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ゲルラッハの戦い その2

「このまま挟撃ができれば一番よかったのだが、ギーベ騎士団がもたぬ。中央突破したら、まずエーレンフェストの騎士達に癒しを頼む」

「はい」


 ギーベ騎士団に援軍があることをオルドナンツで知らせたところ、すでに領主一族から連絡をもらっていたらしい。援軍が到着するまで何とか、と自分達を奮い立たせている現状で、一刻も早く合流する必要があるそうだ。


「私は先頭に立つ。ローゼマインとハンネローレ様は決して速度を落とさぬように、周囲の騎士に異変があろうとも敵陣を突破するまで止まらないようにお願いします」


 フェルディナンドが自分の護衛騎士を連れて先頭を駆ける。主戦場へ向けて騎獣で移動しながら、わたしとハンネローレを中心にダンケルフェルガーの騎士達が集まり始めた。中央突破に向けた隊形が取られているようで、自分の護衛騎士が間近にいるけれど、どこを向いても青いマントの騎士がいる状態だ。もうわたしの位置からはフェルディナンドやエックハルト兄様のマントさえ見えなくなった。


「コルネリウス、レオノーレ。マティアスとラウレンツは戻ったかしら?」


 辺りはダンケルフェルガーの青いマントばかりで、自分の護衛騎士達のエーレンフェストのマントの数が少ない。騎獣に乗った騎士の姿しか見えず、皆が兜をかぶっているので、誰なのかも判別が難しい。


「……まだです」

「確認に行った管理小屋がどこなのかわかりませんが、おそらく最後尾に合流することになると思われます」


 レオノーレの言葉にわたしは思わず後ろを振り返る。青いマントの騎士ばかりだった。


「敵陣を突破したら、ローゼマイン様とハンネローレ様は夏の館に一番近い位置、騎士達の後ろに付いてください」

「護衛騎士は自分の主を守ることに全力を尽くせ!」


 周囲から飛ばされる指示に頷きながら、わたし達は移動の速度を合わせていく。どこを見ても盾を掲げた騎士ばかりで、はためくマントに視界を塞がれて、自分が今どの辺りを進んでいるのかわからない。わからないまま進んでいた。


 戦況や待ち構えているだろう敵が見えないからこそ、周りの騎士達の緊迫した雰囲気だけが痛い程に伝わってきて、ハンドルを握る手が震え始めた。アクセルを踏んでいる足に力が籠りそうになるのを必死に抑える。


「わっ!?」


 パッ、パッと不意に周囲が眩しくなった。反射的に辺りを見回す。どうやら魔力による遠隔攻撃の射程に入ったようで、騎士達が掲げる盾によって攻撃が弾かれているらしい。

 敵との距離はわからないし、相変わらず騎士達の姿しか見えない。あちらこちらが眩しくなるだけでも心臓が縮み上がった。


 ……こ、怖いよぉ。


 ほとんどは防げているが、騎士達の間を抜けて矢が降ってくるようになってくる。魔力差でレッサーバスの中に入ってくることはないけれど、怖いものは怖い。わたしは泣きそうになりながらハンドルをつかんでいたが、まだ怖がる余裕があった。


 前を進んでいる騎士達が影の形にしか見えないくらいに前方が虹色のような複雑な色合いの光に染まった。溜め込んだ魔力を一気に放つ攻撃が行われたのだ。攻撃を仕掛けたのか、受けているのかわからない。思わずぎゅっと目を閉じてしまった。


「ローゼマイン、周りに合わせろ!」


 コルネリウス兄様の怒声にわたしはびくっとして目を開け、慌てて周囲に合わせる。どうやら攻撃を受けたのではなく、こちらが攻撃を仕掛けたらしい。時々光が遮られるような物が周りを飛んでいるようだが、衝撃波は騎士達の盾によって完全に防がれている。


「おおおおぉぉぉぉ!」


 何とも言えない熱気と感情の昂ぶりを放出するような雄叫びと共に自分を取り囲んでいる騎士達のスピードが少しずつ上がってくる。遅れないようにわたしは必死にスピードを調節して動きを合わせた。


「突っ込むぞ! 怯むな! フェルディナンド様に続け!」


 そんな声が聞こえた直後、周りの様子が一気に変わった。自分達を奮い立たせる大音声がひっきりなしに誰かの口から発せられ、武器と武器がぶつかり合う音が近くから聞こえるようになった。鎧が立てる金属的な音が先程よりもずっと大きく響いてきて、耳に刺さる。


 青いマントばかりだったわたしの視界に赤い飛沫が降ってきて、ひっと喉を引きつらせた直後、誰かの腕がバンと正面に飛んできた。大きな音がして騎獣全体が揺れる衝撃と同時に後ろへ消えていった。見間違いか、と思ったけれど、窓に残る血の跡が今の情景を現実だと教えてくれる。まるで人をひいたような感触に歯の根が合わないままアクセルを踏み続けた。


「ひぅっ!?」


 大きな攻撃を受けたのか、前方にいた騎士が騎獣から落ちてレッサーバスに向かって飛んでくる。


 ……ブレーキッ!


「ぶつかれ! 止まるな! 後ろが大惨事になる!」


 わたしがブレーキを踏むより早くコルネリウス兄様の叱責が飛んできた。ブレーキを踏みかけた足をアクセルに戻すより先に、横から出てきたアンゲリカらしき騎士に弾かれて騎士が軌道を変えて飛んでいく。恐怖に縛られて声も出せない。


 周囲の攻撃に煽られた護衛騎士が姿勢を崩してレッサーバスにぶつかってきた。撥ね飛ばされるように姿を消し、振り返りかけたところで叱責の声が飛んでくる。


「前を見てくださいませ、ローゼマイン様!」


 歯を食いしばって振り返りたい衝動を堪えた。そのまま進む。血飛沫だけではなく、誰かの魔石がカツン、カツンと騎獣に当たった。怖いのを通り過ぎて、わたしは置いて行かれないように必死だった。




「抜けたぞ! 反転して攻撃! 蹴散らせ!」


 上がった声には希望に満ちた明るさがあった。ダンケルフェルガーの騎士達がぐわっと騎獣の方向を変えていく。


「ローゼマイン様とハンネローレ様はそのまま真っ直ぐに進んで最後尾へ!」


 攻撃の当たらないところへ行くように言われた直後、わたしはフェルディナンドの指示を思い出した。敵陣を抜けたら癒しをかけるように、と命じられていたはずだ。


「ハンネローレ様は先に行ってくださいませ。わたくしは皆に癒しをかけるように言われています」


 わたしは護衛騎士を連れて上空へ上がると、窓から手を出して「シュトレイトコルベン!」と唱えながら反転し、フリュートレーネの杖を掲げる。エーレンフェストとダンケルフェルガーの騎士達にまとめて癒しをかけようと思えば、きちんと祈りを捧げなければ魔力が足りなそうだ。


「水の女神 フリュートレーネの眷属たる癒しの女神 ルングシュメールよ」


 旧ベルケシュトック側からは癒しを邪魔するように攻撃が飛んできたが、前線を支えるようになったダンケルフェルガーの騎士達が防いでくれている。護衛騎士達が盾を構えてくれている。わたしはやや早口で祈りを捧げた。


「我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え エーレンフェストを守る者を 癒す力を我が手に 御身に捧ぐは聖なる調べ 至上の波紋を投げかけて 清らかなる御加護を賜わらん」


 杖の魔石からぶわっと緑の光が溢れて降り注ぐ。負傷が多かったらしいギーベ騎士団から歓喜の声が上がった。士気が上がったのが感じられ、少しでも役に立ったことがわかって、ホッと体の力を抜く。


「ローゼマイン様、後は騎士に任せてお下がりくださいませ」


 レオノーレの言葉にわたしはコクリと頷いた。癒しをかけたら、わたしの役目は一旦終了だ。回復薬を飲んで魔力を回復させなければ、フェルディナンドから何か指示を受けた時に困る。ハンネローレがいる後方へ向かい、その場に降り立つと、わたしは騎獣の中で魔力だけが回復する薬を飲んだ。


「旧ベルケシュトックの騎士達は騎獣に乗るからでしょうか。銀色の衣装をまとっていませんし、銀色の武器を持っているわけでもありません。見慣れた普通のユルゲンシュミットの騎士同士の戦いです。ダンケルフェルガーはそう簡単に負けません」


 ハンネローレがニコリと笑ってそう言った。頼もしいと思っているところへエーレンフェストのマントをまとう騎士が二人近付いてくる。羽が付いている豹のような細身の猫型騎獣に乗っているのがマティアスで、同じような形だけれど、もっと大きくて虎っぽい騎獣に乗っているのがラウレンツだ。


「マティアス、ラウレンツ。無事でよかったわ」

「ローゼマイン様」


 護衛騎士が全員合流できて、わたしは胸を撫で下ろした。マティアスとラウレンツはレオノーレの予想通り、中央突破の時はほぼ最後尾にいたらしい。


「グラオザムにオルドナンツを送って所在を確認できないかと思ったのですが、オルドナンツが飛び立ちませんでした」

「……もう亡くなっているということかしら?」


 わたしはアーレンスバッハで飛び立たなかったオルドナンツをいくつも見た。亡くなった人には飛ばなかったのだ。


「……どこかで攻撃に巻き込まれて死んだという可能性もありますが、ボニファティウス様が仕掛けた罠を破る者がそう簡単に命を落とすとも思えません。オルドナンツが届かないような隠密行動が取れるのかどうか……」


 険しい顔のラウレンツにレオノーレがゲルラッハの夏の館を見遣りながら厳しい表情になる。


「魔力を通さない銀色の衣装をまとっていれば、オルドナンツが届かないそうです。アーレンスバッハの騎士が話していました。最初に銀色の布が見つかったのは、ここでしたよね?」


 旧ベルケシュトックの騎士達は銀色の衣装も武器も持っていないけれど、グラオザムは当然持っているだろう。オルドナンツが届かなくても不思議ではない。


「……ゲオルギーネ様達にとって彼等は捨て駒なのでしょうね」


 魔力を通さない銀色の衣装や武器を与えられるわけでもなく、重要な情報が共有されているわけでもない。神殿から礎を得られることを伝えれば彼等の生活は楽になっただろうけれど、教えるわけではなく小聖杯で土地の魔力を奪わせて自分の手足として使っているのだ。彼女がエーレンフェストの礎を得た後で植民させれば、今のエーレンフェストの貴族達を心置きなく粛清できるし、忠実な臣下を得られるけれど、いなくなっても構わないのだと思う。


「ローゼマイン様、ゲルラッハ騎士団の団長がお礼を言いたいそうです。そのまま騎獣から出ずにお聞きください」


 アンゲリカがエーレンフェストのマントをまとった一人の男性を連れてきた。兜は取っているため、顔が見えた。ルングシュメールの癒しで怪我が癒されたのだろう。怪我はなおっているようだけれど、血の跡があちらこちらに残り、血の気がない土気色の顔をしている。

 ふらついて倒れたのかと思うような体勢の崩し方で、彼はレッサーバスから少し距離を取ったところに跪いた。


「ローゼマイン様の癒しのおかげで、こちらがずいぶんと有利になりました。回復の間にでも一言お礼を申し上げたく……」

「わたくしの前まで来られないような体調でお礼に来なくて良いので、おとなしく休んでいてくださいませ」


 ルングシュメールの癒しは傷を塞いだり、炎症を治めたりするだけで、流れた血が戻ってくるわけではない。彼はきっと戦列を支えようと血が流れるのも構わずに前線で戦っていたのだろう。


「少々汚れもひどいため、ローゼマイン様にあまり近付くのは失礼かと思い、こうして距離を取らせていただきました」


 汚れているから距離を取るという礼儀は聞いたことがないけれど、団長が動けないというのは汚点や騎士団にとっての弱点になりうるだろう。わたしは彼の言い分を受け入れることにした。


「合流によって人数が一気に増えたこと、それから、ローゼマイン様の癒しにより怪我人が戦線に復帰できたため、このまま夏の館を奪われるのかと危惧していた最悪の状況を回避することができました。心よりお礼を申し上げます」


 前線を支えるダンケルフェルガーの騎士達のおかげで、ギーベ騎士団は回復のために後方に下がって薬を飲む者や夏の館へ回復薬を取りに戻れる者の姿が見られるようになったらしい。


「本日の昼頃にアウブよりダンケルフェルガーの混成軍の援軍が向かっているのでしばし耐えろ、とオルドナンツをいただいた時には信じられませんでした。準備していた魔術具が尽き、騎士団よりもよほど多い敵がやって来ていました。抗うためにはギーベを館に残し、騎士団全てが外に出る必要がありました」


 本当に来るのかどうかわからない援軍を待ちながら総力戦になっていたそうだ。自分達の援軍の姿が見えるよりも先に、敵に援軍が来て人数が増えていく。絶望的な気分になった時に、フェルディナンド、エックハルト兄様、ハイスヒッツェの攻撃が敵を薙ぎ払って道を作りながら合流してくれた、と彼は語る。その顔には何とも言えない安堵があった。


「お話中に失礼します、団長」


 夏の館へ入ろうとしていた騎士が駆け戻ってくる。団長はわたしに退席を願って立ち上がり、騎士に視線を向けた。


「どうかしたのか?」

「館に入れません」

「何?」


 騎士団長の尖った声が響き、バッと振り返るように夏の館を見た瞬間、館からヒュンと何かが飛んで行った。


「え?」


 人が何かを投げるのではなく、投石器のような物を使ったようなスピードで、館からは少し距離のある戦場の前線へ放物線を描いて飛んでいく。ヒュンという音が三回、時間差でそれはパンと音を立てながら炸裂した。


「何だ!?」


 白っぽい粉状の物が風で流れ、その付近の者達が急に見えなくなった。姿が消えた者、騎獣から落ちた者、急に動きが鈍くなった者、様々だ。後方にいて距離があったわたしの護衛騎士達はほとんど影響がなかったようだが、直撃を受けたところはひどい有様になっている。ダンケルフェルガーよりも旧ベルケシュトックの騎士達に被害者が多いように見えた。


「ヴァッシェン!」


 何が起こったのか理解できないでいるうちに、付近一帯に大量の水が落ちてきた。わたしもレッサーバスごと巻き込まれて洗浄される。


「毒は洗い流した。即座にユレーヴェを飲め!」


 フェルディナンドの怒声が響いた。ユレーヴェを飲め、という指示で何の毒だったのかすぐにわかった。フェルディナンドがアーレンスバッハの供給の間で受けた毒に違いない。


 ……どうしてそんな物がギーベの館から?


 わたしは館を振り返った。地階、一階、二階へと視線を上げていく。今まで人の気配を感じさせなかった館の二階のバルコニーに人影があった。


「効果が弱まっているわけではないが、予想よりも被害が少なかったな。やはり外では粉が拡散して効果が薄まるか……」


 まるで実験でもしているような感情の籠らない声が聞こえてきて背筋が粟立った。この声は知っている。わたしがユレーヴェに浸かることになった元凶の男の声だ。


「ギーベではない! 誰だ!?」


 団長が武器を手に騎獣に飛び乗って駆け上がる。パンと音がした途端、団長と騎獣の姿が忽然と姿を消した。呆然と見上げているわたしの近くに魔石が一つ落ちてくる。わたしの護衛騎士達が苦し気な声を上げ、即座にヴァッシェンをして、薬を飲み始めた。


「ギーベではない? 愚か者が。この館の礎である魔術具を染めた私が今はギーベ・ゲルラッハだ」


 左手だけが鎧の小手をつけているようにゴテゴテとしたシルエットに見えた。バサリとマントが翻る。汚れたエーレンフェストの色の裏側に銀色が見えた。


「グラオザム……」


 ユレーヴェを飲んでいたマティアスが低く唸るような声を出した後、わたしの騎獣の前に跪く。


「ギーベが館の防衛機能を最高まで上げると、ギーベが許可を出した者、血族、上位管理者である領主一族しか入れなくなります。騎士が入れなくなったのであれば、防衛機能の設定を変化させたのでしょう。あれの息子である私に行かせてください」

「マティアス、待ってください。それは……」

「私でなければならないのです」


 マティアスは青い瞳をわたしから館に向ける。両腕を胸の前で交差した後、ざっと立ち上がって駆け出した。


中央突破してギーベ騎士団と合流しました。

これで心置きなく大技がぶっ放せると攻撃を開始し始めたところで毒攻撃。

夏の館はグラオザムに乗っ取られていました。

マティアスの突撃。


次はその3です。

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― 新着の感想 ―
ローゼマインが歳をとってボケ老人になっても、レッサーバスの加減速は魔力に込めた意志が基準だろうから、アクセルとブレーキを踏み間違えてもお店に突っ込むことはなさそうだ
魔力持ちは死ぬと魔石になるというこの世界ではありえないものなのにめっちゃリアルで怖い戦場で凄いです…… もしも二部の最期マインが死んでたら魔石になってたのかな……
平和主義の日本人の心を残したままなら、怖い場所だよ。特に女の子は。
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