領主候補生の初講義
ヒルシュールとの話し合いを終えた後、皆には退室してもらい、わたしはローデリヒと話をするために部屋に残った。
「リヒャルダ、盗聴防止の魔術具は持っていて?」
「はい、姫様。こちらでございます」
リヒャルダから盗聴防止の魔術具を受け取り、それをローデリヒに渡す。ローデリヒが手に握り込んだのを見て、わたしは口を開いた。
「ローデリヒには全属性の心当たりがあるのでしょう?」
「はい。ヒルシュール先生にローゼマイン様の関係者だ、と言われた時にわかりました。名捧げです」
ローデリヒは自分の心臓の辺りを押さえて、名捧げの時を思い出すように遠い目になった。
「あの時、私はローゼマイン様の魔力に縛られました。この魔力が自分を生かしも殺しもするのだと実感したのです。ですから、ローゼマイン様の魔力がご加護を得る上で影響したのではないかと思っています。……ローゼマイン様は全属性なのでしょう?」
確信を持っているローデリヒの目を見れば、隠せるものでもない。わたしは「完全にわたくしの影響ですね」と頷いた。
「フェルディナンド様やゲオルギーネ様に名捧げをしている者達も同じように主の影響を受けて属性を増やしているのかしら?」
「……その可能性はあります。今になって思い返してみれば、調合が少し楽になっていたのです。ただ、本当に少しなので、今日は調子が良かったのか、と思う程度でした。けれど、エックハルト様のように騎士として戦っている方ならば、私よりももっと敏感に主の魔力の効果を感じているかもしれません」
そして、今は加護の儀式で増えた属性の大神からも加護が得られたため、明らかに消費魔力が減っているらしい。ユストクスやエックハルト兄様は加護の儀式を終えた後で名捧げをしているはずなので、そこまで影響は大きくないのではないか、とローデリヒは言った後、一度目を伏せた。
「ただ、名捧げによる属性数の増加に関しては公表しない方が良いと思います」
「理由を聞かせてくださいませ」
「名捧げは基本的に公にすることではございません。この人だと定めた自分の主に対して自分の忠義を示し、命まで含めて自分の全てを捧げる儀式です。属性の増加を目当てに行うようなことではありません」
家族を切り捨ててでもわたしに仕えるのだと決意したローデリヒは、属性の増加を目当てに名捧げが流行ったら自分の忠誠心を貶められるような気がして嫌だ、と小さく呟いた。わたしはゆっくりと頷く。
「わたくしも属性の増加を目当てに名捧げをするような者の命など預かれません。責任を持ちたくないです」
「ただ、今のエーレンフェストは旧ヴェローニカ派の子供達が生きるために名捧げを強要されている状態です。これは普通ではありません」
「……そうですね」
「どちらにせよ名を捧げなければならないのであれば、全属性を持つローゼマイン様を選ぶ者が増えると思います。ですが、それはローゼマイン様の望むことではありませんよね?」
色々と比較した中でわたしを選んでくれた四人の名を受ける覚悟は決めたけれど、属性が欲しいからとこれから大量に鞍替えされても困る。
「名捧げで属性が増えることを公表する上で私が何より心配なのは、旧ヴェローニカ派の子供達が今まで以上に他の貴族達から反感を買い、やはり連座にするべきだと言う貴族が増えることです。名捧げで生を得て、更に領主一族と同じだけの属性を手に入れられるということになると、連座を逃れるための罰の意味が薄れますから」
旧ヴェローニカ派は中級から下級貴族が多い。アーレンスバッハの血を上手く取り込み、上級貴族に限りなく近い中級貴族もいるけれど、適性は一つから三つの間である。それが領主一族と同じだけの属性を持てるようになる。そして、名を捧げることで魔力圧縮方法を教えてもらえる立場にもなるのだ。ライゼガング系の上級貴族にとっては面白いことではないはずだ。
「けれど、何人もの子供達に名捧げをさせる以上は隠し通せることではないと思うのです。養父様に要相談ですね。ローデリヒが全属性を授かったことは先生方に知られていますが、あまり口外しないように気を付けてくださいね」
「はい」
それから週末までは共通の座学も実技も初日合格を続けた。講堂や小広間に行くたびに「フェシュピールを演奏しながら大規模な祝福を行っていたのですって」「見たこともない規模の祝福だったそうよ」と指を刺されたり、ひそひそと言われたりしたけれど、実際に見た証言者がたくさんいるので否定もできなず、噂が消えるまで放置するしかない。
そして、ダンケルフェルガーのクラリッサに面会予約の手紙を書いたり、ヒルシュールとの話し合いの場を設けるためにエーレンフェストへ報告書を送ったり、フェルディナンド宛てに手紙を書いたのにライムントが勉強に忙しくて寮に籠っていて渡せずじまいだったりした。
初めての土の日は一年生がシュタープ取得で自室に籠り、他の学年は調合のために採集場所へ向かって、それぞれ講義に必要な採集を行った。例年は寮に到着と同時に行っていたが、今年は粛清の話で二、三年生は採集ができていなかったので一気に薬草を刈った。目に見えて薬草が減ったので、ひとまず祝福が溢れるのを防ぐためにも余っている魔力を放出しておいた。
……これでよし。
こうして、特に何事もなく時間は過ぎ去り、週明けとなった。初めての専門コースである。わたしは朝食のために食堂へ向かう。二階ではローデリヒが待っているだけで、テオドールの姿はない。
「まだ取り込めてないのでしょう」
「午後にはきっと出てきますよ」
一年生が「神の意思」を取り込むには個人差があるのだ。わたしは少しだけ男子の部屋が並ぶ二階の廊下を見た。早くシュタープを得て武器にしたい、と張り切っていたテオドールの姿を思い出して、「頑張って」と小さく応援しておいた。
朝食を終えると、皆が多目的ホールで勉強する。これは座学の試験が終わるまで続くのだ。一年生と二年生は科目が少なく、週末で全て終えてしまったので、今年の最も早いチームは一年生と二年生ですでに決定である。去年の雪辱を果たし、全ての座学で全員初日合格を勝ち取ったシャルロッテは胸を撫で下ろしていた。
三年生以上の専門チームはそれぞれ高得点を採ろうと奮闘中だ。今年は特に側仕えチームのやる気がすごい。
……わたしも頑張るぞ!
「それにしても、領主候補生には専門棟がないのですね」
文官、側仕え、騎士、とそれぞれに専門棟があるのに領主候補生にはない。何だかちょっと悲しい。そう唇を尖らせていると、リヒャルダがクスクスと笑った。
「この中央棟が王族と領主候補生の専門棟ですよ。中央棟の一角が専門室になっていて、王族と領主候補生しか入れない部屋がいくつもあります。身分の高い者があまり移動しなくて良いようになっているのです」
確かに今のわたしではあまり遠いところで講義になると移動が大変だ。わたしは進級式で説明があった部屋へ向かった。
「では、しっかりお勉強してきてくださいませ」
「フェルディナンド様と予習しているので大丈夫です」
「……私は少し不安だ。叔父上とローゼマインの速さにはついていけなかったからな」
ヴィルフリートがぼやくようにそう言った。さすがに神殿まで毎日足を運ぶことができなかったし、魔力量にも差があるので、魔石を染めるにも時間がかかっていたのだから仕方がないだろう。
「多少の予習はしていますし、たくさんの眷属のご加護を得られたのですから、講義はとても楽になると思いますよ」
「そうであれば良いが……」
ぼやくヴィルフリートと二人で中に入ると、これまで教室として使ってきた講堂や小広間などとは違って、ずいぶんと低めの机が並んでいた。フェルディナンドの予習で行ったことを同じようにするのであれば、箱庭を作って練習するはずなので中を覗き込みやすいように低い机になっているのだろう。
……わたしにとってはちょっと高すぎるけどね。
ここに箱を置けば中を覗き込むのは無理だと思う。踏み台が必要ではないだろうか。室内をぐるりと見回せば、一番教壇に近い場所に踏み台の準備された机があった。間違いなくわたし用だ。
……さすがエグランティーヌ様。よく気が付くよね。嬉しいけど、授業が順調に進むのは助かるけど、一人だけ踏み台付きってちょっと微妙な気分。
軽く溜息を吐きながら室内を見回す。当たり前のことだが、ここには領主候補生しかいない。これまでは身分で分かれてもほとんどの講義に上級貴族が一緒にいたので人数が多かったけれど、この状態がずっと続くと考えると非常に寂しい感じだ。
「ハンネローレ様、ごきげんよう」
「ローゼマイン様、ヴィルフリート様。ごきげんよう」
わたしは早速ハンネローレのところへ向かった。週末にはヒルシュールが加護の増加について話に言ったはずだ。どのような話をしたのか、少し聞きたい。
「ヒルシュール先生がダンケルフェルガーへ質問に行ったと伺ったのですけれど、ハンネローレ様は大丈夫でしたか? その、研究に関することになると周囲が見えなくなる先生ですから少し心配だったのです」
「ローゼマイン様の仮説が正しいのかどうかを検証したいと伺いました。わたくし、何故複数の眷属からご加護がいただけたのか不思議で仕方がなかったのですけれど、ローゼマイン様の仮説を伺って納得したのです」
ハンネローレは「おかげでとてもスッキリいたしました」と嬉しそうだ。
「つまり、ハンネローレ様は日常的にお祈りを捧げていたということですか?」
「……その、わたくし、ドレッファングーアのご加護を得られたら、と常日頃から思い、コルドゥラの作ってくれたお守りを肌身離さずに持って、お祈りをしていたのです」
少しだけ袖を上げたハンネローレの手首にはわたしが付けているのと同じようなブレスレット型のお守りがあった。少し大きめの魔石には時の女神ドレッファングーアの印が刻まれている。
「では、武勇の神アングリーフにも日常的にお祈りを捧げているのですか?」
「そちらは、その、お祈りを捧げているという自覚はあまりなかったのですけれど、ダンケルフェルガーは武を尊ぶ土地柄でディッターの試合前には古い戦歌を歌って踊ったり、勝利すれば戦い系の神々に魔力を奉納する儀式があったりするのです。領地対抗戦で勝利した時はわたくしもお兄様も魔力の奉納をいたしました。お兄様にもアングリーフのご加護をいただいているのは、やはり儀式の影響でしょう」
……試合前に歌って踊るって、ラグビーのハカみたいなものかな? でも、なんか納得。
ダンケルフェルガーだけにやたら戦い系の眷属の加護がつく理由が明らかになった。あれだけ力を入れているディッターで試合の前後で祈っていれば、真剣だろうから加護も得られるだろう。
「ルーフェン先生が騎士見習いのコースでも多少取り入れているようですから、真面目に祈っている騎士見習いには戦い系の眷属の加護が付いたのではないか、と推測されていました」
口先だけで祈りの言葉を言っていたり、ルーフェンの指示に合わせて戦歌を歌ったりしていても、加護を得られるわけではないようだ。
「ヴィルフリート様がたくさんの眷属からご加護を得たのは、それだけ日常的にお祈りを捧げているからなのですね」
「領地が魔力的に困窮し、洗礼式を終えた領主候補生が儀式をして領地を回っていたのが結果的に良かったようだ」
ヴィルフリートの言葉にハンネローレが笑顔で頷いた後、ふと何かに気付いたようにわたしを見た。そして、恐る恐るといった表情で躊躇いがちに口を開く。
「……では、神殿長として常日頃からお祈りをされているローゼマイン様はどのくらいの神々からご加護を得たのでしょう? 確か音楽の時に、儀式のせいで祝福が溢れやすくなっている、とおっしゃいましたよね?」
「そ、それは、その……」
周囲で聞き耳を立てていたらしい他の領主候補生達の視線が自分に集まっている。ここで馬鹿正直に数を言えば大変なことになることだけは、さすがのわたしにもわかった。
「正確な数は秘密です。……その、大っぴらに口外するようなことではございませんから」
ハンネローレがくるりと周りを見回して「とても口外できないほどに多いのですね」と納得したように頷いた時、領主候補生達の教師としてエグランティーヌが数人の助手と共に入って来た。助手は大きな箱を抱えている。
「エグランティーヌ様だわ」
そんな声を上げながら皆が急いで席に着く。わたしはきちんと台がある最前列に向かった。ヴィルフリートとは少し席が離れているけれど、ハンネローレの隣だ。ちょっと嬉しい。
「お隣ですね、ローゼマイン様」
「えぇ、よろしくお願いいたします」
目の前にある教壇に立ったエグランティーヌは教師だけれど王族としての立場を強調した装いで、髪も複雑に結っている。これまではあまり気に留めていなかった黒のマントが、今のエグランティーヌの立場をしっかりと示している気がした。
……エグランティーヌ様が教師になったのは、わたしから情報を得るため?
ヒルシュールの言葉が脳裏に蘇り、少し気持ちが沈んでいく。疑われ、情報を得ようと画策されていることも沈む原因ではあるけれど、一番気分が沈むのは王族から疑われている通りだというところだ。
わたしは王族にとって有力な情報を持っている。聖典に浮かび上がっていた王になるための手順。自分にも、周囲にも危険をもたらす情報なので、決して口外する予定はないけれど。
「皆様、お久し振りですね。このような形ですが、皆様と時間を過ごせることを嬉しく思っています」
少し沈んでいく気分とは裏腹に、エグランティーヌは今日も綺麗だった。舞うような優雅な足取りで皆の前に立ち、ニコリと笑顔を浮かべていた。貴族らしい長々とした挨拶を述べ、お年を召した傍系の王族のおばあちゃん先生との交代について述べる。
エグランティーヌは領主候補生の最優秀だったようで、王はこれから成長する学生達を導くのに相応しいと決めたらしい。
「拝命した以上は皆が領主候補生として相応しくなれるように、精一杯導きたいと存じます」
挨拶を終えたエグランティーヌは助手達に視線を向ける。すると、助手達は手分けして箱を配り始めた。全員に配り終えると、助手達はさっさと退室して行く。講義内容を教えないためだろう。領主候補生以外は立ち入り禁止だと言っていたフェルディナンドの姿を思い出した。
「これは礎の魔術の簡易な物だとお考えくださいませ」
エグランティーヌの声に皆が一斉に自分の前に配られた箱を見る。上から見ると、大体六十センチくらいの正方形で、中には砂漠のようなさらさらと乾いた砂が入っていた。真ん中にはビー玉くらいの大きさの魔石が色とりどりに並んだ直径十センチくらいの大きさの魔術具がある。
……結構大きいね。
フェルディナンドの予習で使った教材の倍近くの大きさだ。どんな違いがあるのか、わたしがきょろきょろと見回していると、講義の説明が始まった。
「三年生の領主候補生の講義では、主に礎の魔術の扱いについて練習します」
与えられた箱庭を自分の領地に見立て、実際に動かしてみるという礎の魔術の簡易バージョンで練習するらしい。フェルディナンドの予習でやったのと全く同じだ。
……内容が違ってたら困るんだけどね。
「この箱庭が貴方達に与えられた領地で、この中心にある魔術具が礎の魔術を模したものです」
このさらさらの砂は魔力が枯渇した状態のようで、魔力で満たしていけば草が生えるような土になっていくのである。
「まず、シュタープを出してくださいませ。そして、この箱庭の領地を自分の魔力で染めていきましょう」
エグランティーヌはニコリと笑ってそう言った。わたし達は言われた通りにシュタープを出す。魔力の調節をするのにシュタープ以上の魔術具はない。シュタープの先で魔石に触れるようにして魔力を込めていく。
魔術具にはいくつもの魔石があるけれど、全ての魔石は繋がっている。一つに魔力を流し込めば一気に染めることは可能だ。
……よいしょって、うぇっ!?
いつも通りに魔石を染める気分で魔力を流し込んでいたわたしは、魔術具どころか箱庭の様子が変わっていくことに気付いて慌てて魔力を止めた。けれど、流れ始めた魔力はすぐには止まらない。まるで壊れた蛇口からいつまでもポタポタと水滴が落ちるように魔力がじわじわと流れている。
……どうしよう。シュタープが全然仕事をしない。魔力の調節できないんだけど。
「あら、お話には伺っていましたが、本当にローゼマイン様は優秀なのですね」
「エグランティーヌ様……」
「ローゼマイン様、エグランティーヌ先生ですよ。フフッ。……それにしても、まさかこの短時間で魔術具ばかりか箱庭全体を染めてしまうなんて……」
砂漠のような乾いた砂が敷き詰められていた箱庭の中はあっという間に黒い土とところどころに緑が芽を出す状態になっていた。しかも、まだ完全には魔力の流れが止まっていないので、じわじわと緑が増えている。
エグランティーヌが「これは実際に見ると、とても驚きますね」とおっとり微笑んで楽しそうにオレンジの瞳を輝かせているけれど、わたしはもう泣きたい。
……そんな感心した顔で見ないでください! わたし、魔力調節ができないダメな子なんですっ!
箱庭の進み具合を見ていたエグランティーヌがコテリと首を傾げた。
「どうしましょう? 今日は礎を染めて、領地を魔力で満たして終了にする予定だったのですけれど、ローゼマイン様はそろそろ終わりそうですね。この後も次々と進みますか? 他の皆と足並みを合わせて次の講義にいたしますか?」
「……早く終わらせたいです。わたくし、講義の後で魔力制御の練習をしなければなりません。それに、講義の時間が終わるまで迎えが来ないので、この部屋から出られませんから」
わたしはそれから先の課題を与えられ、結界や境界門の作成に必要な設計図を描いたり、エントヴィッケルンに必要な金粉を準備したりすることになった。
「次の講義では闇の神と光の女神の名を教えます。実際に色々と行いましょうね」
「はい」
フェルディナンドの予習ではまだ名前が教えられず、呪文の部分を「闇の神」とか「光の女神」で済ませていたため、エントヴィッケルンで形を作っても五分くらいで崩れていたのだ。せっかくなので理想の図書館の模型を作ってみたのに、五分で崩れたわたしの悲哀が伝わるだろうか。
ちなみに、嘆いているとフェルディナンドに「時間が勿体ない」と叱られ、次の課題では図書館は禁止されて自分の部屋を作ることになり、本棚をたくさん並べたら「図書館と変わらぬではないか」と怒られたのだ。
そんなことを思い出しながら、わたしは課題をこなしていく。
……魔石に魔力を流し込んで金粉にするなんて簡単、簡単。
与えられたクズ魔石をギュッと握っては金粉に変えていると、隣のハンネローレがシュタープで中央の魔術具を押さえながらポカンとした顔でこちらを見ていた。
「ローゼマイン様はずいぶんと簡単に金粉にしてしまうのですね」
「今のわたくしは魔力を無差別に込める方が楽なのです。ここだけの話ですけれど、今のわたくしには飽和状態でピタリと止めることができません。下手すると、祝福になって魔力が溢れてしまうのです」
こっそりと声を潜めて言うと、ハンネローレは目を丸くした後クスクスと楽しそうに笑った。
「まぁ。それでは音楽の時のような勢いで祝福をされると、皆の箱庭がローゼマイン様の魔力で染まってしまうかもしれませんね」
「……そうならないように気を付けているのです。実際、シュバルツとヴァイスは祝福で主になってしまいましたから」
今この部屋で祝福をしたら、全員の箱庭を乗っ取ってしまう可能性もあるのだ。そんな危険なことはできない。わたしの答えにハンネローレが赤い瞳をうろうろと泳がせた後、困ったような顔でほんの少し笑った。
「わたくし、冗談のつもりだったのですけれど、ローゼマイン様は本当にできてしまうのですね」
……しまったああぁぁ!
「ほ、ほほほ、ほほ。わ、わたくしも冗談ですよ」
次々と魔石を金粉に変えながらとりあえず笑ってみた。これで誤魔化されてはくれないだろうか。
……む、無理だろうなぁ。ハンネローレ様が完全に引いてる。
どうしよう、と誰かに助けを求めたい気分でおろおろしていると、後ろの方から朗らかなヴィルフリートの声が聞こえた。
「エグランティーヌ先生、魔術具を染めることができました。やはり、ご加護の影響で魔力の消費が少なくなり、扱いやすくなっているようです」
泣きたい気分で振り返ると、ヴィルフリートが得意そうに自分の箱庭を見せてエグランティーヌに褒められているのが見える。その様子は全く苦労のない優等生そのものだ。
……たくさんのご加護をもらってるのに扱いやすくなってるなんて、ヴィルフリート兄様だけずるいよっ!
心の中で八つ当たりした後、わたしはとりあえず加護を与えてくれた神々に心から祈っておくことにした。
……神様、どうかハンネローレ様がわたしのお友達を止めるなんて言い出しませんようにっ!
ローデリヒとちょっとお話。
そして、初めての専門コース。
予習したことばかりなので楽勝ですが、ハンネローレの視線が痛いです。
次は、奉納舞です。