっと彼の記憶に残っている私は、美術部員として絵を描いていた中学生の頃のままなのだから。

「大崎くんの絵は高校生になってからも見てたよ。どうしても、目に入ってきちゃうから」

「あんなに僕の絵を嫌ってたのに」

「そうだよ。今でも嫌い。こんなに現実離れした変な絵なのに、皆に受け入れて貰えるなんて」

 私もかつては自分の世界をキャンバスに描きたいと思っていた。しかしいくら描いてもぐちゃぐちゃな私の世界は「おかしい」もので、目を向ける人など誰一人としていなかった。

「私には、大崎くんみたいな才能はない。だからおかしい絵を描いても、個性にはならないんだよ」

「変とかおかしいとか、そんなの誰にも決められないだろ」

 それは才能に恵まれているからこそ言える言葉だ。私のような凡人には、そんな余裕もない。

「自分がそれを最高だと感じたから描きたくなるんだ。それがおかしいはずがない。堀川さんだって、綺麗だと感じるからシャッターを切るんだろ」

「自然の風景はぐちゃぐちゃになんかならないよ。いつでも綺麗だもの」

 元から綺麗なものの一部分を切り取るだけなら誰でもできる。それは「おかしい」ものにもなり得ない。

「違う。堀川さんが綺麗だと思うからこそ、堀川さんの手でさらに綺麗になるんだよ」

 そんな言葉はただの慰めに過ぎないとわかっていた。けれど私は、心の底から嬉しいと感じていた。

「……大崎くんは、そう思っていつも絵を描いているの?」

「僕は、自分が最高だと思うものを思うままに描いてるだけ。それをおかしいとも変だとも思わない」

 真っ直ぐな瞳で言い放つ彼が羨ましい。彼にはそれを言えるだけの技術と才能がある。

「堀川さんもそうだったんじゃないのかな」

「そんなこと……」

「あの時の堀川さんの絵は、確かに輝いてたよ」

 ようやく止まりかけていた涙がまた溢れ出す。いくら否定して目を背けていても心はずっと望んでいたのかもしれない。誰かがこの言葉を言ってくれることを。

「……また、描きたいな」

 自然と口をついて出た言葉。大崎くんがそっと微笑んで頷いてくれたのが、ぼやけた視界でうっすらと見えた。


 二年ぶりに握った絵筆は思ったように動かず、キャンバスも心なしか大きく見える。変に緊張している私を見て、隣の彼は面白そうに笑った。

 あれから私は考えた。私には最高の絵でも、万人にそうとは限らない。才能のある人は受け入れて貰えることも多いけれど、全員が肯定するということは決してないのだ。それが当然であり普通のこと。それでも自分の最高の世界を表現したいと思うから、画家は描き続け、写真家はシャッターを切り続ける。

 私は批判を怖がると同時に、自分の世界を描きたいという気持ちを無意識に抑えてきたのかもしれない。いつしか描きたいものを描くことをやめ、そうして自分で自分の作品を「おかしい」と決め付けるようになっていった。だからもう一度、初めて絵を描いた時のようなまっさらな気持ちで向き合いたかったのだ。

「堀川さんは何を描くつもりなの?」

「私が、この世界で一番綺麗だと思うもの、だよ」

 ぐちゃぐちゃでも変でも構わない。私が最高だと認めてあげられたなら世界はおのずと輝きだすのだから。

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