表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

第13話 ファントム

 シンクの意識を、自らの手を汚してまで引き取ったのには明確な理由があった。

 一つは、シンクに胸の大きさを間接的に揶揄されたから。

 そしてもう一つは――ただならぬ敵意に背中を焦がされていたからだ。

 振り向くと、若いカップルの影が直ぐそこまで迫って来ていた。

 女性の影が意気揚々と口にする。


「これはこれは、慈善活動を大義名分に違法売買で生計を立てている屑の方ではあーりませんか! 陰で世間を裏切っているアンチヒーローは、さながら公約を反故にする政治家っすねー」


 二人は、(かが)むイオンの眼前にそびえ立つ。

 高低差が顕著の凸凹カップル……コンビだ。

 凹担当のガキっぽい女性は嫌悪感を剥き出しにして、イオンを見下している。


「さてさて、どんな処分がお望みですかぁ? ご要望がおありならばお聞きに入れましょう、屑の方!」

「……」


 イオンは本能的に、シンクを庇うような体勢を取っていた。

 彼らはファントム。ファントムとは、簡潔に言えば『零番目の使徒(ゼロスセンサー)で構成された警察のような組織』である。警察の特殊部隊などではなく、完全に独立した一個の組織体制で機能している。主に悪魔退治や精神病質者(サイコパス)捕縛に奔走する。

 敵味方で言えば、味方だろう。ファントムは人類のヒーローだ。しかし、それはあくまで悪魔という共通の敵を前にした時だけであり、イオン達とは本来、衝突が絶えない関係である。

 その主な原因がゴースト。

 ゴーストを巡る争いがここに始まろうとしていた。


「息巻くな、レイン。対話で解決できるものもできないだろ」


 そう宥めた凸担当の男性も、サングラスの下の冷酷な眼はイオンを見下ろしている。


「話し合いで解決できないから息巻いているんですよー? ローグには言っても無駄だからローグって言われているんですよー?」


 ファントムに所属せず悪魔退治を働く輩、及び類する連中はローグとファントムから揶揄されている。


「言うだけ言おう。言うのは無料だ。それに、力ずくで奪うというやり方は俺の主義に反する。それからレイン、ファントムのイメージ悪化に繋がる言動は慎めよ。耳触りだ」

「へーへー。じゃ、お好きになさってくだせーな、ミスト先輩」


 ミストと呼ばれた男性は、地面に腰を落としているイオンに手を差し伸べた。


「多くは言わん。捕らえたゴーストをこっちに寄越せ」


 その表情は、拒否権を行使させない凄惨な迫力を帯びている。

 拒絶すれば、身の保証はない。

 だがイオンは、そんな彼から目を離すまいと、真っ向から立ち向かう。


「確かに悪魔を退治したのは、この私。けど、生憎とゴーストボールは携帯していなかったから、お目当てのゴーストは成仏したわよ」

「寄越せ」

「……」


 ミストは確信しているようだ。

 イオンがゴーストを捕らえている事を。イオンが虚言を吐いている事を。

 イオンは悟った。直ぐ明らかになる嘘や誤魔化しは、無意味かつ逆効果である。

 鞄からゴーストボールを取り出す。と、必然、レインが調子付いた。


「もう信用ならねーっすわ、このビッチ! 嘘つきは屑の始まりっつって!」

「対話で解決できたんだ。まだ物わかりが良い部類。大目に見てやれ」


 イオンは敗北を認めたわけではない。

 戦いの幕は、ゴーストボールの提示より切って落とされる。


「嘘は止めて、真実を見せただけよ。誰もあげるとは言ってない」

「なんだと?」


 ミストの険悪な顔付きに磨きが掛かる。


「面白くなってまいりましたー」


 そう無気力に唱えるレインは、全身に零気を驚くほど充満させていた。

 燃焼丸(コンバッション)によって完全燃焼を終えたイオンは、もはや立ち向かう体力などない。悪魔以外には零式が使えない以前に、気力だけで一杯一杯だ。現在のイオンにできること……それは対話と、細やかな反抗態度のみであった。


「惜しいな。対話で解決できるものと楽観していたんだが」


 ミストは差し伸べていた手を硬く握り、零気を解放して威圧する。


「寧ろ、私が望んでいるのは対話よ?」


 イオンは害意を一切示さずに立ち上がった。

 一切の零気も纏っていないのが本心の証明である。


「対話だぁ? 駄々の間違いだろぉ?」

「待て」


 と、ミスト。片手でレインを制す。


「なぜ命令に従えない? 自分が何をしているかの理解はあるか?」

「ええ、良く理解した上で従わないの」


 イオンの毅然とした態度には、物怖じ一つ感じられない。

 その芯の強さを見定めるかのように、ミストは眉根を寄せて顔を難解に歪めた。


「そんなに金が欲しいか? 精神病質者(サイコパス)、延いては人魂を食いし者(ソウルイーター)の生産に繋がると知って尚、お前は私利私欲に走るというんだな?」


 返答次第によっては――そんな緊迫した空気が張り詰めている。


「お金は勿論必要だけど、異常者の生産に繋がるという見方は間違い。ちゃんと予防策を実践すれば異常者にならない」

「現実問題、それが深刻と化しているから言っているんだ。綺麗事をほざくな」

「おい、屑の方! 悪人生産者のレッテル貼り付けて署に連行すっぞ?」

「……」


 それは正論。反論の余地が無い程に。

 綺麗事では片付けられない、遺憾ともし難い現実がある。


「これきり言わんぞ。寄越せ」

「……」


 彼等は正しい。これは紛う事なき事実。この一個のゴーストで、何人分の不幸が(もたら)されるか、想像が付かない訳がない。私利私欲のためにそれらを犠牲にしては、まさに人類の敵だ。それは自己が嫌悪する悪魔に比類する。

 よって、イオンは英断を下した。

 ゴーストボールを開け、中身を解放し、それを炎神(アグニ)で焼き尽くすという英断を。


「なッ!?」

「嘘っしょ!?」


 その栄えある行為に、ミストとレインは頭の中を真っ白にする。

 跡形も無く消えて無くなったゴースト。

 これで良かった。これがただ一つの正解なのだ。


「これで満足?」


 仕返しと言わんばかりに、イオンはニヤけた。

 彼女に待ち受けるは、想像通りの展開。

 手始めに、レインが憤る。


「満足な訳ないっしょ! 命令はゴーストの譲渡! 誰が焼き尽くせっつたよ、屑!」

「私は欲を捨てたの。なら、あなた達も欲を捨てなければならない。これは双方の妥協点としていずれ出る結論では? 不満があっても、それを私に押し付けないで」

「この屑……ファントムを舐め腐ってからに……」


 ミストも、レインと全く同じ心情にあったようで、


「狂気の選択だな。とても理解できない。なぜ頑なにゴーストの譲渡を拒む? ファントムは悪の敵対組織であり、人類の味方だ。なぜ信用できない? お前等のようにゴーストで悪人を生産するような真似は決してしない……侮辱行為と知っての謀反だろうな?」

「じゃあ聞くけど、仮に私が譲渡したゴーストは、その後どうなるの?」

「上が管理している事だ。知らん」

「その上――政府のトップ? が、信用ならない。何かに悪用していそうで恐ろしい。姉の推測だけど……。だから、ローグなんて輩が現れるのよ。ローグが皆、政府に不審を抱いているのかはわからないけれど、少なくないと思うわ」

「政府が何するって? 物騒なデタラメ言ってんじゃねーぞ、おい屑!」


 レインは闘志を剥き出しにしている。今にもイノシシの如く飛び掛かって来そうな凄みだ。

 一方でミストは、意外にも冷静にイオンを見つめていた。


「……お前、もうファントムアカデミーに入学していなきゃならん世代だろ」


 ファントムアカデミーとは、次世代のファントムを輩出する三年制の養成機構である。入学資格は満十五歳以上。ファントムアカデミーを卒業しなければ、ファントムに所属できない。ファントムアカデミーの教職員含め生徒全員が零番目の使徒(ゼロスセンサー)である。


「在籍していないという事は、お前は生涯をそんな生活で終える気なんだな?」

「アカデミーは十五歳から入学できるというだけで、別に二十歳からでもファントムは目指せるわ。今は……そう、一般の高校生活を謳歌したいの」


 チラリと、ミストのサングラスの下の黒目が、イオンの背後でスヤスヤと寝ているシンクに向く。


「いつかはファントムに所属し……そしてどうする? ファントムの仕事の一つにゴーストの回収があるんだがな。金が要るなら、それはまたとないボーナスが支給される」

「……」


 ファントムに入りたいという気持ちは、現在のところ少しもない。

 一つ言える事は、イオンの姉サーキュリはファントム脱退の経歴を持っている。 そこから導き出される答えを、イオンは知っている。


「まあ、もうそんな事はいいじゃないっすかー。この屑には見合った厳罰を下して、あたしらの仕事は仕舞いっすよ。ぶん殴ってやりたい気持ちは山々だけんど、もう争う必要は消えて無くなったから、」


 その言葉とは真逆に、レインの目はイオンを殺そう躍起になっている。


「それもそうだ。ゴーストは消滅……そして、ゴーストの罪は重い」


 ミストは特別性の手錠を取り出すと、敵意を剥き出しに、有無を言わさぬ確認を取る。


「署まで連行するが、異存はないな?」


(年貢の納め時ね……)


 いや、まだだ。活路はまだ残されている。

 それにイオンが気付いた時、無意識的に口からその名前が生まれていた。


「私の姉はサーキュリ=マスタステートです」

「……」


 瞬く間に蒼ざめていくミスト。

 それを心配そうに眺めるレイン。


「どったのぉ、ミストぉ?」


 ミストは白骨化したような表情をイオンから背け、来た道を引き返し始めた。


「帰るぞ、レイン」

「ぎょえっ!?」


 仔犬のようにピョンピョン跳ねて、後輩は先輩の後を追う。


「バックがやば過ぎる」

「何々、どういうこっと?」

「狂気の天才サディスト……アカデミーを僅か一年で卒業した後輩の二つ名だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ