第11話 幾式と零式
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「今回は幾式、零式について踏み込んでいくでしよ」
「教えて、エロい人」
「まず幾式でしが、まあ、ぶっちゃけ創作上の魔法に位置付けられるものでしよ」
「ぶっちゃけすぎじゃありません、エロい人?」
「創作物には往々に起源がありまし。君しゃんが一般人として慣れ親しんできた魔法や必殺技に当たる起源が、幾式であり、零式なんでし。悪魔の起源は言わずもがなでしよ」
「これは納得でしなー」
「魔法の発現に呪文が必要なように、幾式の発現にも同様の手順を踏みましよ。即ち、式の詠唱――詠唱式でしね。式を憶え、詠唱する。その手順を踏めば、零番目の使徒なら一様に幾式を発現できましよ。零番目の使徒については前に説明したでしよね?」
「零気を得た第零感の持ちの総称です!」
「式は口頭で唱えても、内心で唱えてもOK。後者の方は幾分、威力や効力などが落ちまし。例の如く詠唱破棄の起源に準じましよ」
「ねえねえ、零式の話しよ?」
「左頭葉と呼ばれる、第零感が開花した人間にのみ見られる米粒大の脳の器官に式を記憶させる事で、随時瞬間的な術の発現を可能とする事ができまして、それこそが零式と呼ばれる由縁なんでしよ」
「幾式を瞬間的に発現させたもの=零式?」
「幾式は幾式として発現させるべきでし。左頭葉に記憶できる容量には限りがありましから、そのメモリを無駄に費やす事もないでしよ?。左頭葉は独自に編み出した式を刻む所でし。既存のものなんかじゃなく、オリジナリティ溢れるものを」
「そんなホイホイとオリジナルは生み出せるもんなんですかー、エロい人?」
「零式に限って言えば、イエス。その原理はプログラムで例える事ができましよ。プログラムを零式とし、プログラミング言語をこの国の言語、パンジャ語、ソースコードを詠唱式、テキストエディタを左頭葉としまし。プログラム作成の概要は、プログラミング言語を用いてソースコードをテキストエディタに記述する……プログラムが正常に動作すれば、それ即ち零式の完成を意味しまし」
「答えになってないんすけどー」
「幾式はその工程をすっ飛ばした未完成品。でしから、最低限の、と言えば聞こえは悪いでしが、まあ、その程度の現象を発現させるのが精々でしよ。要するに、高次の現象を発現したくば、零式に変換して出力する必要があるんでし。結果、幾式には見られない個性が、零式に生まれるわけでしね」
「零式すげーじゃん。神超えた?」
「でしが、さっきも言ったでしが、左頭葉にはメモリがありまし。幾式では発現不能な式が、個人差はあれど平均して5つ記憶できるだけの容量しかありましぇん。更にその式が高次で複雑難解であればあるだけメモリを喰い潰す事になり、5つも式を記憶できましぇん。――零式にはLV設定があり、消費メモリとリンクした5段階表記で、例えばLV3の零式を会得したなら、メモリの空きはLV2分となり、加えてLV1の零式を2つ会得すると、その者の零式保有数は3つ――という具合でし。LVが5に近い程、その零式は有用かつ強力であり、その数字分メモリを消費するという意味でしよ」
「そんな事より、零式は独自に編み出した式を現象化する術らしいけど、それってつまり、願望を実現させる奇跡に匹敵するんじゃね? と思うんだけど。例えば、時間を停止させたいと思えば編み出せるわけ?」
「理論上は可能でしよ。メモリ内で正しいコーディングを行えば、プログラムは正常に動作してくれるでしよう。もっとも、並大抵の情熱と努力、時間では無理でしようけど」
「零番目の使徒全員が時間を操れる可能性を秘めていると? それってマジやばくね?」
「何者にも適性、不適性がありまし。漫画家になりたいと二十代半ばで思っても、幼少期から培ってきた画力がなければ直ぐにはなれない。そこに情熱と努力、時間を注いで漸く願いは実現する希望が生まれましが、殆どの者が夢半ばで挫折するように――自ずと妥協の職に就く。労せず就けた職こそ自分の適性できし。漫画家なんて、何よりお絵描きが好きじゃないとなりましぇんよね。自分の適性を見極める事が零式、そして幾式習得の近道と言えましよう」
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(〝炎天の主因、崩壊する氷床の従因〟〝飢え萎え渇き衰え、朽ち果てる頽廃の旗幟〟)
シンクは内心で詠唱式を満たし終え、対象に向けて右手を伸ばす。
最後に幾式名を念じる。
(〝二式、炎神〟)
炎を起こす単純な式。その火力は零気の多寡で決まる。
先日、キーファ=オルグレンに浴びせた幾式である。
とても実践レベルで使える代物ではない。とはいえ、体術だけではどうにもあの剣と盾の攻撃防御を突破できない現実の壁がある。
シンクは半ばやけくそに炎神を放った。
脳内シュミレーション通り、炎神はいとも容易く盾によって阻まれ、掻き消える。
(ま、こうなるわな)
やはり一般人を相手にするのと同じ要領では、悪魔にまるで通用しない。
「なんだ使えるんじゃねぇか! だが、このバカ正直の炎、二式の炎神ってところか? ハッ、零気が貧弱すぎてカスみてぇな火力だなァ、おい! 失笑だぜ!」
(悪かったな。零番目の使徒歴半年の若造が相手でよ)
二式、炎神。
二式、全霊の一撃。
これが零番目の使徒歴半年のレパートリー。
シンクローゼ=ウィズニーは、まだ零式習得に至っていない未熟者だった。
だが、勝算はある。
全霊の一撃が直撃しさえすれば、その時点でシンクは勝者となる。
接近戦で勝ち目がないシンクは、取り敢えず遠距離から炎神で応戦するしかない。
「小賢しい!」
悪魔は盾に頼るだけで良い。体力の消耗など皆無だ。
それでもシンクは炎神を打ち続ける。攻略の糸口を掴むまで、何発も何発も――
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その頃、イオンはジェットコースターのレールの上に座っていた。
騒動を最小限に留めるべく、スタッフの協力を得て人民に避難を呼び掛けた。それから20分、俯瞰した限りでは園内の隅々にまで避難勧告は行き届いているようだ。人っ子一人見当たらない。さて、ライブ会場の皆はどうやって避難させようか――そんな時、そこから逃げ惑う人々の喧騒が聞こえた。大方シンクがやらかしたのだと推測できたが、お蔭で手間が省けたとイオンは肩の荷を下ろし、シンクの戦いぶりを見物する事にしたのだ。
(シンクでも、この程度の雑魚、十分に狩れる。逆に狩れなかったら、私との半年間は一体なんだったの?)
「あと2分だけ待つ」
イオンは長方形の小さい容器から、飴玉のようなものを手に出して呑み込んだ。
燃焼丸――は胃酸の塩素と反応して、体内で燃焼を始める。一粒の効力は七分で、前半二分を不完全燃焼、後半五分を完全燃焼とし、その間、全身に焼け爛れるような熱を帯び、零気、膂力、身体能力が大幅に上昇する(オーバーヒート)。服用は一戦につき一粒が望ましく、それ以上は忽ち劇薬と化す。大量の発汗が伴うためである。
姉には一粒以上の服用を固く禁じられており、破ろうとも七分以上の発熱は脱水症に繋がるため戦闘は強制的に不能となる。従って、服用したら最後、七分以内に決着を付けなければならない。
イオンは戦闘準備を整えて、2分後を待った。
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(こいつ、さっきから馬鹿の一つ覚えに幾式しか打って来ねぇ。もしや零式、使えねぇのか? 使えねぇならねぇで、他の幾式を使えばいい。まさか……いや、そんな訳ねぇ。ヤツはゴーストイーターだ。恐らく、ヤツの零式はレベル5の大技一つのみなのだ。 まだ大技を使う好機を掴めてねぇから、炎神で隙を窺ってんだ。そうに決まってんだ!)
「って考えてる頃だろうな」
シンクの口元がにやりと歪む。
相手には、シンクには目も呉れず何かに没頭する瞬間が多々見られた。心ここに非ずといったそれはほんの数秒間だが、既に5回は見られた症状――即ち、相手の癖だと分析できる。シンクは更にそこから、その癖は思考中に起こる現象なのではと推測を立てた。
(一種の幾式のみ連発してれば、どんなバカでもそこに到る。で、次は『いや、それが罠? 意図して連発しているとも考えられる』って考えか? いいぞ、考えろ、悩め、迷え! 残りが幾式一個だけって結論には、絶対に到れないからよぉ!」
再び悪魔が、集中力を欠いた。
シンクは、今度こそその隙を見逃さなかった――
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打って変わって防戦一方(様子見)となった悪魔は、思考に溺れていた。
(どっちにしろ、だ。この微弱な零気を媒介にした零式なんて大したモンじゃねぇ。LV5でもしょっぺー威力。取るに足らん些事だ! ……いやしかし、この炎神、最大出力じゃない可能性も……それに銀色の零気も気になる。銀色の零気なんて見た事も聞いた事すらねぇぞ!? 普通は白の透明色だろ!? 黄金に輝く神零気ってのもあるらしいが、銀色の零気なんてものは――)
「思慮乙っ!」
「!?」
その人間は既に攻撃体勢で、悪魔を射程内に捉えていた。
堪らず鉄塊を薙ぎ払う悪魔。しかし、完全にその悪足掻きは先読みされており、虚しく相手の頭上を通過。しゃがみ込んで回避した人間は、エネルギーに満ち溢れた拳を繰り出す。
「くたばれ、カス!」
間一髪、分厚い盾が悪魔と拳との間に割り込み、緩衝材の役割を担った。が、安堵する間もなく盾は粉々に破壊され、ガードを突き破った拳はその威力を十分に保ったまま悪魔の内臓に達する。
「――ぐはっ」
潤滑油のような黒々と錆びついた血反吐を、悪魔は惜しげもなく吐き出す。
「仕留めそこなった!」と人間。
(必殺の威力……LV5だけはある。が、見切った! 奴はもうタネ切れだ!)
ギロリ、と悪魔の勝利の眼が向く。
しかし、悪魔は深刻なダメージを懸念して、一時退散する事にした。
肋骨が何本か折れている。
直撃を喰らっていたら間違いなく戦闘は終わっていただろう。
自分の敗北という形で。
「クソォ!」
やはり思慮は怠るべきだったと悪魔は猛省する。もろにその弱点を突かれた形だ。
人間も相当疲労した顔つきだったが、大剣一本では心許ない。新たな人間(兵器)を探すために悪魔は一旦退いたのだ。
(あの威力……近づくにはやば過ぎる! できれば飛び道具を引き当てたいな。まあ、当たりが出るまで何度でも変えてやるさ。人間など腐るほどいる……)
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『シンク、逃げたわよ!』
「万全を期すために、武器調達に行ったんだろ。なら問題ねー……」
(ほー、助かったー。強がっといて良かったー)
シンクは緊張の糸が切れたように、その場にぶっ倒れた。
全霊の一撃は、全零気を体の一点に集中させる幾式。無意識に脳が制御してしまう筋力も零気も強制的に引き出されるため、使用すればその場でぶっ倒れる程の果てしない虚脱感に見舞われる。一度眠りに付けば24時間睡眠を余儀なくされ、翌日筋肉痛が体の至る箇所に起こる。
まだ零式を習得していないシンクに、サーキュリ=マスタステートが必殺の奥の手として伝授した幾式だった。
(奥の手って……だったら炎神一つでどうやって戦況を優位に進めろってんだよ! これは悪質なイジメだ……)
晴天に悪態をつく。
眠気はもうすぐそこまで迫っていた。
『命拾いしたわね』
「まあ……後は、イオンに任せよう」




