旧ヴェローニカ派の子供達
貴族院に到着すると同時に聞かされたマティアスの驚くような密告は、詳しく話を聞いて、その日のうちに手紙を書いて養父様に送った。
次の日、わたし達よりも一日遅れて貴族院にやって来たシャルロッテは「そのようなことがあったのですか?」と目を丸くした。養父様達はいつも通りの顔を崩さずに見送ってくれたらしい。
「ただ、こちらをお兄様とお姉様と一緒に読むように、と預かってきました」
食後に領主候補生とその側近だけが集まって、会議室でシャルロッテが預かって来た養父様からの手紙を読んだ。旧ヴェローニカ派の子供達からの密告ということで、粛清の計画の見直しを含めて急遽動くことになったらしい。
「こちらのことはこちらに任せなさい。其方達領主候補生に任せるのは貴族院の寮内にいる旧ヴェローニカ派の子供達の監視と説得で、エーレンフェストの粛清ではない……だそうです」
「ならば、マティアスとラウレンツを呼び出して一緒に話し合った方が良さそうだな」
「お兄様、それは……」
危険すぎるのでは、と言ったシャルロッテの言葉をヴィルフリートが首を振って遮った。
「いや、シャルロッテ。あの二人は我々の到着を待っていて、家族を切り捨ててでもエーレンフェストのためになることをしたい、と言っていたのだ。旧ヴェローニカ派の子供達を取り込み、少しでも多くの命を救うために彼等の協力は必須だと思う」
わたしもヴィルフリートの意見に賛成だ。護衛騎士を十分に揃えること、二人には近付かないことをシャルロッテに約束して、マティアスとラウレンツを呼んでもらった。貴族院の寮を少しでも居心地良くするために、旧ヴェローニカ派の子供達に対してどうすれば良いのかを相談する。
「まずは、我々が中心になって、誰がどの程度の罪を犯し、どこまでの連座が考えられるのか、連座で処分ということになった時に名捧げをして逃れるのか、それとも、家族と共に罰を受けるのかなど、色々と話をしてみます」
罪や処罰の重さによっては名捧げをする必要がない者もいるかもしれないが、粛清が終わって報告が来た時に混乱しないように少しでも進む方向を決めておきたいとマティアスが語る。
「話をした上で、家族と共に罰を受けると決めた者は捕えてエーレンフェストへ送ります。貴族院にいると皆の安全が脅かされますから」
二人の間ですでにある程度話ができているようで、ラウレンツがちらりとマティアスを見た後、言葉を付け加えた。
「自暴自棄になって領主候補生に襲い掛かる者がいれば、他の者も連座処分を免れる道がなくなります。それだけは何としても回避したいのです」
だから、説得の役割は旧ヴェローニカ派の中心を担っていた自分達が負うと二人が言った。
「わたくし達領主候補生もアウブ・エーレンフェストから皆の説得を任されているのですけれど……」
養父様から旧ヴェローニカ派の子供達の説得を任されたシャルロッテが少し顔を曇らせる。
「シャルロッテ姫様、マティアスとラウレンツにお任せなさいませ」
「リヒャルダ?」
「そんなつもりがなくても気が昂ぶっているとどうなるかわかりません。少し落ち着くまで彼等と距離を取ることは、姫様方だけではなく、彼等を守ることにも繋がるでしょう」
それまで静かにわたしの後ろに控えていたリヒャルダがシャルロッテを諭す。
親や親族が粛清されるのだ。思いつめて何をするかわからない者やカッとなって手を上げる者もいるかもしれない。本来は連座処分を受けるところを、名捧げで例外的に救うのだ。それでも不服に思う者がいれば、やはり全員連座処分にするべきだという声が大きくなるかもしれない。
「これまでの慣例を破るのに良い顔をしない貴族は何人もいました。誰もが隙を作らないようにすることが肝要です」
リヒャルダの言葉にマティアスとラウレンツが大きく頷き、わたし達の護衛騎士達は気合を入れ直したように姿勢を正した。
「彼等の身の処し方が決まるまでは食事の時間も別にするようになさいませ。説得するだけが彼等を救う手段ではございませんよ」
そうリヒャルダに言われ、しばらくの間、領主候補生は他の生徒達と食事の時間も別に摂ることになった。
その次の日、一年生の移動が全て終わってから、改めて寮内の全員に話をした。旧ヴェローニカ派の者達が行っていたこと、そして、この冬の間に粛清が行われることを。
「なるべく多くの命を生かしたいとアウブはお考えですし、わたくし達も同じです」
「これまでの慣習を破ることになるので名捧げは必須、と言われているが、それに見合うだけの待遇は準備するつもりだ。自分がどのように生きるか、よく考えてくれ」
シャルロッテとヴィルフリートの言葉を旧ヴェローニカ派の子供達は静かに聞いている。マティアスとラウレンツは彼等の前にいて、話を聞いて逆上したり、暴れたりした時に抑えられる体勢をとっている。
「……旧ヴェローニカ派にも色々と言い分はあるでしょうし、家族や親族が処分されるということでわたくし達に怒りを向けたくなることもあるでしょう。けれど、その行いが生き残れるはずだった命を失わせることに繋がるかもしれません」
「どういう意味ですか、ローゼマイン様?」
旧ヴェローニカ派の子供達の視線が一斉にこちらを向いた。
「粛清が行われた場合、洗礼式を終えた子供部屋にいる子供達は城の一角で、そして、洗礼式を迎えていない幼い子供達はわたくしの側近によって孤児院で保護されることになっています」
信じられない、というように数人が顔を上げてわたしを見た。その年頃の弟妹がいる子達だろう。
「洗礼前の子供まで……?」
「ローゼマイン様、孤児院に入れられた弟は貴族として洗礼式を受けられるのですか?」
ラウレンツが驚きの声を上げた。どうやらラウレンツには洗礼式前の弟がいるらしい。わたしはラウレンツを見ながら、一度目を伏せた。
「孤児院で教育を受け、成績優秀であると認められること。そして、復讐心などの思想の問題がなく、アウブ・エーレンフェストに仕える意思がある者であれば、神殿長やアウブを後見人として洗礼式を受けさせ、城の寮で生活させる計画はあります。ただ、これまでの慣例を完全に無視する状態になるので、犯罪者の子供を貴族として生かすのか、という声も依然大きいです」
特に、ヴェローニカやその派閥によって煮え湯を飲まされてきた貴族はこの機会に徹底的に潰しておけ、と息巻いていると聞いている。それでも、できるだけ子供達は確保しておきたいのだ。
「洗礼前の子供達はこれまでの慣習に照らし合わせると、救われることのなかった命です。貴方達の選択によって彼等の生き方が決まるとも言えます。年長者として彼等が生きていくための道を示してほしいと思っています」
こうして粛清が行われることを話したけれど、当然、旧ヴェローニカ派の子供達は家族に向けて手紙を送ることもできない。完全に貴族院に隔離されている状態で恐怖と不安と絶望に陥っている子供達にもっと話をするためにマティアスとラウレンツが会議室へ案内するのを見ながら、わたしは自分の側近であるローデリヒを呼んで命じる。
「旧ヴェローニカ派から名を捧げて領主一族の側近となったローデリヒの話は説得に役立つかもしれません。ローデリヒ、マティアスとラウレンツに協力して説得に当たり、あちらで決まった内容を知らせてください」
こうしてローデリヒにも一緒に説得に当たってもらわなければ、わたし達領主候補生は彼等の身の振り方が決まるまで接触を禁じられているので、情報を知りようがない。
「できれば、家族構成も尋ねてくださいね。洗礼前の子供達がどのくらいいるのか、先に把握できていると救出も容易かもしれません」
「かしこまりました」
ローデリヒが多目的ホールを出て行くのを見送った後、わたしはユーディットとその後ろに控えるテオドールへ視線を向けた。
「こんな状況でわたくしの護衛騎士をしてもらうのです。貴族院へ入学したばかりで大変でしょうけれど、よろしくお願いしますね、テオドール」
ユーディットの弟、テオドールは貴族院だけのパートタイム護衛騎士だ。卒業後はギーベ・キルンベルガに仕えたいと言っている。貴族院到着直後に聞かされた粛清の話にユーディットによく似た幼さの残る顔を少し引きつらせていた。
ユーディットがテオドールにわたしの側近を紹介すると、レオノーレが歓迎の言葉をかけながらテオドールに早速仕事を振る。
「テオドールの役目はなるべく早く講義を終えて、ローゼマイン様の図書館や研究室通いのお伴をすることです。学年が上がるとどうしても講義を終えるのに時間がかかりますから、一年生の貴方には期待しています」
フェルディナンド様の予習があるので、ローゼマイン様は今年も全て一度で合格してしまうかもしれませんし、とレオノーレが溜息を吐いた。レオノーレとユーディットとテオドールの三人でわたしの護衛をしなければならないので、護衛の振り分けが大変らしい。
レオノーレから仕事を振られたテオドールが困ったように菫色の瞳をユーディットに向けた。
「護衛騎士らしい仕事が少なくて、鬼のような訓練が多いと姉上からは聞いていたのですが、いきなり責任重大ですね」
テオドールの言葉にユーディットが「テオドール、貴方……」と呟きながら、ひくっと頬を引きつらせ、レオノーレは少し思い出すように上を向く。
「……ユーディットが講義を終える頃にはローゼマイン様が奉納式で帰還する時期になっていることが多かったからではありませんか? 必然的に護衛任務ができる時間が少なくなっていたのです」
「あぁ、なるほど。姉上一人だけ講義を終えるのが遅かったということですか」
「レオノーレ! テオドール! もう止めてくださいませ! 今年はわたくしもローゼマイン様の護衛騎士らしく頑張るのですから!」
涙目になっているユーディットを見ながらレオノーレがクスクスと笑う。
「テオドール、別にユーディットはできない子ではないのですよ。遠隔からの攻撃でユーディットに勝る者は寮内にいません。ボニファティウス様からもお褒めの言葉をいただいていますし、貴族院の中でも上位に入るでしょう」
「え!? 姉上が?」
騎士寮に入っているユーディットの活躍や能力をテオドールは正確に知らないのだろう。レオノーレの言葉に目を丸くした。
「今まではローゼマイン様の護衛騎士がアンゲリカやコルネリウスのように実技を得意とする者ばかりだったので、手こずったように見えるだけなのです。去年も座学はすぐに終わりましたもの。テオドールに良いところを見せられるように今年も頑張りましょうね、ユーディット」
姉として負けるわけにはいかない、とユーディットが奮起しているのがわかる。シャルロッテやメルヒオールにとって良い姉になるために努力してしまうわたしにはユーディットの気持ちがよくわかった。
……うんうん。弟にはそう簡単に負けられないよね? 頑張れ、お姉ちゃん。
「それから、テオドール。任務中はユーディットのことを姉上と呼ばず、名前で呼ぶようにしてください。号令を下したり、声をかけたりする時に誰を呼んでいるのかわからないようでは困りますから。わたくしのこともレオノーレで結構です」
「わかりました、レオノーレ」
テオドールは慣れない様子で何度か「ユーディット」と呟き、ユーディットも「テオドールに名前を呼ばれるなんて不思議な感じがしますね」と呟いている。よく似た二人が一緒に首を傾げている様子が可愛く見えて、わたしは少し笑った。
「わかります。わたくしも役職や立場が変わって呼び方が変わった時はなかなか慣れませんでしたから」
「ローゼマイン様はどなたの呼び方が変わったのですか?」
くるりと振り返ったユーディットが菫色の瞳をわくわくと輝かせながらわたしを見た。
「わたくしが領主の養女となった時に色々と変わりましたよ。城では兄様達を呼び捨てなくてはならないと言われた時も、ジルヴェスター様を養父様と呼ぶことになった時も戸惑ったものです。ユーディットもテオドールもしばらくは戸惑うでしょうけれど、職場だけだと思えばすぐに慣れますよ」
ユーディットにそう言いながら、わたしは心の中で付け加える。
……今となっては昔のことだけどね。わたし、青色巫女見習いの時代はダームエルを「ダームエル様」って様付けで呼んでたんだよ。
もう誰に言っても信じてもらえないかもしれない昔のことを思い出して、わたしは少し目を伏せた。
「ローゼマイン様、おおよその振り分けが決まりました」
旧ヴェローニカ派の子供達が連座処分を受けることが決定した際、誰に名捧げをするのかがおおよそ決まったらしい。ローデリヒが報告にやって来た。わたし達は会議室を借りて報告を受ける。十六人中の三名がわたしに名捧げをする予定だそうだ。
「マティアス、ラウレンツ、ミュリエラは親がゲオルギーネ様に名捧げしているので、もう決定です。マティアスとラウレンツは名捧げの石を早目に作るそうです。旧ヴェローニカ派の子供達が後に続きやすいようにしたい、と言っていました」
「そうですか」
わたしはローデリヒの書いてくれた子供達が希望する名捧げ先を見ながら、結構希望先が偏っていることに気付いた。
「騎士見習いと側仕え見習いの男の子はヴィルフリート兄様が多くて、騎士見習いと側仕え見習いの女の子はシャルロッテを希望する人が多いのですね。そして、文官見習いはアウブを希望している、と」
「わたくしに名捧げを希望するのは、マティアス、ラウレンツ、ミュリエラの三人ですか」
ミュリエラだけが女の子の文官見習いで、マティアスとラウレンツは騎士見習いだ。
「できれば、側仕え見習いの女の子を補充したかったのですけれど……」
リーゼレータが今年卒業で、ブリュンヒルデも来年には卒業してしまう。ベルティルデが入学してくるけれど、できれば一人か二人は側仕え見習いが必要なのだが、わたしはあまり人気がないらしい。
「親がない状態では女性の場合、どうしても嫁入りが難しいですから、他領へ嫁ぐ可能性が高いシャルロッテ様に希望が集まるようです」
他領に嫁ぐシャルロッテに名捧げしていれば、同行を許される可能性が高い。というか、エーレンフェスト内には置いておけない。そうして他領に同行した場合は共に嫁いでいるシャルロッテが後ろ盾になるため、エーレンフェスト内で犯罪者の身内として縁談先を探すよりも良い縁談先が見つかる可能性が高い。そのため、側仕え見習いと騎士見習いの女性はシャルロッテを希望する者が多くなるそうだ。
「では、間諜を警戒して同行を許されることが少ない文官見習いもアウブ夫妻かヴィルフリートを希望する者が多いのは何故ですか?」
それならば、文官見習いはわたしを希望する者が多そうに思えるが、これもまた回避される大きな理由があった。
「ローゼマイン様の側近になると神殿に向かうことになりますから。まだ神殿に忌避感を抱いている者は少なくありませんし、ハルトムートは厳しいことで有名ですから……」
「ハルトムートは厳しいのですか? フェルディナンド様に比べればずいぶんと優しいですよ。とても丁寧に教えてくれます」
フィリーネが首を傾げながらそう言うと、ローデリヒが苦笑した。
「フェルディナンド様に比べると確かに優しいかもしれませんが、よく似ていますよ。使い勝手が悪いと感じた者は遠ざけていくところが。家族がなく、ローゼマイン様に名を捧げ、逃げ場がない状態で文官の中で最も身分が高いハルトムートに睨まれるのはとても怖いです」
でも、神殿に入れないようでは困るし、ハルトムートには印刷に関することも任せている。ハルトムートと上手くやれない人では確かにわたしの文官は難しいだろう。
「そんなわけで心情としてはローゼマイン様に名捧げをしたいと考える者は多いのですが、実際に捧げることを考えると、躊躇するところがいくつかあるようです。ローゼマイン様はお体も弱いですから」
ローデリヒが少し困ったように笑った。わたしがいつ死ぬかわからない虚弱さなので、名を捧げて命を預ける主にするのは怖いらしい。主が名を返すことなく死ねば、共に死ぬことになるからだ。
「それに、ローゼマイン様は奉納式で社交の場に出ませんし、体調を崩して中座することも多いですから、側仕え見習いにとっては点数……」
「ヴァッシェン」
ローデリヒが突然水の固まりに包まれたかと思うと、リーゼレータが何故かシュタープを握っていた。何が起こったのかわからずに皆が目を瞬く中、リーゼレータはいつも通りの微笑みを浮かべている。
「少し口周りに油の汚れがひどいようですから、ヴァッシェンを使わせていただきました」
「あら? でも、まだ落ちていないような気がします。ローデリヒは一度よくお顔を洗った方がよろしくてよ」
ブリュンヒルデが飴色の瞳に怒りをにじませつつ、ニコリと笑ってローデリヒを連れて退室して行く。
報告するはずのローデリヒが強制退室させられてしまった。二人の間では通じ合っているようだが、何故突然ヴァッシェンだったのか、状況が全くつかめなくて、わたしはリーゼレータを見上げる。
「え、えーと……リーゼレータ」
「お茶を入れ替えますね、ローゼマイン様。少々お待ちくださいませ」
笑顔でススッとリーゼレータが下がっていく。わたしは周囲を見回した。フィリーネとユーディットが揃って溜息を吐いたのが見える。
「あの、何があったのか、フィリーネやユーディットにはわかるのかしら?」
フィリーネとユーディットが顔を見合わせる前にレオノーレがずいっと出て来た。
「何もございませんよ。リーゼレータとブリュンヒルデが言っていた通りです。ローデリヒの口周りが少し汚れていただけです」
……別に汚れてなかったと思うけど、これ以上は聞かない方が良いんだろうな。
わたしが尋ねるのを諦めた時、ヴァッシェンをされても特に変わったところはなさそうなローデリヒが少し落ち込んだ様子でブリュンヒルデと共に戻って来た。
「これでもう大丈夫でしょう。では、ローゼマイン様に報告を続けてくださいませ」
ブリュンヒルデに軽く背を押されるようにしてわたしの前に立ったローデリヒは、気を取り直したように一度背筋を伸ばして笑った。
「大変申し訳ございませんでした。報告を続けます。ローゼマイン様は私を側近として他の者と区別することなく扱ってくださっています。マティアスとラウレンツも同じように扱われているところを見れば旧ヴェローニカ派の子供達も名捧げに踏み切りやすくなるでしょうし、他の領主一族もあからさまに対応を変えることはないと考えて、先頭に立って名捧げを行うようです」
わたしの側近に対する扱いを基準にすることで、名を捧げたにもかかわらずひどい扱いを受けることがないようにしたいそうだ。
「ミュリエラはエルヴィーラ様をとても尊敬しているそうです。今までは派閥や家族との関係でとても口にできなかったけれど、ローゼマイン様に名捧げをすれば公言しても叱られないし、エルヴィーラ様の本を最も早く読めそうで嬉しいそうです」
ローデリヒの言葉でミュリエラが誰なのかすぐにわかった。寮の図書コーナーに置いたお母様の本を一番楽しみにしている桃色の髪の女の子だ。新しい本が来るのをそわそわとした様子で待っていて、わたしが新しい本を置くと緑の瞳を輝かせて一番にお母様の新刊を手にしている子に違いない。旧ヴェローニカ派のため、親がお母様の本を買ってくれない、と言っていた気がする。
「ミュリエラはエルヴィーラ様に名捧げできれば一番良かったそうですが、名捧げの範囲が領主一族なので、最もエルヴィーラ様に近いローゼマイン様に名を捧げたい、と言っていました」
「……お母様を名捧げの対象に入れられるかどうか質問してみましょう」
養父様に質問状を送った結果、貴族院にいる間はわたしの側近とし、ミュリエラが貴族院を卒業したら一度名を返して、改めてお母様に名を捧げるのならば構わないという回答を得た。印刷業に従事する文官を増やすのは急務なので、わたしの側近として印刷業について叩き込んだ後、お母様の部下にしたいという思惑もあるらしい。
「それから、ローゼマイン様にご相談したいのはグレーティアのことです」
「何かあったのですか?」
「側仕え見習い四年生のグレーティアは、貴族院での生活や保護者を考えるとローゼマイン様に名捧げをしたいようですが、とても悩んでいます」
グレーティアは内気で引っ込み思案で、男の子達にからかわれる対象になることが多いらしい。庇護者は喉から手が出るほどほしいようで、ローデリヒの扱いを見ているとわたしに名捧げしても良いと思っているらしい。
「細かいことによく気が付くので、主の部屋や生活を整えるのはとても得意なのですが、性格上、積極的な人付き合いはあまり得意ではないらしく、上位領地や王族が関わるローゼマイン様の側仕えとしてやっていける自信がないそうです」
「……それは困りますよね?」
わたしはリーゼレータとブリュンヒルデに視線を向けた。ブリュンヒルデが少し考えるように頬に手を当てる。
「グレーティアは側仕え見習いとして優秀な成績を収めています。リーゼレータが卒業しますし、来年はベルティルデが入学してくるので、ベルティルデと補い合うことができれば大丈夫ではないでしょうか」
ブリュンヒルデもその妹のベルティルデも上級貴族として上位領地との顔つなぎや中央とのやり取りを期待されている。お母様が今ベルティルデに叩きこんでいるのも上位領地との社交に関することらしい。リーゼレータと同じように内向きの仕事が得意な側仕えが必要なのだそうだ。
「わたくしも中級貴族ですから、上位領地や中央との交渉はブリュンヒルデに任せているのが現状です。自信がないとグレーティアは言っているようですが、これまでの彼女を見ていると中級や下級貴族の相手ができていないわけではないので、大丈夫だと思いますよ」
「えぇ。リーゼレータの言うように、お茶会や領地対抗戦の時の手際を見ていても十分に対応できています。今年と来年の二年間はわたくしもいますから、グレーティアが側近に入っても問題ありません。わたくしに任せてくださいませ」
ブリュンヒルデの力強い飴色の瞳が真っ直ぐにわたしを見ている。
側仕えが必要なのは間違いない。わたしはグレーティアをなるべく内向きの仕事をする側仕えとして遇することに決め、ローデリヒにそう伝えさせた。
エーレンフェストでの粛清がいつ始まり、いつ終わるのかわからないまま、明日は進級式と親睦会である。他領にエーレンフェストの寮内がガタガタになっていることを知られるわけにはいかない。
側近達には去年同様にリンシャンや髪飾りを配ってもらい、明日に備えることになった。
時間的にはマティアス閑話の後になります。
旧ヴェローニカ派の子供達はどのようにこれから生きていくのか、必死に考えています。
ローゼマインもできるだけ手助けするつもりです。
次は、進級式と親睦会です。