第2話 ターゲット
【監禁当日】
絶好の監禁日和の下、シンクは人ひとり詰め込めるのでは? というような巨大ボストンバッグを片手に――《少年》ではなく《少女》の姿で――目的地に向かっていた。
本日のファッションはピンクのロングカーディガンにピンクのティアードスカート、ピンクのショートブーツにピンクの手袋とピンク尽くし。自分でもあざといなと思う本日のコーディネートは……とある男子を魅了する武器として活躍する予定だ。
『それじゃー、あんたの拉致監禁プランを聞かせて貰おうじゃないのよ。ズバリ、監禁のターゲットはだ~れ?』
「メルヴィナ=バリスター」
『ほほー、中学の同級生を拉致って監禁しちゃうってかー。あんた中々肝っ玉が据わっているわねー。面白くなってキタキタキタキタ――――――――ッ!!』
「テンション高ェ。高低さあり過ぎて耳ジーンなるわ」
頭の中が騒がしい。
手で耳を塞ぐという行為に意味はないのだ。
『その心は? 振られた腹いせ?』
「実はまだ引きずっているんだよねー(ウソ)。見た目が超タイプ(マジ)」
『好きだった女子を監禁しちゃの? それって矛盾してない?』
「好きな女子にはついイタズラをしちゃうガキ心理をお分かりでない? メルヴィナちゃんをイジめてハスハスしたいのよ」
『うわぁ~、ゲスい! 流石サーカス団の倅、凶悪犯罪の臭いがプンプンしてやがるぜ……』
どうもアルファという幽霊は、現在のシンクを男として扱っている節がある。確かに男性思考的なのは否定できないが、現在のシンクは誰がどう見ても絶世の美少女だ。
少しは女として丁重に扱ってくれてもいいと、シンクは不満に思う。
「あのな! お前にドン引きされる謂れないからな!」
『そうだよねぇ……どうせなら楽しまなきゃねぇ……』
「引くな引くな。置いてくぞ? 付いて来い付いて来い。一人で何処までも突っ走っちゃうぞォ~~い!」
とち狂ったように突っ走るシンクだった。
メルヴィナ=バリスターをターゲットに選抜したのには理由がある。
理由と言う名の実験。実験結果の発表は監禁の最後に。
『ねぇ、何処に向かってんの?』
走り疲れて歩き始めたシンクに、幽霊が問い掛ける。
「メルヴィナちゃんを拉致るには、まず家から引っ張り出さないといけないだろ? しかし、家に居ないかもしれないし、何処に居るかもわからない」
そもそも準備期間が短過ぎる。昨日の今日で監禁事件を決行しようという意欲と根性とその例は中々ないだろう。行き当たりばったりにも程がある。
『メールで呼び出せばいいじゃん。てか、質問に答えてよ』
「メアドとか知らないし、知っていたとしてもシンクローゼ=ウィズニーとして呼び出す事になるだろ? それは無理。第一、振った男子の呼び出しに応じるメルヴィナちゃんじゃないよ。彼女はビッチじゃない」
『公衆電話を活用すれば解決する悩みじゃん』
「見ず知らずのヤロウ及びアマの呼び出しに応じるメルヴィナちゃんじゃないよ。彼女は痴女じゃない」
『それも……そうね。応じたら痴ビっちゃん確定しちゃう』
「そこで、まず篭絡すべきはキーファ=オルグレンだと俺は踏んだ」
キーファ=オルグレン。彼もまたシンクの中学の同級生だ。
『どーゆーこと?』
「メルヴィナちゃんに告白すんじゃん。振られんじゃん。他に好きな奴いんのか聞くじゃん。キーファ=オルグレンって返されんじゃん。なぜか俺がその仲立ち役を買って出んじゃん。そいつのメアドを教えてあげんじゃん。俺スゲー良い奴じゃん。枕濡らしたじゃん」
『好きな人に呼び出されたメルヴィナは必ずそれに応じる……そして、あんたとキーファはお友達!」
「お友達じゃねー。いけ好かないクラスメイトだっつの。メルヴィナちゃんの口からあいつの名前が出た時、正直、殺意沸いたよねー。メアドなんて教えた後、即行で消したから!」
キーファとの付き合いは浅く短かったが、戦友として鮮烈に記憶に焼き付いている。
あの壮絶な過去を経験した同士であり、心に同じ痛みを負った同士であり、敵同士でもある彼は、ある意味シンクの人生を語る上で割と重要人物なのかもしれない。彼をこの事件に巻き込もうとしているのがそれを裏付けている。そんな彼との関係性に終止符を打つ事で中学校生活を吹っ切る……キーファは、シンクが高校生活に新たな弾みを付けるための生贄――その恰好の標的とされた。
『じゃー、結局呼び出せないじゃん』
「だから……シンクローゼ=ウィズニーはこの監禁事件に一切登場しないの。いいか? 正解は恋文だ」
『ああ……それで真夜中の散歩に繋がる訳ね』
シンクは昨夜、わざわざオルグレン宅まで出向いて、ラブレターをポストに入れておいたのだ。
「キーファは大の面食い女好きの糞畜生。究極の美とテクを併せ持つ俺様が逆ナンしてやれば、食い付くこと間違いなしなのさ。向かう先はオルグレン家!」
『レッツゴー』
閑静な住宅街。その一角に、煌びやかな高級感を醸し出す住居がある。
黒光るオルグレンの表札。
標的を目の前に、シンクは立ち竦んでいた。
雄大な佇まいに見惚れている訳ではない。
これから始まる監禁ショーに備え、心臓の音を落ち着かせているのだ。
「すぅ~~~~、はぁ~~~~」
清涼な酸素を取り込み、肺全体に循環させ、汚れた二酸化炭素を吐き出す。
「大丈夫。私は可愛い、美しい。世の男は私の虜。瞳で恋に落とせる、フォーリンラブ」
自己暗示のように繰り返し都度に唱える。
『聞きそびれちゃったけど、既に二人が付き合っていたらどうすんのよ』
「それなら何かと託けて彼女さんを呼び出せるってもんだろ? 俺の描いたシナリオは、付き合っていても良し、付き合っていなければ尚良しだ」
決心してインターホンを鳴らす。
金持ち特有の音色。
待っていましたと言わんばかりに、直ぐドアが開いた。
「ワオ、びっくりしたよ! まさかとは思っていたけど、本当に来てくれるなんて……更にウィズがこんなにお美しいお嬢ちゃんだったなんて、夢にも思わなかったよ!」、
『うはっ、強烈……!』
アルファが思わず口を覆ってしまうのも無理はない。
ワックスで髪をベトベトにした野郎が、首や腕に束ねたアクセサリーをジャラジャラと奏でて出て来たのだ。悲しい事に、そいつはキーファ=オルグレンに相違なかった。
(アルファ、俺がプロ根性ってヤツを見せてやるよ)
一瞬にして、シンクの顔に満点の笑みが花開く。
「はぁい、キーファ! いえ、初めましてになるのかしら~。ラブレターを読んでくれたのね、とっても嬉しいわ!」
この溌剌とした応対にはアルファも拍手喝采だ。
『ブラボー。よくできましたー』
一方キーファは、明らかに興奮状態にあった。
「いや、もう最高だったよ! 君の気持ちはどストレートに俺のハートを打ち抜いた! 手紙の送り主がどんな見てくれをしていようとも、この愛のプロポーズだけは受け取ろうと心に決めていたんだよ!」
『ていうか、何で洋画吹き替え風?』
その疑問は、シンク自身も疑問だ。
しかし、やらねばならない時がある。それが今!
「これが運命なの!? ウソっ、信じられない! ねぇ、逆に信じられる!?」
「おい、待ってくれ……こっちの方が、信じ、られ、ない……OK?」
「オーマイゴット!」
「イエーッ! ファッキンイエーッ!」
『一体どんなラブレターを書いたのよ……』
ハイタッチを交わし、家に招かれたシンクは、出会って一分足らずでキーファの(偽りの)彼女となる事に成功した。
計画は淀みなく進行する。
続いても難所だが、このチョロ男相手なら楽勝だろう。
どうやらこの家には応接間という庶民にはあまり馴染みのないフロアがあるらしい。大理石のリビングも然る事ながら、金持ちのお坊ちゃんは貴族の暮らしを無条件で堪能できるようだ。羨ましい、あー羨ましい。そして金持ちのお坊ちゃんは、やれキッチンが凄いだ、やれジャグジーが設置されているだ、やれ地下に秘密基地があるだ、自慢話が好きで好きで止まらない。かったるいったらかったるい。
そんなこんなで家中を案内され、落ち着いた先がふかふかソファーの応接間。
「悪い、ウィズ。もう一度言ってくれないか? どうやら俺の耳は壊疽しちまったらしい」
「いいえ、キーファ。あなたの耳は至って正常よ。私は電話帳のロックを解除しろと命令したの」
キーファのスマホは、既にシンクの手中にある。
『もうずっとそのテンションで行くのね』
アルファの眼差しは《温かく見守るモード》に切り替わっていた。
「おい、待ってくれ! ウェイトだ、ウィズ! 少し考える時間をくれ!」
「お安い御用じゃないの? 彼女に秘め事は良くないわ。全てドバっとさらけ出しちゃいなさいよ」
キーファの主張は右から左。絶世の美少女は、相手が男ならいかなる場合でも強気に出れ、揚句、大抵その主張が罷り通ってしまうという検証データをシンクは握っていた。
「それとこれとは話が別だ。いいかい、良く聞いてくれ。マスタードソースとからしマヨネーズが違うように、」
「一発やらしてあげるから解除して」
加えて、シンクは魔法の呪文を知っていた。
「OKだ。俺の根負けだ。持ってけ泥棒子猫ちゃん」
『こいつ確実に童貞よね』
アルファは汚物でも見る目で一刀両断すると、今度はその目をシンクに流した。
『で、ここからどうやってメルヴィナを監禁する流れに持って行くわけ?』
「……」
幽霊とは、心の声で意思疎通が図れるほど便益な存在ではない。従って、この場で返答すればキーファに独り言と処理され、おかしな目で見られること請け合いだ。
《今何してんの?》
このタイミングでメルヴィナにメールを送る事で、アルファの疑問は晴れるのだ。
『堂々とメールで呼び出すのね』
シンクの意図、思いは伝わった。
「暫くスマホ(これ)借りるわね?」
シンクの真顔は有無を言わさない。
しかし、キーファは顔を渋った。
「それはちょっと……」
「おっぱい!」
「おっけい!」
『この男がチェリー君で良かったわね』
最高の選出に疑いの余地なしと、この時シンクは報告書を纏めた。