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記憶 その2

 ……あ、ウチのリビングだ。懐かしい。


 神殿の風景が帰りたくても帰れない麗乃時代のリビングになった。


「せっかくですから書庫や自室みたいに本が大量にあるところへ行きたいです」

「残念ながら、そこには案内されていないので私の記憶にない」

「あああぁぁ、どうして前回連れていかなかったのでしょう? 前回行った図書館や書店でもいいですよ。本があるとここへ行きましょう」

「嫌だ」


 わたしが麗乃時代の本に囲まれたくてうずうずしているというのに、フェルディナンドは「本を読むだけで時間が無駄に過ぎそうなので知らなくてよかった」と考えていた。ひどすぎる。

 本のある所へ行こうと誘ったわたしの言葉は完全に無視したフェルディナンドは、おかんアートのある棚へ向かい、レース編みを指差した。


「前回、君から説明を受けたが、これが君の髪飾りの元になったレース編みであろう?」

「その通りですけれど、一度見ただけなのによく覚えていますね」


 何をどんなふうに見せて説明したのか、わたしが覚えていないのにフェルディナンドはしっかりと覚えていた。頭の構造が違うのだろう。感心していると、フェルディナンドの感情が少しざわついた。何というか、少し緊張しているような感じになった気がする。


「どうかしましたか、フェルディナンド様?」

「ローゼマイン、君はベンノに売り込んだ最初の髪飾りをどこで誰が何のために作ったか、覚えているか?」

「え?」


 じっとわたしの回答を待っているフェルディナンドの気配を感じて、わたしは記憶を探る。紙作りが一段落して、新商品として髪飾りをベンノに売り込んだことは覚えている。ギルド長がフリーダの洗礼式のために新しい髪飾りが欲しいと言って、あの頃にしてはかなりの大金を稼いだはずだ。


 ……あれ? でも、最初はどうして作ったんだっけ?


「わかりません」

「トゥーリのためだそうだ」

「髪飾り職人ですよね?」

「私がトゥーリと顔を合わせた回数は多くないが、髪飾りの納品に居合わせたことがある」


 ふっと光景が変わった。孤児院長室でエグランティーヌのために作られた髪飾りの納品が行われることになり、フェルディナンドが同席することが会話からわかる。


「わたくし、エグランティーヌ様の髪飾りの注文を受けたことは覚えているのですよ」

「そうか。では、何故ここまで不満顔でこちらを睨んでいたのか覚えているか?」

「そんな理由は記憶が繋がっているかどうか関係なく覚えていないと思います」


 記憶の中のローゼマインが警戒心と不満たっぷりの顔でこちらを睨んでいる。忙しい中で王族に贈る物の検分をしなければならないフェルディナンドも「面倒事を抱え込んできたくせにその顔は何だ」と不満たっぷりだ。半べそになるまでぐにっと頬をつねって留飲を下げている辺り、フェルディナンドは意外と子供っぽい。


 ……半分は八つ当たりだったよ!


「彼女がトゥーリだ」


 緑の髪を後ろで三つ編みにした少女が、ギルベルタ商会の面々と一緒にやってきた。トゥーリを見て、少し強張った顔になるローゼマインをフェルディナンドはじっと観察している。

 フェルディナンドの心には、ユレーヴェから目覚めて最初の顔合わせにローゼマインがどの程度衝撃を受けるのか、二年間の空白で家族との関係にどれほど変化があったのか、不安と警戒に満ちている。衝撃や感情の波で魔力を暴走させることがないように、すぐにでも魔石を取り出せるように手は革袋に添えられていた。


 そんなフェルディナンドの心配を余所に、トゥーリは視線を交わして微笑むだけでローゼマインの強張りを解した。ニコリと微笑み青い瞳は一目でわかる愛情が籠っている。大事な、大事な相手を見る目。それは、思い出せない父さんと母さんの目と共通していた。


 ……わたし、この目を知ってる。


「こちらはローゼマイン様にお納めしたく存じます」


 トゥーリはユレーヴェに浸かっている間に春の髪飾りを作っていたらしい。ローゼマインが本を前にした時のように嬉しそうに微笑んで、「付けてくださる?」とトゥーリが髪飾りを付けやすいように体の向きを変える。


 トゥーリは一度フェルディナンドに視線を向けてから、丁寧な仕草で今付けている髪飾りをそっと外した。少し乱れて肩にかかっていた髪を指先で整えながら背中へと流しながら新しい髪飾りを付ける。その手の触れ方が優しい。


「似合うかしら?」

「わたくしがローゼマイン様のために作った髪飾りですもの。とてもよくお似合いですよ」


 ローゼマインがトゥーリと視線を交わして笑う。ほんのわずかな触れ合いが大切な時間なのだと二人の表情から読み取れる。


 ……もっと見ていたい。


 そう思ったのはわたしなのか、フェルディナンドなのか判別が難しい程だった。引き離されてもほんのわずかな触れ合いのために必死に手を伸ばすローゼマインとその手を取ろうとしている家族の細い繋がりがフェルディナンドには眩しくてならない。同時に、他に方法がなかったとはいえ平民の家族から引き離した自分の行いや二年間の空白を作ることになった襲撃に苦い思いを噛み締めている。


「フェルディナンド様は最初の髪飾りが何のためにできたのか、ご存じなのですか?」

「ベンノから聞いたことだが、姉のトゥーリのために君が作ったそうだ。洗礼式のお祝いに家族全員で作った、と……」


 フェルディナンドがベンノとの会話を思い出したのだろうか。孤児院長室から神官長室の風景になった。目の前にベンノとマルクがいて、わたしが貴族としての洗礼式でつけた髪飾りの納品が行われている。


「こちらでいかがでしょう? ご注文通り、最高級の糸を使って華やかに仕上げました。髪飾りは、私の店に売り込んできた子供が姉の洗礼式の祝いに作った物が始まりです。ですから、ローゼマイン様の洗礼式の祝いにはとても相応しいと考えています」

「ほぅ」

「……ずっと巫女見習いの髪飾りを作ってきたトゥーリとその母親が糸を編み、父親がこの木を丁寧に削って作られました。ローゼマイン様にはお喜びいただけると存じます」


 ベンノの笑みは勝利を確信している時のものだ。そのベンノの笑みが消えると、またリビングの光景に戻った。


「思い出せないか? 君が髪飾りをどんなふうに作っていたか。本以外には興味が薄い君のことだ。始めたは良いものの、刺繍と同じようにすぐに飽きたのかもしれない。君が何か始める時は私が警戒するように、君の両親や姉も何を始めるのか恐々と見守っていたのかもしれない。もしくは、あの家族のことだ。最初から乗り気で皆で協力し合ったのかもしれないな」


 フェルディナンドの言葉で、脳裏に何かが浮かんだ。「糸が欲しい」とねだる自分の声が響き、丁寧に削られたかぎ針で編み始めた自分の手が映る。周囲に人影がいて、自分が一人ではないことがわかる。


「……います。いました。でも、できあがった小花に触れた指先が誰のものかわかりません。すごい、と褒めてくれたのは誰だったのでしょう?」


 小さな糸口を見つけたように、フェルディナンドの感情に期待が芽吹く。


「君の家族であろう。ここにあるような籠やバッグも一緒になって作っていたかもしれぬ」


 麗乃時代の母は途中で飽きたから、最後まで完成させたのはわたしだ。平民時代に作っていたバッグは隣で一緒に作っていた人がいる。脳裏に浮かぶ人影をつかもうと、わたしは必死に記憶を探る。


「リンシャン、蝋燭、石鹸、膠、インクの類も作ったと言っていたが、君一人だけで作れるはずがない。共に作った者がいるはずだ。すぐに体調を崩して寝込む君の看病をして、虚弱な君を支えて共に作っていた者がいたであろう? どのように作っていた? 誰が支えてくれた? 心配して小言を言う者も多かったのではないか?」


 フェルディナンドの言葉にいくつもの影が頭の中を過っていく。「こら、マイン!」「おとなしくしていなさい」「マイン、何してるの!?」「ほら、行くぞ」と何人もの声が同時に喋っている。頭が痛いくらいだ。


「わたし、すごく怒られていて心配されていて……虚弱で力もなくてお手伝いも満足にできなくて……。だから、周囲に人がいっぱいいたんです」


 そんな話をしているうちに、目には熱いものが込み上げてきて視界が歪む。大事な記憶がそこにあることがわかる。


「でも、わたし、家族を大事にしていた記憶がないんです。本が一番大事で、本より大事なのは、フェルディナンド様くらいしか……」

「本より大事な存在が私しかいないのは、メスティオノーラに記憶の繋がりを切られた後、繋げられた者が私しかいないせいだ。家族に対する君の情は溺れるほど深いぞ」


 フェルディナンドの感情にほんの少しの歓喜と諦めと悲嘆が入り混じり、早く思い出してほしいと懇願が加わる。フェルディナンドの焦燥でわたしまで胸がざわざわしてきた。


「親や家族を思う君の気持ちは、それまで私が知らなかった感情だった。自分が父親やジルヴェスターに向けていた感情とは全く違う思慕の念。薄情と言うならば、私の方がよほど薄情だったと思う。君の感情は強くて深すぎる」


 フェルディナンドの言葉と共に麗乃のお母さんと食事が出てきた。フェルディナンドの記憶のままのメニューだ。炊きたての白いご飯、豆腐とわかめのお味噌汁、ぶりの照り焼き、肉じゃが、五目ひじき、お漬物が並んでいる。


「私自身は食べたことがないのに、おいしくて懐かしいと感じたのだ」

「フェルディナンド様にとってもお母さんの料理が懐かしい味になりそうですか?」

「いや。君に同調したからそう感じるだけであろう。私が懐かしくておいしく感じるのは君の考案した料理だ。……アーレンスバッハで知った」


 毒が入っていないと安心できるだけでも素晴らしい、というのは褒められているのだろうか。結構食いしん坊でおいしい物好きだと思っていたフェルディナンドの食事に対する基準が意外と低かった。


「毒入りかどうかが基準だなんてどういう生活を……」


 わたしがそう言った途端、目の前にある食事が和食ではなくなった。ローストビーフのような肉料理があり、年を取ったディートリンデのような女が酷薄な笑みを浮かべて手元を見ている。息苦しくて、吐き出したいのを必死に堪えるフェルディナンドの苦痛が一瞬で全身に広がった。


「この馬鹿者」


 フェルディナンドの怒声と共にすぐに女の姿は消えて麗乃の母親の姿に、そして、目の前の料理は和食に戻る。


「口に出す言葉は選ぶように。余計な物を見ることになるぞ。君は自分の記憶を取り戻すことだけを考えなさい。家族の記憶を取り戻さなければならない時にあのような記憶はいらぬ」


 フェルディナンドの感情が苛立ちと憎しみで波立つ。あれがフェルディナンドの日常的な食事風景だったのだろうか。


「先程の女性がヴェローニカ様なのでしょうけれど、ちらりと見えただけでも価値はありましたよ。自分がどれだけ家族に愛されているのか、よくわかりました。わたしの家族だとフェルディナンド様が見せてくれる人達とは目が全然違います」

「……あぁ、そうだ。君は本当に大事に育てられて愛されてきた」


 目の前に座って一緒に食事を摂る母親の目には深い愛情が見て取れる。幸せだな、と思った。こうして一目でわかるくらいに愛情を注がれて育てられたのだ。胸の中に喜びと幸せが降り積もっていく。


 同調した時の記憶だからだろうか、母親から真っ直ぐに向けられる愛情に当時のフェルディナンドが戸惑いを感じていたのも伝わってきた。わたしが感じていたのは、後悔と反省と懐かしさに家族への愛情だった。複雑に絡み合った自分の想いの中、最も強い感情は家族への想い。すでに失ってしまった麗乃の家族、自分が共に過ごしている家族、両方への愛情が渦巻いている。


 ……皆、大好き。


「フェルディナンド様、家族の記憶が上手く繋がらないのに、気持ちだけが戻ってきたような気分です。家族のことがすごく大事なんです、わたし。皆のことが大好きで、大好きでたまらない。……大好きなのに、わかりません……」


 顔も見た。声も聴いた。名前もわかる。すぐそこにあるのだ。大事な人達と過ごした記憶まで本当にあと少しだと思うのだ。それなのに、薄い膜の向こうにあるような記憶がつかめない。


「ねぇ、フェルディナンド様。わたし、きちんと皆に愛情を返せていましたか? もらいっぱなしではありませんでしたか? どんなふうに大好きでしたか?」


 わたしの問いかけでフェルディナンドの中には苦痛に近い思いが広がっていき、目の前の光景が変わった。




 ……神官長室だ。養父様とお父様がいるけど、いつの記憶だろう?


 アルノーに来客を告げられ、客を迎え入れる定例の言葉を告げる。フランによって案内されて神官長室へ入ってきたのは、トゥーリと手を繋いだ父さん、赤ちゃんをスリングに入れた母さんだった。


「マイン!」

「トゥーリ」


 トゥーリが父さんの手を振り解き、輝くような笑顔で青色巫女見習いの服を着たマインに駆け寄っていく。飛びつくように抱きしめた後、バッと離れてマインに怪我がないか確認し始める。


「父さんはすごく酷い怪我をして、怖い顔で迎えに来るし、母さんとカミルまで一緒に神殿へ行くことになるなんて、マインに何かあったんじゃないかって、ホントに怖かったんだよ。マインが無事でよかった」


 トゥーリは無邪気にマインの無事を喜んでいるし、わたしは自分の中にある「大好き」がトゥーリから発せられている愛情と噛み合った気がして何だか嬉しくなってきた。

 けれど、二人を見つめるフェルディナンドは悲哀に満ちている。これからあの家族を引き離さなければならないのだ。貴族に逆らった平民達の命を救う道があることは喜ばしいが、フランやダームエルから報告を聞く度に微笑ましさや羨ましさを感じ、マインが貴族院へ入る十歳までは何とか守ろうと思っていた繋がりを自分で立ち切らなくてはならない。


 マインの両親は状況を理解しているようで、辛そうに顔を歪めながら跪く。同じように跪くように言われたトゥーリが周囲を見回して慌てて跪く。マインが跪いていない状況に気付いたようで、顔を強張らせたのがフェルディナンドの視点からは見えた。


 人払いがされて、シンと部屋の中が静まる。養父様の行動にも躊躇いが見て取れるが、養父様は領主らしい顔で跪いている家族に着席と直答を許した。それからマインが貴族となり、養女になるという話をする。


「わたしのせい!? わたしが迎えに行ったから、襲撃されたんでしょ?」

「違うよ、トゥーリ。襲撃してきた犯人は神殿にいたから、トゥーリが迎えに来なくても、わたしは襲われたんだよ。むしろ、巻き込んでごめんね。トゥーリ、怖かったでしょ?」


 トゥーリにとっての負い目とならないように、危険だったから貴族相手に攻撃してしまったこと、その罪が家族や側仕えにも波及することを防ぐために貴族になる、とマインが一生懸命に説明している。


 ……違う。私の教育が行き届かなかったせいだ。


 アルノーがフランの伝言や前神殿長の訪れを正しく伝えていれば、事前に防ぐことが可能だった。俯いてぽろぽろと涙を零すトゥーリの頭をマインが手を伸ばして撫でるのを見ながら、フェルディナンドがギリと奥歯を噛みしめる。


 ……このような予定はなかった。


 後悔と屈辱感に苛まれる中、マインの家族が一人ずつ約束と抱擁を交わしていく。フェルディナンドは深い家族の情に胸を締め付けられ、引き離される家族の姿に悔恨と罪悪感で押しつぶされそうになっていた。


「約束、するよ。絶対にマインの服を作ってあげる」

「大好きだよ、トゥーリ。わたしの自慢のお姉ちゃん」

「無理だけはしないで。元気でね。……愛しているわ、わたしのマイン」

「わたしも母さん、大好き」

「カミルは覚えていられないと思うけど、カミルのために絵本だけはいっぱい作るから、ちゃんと読んでね」

「父さんはいつもわたしを守ってくれたよ。わたし、いつか結婚するなら、父さんみたいにわたしを守ってくれる人が良いもん」

「マイン、そういう時は、父さんのお嫁さんになりたいって、言うんだ」

「うん。……わたし、父さんの、お嫁さんになりたい」


 胸が痛くなるような愛情と少しでも会えるようにしたいという希望を胸に、家族から約束をもらっているのに返せているものがないように思える。


「わたし、愛情をもらってばかりじゃないですか」


 泣きたいのにフェルディナンドの記憶の中なので泣けない。早く全部思い出したい。こんな大事な人達との記憶を失ったままではいられない。


「わたし、名前も変わるし、もう父さんのこと、父さんって呼べないけど……父さんの娘だから。だから、わたしも街ごと皆を守るよ」


 そう言ったマインの指輪が光った。感情が昂ぶり、魔力が溢れていくのがわかる。フェルディナンドが即座にシュタープを握って立ち上がった。マインの魔力で家族を傷つけるようなことがあってはならない。けれど、マインは「家族を思って、溢れた魔力だから、家族のために使わなきゃダメ」と溢れる感情をそのままに祈り始めた。


「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神 広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神 水の女神 フリュートレーネ 火の神 ライデンシャフト 風の女神 シュツェーリア 土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベよ 我の祈りを聞き届け 祝福を与え給え」


 マインが神に祈りを捧げながらゆっくりと両手を上げれば、神の名と同時に指輪からゆらゆらとした薄い黄色の光が溢れ始めた。補助する魔法陣も神々の記号を描くともない、ただ純粋な思いと祈りだけで祝福の光が舞う。


 ……体に負担がかかりすぎる!


 止めるべきかどうかフェルディナンドが迷う間にもマインは祈る。自分だけの言葉で、神々にひたむきに祈る。


「御身に捧ぐは我が心 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん 痛みを癒す力を 目標に進み続ける力を 悪意を撥ね退ける力を 苦難に耐える力を 我が愛する者達へ」


 家族への愛情だけで紡ぎあげた祝詞によって部屋中に祝福の光が舞う光景はあまりにも美しく、フェルディナンドは言葉を失っていた。わたしもただフェルディナンドの視界から祝福の光が降り注ぐ様子を見つめる。


「ひゃっ!」

「ローゼマイン、どうした?」


 祝福の光が降り注いだ瞬間、突然記憶の数々が繋がり始めた。熱に浮かされて目覚めたところから次々と繋がっていく。家族と過ごした日々、ルッツに糾弾されて受け入れられた時、紙ができた喜び、印刷機の完成に興奮した時、ベンノやマルクやフェルディナンドの記憶も一部が欠けていたらしい。


 繋がり始めたことで初めてわかる。消えていたのは大事な人の記憶だけではなかった。悪い意味でも感情が振り切っていた時の記憶が消えていたらしい。孤児院の地階で蠢いていた幼い子供達の姿が脳裏に蘇る。トロンベ討伐でナイフを向けられて脅してきたシキコーザ、トロンベに巻きつかれて死ぬかと思った時、光の帯でレッサーくんごと捕らえられて妙な薬を飲まされた時、エグランティーヌとアナスタージウスに祠を巡るように言われた時、祠巡りを終えてグルトリスハイトを手に入れて助けられると思ったのに扉に阻まれた時、フェルディナンドが毒を受けて倒れた姿、殺された瞬間魔石になった男の記憶などが次々と繋がっていく。




「……ローゼマイン、ローゼマイン!」


 フェルディナンドの呼び声が聞こえてきた。早く返事をしなければ怒られる。返事をしようとしたものの躊躇ってしまうのは、すでに声が怒っているからだ。


 ……まだ頭の中がぐるぐるしてるから、ちょっと待って。


 わたしは周囲の様子を窺うために恐る恐る目を開けてみた。フェルディナンドの顔が間近にある。目が合った瞬間、眉間に皺をくっきりと刻んでいたその顔が安堵に緩んだ。そのまま抱きしめられ、溜息に混じるような「よかった……」という囁きが耳に響く。


 ……え? 誰? 本人? 何があったの? もしかして、フェルディナンド様が壊れた?



何とか記憶を繋ぐことができたローゼマイン。

無駄に後悔や苦渋の記憶が多いフェルディナンド。

多分嬉しいことより、後悔したことを先に思い出すタイプ。

記憶が戻ったら様子がおかしいフェルディナンドにポカーンです。


次はその3です。


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― 新着の感想 ―
最高よほんとに
今ならばローゼマインの唯一になれるけど それは自分が欲しかった家族を愛するローゼマインじゃないんだな。 だから必死に記憶を戻そうとしてる。 そういうとこがとてもフェルディナンドらしいと思いました。
何度読んでもあの祝福がここに!!!と感嘆する。
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