第1話 主従関係
以前ちょこっと書いたものを改稿したものです。是非最後まで書き上げたいと思います。宜しくお願いします。
【監禁5日目】
絶世の美少女は冷蔵庫からアップルパイを丸ごと持ち出すと、地下の寝室へ向かった。尻まで届く艶やかな黒き髪を翻して、鼻歌混じりの小気味良い足取りで階段を下りていく。いよいよ眼前のドアを開けと――床に女の子座りでテレビを見ている少女の姿があった。
「アップルパイをパクって来たぜイ。二人で食べちゃおうぜイ」
絶世の美少女が声を掛けると、床の少女は上目使いにその円らな瞳で仰ぎ見る。
「今日、誰かのお誕生日なんじゃないです? 食べたら怒られちゃいますよ?」
「へーきったらへーきなの!」
少女の憂いを、絶世の美少女は持ち前のテンションで吹き飛ばしてやった。
(何たって解放祝いだからな)
「吐くほど食え。な?」
「もう食べてますぅ」
「はっやっ!? がっつきっぷりにドン引いたわ!」
ハムスター張りに膨れ上がった少女の頬袋。そんな彼女の見事な食いっぷりを微笑ましそうにしながら、絶世の美少女も高級アップルパイに手を伸ばす。
(今日でメルヴィナちゃんともお別れか……)
一方で、テレビから人事ではないニュースが流れていた。
『現在行方不明中のメルヴィナ=バリスターさんのご自宅に、今朝こんな文書が届けられていました。《でしでしでしでしウザったいんだよ! オレはお前の弟子だけどなァ、いい加減聞き飽きたからでしでしでしでし言うの止めてくんない!? 次オレの周りで囀りやがったら腹パン500発の刑な! 髪の毛の恨みはそんぞそこらじゃ晴れねぇから、覚悟しとけェロリババァ!? あ、これ各テレビ局で3月29日の18時のニュースに合わせて流してちょんまげ。流さなかったらメルヴィナちゅあん傷物にすっから❤》。これはメルヴィナさんを誘拐した犯人からのものとしていいのでしょうか?』
『いいんじゃないですか? イタズラにしては、内容が漠然とし過ぎていると感じます』
『ご家族の方々には全く身に覚えのない内容のようですが、その点は如何でしょう?』
『そうなれば、全く予想だにしない人物へ向けられたメッセージなのではと予想できますね。メディアを利用して、面と向かって伝えられないような暴言、鬱積した気持ちを発信したんですね。何はともあれ、メルヴィナさんの安否が確認でき、ご家族の方の心労は多少なりとも和らいだのではないでしょうか。一刻も早い事件解決を願います』
(トップニュースかよ。捕まったら俺、マジしゃれなんねーな)
その思いとは裏腹に、絶世の美少女の顔には不安とは真逆の余裕が満ちている。
彼女――否、彼の名前はシンクローゼ=ウィズニー。この醜く長いヘアースタイルが気持ち悪くて仕方がない年頃の少女――否、少年である。
現在、訳有って女の子一人を拉致監禁している身だ。
――と、虚空からこの世のものとは思えないほど口汚い女の声が、シンクの世界に響く。
『シンクぅ、早くこのアバズレ糞マザーファッキンビッチと3Pしてよ~。5日目だよ~』
「まあ待て」
『えー、もう待てな~い』
地に足が着いていない。全身を通してぼんやりと背景が透けて見え、人間としての質量や温もりなどが一切感じられない。それはまるでホログラムのようで――しかし、姿形は紛れもなく人間の少女そのもの。絶世の美少女と形容しても差し支えない程だ。
髪は短く、お人形さんのような目鼻立ち。胸の谷間から腰の括れまで完璧な曲線を描いている。美の一点に関しては筆舌に尽くし難い逸品だ。
そんな彼女ことアルファ=デルージョは、半年前、シンクの手によって亡き者となった死霊である。その瞬間からアルファは怨霊という形で、呪い殺す目的でシンクに憑依した。
しかし、今ではシンクを通じて悪事を働く事で自らの怨念を晴らしている。
『私に呪い殺されたくなかったら、あんたが私の怨念を解消しなさい!』
シンクは我が身を護るために、アルファとこの悪魔のような協定を結んだ。
人を殺めた罰がこの協定なら、シンクは甘んじて受け入れなければならない。
彼女の欲望も怨恨も嫉妬も、アルファ=デルージョの生前の人生も全て――。
シンクはあの時、背負うと決意した。
【監禁前日】
この日はまだ、髪の毛先も肩に掛からない程度だった。けれど、異様な速度で伸び続ける呪われた髪の毛に、シンクが恐怖と危機感を積もらせていたのは言わずもがなである。
そしてこの日は《彼女》ではなく《彼》の姿をしている。服装は春物の部屋着。自室にてリラックスチェアに腰を埋め、窓から差し込む柔らかい日中の陽光を使って読書に耽る。完全なオフモードだ。
『ねえ、シンク。監禁に挑戦してみない?』
「唐突に無理難題!?」
事の発端となった言葉は、どんなドレッシングよりもあっさりしたものだった。
シンクは電流が全身を駆けたみたくリラックスチェアから跳ね起き、電源のスイッチをいれた本人に眼を付けた。
「唐突に無理難題過ぎるだろうが……!」
『だって私、飽きちゃったんだもん。万引きに無賃乗車、置き引きに当たり屋、飲酒運転に無銭飲食なんて遊び尽くした感あるじゃない?』
「……俺の生活の一部になった感はあるな」
シンクの日常は、半年前から犯罪に染まっている。
それもこれも、何もかも全てこのアルファこと糞幽霊のせいだ。
「つーかこの間、お前にそれ言われて放火してやったばっかじゃねーか。お蔭で俺は放火魔だよ、カッケーだろ! ええ!? おいこら、暫くお願いしない約束だったろ!?」
『今日でその約束の二週間が経ったんですけどー? もう退屈で退屈で……』
感情的な宿主に対して、寄生霊は耳を穿りながらの応答だ。
『早く全人類に怨念を振り撒いてくれないと私、あんたを殺し兼ねないわよ? いい、わかるでしょ?』
そうだ。アルファがその気になれば、この手は容赦なく自身の首を握り締める。それで何度お花畑を見た事か……即ち、アルファのお願いを拒否すれば死を意味している。
(つっても、監禁ってお前な……)
どうにかしてこのおてんば娘を宥めなければ、こっちの身が持たない。
「4月6日、俺は高校生になると同時に何の称号を得るのか答えてみろ」
『爆弾魔』
「正解! 俺は入学式の日、私立ガフトール学園を爆破する!」
そんな身の毛も弥立つ犯罪予告を高唱しても、全身に震えや鳥肌の一つも立たないのは、度重なる犯罪に体の方が免疫を付けてしまったためであり――そして、精神の方はとっくに麻痺していた。当人にその自覚の無いところが何より恐ろしい所である。
「そんな極悪非道の犯罪を持ち掛けてきたのは他の誰でもないアルファだろ!?」
『何が言いたいのよ』
「13日後に汚ねぇ花火が見られると思えば、監禁なんて我慢できるだろって話」
『嫌! 無理! 絶対できない!』
「おまっ、我がままサダコ、てめぇ! 主人の俺に従え! ぶっ殺すぞ!」
いつになく強気なシンクだが、勝算などありはしない。
詰まる所、負け戦にせめてもの傷痕を残しておきたいという武士道精神。
『今死ぬ? 直ぐ死ぬ? 後で死ぬ?』
「スミマセンデシタ。ヤリマス。ヤラセテ頂キマス」
(クソっ……どう考えても俺に分が悪過ぎ! いっそ殺して貰った方が楽なのかもなぁ……このやり取りももう何度目だよ)
シンクは萎びたレタスのよりもだらしなく、力なく、椅子に腰を落とした。
『大丈夫よ。現行犯で取り押さえられない限り、〝シンクローゼ=ウィズニー〟の潔白は確定事項なんだから』
女体化能力。これがシンクの絶対の自信――犯罪をする上で心の支えとなっている。
初めに断っておくが、元の性別は男だ。
霊を喰いし者。幽霊に取り憑かれた人間には特殊能力が備わる。
幽霊アルファが持つ特殊能力、絶世の美少女。
発動すると、身長は若干縮み、胸部は膨らみ、陰部は女性のものに。声質も女声に変わり、完全無欠の美少女と化す。シンクローゼ=ウィズニーの面影を微かに残しつつ、されど肉親でも違和感すら汲み取れないだろう完璧な女体化。これこそが、シンクの絶対に捕まらない自信の正体である。
現行犯で捕まらない限り、例え女体化シンクが指名手配を受けようが、シンクローゼ=ウィズニーの平穏は保障されている(現行犯で捕まってもシンクローゼ=ウィズニーは安泰だが、身分証明やら自由が制限されたりと、色々と面倒なのだ)。
まさに絶世の美少女は、犯罪に打ってつけの能力だった。
「よっし……」
不服の残滓を吐き出し、頬をバシバシと叩いて気合を入れるシンク。
「どうせやるなら身の代金せしめるぐらい盛大に、尚且つロリババァに目にもの見せてやるぐらいド派手にやっか……勿論、お前も退屈させないからな」
『もう……スキスキスキスキス!』
アルファは喜びの絶頂に達して、狂ったようにシンクの頬に唇を押し付けた。けれど、そのチューは全打シンクの頬を空振っている。
『なんで、どうしてキスマークを付ける事ができないのん! 今ほどこの霊体を恨んだ事はないわん!』
滑稽とも言えるその光景は、しかし案外その二人の日常に頻繁に見られた。
だから今更、同情や哀憐など湧いて来やしない。
「こらこら、ゲーム機を買って貰った子供かよ。興奮し過ぎ」