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第12話 憎しみの根源

「おかしいな。人っ子一人いやしねぇ……」


 カツ、カツ、カツ……人間が奏でる死の旋律が悪魔に歩み寄る。

 見れば、見晴らしの良い世界で一人、銀髪の女がこっちに向かって来ていた。


「シンクが時間を稼いでくれたから、避難は余す事なく済んだわ」


(何だあの煙……蒸気?)


 彼女の全身から、零気ではない何かが揺らいで見えた。いや、それよりも、彼女から発散されるどす黒い殺気に、本能的に委縮してしまっている自分に悪魔は愕然とした。

 目を合わせただけで、悪魔は死を宣告された気分に貶められた。

 全身の間欠泉から汗が泉の如く噴き出す。

 痙攣(けいれん)したかのように、足腰の震えが止まらない。


「ハァハァハァハァ……」


 いつしか生存を懸けて、必死に呼吸していた。


(バカな……この俺様が圧倒的弱者に成り下がってるだと? この人間は一体……)


 少女は手を前にかざした。


「絶望して逝って」


 そこから発生した業火は、悪魔のキャパシティーを絶する熱量の高波。


「でかっ!?」


死への恐怖を、その後に控える地獄の絶望が凌駕して体が動いた。しかし――


「はやっ!?」


 ――避けた先に、もう人間はいた。

 生きる道など始めから残されていなかった。

 腹部に鉄球クレーンのような一撃が放り込まれ、悪魔は遥か彼方へと飛ばされる。

 呼吸困難に陥る程の衝撃に大剣は手から離れ、それは人間の手に渡る事となった。


「二式、炎神(アグニ)


 悪魔は耳を疑った。単純な炎攻撃なのに違いはないが、まさに術のLVが違うのだ。内心詠唱――詠唱破棄の術の規模ではない。 

 悪魔は苦痛に悶えながら、顔を見上げた。

 銀髪の女の全身からは、やかんから噴き出す程の勢いで蒸気が上がっている。滝のような汗を流している。その情報より、恐らく秘薬によって力の底上げを図っているのだと悪魔は至った。なら、そこに勝機がある。

 人間はゆっくりと、剣先を地面に引きずりながら近付いて来る。

 アスファルトを引っ掻く不快な音が悪魔の生気を奪っていく。


燃焼丸(コンバッション)と炎系の術は、恐ろしく相性がいいの。飛躍的に火力を高めてくれるのよ。シンクに言わせれば、『サキュの科学力に感謝』ね」


 などと人間はよくわからない事をほざいている。


(良く喋る……このまま喋らせておけば俺様の勝ちだな)


 時間を稼げば、いつか秘薬の効果が切れる。その瞬間が好機だ。


「へー、そのサキュってどんな――」

三式(みしき)


 悪魔の足元に、直径十メートル大の円陣が出現。


「――ん?」

大噴火(ヴァルガン)


 人間がファックサインを示すと、円陣から爆発的に数十メートル上空まで火柱が駆け昇った。

 まさに火山の噴火を思わせるスケールに、爆心地一帯の景色は紅に染め上がり、肌を焦がさんとする熱風が吹き荒れる。


「ひゃああああああああああああああああああああああ!」


 地獄の絶望が控えている? とんでもなかった。

 この瞬間こそが悪魔にとって生き地獄だ。


「そうよ。この状態にはタイムリミットがあるの。あと一分もないんじゃない? あなたの寿命」


 ジュー、と悪魔から肉汁が沸き立つ。悪臭が自身の鼻を突く。

 うっかり焦がしてしまった焼肉のような、醜く情けない有り様。

 悪魔は灼熱の苦しみから解放された。待ち受けるのは死への恐怖のみ。


「ふ、人間がいないと何もできないのね」


 カツ、カツ、カツ……人間の足音が直ぐそこまで迫っている。


「や、め、て、くれ……」


 涙が、最後の水分が、悪魔の頬を伝う。


「哀れ。人間を糧としなければ生存競争に勝ち残れない……まさに悪魔を象徴とする悪魔の代表格よ、あなた。心置きなく殺せる」

「もう、人間は、食べない……殺さない、と、誓う……」


 カツ、カツ……カツ。

 人間の足音が止んだ。


「だから、助け――」


 スパッ。


「――て」


 トス。

 悪魔の号泣した表情が、虚しく胴体の横に転がる。

 怨恨や憎悪など微塵もない、絶望にのみ侵された死に顔。

 無様だが、何処か感慨に浸らせる最期だった。


「惨めな最期。悪魔には相応しいわね。だけど……」


 死んだ悪魔の肉体から、燃え上がるオーロラのような輝きを放つ命の火が浮上する。

 それは握り拳大の幻想的な美しい色彩の融合体。

 悪魔から生まれたとは思えない神秘的ものを宿している。


「死んだあなたは魅惑的だわ」


 イオンは、ポケットからモンスターボールを模したカプセルを取り出す。中心のボタンを押すとカプセルはパカと開き、悪魔の魂(ゴースト)がそれに吸い込まれていった。

 ゴーストボール。通常一分で成仏するゴーストが、その中では半永久的に保存される。


 二年前、イオンの目の前で両親が惨殺された。犯人は悪魔だった。イオンは悪魔を強く憎んだ。凄く恨んだ。イオンが悪魔の死滅を思う気持ち、それに懸ける情熱は、彼女が望んだ零式の適性を可とし、僅か一日、レベル4、対悪魔専用精神形態(バーサスデビルデティケイテッド)が生まれた。

 イオンはメモリの殆どを、対悪魔専用に費やしたのだ。

 この零式は、悪魔を零感知した時のみ発動できる。

 自分の精神状態を操作して、選んだ精神形態で闘う。憎悪を糧としており、それぞれの精神状態で絶大な力が発揮できた。通常では有り得ないパワーアップ、レベル4としては破格の能力値上昇は、イオンの底知れない憎悪に起因する。その力は、対悪魔に関して無敵に近かった。

 各形態に一つ、特殊能力が備わっている。

 今回選択した殺意の精神状態と対になる精神形態〝アサシンモード〟には、肉体操作の能力。加えて、素早さの値が限界突破する。もっとも、今回の戦闘に前者のお披露目はなかったが。

 対悪魔専用精神形態(バーサスデビルデティケイテッド)の欠点は、操作した精神状態で戦闘に臨まなければならない点にある。殺意なら殺意を持って、狂気なら狂気を持って……。その精神状態時には冷静に感情を御しきれない点が、この零式のマイナス面ではあるが、元より悪魔は殺す気で戦闘に臨んでいるイオンにしてみれば何一つ不都合はなかった。

 悪魔を殺す過程などどうでもいい。そこにいる悪魔を殺せたら、他はどうでもいい――精神操作などしなくとも、イオンは悪魔に対して何処までも冷酷になれた。


「寝ているの?」


 仰向けに寝転んでいたシンクの顔に、イオンは太陽を遮るようにして自分の影を落とす。


「寝てません」


 シンクは薄く目を開けた。


「一歩も歩けないから横になっているだけです。だけど、もう寝そう……寝て起きたら、そこは俺の家だったって事も有り得ますか……?」

「悪魔と戦った勇敢な戦士として、警察が家まで届けてくれるかもね」

「じゃあさ、勇敢な少女としてなら、イオンが届けてくれますか……?」

「どうだろう」

「警察に見られたくない品々が……家には散乱しているから……」

「自業自得」


 シンクの瞼は今にも閉じそうで……しかし、その瞳はまだ確実にイオンを見ている。


「……俺が、間違ってた……悪魔は、地獄に葬り去らないと駄目だ。絶対に……見過ごす訳にはいかない……」

「うん」

「イオン……さっきはごめん……あと、絶対にZカップあるだろ……」

「おやすみなさい」


 バコッ。

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