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神々の祝福 中編

「では、疾く礎を染めるが良い。……どうした、マイン?」


 悲鳴を上げて、その場に崩れるように座り込んだわたしにエアヴェルミーンが本当に不思議そうに尋ねてくる。


「い、痛い。……無理っ! あぐぅっ……」


 様々な神々から御力を流し込まれたわたしは、座っていることもできずその場に寝転がってできるだけ体を縮めるようにして苦痛に耐えていた。メスティオノーラの御力だけならば完全に馴染んで自覚もないままに垂れ流すことができたけれど、複数の神々から流し込まれた御力は互いに反発し合っている。わたしの中でそれぞれが存在を主張して領域を拡大しようと暴れているのに、身食いの熱と違って自分の意志で動かせない。


「……ふむ。どうやら神々にも少々想定外の事態のようだ。ずいぶんと慌てている。メスティオノーラが降臨して神々の御力を整えたいそうだが、その腕の飾りを外せるか?」

「うぅっ……。んぐっ……」


 上を見ながらそう呟くエアヴェルミーンに、わたしは首を横に振る。今のようにまともに立つことさえできない状態で袖を肩まで捲り上げて留め具を探し、片手で外すような器用な真似ができるわけがない。


 エアヴェルミーンがその場にしゃがみ込み、わたしに手を伸ばすが届かない。どうやらエアヴェルミーンは人の形になってもその場から動けないようだ。


 ……人型が全く役に立たってないよ! バカバカ!


「さて、困ったな……」


 本当に困っているのかいないのかわからないような声でエアヴェルミーンがそう言いながら立ち上がる。ゆっくりと周囲を見回しているのが、苦痛の涙で歪んだわたしの視界に映った。


「……む? 誰かがここへ至る道を開こうとしているな。少々魔力が心許ないが、それを外せる者ならば招いた方が良いか?」


 道を開こうとしているのはエグランティーヌに間違いない。わたしは必死で頷いた。体の内にある神々の御力が反発し合ってどんどんと膨れ上がっている今、誰かに助けてもらわなければ本気でまずい。


 すいっとエアヴェルミーンが腕を動かすと、白一色だった始まりの庭に出入り口が開く。ほんの一瞬、出入り口の虹色の幕が揺らめいた気がした。直後、エアヴェルミーンの周囲で小爆発がいくつも起こる。


 ……あ、フェルディナンド様だ。


 隠蔽の神 フェアベルッケンのお守りを身について始まりの庭に忍び込んで、そのままエアヴェルミーンに攻撃を食らわすような人が他にいるはずがない。けれど、その攻撃はほとんど効果がなかったようで、エアヴェルミーンは面倒くさそうに顔をしかめただけだった。


「奉納された魔力はクインタの物ではなかったはずだが、其方、また卑怯な手を使ったな。まぁ、良い。マインの腕の飾りを外せ」

「何のために、だ?」

「メスティオノーラを降臨させるためだ」

「断る」


 ……待って。断らないで!


 隠蔽のお守りを外したようでフェルディナンドの姿が見えるようになった。魔術具をいくつか手にしてわたしとエアヴェルミーンの距離を視線で測っているフェルディナンドは完全に戦闘態勢になっている。だが、ここで断られたら神々の御力にわたしが堪えられない。わたしは死に物狂いで震える手をフェルディナンドに向けて伸ばす。けれど、フェルディナンドはエアヴェルミーンと睨み合ったまま、こちらを向いてくれない。


 ……助けて、フェルディナンド様。


 「なるほど。マインをこのまま死に追いやり、其方がメスティオノーラの書を完成させて礎を得ようというのか。確かに自分の手を汚さず、効率的ではある。実に其方らしいやり方だ。……非常に無念だが、其方がツェントになることを認めるより他仕方があるまい。マイン、残念ながら其方を支援してツェントにするには時間が足りなかったようだ」


 完全に諦めた口調でものすごく残念そうにエアヴェルミーンが首を横に振った。


「クインタ、あまりマインを苦しめるのも可哀想だ。少しでも慈悲の心があるならば、死ぬまで待たずにさっさと止めを刺してやれ。そして、さっさと礎を染めに行くが良い」


 フェルディナンドがひどく困惑した顔になって、わたしとエアヴェルミーンを見比べる。助けてほしいと訴えるわたしの視線に気づいたのか、フェルディナンドがエアヴェルミーンの動きを警戒したまま、わたしの側に跪いた。


「……メスティオノーラを降臨させればローゼマインは助かるのか?」

「神々の力を動かせるのは神だけだ。人にも我にもできぬ」


 ギリッとフェルディナンドが奥歯を噛みしめたのがわかった。


「君はメスティオノーラを降臨させることに異論はないのか、ローゼマイン?」

「ん……。たす、け……痛っ!」


 わたしが何とか頷くと、フェルディナンドは手にしていた魔術具を片付け、代わりの物を取り出し始めた。「口に含んでおけ」と食いしばっていたわたしの口をこじ開けて何か固形状の物を入れて、自分の口にも何か入れる。

 そして、わたしに背を向けて立ち上がるとエアヴェルミーンに向けて何か撃った。大きく広がるマントの向こうでパンという音が響く。


「効力は少し弱めてある。ローゼマインが助かるまでの間、これ以上余計なことができぬようにしばらく固まっているが良い」

「あ……ぐ……」


 エアヴェルミーンが苦痛の声を上げ始めた。最初の攻撃は効かなかったようなのに、今度は一体何をしたのだろうか。そう思った直後、フェルディナンドは銀色の筒を放り出した。どうやら即死毒をエアヴェルミーンに向けて放ったらしい。


 ……口の中の物ってもしかして解毒剤? 結構苦いんだけど。


 エアヴェルミーンを動けないようにすると、フェルディナンドはすぐにわたしの袖を捲って腕の飾りを外し始めた。


「痛いですっ……。うぐぅっ……」

「苦痛かもしれぬが、暴れるな」


 そんな難しいことを言われても困る。少し体勢を変えるだけでも苦しいのだ。いつも通りにわたしの苦痛の呻き声は無視してさっさと終わらせてほしい。


「……あの、フェルディナンド様、ローゼマイン様。儀式の途中で一体何をなさっているのでしょう?」


 ものすごく困惑したエグランティーヌの声が響いた。そういえばエグランティーヌが道を開いたのだ。すっかり忘れていたが、本当ならばフェルディナンドではなくエグランティーヌが来るはずだった。


「ローゼマインにメスティオノーラを降臨させるため、お守りの一部を外しているところです。ぼんやりしていないで早くこちらへ来て手伝ってください。ローゼマインに何があれば貴女もはるか高みに向かうことになるのですが、理解していますか?」


 フェルディナンドの焦りを含んだ声にエグランティーヌがわたしのところへやってくる。苦痛に呻くわたしの姿を見て、一瞬で顔色を変えた。


「フェルディナンド様、ローゼマイン様に一体何が起こったのですか?」

「存じません。一つ確実なのは、メスティオノーラを降臨させねばローゼマインが死ぬということだけです」


 苛立たしそうにフェルディナンドがそう言った時、片方の腕のお守りが外れた。


「フェルディナンド様、ローゼマイン様を抱き上げて押さえていてくださいませ。留め金が見えません」


 エグランティーヌにそう言われて、フェルディナンドはわたしが暴れないようにがっちりと固める勢いで抱きしめる。その間にエグランティーヌがもう片方の袖を捲っていく。二人が分担して協力すると、すぐにもう片方のお守りは外れた。

 お守りが外れた直後、メスティオノーラの声が脳裏に響いた。


「少しの間、退いていなさい。今回は貴女を図書館へ入れません」


 そうして、わたしの意識はひょいっと退けられて、何もない白い空間に置きざりにされたのだった。


 ……女神の図書館に出入り禁止されたってこと!? のおおおぉぉぉ!




 死後の楽しみがなくなったことに打ちひしがれていると、「終わりました。お戻りなさい」というメスティオノーラの声が響いた。


「あの、何が起こったのですか? わたくしの体に何をしたのですか?」


 わたしは急いでメスティオノーラに質問する。前回、フェルディナンドからは全てを教えてもらえなかった。今回も同じことになりそうなので、女神様から正しい情報が欲しい。


「前回わたくしが貴女の体に降りたことで完全にわたくしの力に染まりました。そのため、複数の神々の力が反発し合うことになったのです。時間がたって影響が薄れていればこれほどの苦痛はなかったのでしょうけれど、今回はほとんど時間が経っていなかったことで、貴女は不必要に苦しむことになったようです」


 メスティオノーラは「それが苦痛の原因の一つ」と言う。つまり、他にも理由があるということである。わたしは「二つ目は何ですか?」と先を促した。


「クインタの魔術具によってわたくしの降臨が防がれたでしょう? ですから、エアヴェルミーン様に協力を頼まれた神々は妨害に負けない勢いで祝福の力を注ぎ込んだのです。それが原因の二つ目でしょう」


 ……ちょ、ちょっと、神様達……。


 フェルディナンドが作ったお守りは神の降臨を防ぐものだ。神々の祝福を防ぐような物ではない。そのため、他の神々の御力が防がれることはなく、そのまま受け入れる結果となったそうだ。防がれることを前提とした神々の御力は、人の体には過ぎた祝福だったということである。


「神々に悪気があったわけではないのですけれど、エアヴェルミーン様に抗うクインタへの意趣返しではあったようですね」


 その結果として、わたしが苦しむことになったのならば、ひどいとばっちりである。


「巻き込んでしまった貴女には済まないことをしたと思っていますよ。……でも、お話はここまでにした方が良さそうですね。辛抱の足りないクインタが暴れ出す前にお戻りなさい」


 暴れ出すなんてまるで猛獣のような言い方をされているけれど、フェルディナンドは効率的で手段を選ばないところがあるだけで、基本的には辛抱強い方だ。


「辛抱が足りないということはないと思うのですけれど……」

「そうかしら? クインタはエーヴィリーベの影響が強くて、彼のゲドゥルリーヒが関連すると辛抱強さは消し飛ぶようです。できることであれば、もう貴女達はエアヴェルミーン様に近付かないでくださいませ」


 メスティオノーラは真剣にエアヴェルミーンのことを案じている。命の恩人としてメスティオノーラがエアヴェルミーンに色々と融通する話を読んだことがあるけれど、あの神話は本当のお話なのだろうか。メスティオノーラにとってエアヴェルミーンは大事な存在なのかもしれない。始まりの庭に飛び込んでくると同時に攻撃するフェルディナンドを近付けたくないのは理解できた。


 ……フェルディナンド様が始まりの庭でしたことだけを箇条書きにしたら、本当に猛獣っぽいかも。


「わかりました。戻ったらできるだけ早くフェルディナンド様を連れて、始まりの庭を離れます」

「えぇ。そして、ユルゲンシュミットの礎を染めてちょうだい。それをエアヴェルミーン様が望み、神々は御力を貸したのですから」


 大変な事態にはなったけれど、神々はユルゲンシュミットの存続を願ってくれているらしい。影響力を少しでも薄れさせるためにも御力を使う必要はあるし、今回も助けてくれたし、これまでに色々と祝福をいただいているのだ。神々の望みを叶えることに否はない。


「お世話になりました、女神様。神に祈りを!」




 意識が戻ると、フェルディナンドの顔がまた間近にあった。前回と同じように心配そうな顔をしている。


「ローゼマイン、体の調子はどうだ? メスティオノーラが降臨して何やらしていたようだが、君がまとっている神々の御力に何の変化もない。本当に大丈夫か? 君の大事な物を失っていないか?」


 わたしが複数の神々の御力をまとった時にはすぐに判別できたけれど、メスティオノーラが降臨しても何の変化もないため、フェルディナンドは不信感でいっぱいのようだ。

 わたしは自分の手を少し動かしてみる。苦痛はあまりない。


「体に違和感が残っているけれど、苦痛は少なくなっています」

「ならば良い。私が説明を受けた限りでは他の神々の御力を分けて固めているだけらしい。時間が経てば魔力が回復するように神々の御力も増えるので、なるべく早く授けられた力を使わなければならないそうだ」

「使うだけでいいのですか?」


 礎を染める約束をしているし、この後はアーレンスバッハの祈念式もある。神々の御力を使うだけならば、それほど難しいことではない。


「魔力を回復させれば、少し薄れるとはいえ神々の御力も回復するらしい。……影響力が完全になくなるまで苦しみが続くと聞いている」

「ちょっと待ってくださいませ。影響力がなくなるまでというのは一体どれくらい期間なのですか? 長い期間、苦しみ続けるなんて嫌ですよ。何か方法はないのですか?」

「……ないわけではない」


 フェルディナンドが少し目を逸らしてそう言いながら、わたしを立ち上がらせる。


「まぁ、フェルディナンド様。そのような言い方ではローゼマイン様も不安に思われますよ。女神様のおっしゃった通りに教えて差し上げなければ……」


 エグランティーヌが瞳を瞬かせてフェルディナンドに注意した。エグランティーヌの意見に賛成だ。隠し事はよくない。特に、わたしに関することならば尚更だ。わたしがじとっとフェルディナンドを見上げると、フェルディナンドは嫌そうな顔をしながら教えてくれた。


「今のように神々の御力が溢れそうになっている状態では、人の魔力で神々の御力を打ち消すのは難しいが、枯渇直前まで魔力を使った直後ならば可能だそうだ」

「つまり、枯渇するくらいに魔力を使った後にフェルディナンド様に染めてもらえばいいだけなのでしょうか? これから魔力を使わなければならないところはたくさんあるので何とかなりそうですね」


 意外と簡単な方法だったことに安堵していると、エグランティーヌが少し困ったように眉尻を下げた笑みを浮かべる。


「ローゼマイン様は秋を待たずに冬の到来を早めることになりますけれど、命には代えられませんもの。仕方がありません。仕方がありませんけれど……」

「あら? 冬の到来を早めるということは、またアーレンスバッハに冬を呼ぶのですか? 確かにエーヴィリーベの剣を使うと魔力を極限まで使いますけれど、ちょっと魔力の無駄遣いですよね?」

「違う、ローゼマイン。そうではない」


 フェルディナンドが軽く手を振りながら深い溜息を吐いて、「余計なことを言うな」と言わんばかりの厳しい視線をエグランティーヌに向ける。


「ローゼマインへの説明は後で私が行います。エグランティーヌ様はグルトリスハイトの登録を終えたのでしょうか?」

「えぇ。終わりました」


 そう言いながら、エグランティーヌは大きめの魔石が付いたブレスレットを見せてくれる。あれがグルトリスハイトらしい。シュタープを変形したように見せるために、普段は装飾品として身につけられるようになっているそうだ。フェルディナンドも感心するレベルの母の愛らしい。


「それは一代限りのグルトリスハイトです。エグランティーヌ様以外には使えません」

「わかっています。わたくしに、そして、王族にグルトリスハイトを授けてくださったこと、誠にありがとう存じます」


 エグランティーヌがわたしとフェルディナンドの前に跪いた。


「其方等、マインが元に戻ったならば疾く去れ」


 声がした方を振り返ればエアヴェルミーンが嫌な顔をしながら腕を振った。出入り口を作り出すと、ゆっくりと白い大木に戻っていく。ユルゲンシュミットの存続を願い、神々に助力を願ったら、フェルディナンドに攻撃されたエアヴェルミーンは、ある意味で非常に可哀想な存在だ。


「エアヴェルミーン様、わたくし、女神様とお約束したので礎を染めてきます。ご安心くださいませ」


 エアヴェルミーンがわずかに頷いたのが見えた。


「ローゼマイン、君がユルゲンシュミットの礎を染めるのは……」


 フェルディナンドが止めようとしたが、わたしはゆるく首を振る。


「そのためにいただいた神々の御力ですし、人の身には過ぎた御力を賜ったようですから、どんどん使う必要があるのです。実は、こうしてお話している今も女神様が整えてくださった神々の御力が少しずつ膨れ上がっています」


 苦痛を感じずにいられる時間は決して長くはない。女神の化身扱いされているわたしが貴族達の集まる場で倒れて苦痛に呻くような姿を見せるわけにはいかないのだ。


「予想以上に時間がないのか。礎を染める準備は整えておく。なるべく早く儀式を終えるぞ」


 フェルディナンドはそう言いながら、白い大木の周囲に落ちている枝を拾い始めた。


「何ですか、それ?」

「エアヴェルミーンの髪を切り落とした後に出たのだから、この木の枝であろう」

「え? 髪を切り落としたとはどういうことですか!? そういうことをするからフェルディナンド様は女神様にまで警戒されるのですよ!」


 エアヴェルミーンの髪を切り落とすなんて何ということをしているのか。そんなことを女神の前でしていたのならば、猛獣扱いされても仕方がないと思う。


「君がいらないならば置いて行くことも吝かではないが、せっかく落ちている素材だ。魔紙の研究をしてみたいと思わないか?」

「落ちている物は有効活用した方がいいと思います」


 フェルディナンドがニヤリと笑った。神々の御力が体の中で膨れ上がった気がする。


 ……これから先フェルディナンド様を始まりの庭に近付けないようにしますから! 今回だけは見逃してください、神様!




 フェアベルッケンのお守りを手にしたフェルディナンドが先に行き、違和感と苦痛が完全には消えていないわたしはエグランティーヌに手を引かれて祭壇を一段、一段ゆっくりと下りていく。


「何だか色々なことがありすぎて、まだ儀式をしていたのかという気分になりますね」

「えぇ、本当に。短時間に色々なことが起こりすぎました。全てに対応しようとするフェルディナンド様には感嘆いたします」


 祭壇をゆっくりと下りながらエグランティーヌが小声で教えてくれる。

 わたしが忽然と姿を消したことに真っ青になったこと。フェルディナンドから予め言われていた通り、自分の魔力を籠めた魔石を最初に舞台へ押し付けて魔法陣を浮かび上がらせたこと。祭壇を上がって始まりの庭にたどり着いたら、わたしが苦痛に呻いていて驚いたこと。お守りを外すと女神が降臨し、フェルディナンドと喧嘩を始めたこと。白い大木があったはずの場所にエアヴェルミーンが立っていて、そんな尊い存在に対して躊躇なくフェルディナンドが攻撃したこと。


「女神様とフェルディナンド様が喧嘩をしたのですか?」

「えぇ。エアヴェルミーン様に対する言動に英知の女神が、ローゼマイン様に対する仕打ちに関してフェルディナンド様が怒っていらっしゃいました。……英知の女神はエアヴェルミーン様を、フェルディナンド様はローゼマイン様をとても大事にしていらっしゃるようでしたよ」

「神話が真実ならば命の恩人ですから、わたくしにとってのフェルディナンド様のような存在かもしれないとは考えました」


 図書館で本を読むより大事な存在なのだろう、とわたしが言うと、エグランティーヌが困った子を見るような目でわたしを見た。


「冬の到来を早めるのをフェルディナンド様が躊躇うお気持ちがよくわかりますね」


 突然エグランティーヌの口から「冬の到来」についての話が出て、わたしは首を傾げる。会話の流れがおかしい。とりあえず今までわたしが考えていた「冬の到来」とは意味が違うことはわかった。


 ……後でフェルディナンド様に聞いてみなきゃ。


「エグランティーヌ様、始まりの庭で見聞きしたことは他言無用です。あまり命令はしたくありませんが、これは命令せざるを得ません」

「心得ています。とても他言できるようなことではありませんでしたから。それより、一刻も早く儀式を終わらせましょう、ローゼマイン様」


 ゆっくりと神々の御力が膨らんできている。そのせいで少し震え始めたわたしの手を一度強く握ったエグランティーヌが王族らしい社交的な笑みを浮かべる。わたしも頷いて、女神の化身らしく見えるように微笑んだ。


始まりの庭にそれぞれがドーンと御力を注ぎ込んだら大変なことになって慌てている神々。

始まりの庭にローゼマインが倒れているのを見た瞬間、攻撃態勢を取ったフェルディナンド。

始まりの庭で呻くローゼマインに覆いかぶさるフェルディナンドが見えて動揺したエグランティーヌ。

女神の図書館に出禁を食らったローゼマイン。


次は、後編です。

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― 新着の感想 ―
すんごい不躾な発言なんですが「秋を待たずに冬を」「冬の到来を早める」「魔力で染める」から連想するに『冬』ってそういう隠語…?そんで魔力を枯渇状態にしてから染めるってことは…あ、ふーん、なるほどね、全部…
2025/10/13 02:18 ミステリー小説好き
エグランティーヌは神様に攻撃したり喧嘩したりするフェルを見て、ヤバさを実感したと思うのだけど、その割りに落ち着いてる。
マインは確かにそこまで天才表現をされていない。マインは努力家で、本好きで知識を得ることに抵抗がなく、魔力のポテンシャルがあるから師匠についていけた、というのが本筋だと思います。マインの特別な才能といえ…
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